魂が補完される場所
「ウォフ、グルォウ ウォルアゥ (これで、皆に追いつけるわね)」
然程気にしていた訳ではなくとも、自分だけ他の幼馴染より一歩遅れている自覚もあり、犬人族の聖槍使いが嬉しそうに白銀の螺旋階段を昇り始める。
どこからともなく降り注ぐ誰かの祝福や喝采も、吸血妖樹との戦いで全霊を尽くした事もあって、今回は素直に受け取ることができた。
「クゥ、ヴォルファ? オルァウ ガルァアゥ~
(でも、魔力欠乏? 疲労感が凄いけどね~)」
やや重い足取りで暫く進んだ後、何気なく立ち止まって周囲に視線を向けると、真っ白な空間には幾つもの輝く螺旋階段が天を突いて聳えている。
(以前はゆっくりと観察する余裕も無かったけれど、奇麗なものね)
途上で佇むランサーの視界を粉雪のような燐光が掠め、異界の風に吹かれて虚空に舞う。
「ウォゥ…… (あれは……)」
”果てた魂の残滓” という言葉が不意に脳裏へと浮かび、彼女が本来知り得るはずもない輪廻転生に関する知識が頭の中に雪崩込んで、その仕組みの一端を理解させた。
(斃れた者の魂は残滓だけを残して ”生命の樹における補完領域” に戻されて、魂の欠損を補った後に生まれ変わるか…… あぁ、その際に種族が変わることもあるのね)
ふとコボルトらしくない銀毛の幼馴染の姿が頭を過る。
「アゥ~、ガォウァアン…… クァオルゥ、アォルファウ グルゥ?
(あ~、多分そうなのね…… もしかして、記憶がないだけで私も?)」
いつかの時代、どこかの平原で髪を靡かせる凛々しい女性騎士が一瞬だけ垣間見えたが、この場で得た知識は持ち帰ることができない。暫しの後、彼女は次の位階へと到達して知り得た全てを忘れ、代わりに意識を覚醒させていく……
通称:ランサー(雌)
種族:コボルト
階級:コボルト・ヴァルキュリア
技能:脚力強化(強 / 効果は一瞬) 中級魔法(聖) 属性強化(聖)
獣化 聖槍 (吸血種・悪魔種・不死者特効)
セイクリッドハウル(状態異常を癒す咆哮)
称号:聖槍のコボルト
武器:斬撃槍(主) 機械式短剣(補)
武装:レザーアーマー
ランサーの体内を巡る魔力が薄っすらと聖属性を帯び、瞳が金色に染まってやや神聖な雰囲気を醸し出す。
基本的に全ての生命は無属性の魔力を内包しており、才能があれば個々の資質に応じて自然界に満ちる魔素や属性元素と反応させて術式を成すのだが……
一部の者たちは内側に宿る魔力が常に特定元素の影響を受けた状態となる事例がある。結果として、該当する属性魔法の効果が上昇し、術式構築に求められる時間や集中力などが少なくて済む反面、それ以外の属性魔法の扱いが困難になってしまう。
さらに属性に関して相性・相克を持つ事にもなる訳で、必ずしも利点ばかりでなく一長一短が存在するが…… ”進化” とは得てしてそんなものだし、総合的な身体能力そのものは向上していた。
「…… ヴォルファウゥ、クゥアウ (…… 力を得たようだな、ランサー)」
「ワゥ、クルァアァン (えぇ、そうみたいね)」
確認するように手を握ったり、開いたりしながら長身痩躯のコボルトに短く言葉を返しつつ、彼女が自身の内側に意識を集中して状態の把握に努めていると、蔦塗れとなった群れの仲間が情けない鳴き声を上げる。
「ガゥウ、ヴルクァウゥ~ (姐さん、早く助けて~)」
唯一、犬人たちの中で吸血妖樹の攻撃を躱しきれず、地面へと拘束された一匹を体格に恵まれた若いコボルトが助け出そうとしているが…… 素手や戦斧では難しいようだ。
「ン、ウァオォオン (ん、ちょっと待ってなさい)」
巨大テントウムシの亡骸に刺さったままの刀身へと機械式短剣の柄を当て、カチリと音がするまで押し込んで接合させて引き抜くと、ランサーは身動きできない犬族の下へと歩を進めて屈み込む。
絡み付く蔦を短剣の刃で器用に切り裂き、負傷箇所へと肉球を添えて残り少ない魔力を駆使し、彼女は暖かな治癒の光を生じさせた。
(あれ、何か効率よく魔法が使えてる?)
若干の疑問を覚えて小首を傾げる聖槍使いのコボルトの姿を一瞥し、未だ蔦に囚われたままのマリルが再び傍に立って周囲を警戒する長身痩躯の犬人へと、熱心に視線を送って再度の ”助けてアピール” を試みる。
「お、お願いッ、コボルトさん! 私たちもッ」
「た、助けてくれ!」
「頼むッ!!」
危険な森の中で拘束されたまま放置されれば悲惨な結果になるのは自明なので、村人たちは必死で語り掛け、群れの仲間以外には冷徹なブレイザーを何とか動かした。
「ガゥッ、ガルァアァウゥ…… (ちッ、しょうがねぇな……)」
彼とて然したる労力が掛からず、ましてや危険性も低いのであれば、縄張りの近隣に集落を構える人族に恩を売っておくのはやぶさかでない。
多少の面識もある若い村娘の傍に屈み込むと、近くに落ちていた彼女の鉈剣を拾う。
「うぁ、あうぅ……」
さっきから熱い視線を送っていたマリルであるが…… いざ、刃を握り込んだ赤茶色の毛並みを持つコボルトが真直に来ると、さすがに緊張して身を竦ませてしまう。
そんな内心を一切顧みずに纏わり付く蔦をブレイザーが切り開き、衣服を乱しながら器量の良い村娘があられもない恰好で這い出てきた。
「あ、ありがとう、コボルトさん♪」
命拾いした安堵や緊張の糸が切れたことも影響してか、思わずマリルは目の前のコボルトをハグして感謝を示すが…… された方は微妙に嫌そうな表情をしている。
(まぁ、秋は発情期だからな…… しかし、人の雌に懸想されるとは)
などと見当違いなことを長身痩躯のコボルトが考えているとは露知らず……
「ふぁ、意外とふかふか、それに凄い筋肉……」
既に当初の目的を忘れた彼女は存分に彼をモフるのだった。
そんな一幕もありながらヴィエル村の自警団員たちは蔦や茨の拘束を解かれ、吸血妖樹の犠牲となって多量の血を失ったものの、ランサーの治癒魔法で一命を取り留めた仲間に肩を貸して帰路へと着いた。
捜索を中断して這う這うの体で帰還した彼らが、両親と嬉しそうに犬人たちの話をする幼い娘を目にして凄まじい徒労感に襲われたのは言うまでも無い。
こうして、極稀に引き起こされる古い妖精の気まぐれによる迷惑な事件は終わりを迎え、その数日後にはエルフの森へと出かけていた群れの長もコボルトたちの集落に帰還するのだった……
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