聖槍のコボルト
同様に反対から迫っていたランサーにも樹木の右掌が斜めに振り下ろされたが、彼女は速度を減じさせること無く低い姿勢で吶喊し、樹腕の下を潜り抜けて自重と加速を乗せた斬撃槍を繰り出す!
「ウゥ、ワゥァン クォウル……クゥッ
(うぅ、やっぱり硬いわね……でもッ)」
渾身の槍撃は相応に深く幹へと刺さっており、即座に彼女は槍を通じて吸血妖樹の内部へと相克関係にある聖属性の魔力を流し込む。
「ウゥウウゥウァ アァアァッ」
「ウァルオゥ ヴォアゥ、クァオンッ
(邪なる存在を滅せよ、聖なる光ッ)」
聖槍使いのコボルトが全魔力をつぎ込み、吸血種の樹精を内側から聖光で焼き焦がしていく。その眩い閃光に目を細めながらも、態勢を立て直した長身痩躯のコボルトが口端をつり上げて嘲笑した。
「ガゥ、グルゥワォアンッ (さて、俺も仕事だッ)」
やや凶悪な表情でブレイザーが尻尾を振り、空間断絶の概念を持つ斬鉄尾で太い幹を切り裂いて傷口を生じさせ、そこへと爪を喰い込ませながら火属性の魔力を収束させた。
「ガルォアオオ、グァルォアッ (燃やし尽くせ、火炎爪ッ)」
「アァァアァ アァアァァアッ」
断末魔を上げる吸血妖樹の体内で聖光と獄炎が混じり合い、中級の複合魔法 “浄化の焔” と疑似的に同等の効果を持つ白銀の炎が激しく燃え上がる。
「ォオオオ オオォオオオッ」
焼き焦がされていく樹の化物が呻き声を上げて暴れ出し、縦横無尽に振り回された樹木の両腕が周囲を薙ぎ払う!
「ウオァッ!? (うおぁッ!?)」
「キュウッ! (きゃあッ!)」
紙一重でブレイザーが爪を引っこ抜いて地面に伏せ、ランサーも槍柄を手放して身を投げ出すことで横殴りの攻撃を回避し、慎重に身を起こして状況を窺いながら安全圏へと距離を取っていくが……
悲惨なのは蔦に絡まれて身動きの取れない者たちだ。
「うひゃあッ」
「うおぉおおおッ!?」
村娘のマリルと猟師ニィルの頭上を凄い速度で樹腕が薙ぎ払い、二人とも青白い顔でカチカチと歯を鳴らして震え出す。
「し、死んじゃうよ、た、助けて……」
普段気の強いマリルからは考えられないほどに弱々しい声が聞こえてくるが、地面に倒れた状態で拘束されているために彼女たちはまだ安全な方だ。それよりも危険な状態にあるのは樹上に吊るされ、白銀の炎で火炙りにされそうなゼノである。
「ゲホ、ゴホッ、何で燃やすんだよ、畜生………」
煙に巻かれながら迫る炎に覚悟を決めて、身体から力を抜いてゆっくりと目を閉じ、最期の瞬間を待つが……
「あれ、熱くないぞ?」
彼の言葉が示す通り、浄化の炎は邪悪なる存在を焼き尽くすだけで特定の対象以外には効果が無く、代わりに水などでは早々に消えない特性を持つ。
つまり、白銀の炎の本質は吸血種や不死族などの魂魄と肉体を崩壊させる強力な聖属性と火属性の複合魔法である。
その効果は絶大であり、足掻き暴れていた吸血妖樹も徐々に動きが緩慢となっていき、やがて両眼に当たる虚に灯していた紫の眼光が消えて完全に停止した。
「ヴォルアゥ…… (斃れたか……)」
「うぅ、助かったの?」
同時に呟いたマリルとブレイザーの視線が交差し、以前に助けてもらった長身痩躯のコボルトだと気付いた彼女が “助けて” と猫を被りながら愛らしい表情で訴えていると…… 不意に不快な鳴き声が森へと響く。
「ギ、ギィ、イィイッ」
「こ、今度は何だ?」
「おいおい、勘弁してくれ……」
未だ蔦に拘束されたままヴィエル村の自警団員たちがうんざりした表情をする傍で、コボルトらが警戒を強めていく最中、吸血妖樹の口に当たる虚から巨大なテントウムシが這いずり出て、ぼとりと地に落ちた。
既に羽根や体は白銀の炎で焼き焦がされているが、毒々しい斑模様が垣間見える。
「ウァ、クォファウア…… ワゥッ♪
(うぁ、気持ち悪いわね…… えい♪)」
「ギィイィイ、ギィ、ギァ……ッ……ァ」
放っておいても息絶えそうであるが、念のためランサーが構えた機械式短剣の仕掛けを押し込み、撃ち出した刃で止めを刺した。
実はこの巨大テントウムシの魔物こそが吸血妖樹の本体であり、条件の合う場所に立つ樹に寄生して、動物たちを蔦で捕えて生き血を啜っていたわけなのだが……
個体数の少なさに加えて、吸血種の樹精を倒すのは非常に手間が掛かるため、討伐の実績自体が少ない事もあってその存在を知る者は極少数となっていた。
因みに、森林火災の損失を恐れずに焼き殺したら良いと思うかも知れないが、浅い地下水脈の上に立つ樹木が寄生されて変貌した魔物のため、豊富な水を操って直ぐに炎を鎮めてしまう。
効率的に息の根を止めるためには手練れの前衛が枝や蔦を防ぎ、後衛の高位司祭が中級以上の聖属性魔法で致命傷を与えるしかなく、図らずもコボルトたちの獲った行動は正鵠を射ていたことになる。
こうして脅威度が限りなくB-に近いC+とされる強力な魔物を仕留めた直後、ランサーの意識が真っ白に染まり、彼女はどこかで見たことのある白銀の螺旋階段の途上に立っていた。
「ガゥ、ワォフヴォルグ (あぁ、終極の螺旋階段ね)」
少々前に生命の樹へと到達して、祝福と喝采の中で螺旋を昇った記憶が瞬時に蘇り、彼女は思わずぽつりと呟く……
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