お持ち帰りで構わねぇ
(さて、取れる選択肢は幾つかあるが……)
どうすべきかと考えながらブレイザーがへたり込んだソレを睨むと、一瞬だけ視線を交わらせた幼女は巨大ムカデの血が滴る漆黒のロングソードに表情を凍らせる。
「ひッ、こ、殺さないでッ」
「ワフ、クァルフォウ? (あぁ、命乞いの類か?)」
さすがに状況から察して、赤茶色の体毛を持つ長身瘦躯のコボルトが刃に付着した黒い血を軽く振り払い、納剣するために麻布で拭おうと腰元の革袋へ手を伸ばすが……
一連の動作により払われた血が ”べちゃり” と幼女の頬にへばりつき、濃い血の匂いを放つ。
「アッ (あッ)」
「う、うわぁあああんッ」
「ワフィオァウ、クゥアルォ……
(何やってんのよ、あんたは……)」
やや呆然とした表情のランサーが大泣きする子供に引き寄せられてくる。基本的に面倒見の良い彼女は幼い少女の擦りむき傷を見遣り、怖がらせないようにゆっくりと掌を伸ばして聖属性の魔力を収束させた。
「クルアゥオウ…… (癒しの慈悲を……)」
「ッぅ、暖かい?」
温もりを感じさせる聖なる燐光が幼女の四肢の軽傷を癒して、巨大ムカデに弾き飛ばされた時に捻挫した足の痛みも和らげていく……
一通りの傷を癒したランサーは幼い少女を抱き上げて胸元にギュッと押し付けた。こうしてやれば群れの生まれたての仔犬たちは安心してよく眠るのだが、突然のハグに相手は面食らってしまう。
「わぷッ、う、うぅ~ッ」
それでも胎生動物である哺乳類は抱きしめられたら本能に根差した部分の影響で大人しくなるため、モフモフとした腕の中で幼い娘は落ち着きを取り戻していった。
「ワファ クァオフウッ (何とか泣き止んだわね)」
ふぅ、と息を吐きだすランサーであるが……
根本的な問題は何一つ解決しておらず、若いコボルトたちの一匹が皆に代わってブレイザーに問い掛ける。
「グルゥ、ワォアウ?
(師匠、どうします?)」
「ヴァアルオワァアン? ウォグルオ ガオァア オォアウゥ……
(ヴィエル村だったか? そこに棲む人族の幼体なんだろうが……)」
当然ながら危険な森の中に独りでいるのはおかしく、村人たちが探している可能性は高い。自分達に置き換えてみれば、絶対に群れの皆で仔犬を捜索するはずだ。
ただ、日落後の暗い森に踏み込むことはリスクを伴うため、此処まで捜索範囲を広げるとしても恐らく明日以降であり、それまで未熟な幼体が無事にいられるとも限らない。
まぁ、合理主義者のブレイザーからすれば極論ではあるが、人間の幼体など心底どうでもいい。
「グルゥオオォン、グルァウゥ……
(俺は良いんだが、御頭がなぁ……)」
彼の幼馴染であり、共に鍛え合う事で本来一匹のコボルトとして立つことが叶わなかった高みまで導いてくれた友を想えば、ばっさりと見捨てるのは抵抗があった。
群れを率いる彼はヴィエル村の連中と仲良くしたいと考えている節がある。
さらに件の幼女は緊張の糸が切れて疲れが押し寄せたのか、ランサーにしがみついてウトウトし始めており、満更でもない表情を見る限りはもう一匹の幼馴染も情に絆されたようだ。彼女からすれば仔は守られて当然の存在なのだろう。
(はッ、甘いことだな……)
そして、どんなに気取っていても長身痩躯のコボルトは仲間たちに甘い。本来は放置しても構わないはずなのにブレイザーは人の仔を助ける合理的な理由を探し始めて…… どうやら納得のいく答えを見つけたようだ。
(仮に放置して、村の奴らが集落付近まで探しに来やがったら厄介だぜ……)
少々屁理屈でもあるが、理由が無いと動けない彼の面倒な性格を考えれば仕方ない。ただ、一度決めてしまえば不惑を貫く信念を持つので行動自体は迅速だ。
「グルォ、ヴォガァオ グルァウ ヴァオァルオウゥ
(皆、今夜は集落に連れ帰って翌朝に村へ送ろう)」
「ウォン、ワォアァン
(そうね、賛成するわ)」
一応、赤毛の魔導師や猫人たちの来訪で仲間達も異種族に慣れつつあり、一泊程度ならば前例からしても問題は無い。そう判断したランサーが頷いたことでお持ち帰りが確定し、状況を静観していたコボルトたちも肩から力を抜いていく。
「ワォア、ルァウ ワァウオォン!
(じゃあ、帰って御飯にしよう!)」
「ワゥルウォオゥ ウォオアゥ……
(思わぬ運動をしたからね……)」
軽く溜め息を吐いた若い雌コボルトがちらりと一瞥するのは息絶えた巨大なムカデだ。どう考えてもゲテモノだし、食べられる事が確定していない限り不用意に齧らないほうが良い。
なお、何らかの理由で既知の獲物が獲れずに未知の領域へと挑戦する場合もある。その時は仲間の一匹が僅かだけ齧り、半日ほど様子を覗うことで集団食中毒などを回避するのが常套手段だ。
現状ではそんな挑戦をする必要もなく、興味を失ったコボルトたちは踵を返して少し先の集落へと歩き出す。
その後も保護した幼女が土や泥などで汚れていたため、ランサーが抱えたまま浅い川へと連れていったり、何を食べさせれば良いかの騒動もあったりしながら秋の夜は深まっていく。
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