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迷い子とケダモノ達

「ひぅッ、ぐすッ、うぅ……」


日の落ちた森の中を栗毛の髪を揺らして泣きながら幼い少女が歩く。


ソフィがイーステリアの森に迷い込んでから既に一刻ほどが経ち、小さな身体が持つ体力は限界に近付いている。それでも、泥塗れの靴で一生懸命に足を動かしていたが……


「あうッ!?」


疲れで足が上がりきらなかったのか、太い木の根に躓いた彼女はバランスを崩して倒れ込んでしまう。


「痛ッ、うぅ、うわぁああん」


咄嗟に地面へと突いた掌を擦り剥いて、その痛みと不安からとうとう大泣きしてしまうが、それは賢い行動とは言えない。


森に響く泣き声を聞きつけて胡乱なケダモノたちが近寄り、何やら小声で相談を始める。


「ガオァ…… ウォアル?

(人間か…… どうする)」


「ウゥ~、ワゥルクァオルゥン?

(う~ん、近くの村の仔だよね?)」


茂みに垣間見えるケモ耳と尻尾、昨年の春生まれのコボルトたち四匹だ。一歳半を超えた彼らはブレイザーやアックスによる鍛錬もあり、他のコボルト達よりも筋肉質で大きな体躯を持っている。


彼らはスミス率いる垂れ耳コボルト工房により作られた鉄槍と腰布で武装しているため、幼い少女を狩るぐらいは簡単だが、話はそう単純ではない。


「ガゥ、グルァ クァオルァ ガルァウフ クァオン

(確か、ボスはあの村の連中を襲うなと言ってたわ)」


「ワゥ、ガルゥ グァウォ ガルァアウゥ……ッ!?

(でも、師匠はよそ者に容赦は要らないって……ッ!?)」


不意に異質な匂いを捕えた一匹が言葉を中断し、皆がピンとケモ耳を立たせて緊張感を高める。少女の泣き声に呼び寄せられたのは犬人たちだけではなく、反対側の茂みから微かな葉擦れの音が鳴った。


「ひぁッ、な、何? きゃああぁッ!!」


それに反応して顔を上げた少女の視界をムカデ型魔物の巨躯が埋め尽くし、彼女は悲鳴を上げながら身を竦ませて後退っていくが…… 巨体を起こしたまま静止するムカデの複眼が見下ろすのは彼女ではない。


当初の狙いは哀れな幼い娘だったのかもしれないが、地を這いながら接近して飛び掛かろうと巨体を立てた際、思わぬ外敵の存在が目に入ったのだろう。


一瞬だけ、互いに見つめ合って固まったムカデ型の魔物グロウセンチピードとコボルトたちがほぼ同時に動き出す!


「ギッ、ギィイィイッ!」

「うあぁッ!?」


幼い少女を突き飛ばしながら繰り出された巨大ムカデの噛みつきをコボルトたちが四散して躱すと、そのうち二匹が咆哮を放つ。


「「アォオオォオーーンッ!!」」


幸いなことにコボルトたちの集落からほど近い場所のため、救援を頼むことも可能だ…… たとえ、四対一であっても巨大ムカデを相手にするのは彼らにとって難しい。


だからと言って、縄張りに放置すれば群れの誰かが犠牲になるかもしれないため、若いコボルトたちは決死の覚悟で鉄槍を構えて吶喊していく。


「オルァァアァッ (おらぁあああッ)」

「ウォオオォ!!(うぉおおぉ!!)」


「ギィイッ!!」


雄叫びと共に左右から踏み込んだコボルト二匹が鉄槍を突き出すも、巨大ムカデの丸みを帯びた甲殻の上を滑って刺さらず、巨躯を揺らしたムカデによって穂先が弾かれてしまう。


「ウッ、グワァアァッ!? (なッ、ぐわぁあぁッ!?)」

「クウゥッ、アァアアッ!! (くうぅッ、あぁああッ!!)」


思わず体勢を崩した彼らのケモ耳が風切り音を捕えた直後、巨大ムカデの太い触角が鞭の如く振るわれて、コボルトたちの腹部を浅く切り裂きながら弾き飛ばす。


「ガォウッ!! (よくもッ!!)」

「ヴォルァアアッ ((たお)れなさいッ)」


血飛沫を飛ばして後退った仲間に逆上して、残り二匹のコボルトが鉄槍を構え、両側面から身体ごと自重を乗せて突撃するが……


「キシャアァアッ!!」


素早く旋回した巨大ムカデの頭部と尾部が二匹の犬人を吹き飛ばす。


「ウゥ、ァウゥ……ッア…… (うぅ、ぁうぅ……ッあ……) 」

「カハッ、ガゥヴオファルゥ…… (かはッ、肋骨が折れたか……)」


相手の硬い殻を突破するために捨て身の攻撃をした二匹のコボルトは血反吐を吐きながら、地面へと転って立ち上がることができない。


「ッ、ヴァルオアァン!! (ッ、時間を稼ぐぞ!!)」

「ワフッ (あぁッ)」


身動きの取れない仲間を庇うため、触角で浅く腹を切られたコボルトたちが時間稼ぎの牽制に徹するが…… やがて彼らも太い尾部で打ち倒されてしまう。


「ギギ、ギィイ、ギィィイイッ」


大顎を開いてゆっくりと迫る捕食者に犬人たちが死を覚悟した瞬間、暗がりから飛び出した犬人族の聖槍使いが閃光の如く駆け、勢いのままに巨大ムカデの大口へと斬撃槍を叩き込む!


「ギィイィイアァアッァアァッ!?」


「クァッ、グルァアゥ! (もうッ、しぶといわね!)」


口腔から斬撃槍で貫かれたにもかかわらず、驚異的な生命力で暴れだす巨大ムカデに膂力では敵わないため、ランサーは悪態を吐きながら槍柄を手放して飛び退いた。


直後、気配を遮断して木々の合間から機を窺っていたブレイザーが低い姿勢で疾駆し、のたうち回る巨大ムカデの直上を縦回転しながら飛び越えていく!


「ヴォルオゥ、ガウォッ (切り裂け、斬鉄尾ッ)」


刹那の一瞬、名状しがたい魔力を纏った彼の尻尾が若干伸びて、空間自体を切り裂きながら硬いムカデの胴体をあっさりと切断した。


「ギ!?ギィァアァッ……ッ、ギィイィイ!!」


「ガォルヴァ、クゥア…… (タフ過ぎるぜ、お前……)」


地に片手を突いて着地し、素早く振り向いた長身痩躯のコボルトが切断されても未だ蠢く巨大ムカデを眺めてぼやく。


「ワオァン、グァウオゥ! グルゥ キュアアァゥウッ

(ブレイザー、後をお願い! 私は皆の治癒をするからッ)」


「ウゥ、キュッ……アゥ、クルァウ

(うぅ、痛い……けど、助かったわ)」


「ッ、キュアウァ…… ガゥウ

(ッ、すみません…… 姐さん)」


負傷した仲間たちがランサーの治癒魔法を受けている間、ブレイザーは逆手に構えた黒塗りのロングソードを巨大ムカデの頭部に動かなくなるまで執拗に何度も突き立てる。


それが終わると先程から気になっていた刺激臭を辿り、腰を抜かして動くことができず、さらには粗相もしてしまった幼い人間の少女を視界に捉えた。


「うぁッ、うぅッ……」


(人間の幼体か……また面倒な)


長身痩躯のコボルトは片手で額を覆いながら、軽い溜め息を吐いた……

”皆様に楽しく読んでもらえる物語” を目指して日々精進です!

ブクマや評価などで応援してくれれば、本当に嬉しく思います!!

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― 新着の感想 ―
[一言] ムカデには唾だよね(日本昔話感
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