秋深まるイーステリアの森
今日も今日とて、集落の広場の中央から組手を行う子犬たちの声が響く。
「ガゥッ! (でやッ!)」
「キュアァンッ (遅いよッ)」
黒毛混じりの仔ボルトが繰り出した右フックに対し、白茶混毛の仔ボルトが左腕を掲げてそれを捌きながら懐に飛び込む!
間髪容れず、半円軌道を描きながら打ち出された右肘が黒毛混じりの仔ボルトの顎をカチ上げた。
「グウゥッ!? (ぐうぅッ!?)」
「ワゥアァッ (もらったッ)」
さらに打突のために曲げていた肘を伸ばしながら、白茶混毛の仔ボルトは相手の顔面へと裏拳を打ち下ろすが、首だけを傾ける動作で躱されてしまう。
ただ、頭部への直撃を躱したところで左鎖骨付近に重い一撃をもらうわけで……
「クァッ、ウゥ……キューン、グスッ
(くぁッ、うぅ…… 痛いよぅ、ぐすッ)」
顎に肘打ちを、鎖骨に打ち降ろしの裏拳を喰らった黒毛混じりの仔ボルトが泣きそうになりながら、しっぽを丸めて蹲ってしまった。
「ガォウワゥ (ここまでか)」
「オフゥ、ガゥアル…… クゥ ヴォアオォ
(待て、ナックル…… まだ目が死んでねぇ)」
他の仔ボルトたちと鍛錬を見守っていたナックルが組手の終わりを告げようとするも、隣に佇んでいた長身痩躯のコボルトがそれを止める。
「ワオァン、グルクァウオォ……
(ブレイザー、これ以上やらせても……)」
やや呆れながら意見しようとしたナックルの視界が一瞬の光景を捉えた。
蹲って涙ぐむ相手に白茶混毛の仔ボルトが躊躇した瞬間、黒毛混じりの仔ボルトが右手を地面に突きながら半月を描くような宙返り蹴りを放つ!
「クルァアァッ!(お返しだよッ)」
「ッ!? ギャウゥッ、ウゥ……ッ…ァ」
不意の蹴撃に顎を穿たれてよろけた隙を逃さず、宙返りで立ち上がった黒毛混じりの仔ボルトが止めの正拳を打ち込んでいく。
「ガォオァッ! (せいやッ!)」
「グッ、キュウゥ……… (ぐッ、きゅうぅ…………)」
痛みに動きが鈍って躱すことができず、顔面を打ち抜かれた白茶混毛の仔ボルトは仰向けに倒れてしまった。今度こそ油断を誘うようなものではなく本当に打ちのめされたようだ……
「ワゥ、クルゥアッ! ウォアゥグルゥア、グゥアァオン!!
(あぁ、うちの仔がッ! ちょっとあんたの仔、卑怯じゃない!!)」
「ウゥ~、ガルァオォオオウッ、ワファアオゥ~
(うぅ~、言い訳できないけどッ、負け惜しみよね~)」
「ウォオン、ガァウオ!
(はいはい、そこまで!)」
母親同士が場外で言い合いを始めそうなのを仲裁しつつ、四肢と尻尾の先だけ白毛の槍使いが二匹の仔らの傍まで歩み寄る。
(何で私が年上を諫めないといけないのかしら……)
などと心中で溜息を吐くが、ランサーは集落における雌たちの間で親友のダガーと双璧を成す存在であり、若手ながらも同性達の纏め役と目されていた。本来は群れのボスの身内である親友がやるべき仕事なのだが……
(あの娘にそれを求めても…… 寧ろ火のない所に煙を立てそうね)
さもありなんと、嬉しそうに狐火を掲げる友人の姿を幻視しながら、倒れて呻き声を漏らす白茶混毛の仔ボルトを抱き起こして怪我に触れる。
「ルゥ、クルアォンッ (集え、癒しの聖光)」
「ッ、グゥ……ウァ…ッ」
暖かな白光が淡い輝きを放ち、顎や顔の打撲と切れた咥内を癒す。
「キュァ、ガルオァアン (ほら、あんたも来なさい)」
「ワォーン (はーい)」
手招きして黒毛混じりの仔ボルトを呼び寄せ、怪我の治療をしたところで傍らにブレイザーがやってくると、その仔の頭をぐりぐりと撫でた。
「ワフッ! ガルゥー? (わふッ! ししょー?)」
「クゥアオォン ルガゥ、ガルォウ ワォウル…… ウォアン?
(お前の勝ちだ坊主、だが次は通じんぞ…… そうだな?)」
彼は視線を転じて、地面に座り込んでションボリとする白茶混毛の仔ボルトを見遣る。この時期の組手やじゃれあいは既に同世代での序列争いを兼ねており、負けると幼いながらも落ち込むのだ。
「…… ワォン、ガルゥー (…… はい、ししょー)」
「ギゥルヴォフ、グルガォオウ クウォルァ…… ガルァア ヴォルアゥ
(油断は禁物だ、実戦じゃなくて良かったな…… 今のうちに強くなれ)」
実戦で不覚をとれば運が余程良くない限り次など無い、斃って屍を晒して大地に還るのみ…… 故に勝つための手段など選んでいられないし、幼い頃から鍛えておく必要もある。
「ルォアァウ、ワオァン? (次いいか、ブレイザー?)」
「ワゥ、ウォン…… (あぁ、頼む……)」
確認を取った後、ナックルが実力の見合う仔ボルト二匹を見繕っている合間に、ランサーは組手を終えた二匹の仔らの手を引いて母親たちの下へと連れていく。
その彼女たちの向こう側には秋の気配を深めるイーステリアの森が延々と続く。
この季節は冬に備えて冬眠の準備をしたり、備蓄可能な胡桃などの木の実を確保する必要があるため、種族を問わず繁忙期である。
当然にコボルトたちも例外ではなく、食糧を求めて徘徊する灰色熊などの魔獣や動物たちとも鎬を削らなければならない。
さらに秋は彼らの繁殖期でもあり、独身の雄たちはこの状況の中で多くの獲物を狩って力を示し、必要ならば恋敵と殴り合うことも辞さないので本当に忙しい。
(まぁ、私たちには関係ないけどね~)
どこかソワソワしている独り身の同族たちを眺めながら、ランサーは独り呟く。
適齢となるのは3~4歳ぐらいからであり、6歳くらいになるまでには既に番となっているので、恋の季節に忙しいのは実質3~6歳の世代と伴侶を失った者たちくらいだ。
なお、そこには幼馴染みのマザーも伴侶を失っているために含まれており、年齢的にもまだ対象と見做されてしまう。
(あ~、そういえば…… 無関係じゃなかったわ)
もちろん今年も幼馴染みのボスから、彼女は不埒な雄の撃退を頼まれていた。
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