モフっていいのは、モフられる覚悟のある奴だけです!
「むぅ、来ませんね…… また、ふらっと出掛けたとか?」
暫し意識を世界樹に繋ぎ、王都全域に張り巡らされた魔力の供給路を経由して “世界樹の種” の反応を探ってみます。
(どうやら心配は杞憂に終わりそうですね……)
徐々に近づいてくる土属性と聖属性が入り混じった暖かな魔力を感じつつ、ちらりと姿見を確認して身だしなみチェックをした後、数十秒後の来客に備えてティーカップに口を付けて喉を潤しておきました。
先日の叛徒襲撃やフィルランド共和国進駐の件もあります、気分が滅入っているので少々愚痴らせてもらいましょう。そういえば彼が勝手に世界樹 “永遠” をよじ登った際、巨樹との感覚接続を切断せずに寝てしまっていたので、間接的ですけど身体をまさぐられましたね……
「ここは仕返しに、猫人幼女を見習ってモフるべきでしょうか?」
一緒に奴隷商から助けられた猫人の幼女が遠慮なく彼らをモフっていたのが、実はちょっと羨ましかったのです。しかも今は夏用の毛が生え変わって、柔らかな冬用の毛並みになっていますから、きっとモフり甲斐があるのでしょう!
“鎮守の杜” を統べる女王が密かな決意をしていると私室の扉が軽くノックされる……
「アリスティア様、弓兵殿をお連れしました」
「…… どうぞ、入ってください」
「失礼します」
短い返事の後、扉を内側へと開いたレネイドが先に入室して直ぐに立ち止まり、視線だけで俺を促してくる。
「ガゥルアァアン 『お邪魔させてもらうぞ』」
「では、私はこれにて……」
一礼した侍従騎士は素早く踵を返して退室し、部屋の中にはアリスティアと俺が残された。応接室か多目的室に通されるものとばかり思っていたが、質素ながらも上品な内装と寝室への扉を見る限りは私室のようだな……
「よく来てくれましたね、アーチャー」
「クルァォン、グルァ ヴォルオゥウ
『構わない、俺も用件があったからな』」
挨拶に応じながら、円形テーブルを挟んでアリスティアの対面の椅子に腰掛けようとすると、彼女は無言のまま自身の隣にある椅子をぽんぽんと手で叩く。
(?………… まぁ、いいか)
よく分からないが、素直に指定された椅子へと腰かけると……
「えいッ、仕返しです♪」
「ウオッ!?『うおッ!?』」
何故か唐突に抱きつかれ、思う存分にモフられてしまう。
「ん、これは確か…… エリザが青銅のエルフ達から浴室用に買付けた石鹸の香りですね、アイリスの精油入りだと聞いています」
(俺達の嗅覚からすれば、普通の固形石鹸のほうが有難いが…… 黙っておこう)
ふと脳裏を過った金髪巻き髪の宰相令嬢ならば、良い品を選んだはずだからな…… そんな事に不満を漏らすよりも先ずは仲間達の所在の確認だ。
「ガゥ、グルォウ オォファアアァン?
『なぁ、うちの連中が見当たらないんだが?』」
「うぅ、色々あったのですよぅ。貴方が北東の森で小鬼族を蹴散らして、去り際に奇麗な毛並みの雌に “うちの群れに来ない?” なんて口説かれている間に……」
確かに別れの際、俺をはぐれコボルトだと勘違いしていたシルヴァから誘いを受けたので、イーステリアの森で群れを率いている事を伝えて丁重に断ったんだが……
無駄に詳細な報告を受けてやがるな…… レネイドの仕業か。
「まぁ、その件はともかく……」
首まわりの毛をモフっていたアリスティアがすっと身を離し、椅子を動かして位置を調整しながら座り直したので、俺も座したまま身体を動かして奇麗な翡翠の瞳と向き合う。
「黒曜の同胞たちを小鬼族から救ってくれた事、心より感謝します」
「グルゥクォウ ワォウルァ、ヴァルアゥ ガォルオオゥ
『こちらも同族たちに助力しただけで、その結果に過ぎないさ』」
軽口で堅めの言葉に応じると、下げた頭を戻した彼女は先程問い掛けた仲間たちの件について言及する。
「皆のことですけど…… 多分、都市エルウィンドに着いた頃だと思います」
「ウルウァンヴ? 『……エルウィンド?』」
どうやら俺のいない間に古代の森と隣接するフィルランド共和国の一個師団がその都市に向けて進軍してきたらしく、改革過激派の議会襲撃に端を発した騒動で不安定化した結界の綻びを突かれたとの事だ。
「はぁっ…… 共和国軍に少数でもハーフエルフがいて、しかも主導的な立場にあったのが誤算でした。彼らの先導があれば軍の大半を占める人族も迷いの結界を踏破できます」
「ガォルウォアン 『難儀な話だな』」
結果的に即戦闘とはならなかったものの、エルウィンドを訪れた共和国の特使が一方的な要求を突き付けてきたので、交渉役としてエリザが都市へと赴くことになる。
「その出立前に彼女がコボルト族の客人へ挨拶に伺ったら、力を貸してくれると……」
あぁ、大筋の話が読めてきたぞ。
ハーフエルフが混じっているとは言え、フィルランドは人族の主権国家で軍隊の構成主体も人間たちだ。なら、アックスが白面の怪人から継承したアレがあるからな…… やり方によっては師団規模でも機能不全に陥らせて、交渉を有利に進めることも可能だ。
「上手く話が纏まれば良いのですが……」
憂いを帯びた翡翠色の瞳を伏せてアリスティアが深い溜め息を吐く。
「余計な混乱は不測の事態を起こします。過激思想を持つ者たちも未だ市井に潜んでいて、彼らは心底それが良いことだと思って政情を乱してきますから」
理想や不満に突き動かされて大局を俯瞰せず、浅慮な行動を選択すれば最後は自らの首を絞めるのにな……
「以前の私もそうでしたけどね…… 愚かしいことです」
「ヴァルアゥ、 クルウォアァン ガルファォオオン
『いざ渦中にあると、冷静な判断をするのは難しいことだ』」
椅子から立ちあがって、凹んでいる彼女の頭を肉球でポフポフしておく。
さて、向こうはアックスとエリザの活躍に期待するとして、彼らが帰還するまでに世界樹の育成関連の話を詰めておくか…… 元々は白磁の蜂蜜酒を作るために古代の森まで来たわけだからな。
(当初の目的を忘れるぐらいに激しく回り道をしているが……)
結局、王城の貯蔵庫から例の蜂蜜酒をもらい受け、新たな世界樹の育成を見守るため、一緒に住むというエルフたちを引き連れて帰路に着いたのは4日後のことだった。
一方、俺たちが不在の集落はというと……
”皆様に楽しく読んでもらえる物語” を目指して日々精進です!
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