犬人族と人狼族の関係?
それから数時間後、二日半振りに戻った王都エルファストは既に夜の静寂に包まれていた。そも、エルフたちは自然信仰的な側面を持つため、陽光で目を覚まして活動し、夜の帳が降りれば家に籠って眠りに就く。
「グオァルゥウ ガルァォン 『視線が少ないのは有難い』」
「やっぱり、王都に…… 狼犬人? がいれば目立ちますからね」
少し後ろを歩いていた侍従騎士の一人が俺の呟きに反応し、人族の大陸共通語で話し掛けてくる。レネイドとのやり取りで人族の共通語が通じると判ってから、彼女たちは不得手なコボ語を使うのを止めていた。
なお、彼女の言葉が途中で詰まり、こちらを狼犬人と称したのは言い得て妙だ。確かに今の俺はコボルトよりも人狼寄りの雰囲気を纏っている。
元を辿れば人狼族の弱い個体が群れを追い出され、同じ境遇の者たちと群れて生き延びた末裔が犬人、即ちコボルト族なので一種の先祖返りをしたのかもしれない。
源流を同じくする二種族であるが、人に紛れて襲い掛かることもある人狼たちは恐怖した人族に駆逐され、長い歴史の中で激減してしまう。一方、弱い人狼同士が交配してさらに弱体化が進み、人化能力も失って派生したコボルト族は雑魚ゆえに放置されて繁栄していく……
(そう考えると皮肉なものだな…… 弱さ故に追放された側が栄えるか)
少々思考に意識を回しながらも大通りを進み、黒曜の区画を抜けて青銅の区画に入り、そのまま王城の東門へ向かおうとすると最後尾から声が掛かる。
「あ、あのッ」
反応して後を振り向くと、ゴブリンどもに破かれた服の上から侍従騎士たちの外套を借りて羽織った黒曜のエルフの娘らが所在なさげに佇む。
「すみません、私の家がこの近くなのです…… 一度、帰ってもいいですか?」
「行先は王城ですよね、あたしもこの格好はちょっと……」
「うぅ、早く家に帰りたいです」
彼女たちの言葉は分からないが、ここは黒曜の氏族が生活する区画付近なので、恐らく家に帰りたいとかだろう。ただ、順当に考えれば彼女達の捜索願が家族から出されており、衛兵隊の詰め所での手続きなどもあるはずで……
案の定、レネイドが困った顔をしながらもぐずる彼女たちに話しかけるものの、その足を進めさせる事はできない。結局、今夜は侍従騎士の三名が彼女らを家族の下へ送り届け、翌日の午前中に衛兵の詰め所に来てもらうという結論になった。
「さて、私たちも王城に帰りましょうか」
「ワフッ 『あぁ』」
人気のない月下の街路を残ったレネイドと共に歩くと、程なくして巨大な世界樹を囲むように建つ宮殿様式の白亜の城に至る。そして先日に泊まった部屋へと通されたのだが……
「グルゥア ウォアウォ……
『誰もいないじゃねぇか……』」
妹たちの事が気に掛かるし、どうにも王城内の衛兵たちの雰囲気からも妙な緊張を感じる。だからと言って、事情を知っていそうな女王の部屋を夜分に訪れる訳にもいかない。
(あの三匹なら大抵のことは大丈夫だろうし、取り敢えずは明日だな)
世界樹登頂を果たした後からの強行日程による疲れもあった俺は睡魔に逆らえず、もぞもぞ装備を脱ぎ捨て、魔法銀製の仮面をテーブルに置いてからベッドへと潜り込んだ……
その翌朝、部屋に備え付けられた姿見の前で俺は頽れていた。
「グゥウウッ、ク、クァゥ、ウゥ……
(ぐぅううッ、し、失敗だ、うぅ……)」
正直、朝から気分は最悪だ…… 精神的な問題じゃなく、普通に吐きそうな状態で洗面台へとズルズルと這っていく。そういえば獣化の時にも身体の変化に対する妙な感覚があったが、人化は頭蓋骨周りの形状変化の影響か違和感が大きい……
さっきまで、朝の小鳥の囀りで目覚めてゆったりとした時間を過ごしていたのだが、鏡に映る自分の狼犬姿を見て、己が内側に宿る人化の能力を試そうとしたのが運の尽きだ。
(冷静に考えれば、骨格やら筋肉の付き方やらが激変するわけで…… 人化、キモチワルイ)
発動直後から骨格がぐにゃりと歪む感覚が生じ、人化に伴い名状し難い不快感に苛まれ、筋肉が引き攣るような痛みに意識が乱れて元の狼犬姿に戻ってしまった。
人狼たちは人化の際にこんな苦痛を味わっていたのか? 一応、どこかで役立ちそうな技能なので鍛錬はするが…… なるべく使わないでおこうと決心しながら洗面台に掴まり、ヨロヨロと立ち上がる。
「ん、何やっているんですか?」
部屋の入口から声が聞こえたので、左掌を掲げて “ちょっと待て” のジェスチャーをしながら、体内の魔力の流れを調整して吐き気を飲み込む。さらに平静を装ってテーブルの傍まで戻った後、魔法銀の仮面を手に取って装着した。
「…… ワオォン、クアゥヴォ 『…… おはよう、レネイド』」
「おはようございます、弓兵殿。ご機嫌は…… 悪そうですね」
あぁ、表情に出てしまっていたか。
「グゥ、グゥアォルフ、ガゥルァ クゥ ワフォオオン……
『いや、気にしなくていい、朝から少し無様を晒してな……』」
「アリスティア様がお話をしたいそうですけど、どうします?」
妹やバスター、アックスがどこに行ったかも確認する必要があるし、突然いなくなった手前、素直に顔を出しておいた方が良いだろう。
気を取り直して頷いた俺はレネイドに続いて部屋を後にした。
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