コイントスは……やめておこう
「ワゥ ガォオア ウォオン (このタイミングで此処かよ)」
白銀に輝く終極の螺旋階段を内包する“生命の樹”と名付けられた空間を訪れるのも既に3回目となる。この場で知り得た知識は現実に持ち出せないが、再度の訪問に於いては記憶の連続性が維持されており、以前に訪れた際のことも憶えていた。
「ッ、ウォガゥアウ…… (ッ、それにしてもだ……)」
ちらりと先程から痛みを感じる右肩に視線をやると、破損したレザーアーマーと傷口が見えて思わず顔を顰める。致命傷というほどではないが、治癒を受けない限りは継戦が難しい程度の負傷といったところか……
(いや、当てにならないのか?)
ここは心象が実体に先んずる空間であり、俺自身の認識が傷口の状態を表しているに過ぎない。その事実が不意に流れ込んだ知識から理解できた。故に実際はもっと酷い場合もあれば、軽傷という事も有り得る。
それに何故か傷口からは血が流れておらず、止血処理をされたかのようだと一瞬だけ思うものの、その疑問も直ぐに己の裡から浮き上がった知識で氷解する。
(現実の時間経過に於ける影響が極小になり、ここでは己の状態が固定されて…… 待て?)
そもそも “生命の樹” と呼称されるこの空間はいったい何なのか…… 暫し瞑目して、その疑念に応えるべく雪崩れ込んできた大量の情報を噛み砕いていく。
(魂に刻まれた生命の記憶、深層意識の最下層に埋もれた種族を超える根源たるアーキタイプ、そこから辿り着く魂の集う場所か…… 中々に意味不明だ)
まぁ、現実で目覚めれば即刻忘れてしまう事をあれこれ考えても仕方ない。
いつも通りに喝采と祝福の幻聴を聞きながら、輝く終極の螺旋階段を昇っていくと展望台のような円形フロアに辿り着いた。
「ウ、グオァル ガルクァオォオオン
(で、いきなり道が分かれているわけだが)」
そのフロアには上に昇る階段の他にも渡り廊下があり、中空に浮く別の螺旋階段へと繋がっている。それらを眺めながら歩みを止めて、新たな情報を待つが…… 理解できないノイズが意識を掠めるのみだ。
(仕方ない、天運に頼るとするか)
俺は腰袋の中からリアスティーゼ王国の金貨を一枚掴み、コイントスをしようとしたが、表面に刻まれた実物よりやや凛々しいアレクシウス王の胸像を見てやめた。何となく天運ではなくて奴に俺の先行きを委ねる気がしたからだ。
結局、直感に従って渡り廊下を選択する。
永劫雪白の空間に浮く螺旋階段が幻想的だったことに加え、単に渡り廊下を歩きたくなったからと言えなくもない。その渡り廊下を進む途中で外側に視線を向けると、無数の白銀に輝く螺旋階段が見える。
どれも俺の手の届く範囲ではないが、生命の系統樹に於ける根の部分で繋がっている事が何となく理解できた。
(壮大なものだな、“生命の樹” は……)
感慨深い気持ちを抱きながら進んで新たな螺旋階段へと到達した直後、知り得た知識を忘却の彼方に残したまま意識が現実へと浮揚した。
……………
………
…
「ッ、ウガアァアァ――ッ!!」
激痛と活力が身体中を走り抜けて、抑えきれずに叫びを上げる俺の牙が伸びる。さらには両手足の爪も鋭さを増し、顎や四肢の筋肉がより発達していく。
通称:アーチャー(雄)
種族:ヴォルフィッシュ・コボルト
階級:銀毛の狼犬人
技能:中級魔法(土・風) バトルクライ(同系鼓舞) 魔力強化(小 常時)
ハウリングノイズ(魔法を一定時間阻害)
獣化(感覚向上・音撃の咆哮) 人化(感覚鈍化)
称号:放縦気侭の銀狼
セルクラムの聖獣
武器:機械弓バロック(主) シミター(補)
武装:レザーアーマー(肩部破損) 魔導書『剛力粉砕:写本』
銀毛のコボルトが刹那の変化を遂げる様を認識しながらも、大剣巨躯の小鬼族ブレイブは動揺すること無く相棒のもとへと駆けつけ、倒れた友の上半身を起こして治癒魔法の術式を紡ぐ。
この瞬間に彼が下した判断は仇敵への追撃よりも友の救護であり、裂傷に押し当てられた掌から溢れる淡い白光が零れ落ちる命を少しばかり繋ぎ止める。
「ギードッ、ギズセクト!(ソードッ、傷は浅いぞ!)」
「ダトス レティアド、ギドア…… (嘘ついてんじゃねぇよ、馬鹿が……)」
短く言葉を交わす二匹の周囲をイーステリアの森から共にいる古参のゴブリンたちが固め、同様に負傷した同族を護るようにシルヴァの群れのコボルトたちも駆けつけた。
「アーヴァ―、クルァアン!? (アーチャー、大丈夫なの!?)」
「ッ、ワフィオゥ…… (ッ、何とかな……)」
痛みを堪えてシルヴァにやせ我慢の笑みを返していると、白フワのコボルトの一匹が有無を言わさず俺の肩に肉球を押し当てて治療を施す。
その最中も共に勢いを失った両種族は消極的に刃を交えていたが、不意に相手側から大声が響く。
「ギィ、ギァオウッ!! (ちッ、撤退だッ!!)」
「ギゥッ、ギギゥギォ (はい、ブレイブ様)」
「ギァ、ガドレ ギフィレウス (まぁ、負け戦も慣れたものです)」
俄かに相手方が騒がしくなった直後、両翼を崩されて包囲されつつあるゴブリンたちが組織的な動きで後退を始め、追手を撒くために幾つかの集団に分散しながら逃げ出していく。
先程、撤退指示らしきものを出した大剣巨躯のゴブリンも大柄な体で致命傷を負った双剣使いを担いで森の奥へと紛れていった。
「…… クゥアオォオオゥ? (…… 追撃はどうするの?)」
(後顧の憂いは断っておくに越した事はないが……)
遊撃隊にしてもオズワルド率いる弓兵たちは矢が尽きている頃合いだし、既に魔術師たちも魔力切れをいつ起こすかわからない。
ハスタ&シロの隊は激戦の両翼を担当していたので消耗が激しく、シルヴァ隊も大剣巨躯のゴブリンを押さえるために損害を出している。
結果的に損傷の少ないブラウ隊の立て耳コボルト達が無理のない範囲で追撃を担うことになり、ここでの戦いは終わりを迎えた。
いつも読んでいただいてありがとう御座います!
”皆様に楽しく読んでもらえる物語” を目指して日々精進です!




