スニーキングは慎重に……
ゴブリンたちの村から1~2㎞前後の地点は彼らの警戒圏内であり、定期的に何組かが巡回している。勿論、漫然と唯歩き回るのではなく、最低限の斥候兵としての役割を持っており、今も注意深く二匹のゴブリンが木々の影を渡るように担当区域を移動していた。
斥候兵の基本原則は “発見されない事” それに尽きる。少数で行動する斥候兵の場合、発見される事は即ち死に直結すると考えるべきだ。
そして、“発見されない事” ができる様になれば次は “先に相手を見つける事” であるが…… 彼らにとって残念なことに斥候兵としての資質は生存競争のライバルであるコボルトたちに軍配が上がる。
歴戦のコボルトたちはまさに猟犬なのだ。
ゴブリンたちもどうやら土や草を煮詰めた汁を身体に擦りつけることで体臭の隠蔽を図るぐらいの知恵はあるようだが、コボルトたちの嗅覚は誤魔化せない。
ただ、ゴブリンたちの鼻も無駄に大きいわけでもなく、相応の嗅覚を持っているためにやや後手に回るが接敵までにはその存在を感知できる。
むしろ、それすらできないようであれば、生存領域が重なるコボルトたちに駆逐されて既に根絶の憂き目にあっているだろう…… 彼らとて、長きに渡って生存競争を勝ち残ってきた種であり、運命の悪戯があれば今の人族にとって代わり、繁栄を極めていたかもしれない。
それを理解できない駆け出しの冒険者たちが油断して殺され、女性であれば捕らわれて過酷な目に遭うのだ……
(よし、ここからが正念場だな)
昨日、下見を済ませておいたGどもの村から2㎞ほどの地点まで少数の遊撃兵を率いて進出し、警戒意識を一段階引き上げているとシルヴァの群れの狩人頭オズワルドに小声で話し掛けられる。
「ウォアォン、ウォアル ガウクゥオ グォウ
(ここから先、この数での隠密行動は困難だ)」
「グゥ、ヴァン ウォオオゥ、ガルグォ ヴルオアゥ……
(あぁ、狩人頭の言う通り、奴らの鼻も飾りじゃない……)」
額に傷を持つ歴戦の弓兵と仲間のコボルト・ファイターたちが脚を止めたので、俺もそれに合わせて立ち止まり、やるべきことを済ませておく。
「ガルゥ、ワォオン…… ウォフ ガルォッ
(勿論、わかっている…… 風よ従えッ)」
風属性の魔力を操作し、俺達の半径20mほどを風が避けて吹くように調整する。以前、銀髪の魔導士エルネスタが俺達に気付かれずに集落を包囲した際に使われた風の中級魔法 “風絶” だ。
彼女は集落周辺の森一帯の風を止めてみせたが、そこまで大規模でなければ俺でも扱える。
「ウォフアォウ…… ルァウォ ウォルァアン
(風が凪いだ…… 若僧でも賢者ということか)」
これでゴブリンたちの嗅覚は誤魔化せるだろう、後は聴覚への対策か……
先程からチャプチャプと気になる音を鳴らしていた革の水筒を手に持つ。水音には生物の本能として意識が向くため、あまりそれを鳴らすのは良くない。
別に中身を捨てても良いが、各々の水筒の中身を足し合わせて満杯とし、音が鳴らないようにしておく。
さらに矢筒から極力音が出ないようにするための苦肉の策で、二本だけ矢を残して他を直ぐ解けるような結び方で縛って矢筒に戻した。
同様の処置を弓兵全員がした後、一度矢筒を降ろして魔術師を含む皆で飛び跳ねてみる。
ガチャ、ガチッ
「アゥ……(あぅ……)」
「ウゥ、クアゥウ(うっ、すみません)」
案の定、最後に加えた若いコボルト・メイジ二匹の腰袋の中で火打ち石と火打ち金などがぶつかり合って音を鳴らした。さらにノーアが身に付けていた装飾具も音を出したため、彼女は気まずそうな表情をしながら、身を飾るそれを外して腰袋にしまう。
(戦場で身を飾る意味など無いからな……)
傭兵時代、戦場で貴族たちの身なりを見て “コイツらは戦う気があるのか?” と疑問に思ったものだ……
なお、弓兵たちはオズワルドの指導の成果なのか練度が高いようで、無駄なものを身に付けておらず、気になる様な音は聞こえないあたり好感が持てる。
ともかく、念のために皆で腰袋をぎゅっと絞って根元から麻紐で縛ることで音鳴りを防ぐ。
その場でできる限りの対策をした後、遊撃隊は不自然に目立ってしまう上下の動きに注意しつつ、迂回経路で本隊の逆方向からゴブリンたちの村に迫っていく……
……………
………
…
「ギゥ、ギアゥッ!!(せッ、はあッ!!)」
ゴブリンたちの村の広場で長身痩躯の蒼白い肌をした小鬼族の剣聖、ソードが双剣を黙々と振るう。左の鉄剣を斜めに翳して護りとし、仮想する敵の斬撃を左手一本で受け流しながら、体裁きで側面に回り込み、右の鉄剣で脇腹への刺突を繰り出す。
「ガァッ!(がぁッ!)」
さらに左の鉄剣を逆手に持ち替えながら、頭髪を靡かせて独楽のように回転し、仮想敵の背後を取って遠心力を乗せた突きを背中へと叩き込む!
「ギィウルッ!!(貫けッ!!)」
最後、仮想敵の背に突き立てた鉄剣に紫電が迸って空気を焦がした。
「ゼゥ、ギドルギァ ガルゼォス、ギ―ドギォ
(中々、堂に入っているじゃないか、ソード殿)」
「ギゥ、レグスァル ベルギレゥス グドル
(ま、実戦じゃこう上手くはいかねぇけどな……)」
広場の切り株に腰掛けながら合いの手を入れる族長のヴァリに応じつつ、ソードは双剣を収めて伸びてきた頭髪を弄る。
(これはどこまで伸びるんだ? まさか人間の雌みたいにならないだろうな……)
そういえば、自分たちを見かけたら襲ってくる迷惑な冒険者という連中の雌を捕えたものの、今朝に自害していたことを思い出す。
また、狩りに出かける必要があるな…… と、ため息を吐いたところで、村の南東側が俄かに騒がしくなり、族長のヴァリの下へ、警戒に出ていた斥候兵のゴブリン二匹が駆けつけて倒れるように膝を突いた。
いつも通りに森中を警邏していた彼らは雑多なコボルトたちの匂いを察知し、風下に隠れて大勢の犬人族の姿を確認した後、死に物狂いで走ってきたのだ。
「ッ、ヴァリギァ、ガルギア ギゥルッ!ギグ ギデル レグディッ!!
(ッ、ヴァリ様、犬どもが来ますッ! 数は100匹近くかとッ!!)」
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