穏便な落としどころ
いつもありがとう御座います!
「あ、あれ? 力、はいらッ、ねぇ……うぁッ……ッぅ」
「お、おい、どうした!?ッ、うぇッ、あッ、あれ……」
見張りに立っていた二人の兵士がそのまま地面に尻もちを突いて、起き上がろうと足掻く。だが、その四肢には力が入らず、代わりに高熱が身体を苛んだ。
「な、何、ッ……かはッ、え!? ち、血?」
別の場所では、料理を移す皿を用意していた兵士が急に咳き込み、手元の皿へと吐き出した血に驚きながら頽れる。それらと同様の光景は駐留地の至る所で連鎖的に起こっていく。
その中で不快と倦怠を感じながらも動けるのはハーフエルフたちのみだ。
「ぐッ、おいッ、大丈夫かッ! くそッ、救護兵ッ!」
「だめだ、倒れてやがるッ!!」
仰向けに倒れ込む兵士を抱き起こしたハーフエルフの騎士はアースヒールの魔法を行使するが、効果は一瞬だけのもので呻き声を止めることはできない。
「何だ、おいッ! 説明しろッ!!」
「ッ、師団長、分かりません! 人間たちが急に……」
天幕から出てきたラギエルが混乱をきたすハーフエルフ騎士の胸倉を掴むが、その手は続けて外に出たレアドに制された。
「…… 落ち着けラギエル」
「ッ、すみません、先生」
同じ天幕から出てきたレアドが周囲を見渡して顔を顰める。
「くッ、私も少々気分が悪いが…… 人間たちのほうが重篤だな」
近くに倒れる救護兵の側に歩み寄って片膝を突き、その額に触れながら状況を確認していく。
「高熱、四肢に力が入っていない、私たちよりも人間の症状が重い。そして、風に混じる血の匂い……………… 流血病?」
あり得ないと思いながらも彼は即決して周囲のハーフエルフたちに指示を出す。
「皆、倒れている者を引き摺って天幕に入れ! 外に出るなッ! 吐血には触れるなよッ!!」
現状で倒れているハーフエルフはいないものの確かな不快感がある。何より自分たちも半分は人間の血が混じっているため、人族に甚大な被害を及ぼす疫病の警戒は必要だ。
「ッぅ、先生、偵察兵を出します」
「いや、やめておけ…… もし相手が白面の怪人なら犠牲が増える」
背後から声を掛けるメリダに振り向くことも無く応じ、遠征前に首都で聞いた噂を思い返す。
(聖堂教会の連中が討伐したと息巻いていたのは何だったんだ…… いや、そもそもエルフたちの都市に奴が現れること自体が在り得ないのか?)
「先生も早く中にッ」
「あぁ……」
考えても答えは出ず、レアドもメリダに背を押されて天幕の中へと戻った。
翌日、被害状況の確認に於いて明らかになった流血病と思しき感染者は全軍の6割に当たる約千二百名、その中にはクウォターエルフも含まれる。
残ったのは血を含んだ風の通り道から外れた兵士たちのみだ。
「ハーフエルフは復調したが…… クウォターは無理なのか」
「えぇ、彼らにも治癒魔法は効果がありませんでしたよ…… 証拠はありませんが、明らかにエルフどもの攻撃です。えげつない事しやがる…… くそッ、交渉するフリして騙し討ちかよッ!」
ラギエルの言う通り、タイミング的にそうとしか考えられず、沸々と怒りが湧いてくるが自分たちもいざとなれば武力行使を取ることを最初から決めているので、一概に非難できない。
(既に手詰まりか……)
兵数は未だ都市エルウィンドの衛兵隊の4倍近くあるが、今やそれ以上の病人を抱えているため行動が制限されてしまう。
(罹患した者たちを見捨てて今すぐ都市を制圧すべきか……ッ、馬鹿な、それではかつての “鎮守の杜” の連中と同じではないかッ!!)
それに攻勢に出たところで、昨日と同様の状況になれば壊滅する危険性があった。
「先生、時間です……」
「ッ、分かった、行こう」
悩ましい状況の中で、今日も交渉のためにレアドは数名の供を連れて都市の市庁舎の一室へと向かう。
……………
………
…
「都市長殿、もう一度お聞かせ願えますか?」
白磁に近い肌と薄っすらした翡翠眼のハーフエルフの男が問う。
「構わんよ、レアド殿。罹患した兵士たちに対する支援の用意がある。かなりの数が出血熱の類を患ったと聞き及んでいるのでな、そのままでは帰還もままならんだろう」
「…… 条件をお伺いしましょう」
「それは私からお話しさせてもらいますね」
都市長の視線を受けてエリザが後を引き受けた。
「条件はシンプルです、武装を解除してください」
「えっと、それは降伏勧告ですか? 昨日のアレが何かは分かりませんが、もう勝ったつもりなんですね、浅ましい」
口を挟んでくる薄っすら小麦色の肌をしたハーフエルフの護衛を手で制してレアドが応える。
「エリザ殿、それはメリダの言う通り降伏勧告に等しい。現状でそれを言えるのはやはり、昨日のアレが貴女たちの仕業だからか」
「いえ、存じませんね。どちらにしろ、そちらが用意している兵糧などを考えても直ぐに動けない現状は厳しいのでは?」
しれっと応じるエリザであるが、衛兵たちに駐屯地の状況を確認させた際には戦慄した。
世界樹からの魔力供給と自身の風魔法の相乗効果とは言え、何度も彼のコボルトにエルフたちへの影響が無いことを確認したくらいの脅威だ。
(兵糧か…… 一月足らずは持つが、輜重輸卒が臥せっている状況では、集積している近隣都市から補給することも難しい)
輸送手段がなければ、いくら物資が共和国内の近隣都市へと集積されていても意味がない。
「ですが、我々にはまだ一戦交えるだけの余力はある。我らとてこのまま何も得ずに帰還などできるはずがない」
幾分、ブラフを混ぜて脅しを掛けるレアドに対して、宰相令嬢がにっこりと微笑む。
「除装後に貴国から提案のあった世界樹 “記憶” のケアを行いましょう。私たちとしても世界樹が枯れるのは悲しいものがありますので……」
(信用は…… できるのか。恐らく “鎮守の杜” の各都市で迷いの結界に綻びが出ているのは我々と同じく世界樹の生命力を消費し過ぎた故、直ちに回復する類のものではないはずだ)
であるならば、暫くの間は共和国からの干渉も可能であり、下手な真似はしないと思える。
(それに現状で我々にできる事はあまりに少ない、ここが落としどころか……)
「メリダ、本国に対して伝令を出す。そうだな “標的の都市に駐留するも、現地の流行り病にて被害甚大のために撤退を模索する。その間に世界樹の治癒を行いたい” という内容で頼む」
「分かりました、その様に伝えてここの “慈愛” との繋がりを復旧させます」
交渉の行方が大まかに定まったところで、交渉の場に付く全員の表情が僅かに緩まった。なお、この交渉を以って自衛のための一部の兵を残して共和国陸軍は除装する。
後日、都市エルウィンドの “慈愛” を経由して王都エルファストから再度繋がりを持った “記憶” の治癒がアリスティアによって試みられ、一定の成果が共和国側でも確認された。
同時に病に臥せっていた千人を超える共和国陸軍の兵士たちも一部症状が重い者を除いて徐々に復調して帰路へと着き、結果的に双方無駄な血を流すことなく一連の事件は収まりを迎えていく。
なお、陰で活躍した蒼色巨躯のコボルトにはアリスティアから称号と大量の蜂蜜が贈られたという……
【称号追加:世界樹の騎士】
……………
………
…
そして時を数日遡り、居残り組の三匹が騒動に一枚噛んでいた頃の弓兵はというと……
非才の身ではありますが、
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