とある冒険者の噂
そして、今日も天を衝き白銀に輝く二重螺旋を最下層から一匹のコボルトが昇っていく。
一般的に進化とは突然の変異が切っ掛けとされるが……
変異は遺伝子のエラーが引き起こすものであり、かつて論じられたように必ず環境に対して有利に働くものでもなく、一般的にはランダムかつ中立的に働くものだ。
ただ、生じた変わり種の中で最も環境に適した種が最終的に生き残るため、事実だけを見れば “進化は環境に対して有利に働く” と思われがちなのだろう。
「ワゥ、”ワォフヴォルグ” グァングル ウァオアァウゥ
(まあ、“終極の螺旋階段” は上にしか伸びてないけどな)」
祝福と喝采の中、白銀の螺旋階段を昇るブレイザーはその矛盾に思いを馳せる。先ほどの小難しい話は全てこの “生命の樹” と呼ばれる空間に辿り着いてから得た知識によるものだ。
「…… ガゥ、グルァアオォオウゥ オルファアオォン?
(…… いや、昇っているつもりで降りていたりするのか?)」
彼は足を止めて黙考し、暫時の後に直感を頼りとして結論付けた。
「グオゥ、”ヴォルガン” グォフル ウォガゥウフッ……
(恐らく、“進化の果て” はロクなものじゃないな……)」
どこからともなく幻聴のように聞こえてくる声は白銀の螺旋階段を昇ることを賛美するが、ブレイザーは程々にしておこうと思うのだった。
その想いも全て、今この瞬間だけの泡沫の夢であり、夢は醒めるものだ。目覚めた彼の眼下には血だまりに倒れる灰色熊の姿があり、視線を上げると唖然とした表情のランサーが言葉を漏らす。
「ワフッ、ワファアンッ! (えッ、何が起きたのッ!)」
先程、灰色熊の頭部にロングソードを突き刺したブレイザーが後方に飛び退き、アックスが戦斧を横薙ぎに振り抜いて止めを刺した直後、二人の外見に変化があった。
ブレイザーの毛並みはやや短くごわごわしたものとなり、背中から尻尾にかけて黒い毛が混じっている。さらに彼の耳はピンと立ち、その身体も引き締まった長身痩躯となっていた。
どうやら風変わりなコボルト・アーチャーに率いられた五匹は素直に上位種であるコボルト・ファイターにはならないようだ。
通称:ブレイザー(雄)
種族:コボルト
階級:コボルト・ジャッカル
技能:気配遮断(中) Luck+(小)
称号:意識の外から這いよる犬
武器:ロングソード
武装:シールド
補助:マント
一方、アックスは体躯がさらに大きくなり、もはやバスターと変わらなくなった。身体を覆う手触りの良さそうな長く蒼い毛並みは刀剣の刃を滑らせ、分厚い皮膚は弾力性に富んだ性質を持つことで物理的な衝撃を緩和する。
通称:アックス(雄)
種族:コボルト
階級:コボルト・ディフェンダー
技能:斬撃耐性 衝撃耐性
称号:森の木こり
武器:戦斧
武装:シールド
補助:なし
「アゥッ!? グルルァン ワォアァウゥ 、グスン
(あれッ!? 僕の毛色が変わっちゃったよぅ、ぐすん)」
「ン、グルゥ クァルゥ?
(ん、俺も細くなった?)」
二匹は首を捻りながら自身の身体をしきりに確かめている。
「フゥ、ガァルア ワォファアン……
(ふぅ、中身は変わってないようね……)」
その様子を見て安堵したランサーは二人のもとへと歩いていく。
「ガル、ウォアルァウ ガルグァアンッ♪
(コレ、持って帰って熊肉祭りねッ♪)」
警告の遠吠えに反応してここに来る前、自分が捌いていた狸のことをすっかり忘れ、彼女は目の前の食べ応えありそうなご馳走にじゅるりと涎を零した。
なお、ランサーが置いてきた捌きかけの狸はどうなったかと言うと……
「アゥ!? ワゥアァーン♪ (あ!? お肉が落ちてるッ♪)」
「ワフッ? クキュウッ! (えッ? どこなのッ!)」
という感じで、集落の幼い仔ボルトたちが美味しくいただきました。
……………
………
…
他方の一行はと言えば…… 未だ集落から離れた森の中であり、赤毛の魔導士ミュリエルは手元の地図と方位磁針を眺めながら困っていた。
「うぅ、やっぱりグラウ村から遠ざかっているよね……」
途中でロックリザードに追いかけられたため、完璧にマッピングできているとは限らないけれども、大体は合っているはず…… だとすれば、この三匹の帰る集落は北のグラウ村と南のエルフたちの生活域の中間ぐらい、ヴィエル村の近所なのかな?
確かちょっと前、その付近の森に採取依頼を受けて出かけた駆け出し冒険者のパーティー二組がマッチョなコボルトたちにあえなく倒されて、身ぐるみを剥がされたという話がギルド経由で噂になったけど……
私はちらりと前を歩く三匹を覗う。
さっき呼称を教えてもらったバスターの背には大剣が、ダガーの両手には二本の短剣、アーチャーは弓とショートソードを持ち、各々がレザーアーマーを着込んでいる。
…… 衛兵さんッ! ここに犯人がいますッ!!
なんて、助けてくれた彼らの不利益になることはしないけどね。
「そもそも、人の法で人以外を裁くことはできないから……」
それに噂は信憑性が無いと言われてバッサリと切り捨てられていた。
先ず、普通のコボルトより一回り大きいマッチョなコボルト達(複数)というのが疑われて、次に大きな怪我をさせられることなく、スマートに身ぐるみを剥がされているために疑念が増してしまう。
被害者の身体には噛みつかれた痕跡や爪痕もなく、打撲の跡があるのみ…… 故にコボルトの仕業と断定できなかったけど、魔物とは思えないほど賢い銀色のコボルトならそれも計算済みなのかもしれない。
さらに証言をしたのが実績の低い “鉄” の冒険者だったことも影響している。
ヴィエル村から5時間ほど歩いたところにあるゼルグラの町の彼らが所属する冒険者ギルドが調査をしたものの…… 最近、街道に出没すると言われる野盗の仕業か、若しくは虚言の可能性があると結論付けられた。
そんな話を冒険者ギルドで噂話が好きな受付嬢から聞いたことを思い出す。
「………… 事実は小説よりも奇なり、ね」
私は同じ新米の冒険者として、犬人たちに身ぐるみを剥がされた彼らを気の毒に思って呟く。
読んでくださる皆様には本当に感謝です!!
拙い作品ではありますが、頑張って書いて行こうという励みになります。