ハーフエルフたちの事情
先に共和国の話を3話構成で行きます!
考えるまでも無く、レアドがエルフモドキになった原因の一端は当時の “鎮守の杜” にある。それにも拘らず、蔑称で呼ばれる事には苛立ちを覚えずにいられない。
「特に白磁の連中は凝り固まった血統主義だとは聞いていたが……」
ハーフエルフたちも親の氏族により、色素の薄い肌、青白い肌、小麦色の肌に分かれる。だが、彼らは数が少なく、共和国内に於いて差別的な扱いを受けていたために肌の色に関わらずその結束は固い。
実質的に全てのハーフエルフがレアドの下に集っているわけで、その仲間意識の高さが窺える。そもそも、初期に生まれたハーフエルフ達の中で一番恵まれた環境にあったのが彼だ。
レアドの母親であり、白磁の肌を持つエレノはその美しさゆえに大貴族である父親に妾として買われた。そのような馴れ初めであるものの、身請けした父親が本心から彼女を愛していたため、様々な反対に遭いながらも次期当主として育てられる。
惜しむらくは、父親の妻子に対する愛は本物であったが、母親のエレノは最後までそれを受け入れずに病死した事であろうか……
ともあれ、幸運にも貴族制共和国における有力な家の当主となった彼は当時過酷な状況にあったハーフエルフたちを買い取り、又は雇い入れていく。結果、総勢で二百五十余名のハーフエルフやクウォターエルフが彼の下に集う。
長命である彼らはその強みを活かして共和国の要職に就いた者も少なくない。共和国陸軍第2師団長ラギエルもその一人であり、この遠征に於ける全権を持つ特使であるレアドの指名もあって今この場にいる。
「期限は明後日ですが、連中はどういう返事をしてくるんでしょうね、レアド先生」
因みに、レアドに拾われた若い世代のハーフエルフたちは皆が彼の薫陶を受けているため、非公式な場では “先生” の敬称を付ける者が多い。
「メリダからの報告を考慮すれば、十中八九、拒否だろうな」
「でしょうね」
不意に後ろから声が掛かり、振り向くと噂をすれば何とやらで…… 小麦色の肌に銀髪を持つ黒曜のハーフエルフがやってくる。
「エルウィンドの様子はどうだ?」
「特に動きはありませんね、下手な動きをするなという警告は有効みたいです」
その返答に頷き、暫し黙考してからレアドは念を押しておく。
「慎重に頼む、迷いの結界が本調子になる可能性は低いが…… 万一はあり得るからな」
「はい、任せてください!あ、先生、全部終わったら一杯どうですか?」
あざとく小首を傾げる斥候兵長のメリダをあしらい、共和国の特使は野営地から都市エルウィンドのある森の奥を見つめて軽く溜息を吐いた。
(…… やるならば最小の犠牲で済ませねばな)
強引な手段を辞さないほどに共和国で世界樹の持つ意義は大きい。
そこから生み出される国家予算の約10%に及ぶ金銭的価値に加え、共和国の象徴としての価値もある。又、世界樹に由来する資源を産出可能な西方諸国で唯一の国家である事実も大きく、外交上の優位性を得ることに一役買っていた。
もし枯れるような事があれば、祖国衰退の要因となることは確かだ。
……………
………
…
早朝から女王アリスティアの広々とした私室に宰相親子と世界樹の巫女リスティが集まり、その手に官僚たちが作成した資料を持って議論を交わす。
「特にこの国交再開が問題ですな……」
「えぇ、珍しくお父様と同意見です」
「…… 我が身の不徳とは言え、政情不安を招いたのは元を正せば六百年前にフィルランド共和国から流入した概念が根幹にありますからね」
改革と保守の穏健派連合の尽力により、暴力を辞さない革命的な論調は落ち着いているが、権利解放を求める黒曜の氏族と支配者層である白磁のエルフの溝は浅くない。
この状況で貴族制に係る一部を除き、比較的自由な気風を持つ共和国と関わるのは状況を混沌とさせるだろうし、その隙を突いて “鎮守の杜” が制圧されかねない。
「で、あれば都市エルウィンドへの共和国軍駐留もダメですね。恐らくは迷いの結界に対する保険なのでしょうけど…… 」
巻き髪を弄りながら考え込むエリザの言う通り、提示した条件をエルフたちに受け入れさせても、事後に結界が復調すれば外部からの干渉は遮断される。その為、都市エルウィンドを人質に取るという意図が透けて見えた。
「後は世界樹 “記憶” の治癒に関してですが、これも断るべきです。一度、力に屈して要求を呑むと足元を見られますからな」
宰相テオドールの言葉にアリスティアは暫し黙考する。
「リスティ、距離はありますが地脈を経由して、“永遠”と“記憶”を繋ぐことは?」
「元々、“慈愛”を介して繋がっておりますよ。そのような土地を選びましたので…… 今は彼らの首都となっているようですが。ただ、私たちからの干渉はできません」
世界樹は成長が早いため、断交に至った頃には十分に育っており、人族にすれば霊薬になる葉や魔道具の素材となる枝が手に入る状態であった。そのため、“鎮守の杜” からの干渉を危惧して地脈を経由した世界樹同士の繋がりから独立させたのだろう。
現状でも何の担保も無しに干渉を許すわけがない。
「…… 都市エルウィンド周辺の迷いの結界の状況は?」
「未だ本調子ではありません、陛下」
リスティの説明に宰相テオドールが表情を曇らせていく。
「エルウィンドからの追加の伝令によれば、迷いの結界の境界に共和国兵二千ほどを確認しています。輜重卒兵を除いた実戦力は千六百ほどです」
「こちらの兵の状況はどうなっています?」
「即応できるのは王都の衛兵隊が二百六十名ほどです。黒曜の氏族を動員して装備を渡せば千名近くになりましょうが……」
よもや外敵がある状況で内乱を起こすとは思いたくないものの、歯切れの悪い宰相の表情には一抹の不安が残る。
「…… 場合によれば王都にも矛先が向きます、その準備はしておいてください。それとエルレイクとエルダートの両都市にも援軍を出せるように同様の指示をお願いします」
「それで兵力的には対等といったところですわね、陛下。ただ、それまで共和国側が黙って傍観しているとも思えません」
エリザの言葉通り、共和国の使者が提示した条件に対する返答期限はこちらに余計な事をさせないように定められているため、都市エルウィンドに対するまともな救援措置は取れない。
(分かっていた事ですが、八方塞がりですね……)
重い溜め息をつくアリスティアに悪友が献策する。
「…… 希望的観測が入りますけど、よろしいでしょうか?」
「えぇ、お願いします」
「共和国の特使殿、提示してきた条件は一方的ですが、こちらへの配慮も見えます」
「つまり?」
「人族の都合など分かりませんが、事を荒立てたくないという意図があるのかと…… 少なくとも世界樹のことに関しては私たちの協力を必要とします」
暫し考えを纏めてから彼女は話を続ける。
「都市エルウィンドへの駐留を認め、継続した交渉をおこないましょう。少なくとも迷いの結界の復調まで多少の時間が稼げて、表面化させない範囲で兵の準備もできますから」
“丁重に招かれれば暴れにくいでしょうしね” と最後に付け加える。
こうして都市エルウィンドにその旨を伝える伝令兵が出され、共和国陸軍第2師団は都市郊外に陣地を構える事となり、交渉担当としてはエリザが赴くことが決まった。
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