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釣れたけど……

太陽が中天を過ぎた頃合いで、途中に狩りと朝餉を挟みつつも俺はクラスフルーメ川に辿り着いた。古代の森はエルフが棲む豊かな森だけあって様々な匂いが混然としており、水の匂いが掻き消されるため少々迷ったのだ。


(最初から、水の匂いよりもこっちを優先すべきだったか……)


結局、水の匂いではなく、川辺に群生する葦科の植物など緑の香りを頼りに川辺を見つける事ができた。春先ならば水辺に咲くアイリスや勿忘草などの花の香りを当てにする事もできただろう。


因みにここにくる途中でも、方角の確認をする際に植物には助けられた。


この周辺には方向指標植物の一種であるアヤメ科の植物グラジオラスが所々に自生しており、その根元から伸びる葉は自然環境下では南北に伸びる。それと時間帯による太陽の位置を合わせれば凡その方角が判断できる。


なお、この知識は赤毛の魔導士娘ミュリエルとの雑談の中で得たものだ。生物学者の卵というのは伊達じゃないらしい。


(ミュリエルに感謝だな)


赤毛の少女に心の中で礼を述べつつ、取り敢えず革の水筒を水面へと沈めていると魚影が目に留まった。一応、腰袋には火打石と火打金、麻繊維の火種が入っており、麻糸やイノシシ系魔物の牙をスミスが加工した骨釣り針もある。


「ワゥッ、ガゥルァ ヴァルウォアン!

(よしッ、昼餉は焼き魚にしよう!)」


偶には釣りも良いかと思いつつ、いそいそと腰袋から骨釣り針を取り出す。何でも美味しく頂いたイノシシの下顎の骨から奥歯を引っこ抜いて、砕いた後にちょうど良い形になったものを選んで加工するとか。


多くの哺乳類の歯の根は歯茎と接合するために4つの杭になっており、ちょうど真ん中で上手く割るとU字型になるので釣り針への加工が容易だ。それに歯は骨の中でも特に硬質のため強度は十分となる。


(それにしても、器用なものだな……)


コボルト・スミスの仕事を評しつつ、麻の繊維をほぐして寄り合わせた麻糸を骨釣り針にしっかりと括り付け、反対側を適当に拾ってきた木の枝先に結ぶと完成だ。


(さて、手頃な場所は……)


この辺りでは流れが緩やかなクラスフルーメ川を見渡す。中程に腰掛けできそうな大きさの岩を見つけると、両脚に魔法で生じさせた旋風を纏って跳躍し、目的とした岩の上に難なく着地する。


「グゥオルァ ウォルウァアオゥ ウォアン

(たまには一人でふらりっていうのも良いかも)」


このままはぐれコボルトになってもやっていけるんじゃないか? などと取り留めのない事を考えながら、水面に釣り針を沈め、微妙に手首を動かしながら魚が食いつくのを待つ。


(ニジマスとかいるかな? 焼いたらうまそうだ…… じゅるり、ッ!?)


釣ってもいない魚に思いを馳せていると周囲に複数の微かな気配を感じ、意識を聴覚と嗅覚に集中させて状況を把握する。


(あ~、やっちまった…… 縄張りに入っていたか)


水源周辺は様々な生物が暮らしを営む。当然、人族や猫人族、森人族に犬人族なども水源の近くに集落や町、さらには都市を築くため、水辺ではそこに根差した者たちと出会うこともあるのだ。


(……風の護りをッ)


念のため弓矢や攻撃魔法などの飛び道具を警戒して、人族も扱う汎用的な風の中級魔法ウィンドプロテクションを密かに展開する。余談ではあるが、魔物しか使えない魔法を分類上の人外魔法とするため、この魔法はそれに該当しない。


一応、護りは固めたものの…… 俺達の種族は同族殺しを忌避する性質があるため血生臭い話にはならないだろう。


「…… ガルオオォゥ、ワァゥ (…… 出てこいよ、兄弟)」


岩に腰掛けて骨釣り針を水面に垂らしたまま、ひと際強い魔力を感じた方向へと視線をむけて声を掛けると、木々の合間からくすんだ銀色の毛並みを持つコボルトが姿を現した。


「ガゥウ、グルゥクァウ (失礼な、私は雌ですよ)」

「ガゥルウァ、ッ!? (それはすまない、ッ!?)」


何故かこの瞬間に魚が骨釣り針へと喰らいつき、反射的に俺は竿を引き上げる!

そして、水面から小型のサケ科に見える魚が釣り上げられて俺の手中に納まった。


「「…………」」


ピチ ピチッ


川岸からこちらを見つめるハイ・コボルトの雌と俺の間に沈黙が降りる。


「ワファオオン、グルァ……

(何やってんだよ、お前ら……)」


呆れ顔で横合いの茂みから、白と黒の混色毛を持つ引き締まった体躯の精悍なコボルトが出てくる。その手に鉄槍を持ち、腕白の毛並みにしっぽが長いところを見るとコボルト・ウォリアーなのだろう。


(…… しかし、鉄の加工ができるのか)


この辺りのコボルトたちはイーステリアの仲間たちよりも文明的に優れているのかもしれない。だとすれば、原因はコボルトとも交流があるというエルフたちなのだろう。


「ワゥ、ヴォアルォ グルァアアァン

(まぁ、タイミングが悪いってこった)」


「ウォアアァウォォン~

(そういうのもあるよね~)」


刃の部分に持ち手がある柄無しハンドアックスを両手に握り込んだ薄茶巨躯のコボルトがのそりと現れ、後ろからフワっとした白い毛並みの小柄なコボルトが続く。


薄茶巨躯のコボルトは刃を握って殴りつける武器の形状から判断すればコボルト・ストライカーで、小柄な方はフード付き外套と樫の杖を持っているため術師系に見える。


彼らを皮切りに木々や茂みに潜んでいたコボルトたちも姿を露にするが……


(ッ、複数の群れが混在している!?)


最初に現れたハイ・コボルトの周囲には一般的な薄茶色のコボルト達、精悍なコボルト・ウォリアーの下には白黒の毛並みをした体躯の良さげなコボルトたちが集う。


そして、薄茶巨躯のコボルトの側には一見すると普通だが、三角形の立ち耳にくるりとした巻きしっぽの連中が、白いコボルトの周囲にも同じような小柄でフワっとした白い毛並みを持つ者たちが集まっていた……

白黒の精悍なコボ達はハスキー、薄茶で三角形の立ち耳コボ達は秋田犬のイメージです。


【書籍化改稿作業のため、更新頻度が週1~2回となります<(_ _)>】


面白いと思っていただけたなら幸いです。

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