そこに世界樹があるからさ!
ザバァァアァッ
王都エルファストの郊外の森の中、街に引き込まれているクラルスフルーメ川で水浴びを済まして、川岸に上がる。辺りはまだ暗く、森の中であればなお一層のことだ。
「ガゥ、ウルァン (さて、頃合いか)」
ブルブルと身震いして水気を切った後に身だしなみを整えると、川の流れに沿ってできたであろう小規模な森を飛び出して耕作地を突っ走り、来た道を戻る。
「ウォフ…… (風よ……)」
外縁に位置する黒曜の居住区に入った辺りで、早朝ゆえに人気は無いものの両脚に旋風を纏わせて高く飛翔し、手近な建物の屋根上に立つ。
目指すはエルファストの中枢、王城に囲われた世界樹だ。
何故って、あんなに大きな樹なんだぜ?
(登らない選択はないだろうッ!!)
因みに、夜明け前の時間帯を選んだのは朝日を拝むためと、妹が起きていたら一緒についてきそうだからだ。一応、風使いの端くれである俺ならば万一に落下しても、上昇気流を操作して落下速度を緩められるが…… 妹の面倒までは難しい。
故にベッドシーツにすりすりと身体を擦りつけて毛玉を量産している妹や仲間たちが寝ている間に、コッソリと王城西館の客室から抜け出し、先ずは眠気覚ましに水浴びと洒落込んだわけだ。
まぁ、常に周囲への警戒を怠らない長身痩躯のコボルトが居れば、そういう訳にもいかなかっただろうが……
そんな事を考えているうちに街並みは簡素な建物から青銅のエルフたちが拘り抜いた無駄に芸術性を追求したモノへと切り替わり、そこを抜けると今度は一部貴族の邸宅や議会などの大型建築物を有する白磁の街並みが姿を現す。
さらに駆け抜けると、やがて高さ6m程の王城の西門が見えてきた。
そこで一度、見張りの衛兵の配置を確認してから街路に降り、軽く助走をつけながら両脚に纏わせた旋風を瞬間的に暴風と成して跳躍する。
(よっ、と!)
城壁の端に両手を引っ掛けて壁面を蹴り上げ、その反動を利用しつつもバランスを取り、体を半回転させて城壁の上で倒立を極める。
(せッ!)
その状態から直ぐに城壁の内側へ音も無く身を降ろして伏せれば、城壁破りの完了だ。
(ふむ、現状の身体能力を以ってすれば6m程度の城壁ぐらいは余裕だな)
ただし、エルフたちの王城があまり攻められる事を想定していない宮殿様式のため簡易な城壁となっているだけで、高さ15~16mの城壁となればこうも簡単にいくまい……
(今はそんな事、どうでもいいがなッ!)
衛兵たちに見つかれば、アリスティアや昨日の巻き髪ドレスのエルフ娘あたりに怒られそうだからな、早々に城壁の上から王城内郭に飛び降り、“世界樹の森” と呼ばれている庭園に向かう。
(…… さて、ここが正念場だ)
庭園に踏み込む前に地面に手を突いて魔力の流れを精査すると、案の定、感知術式が仕込まれている。どうやら、世界樹の四方に配置された魔法装置か何かで、大樹の生命力を魔力変換して異質な魔力の混入を検知するようだ。
検知後の術者への伝達手段までは分からないが、凡そ魔術的経路か特定周波数の波動あたりか…… 駆け出し傭兵の頃、潜入行動の際にドジ踏んで引っかかった経験を思い出す。
あの時、バディを組んでいたレオナルドが逃げる際に負傷して、奴の恋人のリザに平手打ちされたのも今となってはいい思い出だ。
少し過去に浸りつつ、腰袋から “世界樹の種” を取り出し、そこに宿る魔力を薄く身に纏い、自身の魔力を隠蔽する。
そして、そ~っと一歩だけ感知術式の領域内に踏み込んだ。
(やはり、世界樹由来の同質な魔力には反応しないか)
厳密には世界樹の個体差による微々たる差はあるが、感知術式の閾値を超えない限りは問題ない。そもそもアリやバッタなどの小さな生き物の魔力にまで反応していれば、常時侵入者アリだ、何の役にも立たないだろう。
故に地表を流れる魔力との誤差が少なければ反応はしないように普通は術式が組まれているのだ。
(よし、征かせてもらうぜッ!!)
意気揚々と銀色のコボルトは世界樹を登り始めたのだが……
「んっ、あぅっ、……ッ」
王城本館2階の壁面に青銅のエルフたちによる煌びやかな銀や螺鈿の細工が施された豪奢な部屋がある。そこのやはり豪奢な天蓋付きベッドの上で、シルバーブロンドの長い髪を乱してエルフの女王が身悶える。
「んぅ…ッう、あぅ、うぅ~?」
不意に襲ってきた体中をまさぐるような感覚にアリスティアが目を覚まして、上体を起こす。
昨夜、不調となってしまっている世界樹の状態を自ら確認するため、その接続を極限まで強めて精査確認をおこなっていて、そのまま眠りに就いてしまっていたようだ……
故にダイレクトに銀色のコボルトが世界樹をよじ登る感覚が伝わってくる。
「…………………… う~、違う世界樹の魔力? でも……」
よく知っている魔力の波動、何しろその世界樹の種を孵化させたのは他ならぬ彼女で…… つまり、バレバレであった。
本来なら、神聖な世界樹を登るなど認められない行為であるが…… 騒ぎになっていない以上はリスティたち、世界樹の巫女は気付いていないのだろう。
「世界樹の種の魔力で偽装を…… んぅ、彼なら良いですけれど」
寝ぼけまなこを軽く擦って考えを纏めた後、問題ないと判断した彼女は再び身体を久しぶりのベッドにダイブさせるが……
「ッ、んッ、ちょっ、これは…… 肉球の感触がッ、んぅッ」
頻繁に身体を這いまわる微妙な刺激で眠りに就けない。世界樹との深い接続を切れば良いだけなのだが、寝ぼけたアリスティアがそれに気付くのはもう少し後になるのだった。
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