居残りの3匹が切る!
一方、こちらはコボルトの “集落” でお留守番中の三匹はというと……
「ワファウ~、ウォルワオゥウ ワォアァン
(平和だな~、いつもこうだと嬉しいよぅ)」
自らが切った木を背にぐでっと大きな身体を投げ出して、木漏れ日の中に微睡むのはアックスだ。この集落の中で異彩を放つ6匹のひとりである彼は平和主義者である。
最近はボスの言いつけ通りに集落中央部の樹木を日々伐採していて、もはや戦斧で木を切るのも慣れたものとなっていた。ただ、戦斧での伐採に特化したため、変な癖が付いていることにアックスは気づいていない。
本業の木こりからすれば、突っ込みどころ満載であった。
そんな彼の後方、茂みの中には怪しい影が……
「フッ、ウォアァ ファルオォン、グォオルァ!!
(ふっ、いい感じに隙だらけだな、不意打つぜッ!!)」
「ワフッ!? (えッ!?)」
慌てて上体を起こし、襲撃者へ振り向いたアックスの額にペシッと軽く木剣が直撃する。
「ワォオフッ、ワオァーンッ!
(何すんだよぅ、ブレイザーッ!)」
「クゥ、ルァウ、グォル ファルオォウ グウォオアン……
(いや、すまん、あまりに隙だらけで誘われてるのかと……)」
頭を掻いて詫びるのは犬人族の長剣使いブレイザーだ。
ロングソードという王道的な武器を持っているが、その性格は微妙に真ん中を外れていた。彼の信念は “まともに勝負しないこと!” である。
だが、何もブレイザーは勝負から逃げ出すことを推奨しているわけではない。コボルトの雄には負けられない戦いもある。要するに彼が言いたいのは “勝てば官軍” だ。
どんな手段を使っても最後に立っているモノが強いとすれば、逆説的にまともに相手と向き合わないことが最も合理的ではないか?
そう考える彼からすれば、お互いに得物を手に対峙している段階で下策に過ぎない。故に不意打ち、闇討ち、夜討ち朝駆けを理想とする。
正面から粉砕する性分のバスターとは反対の性質を持つコボルトと言えるが……
「ワフィオアァン、グルォファウ (何やってんのよ、あんたたちは)」
森で狩ってきた狸を手に持ち、ランサーは目の前でじゃれ合う二匹に溜息を吐く。
「ウ、クァアン~ (あ、おかえり~)」
「ン、クゥアウ、グルァルアゥ ウァルオァアン?
(ん、ランサー、御頭のマザーの世話はいいのか?)」
「ガゥ、グォア クゥルファオウッ
(もう、そんな季節じゃないでしょ)」
繁殖期の間、彼女のボスは自身のマザーに近付く雄たちの撃退を頼んでいた。
自分でボコればいいでしょ?と言ったところ……
”グルアオウゥ、グルゥオファンッ (ガキっぽくて、恥ずかしいじゃねぇか)”
なんて言葉を返してきた。
何故、雄と言うのは幾つになっても子供なのだろうか……
目の前でじゃれ合うアックスとブレイザーを一瞥し、ランサーは木の切り株に腰掛けて狩猟の成果である狸を黒曜石のナイフで捌き出した。
「ン、グアォウ クゥガクァルフ ウォアァンッ
(ん、ダガーの短剣を借りれば楽なんだけどッ)」
切れ味の悪いナイフに苦戦していると、不意に森から警戒を示す遠吠えが響く。
「グァンオッ! (二人ともッ!)」
「ワフッ (あぁ)」
「ワォンッ (うん)」
一瞬だけ顔を見合わせた三匹は遠吠えの場所に駆けていくが、そこで目にしたのは幼い記憶に焼き付き、トラウマと化した灰色の巨大熊だった。
「ガォアァアアーッ!!」
「グァ、グルゥオアッ!(うお、グレイベアかよッ!)」
いずれ討ち取るつもりだと群れを率いる幼馴染から聞いているが、心の準備ができていなかったこともあり、一瞬だけ足が竦んだブレイザーとアックスの動きが止まる。
その二匹の脇をランサーが走り抜け、勢いのまま灰色熊へと槍の刺突を繰り出した。
「ッ、グゥッ!?」
鋭い槍撃が地に伏せる集落のコボルトに止めを刺そうと振り下ろされる寸前の灰色熊の腕を穿ち、仲間の窮地を救う。
「ガルゥ (退きなよ)」
「グゥ、ルァウッ…… (ぐぅ、すまんッ……)」
腕と脇腹を負傷した同族が後ずさりしながら距離を取り、その動きに反応した灰色熊が仁王立ちの姿勢から庇い立つランサーに爪撃を振り降ろす。
「ガルゥアアァッ!!」
襲い掛かる鋭い爪の一撃を彼女は飛び退いて躱すが、そのまま両掌を地に突いて四つん這いとなった灰色熊は大顎を開けて涎を撒き散らしながら飛び込んできた。
「クルゥッ!?(嘘ッ!?)」
不意を突かれて僅かに回避が遅れた彼女へと鋭い牙が迫る!
無論、噛みつかれれば無事では済まない。
「グルォアアーーーッ!! (うぉおおーーーッ!!)」
ガキィッ
間一髪で灰色熊とランサーの間にアックスの戦斧が振り下ろされて牙を阻む。
「クルァウ、クァアンッ (ありがと、助かったわッ)」
「ウォフッ (当然だよぅ)」
「クゥ、グルァアゥルオ ヴォルアァアゥ……
(でも、ボスのいない時に出くわすなんてね……)」
軽く言葉を交わしながらもランサーとアックスは摺り足をしながら、再び上体を起こした灰色熊を左右から挟むかたちに位置取りして機を合わせる。
「グルァアッ!!(喰らえッ!!)」
先んじて横薙ぎに振るわれたアックスの戦斧は側面を熊手で強打されて弾かれたが、一瞬の攻防により灰色熊の体勢が崩れ、続くランサーの槍撃がその隙を穿つ。
「ウォンッ!(そこッ!)」
「グゥッ!?」
だが頭部を狙った刺突も僅かに仰け反った灰色熊に紙一重で躱されてしまい、槍の太刀打ち部分がその強靭な顎で咥え込まれてしまう。
「ガゥッ、グルオアゥッ (ああもう、無駄に器用ねッ)」
彼女が忌々しく言い捨てた瞬間、灰色熊を目掛けて頭上から黒い影が降る!
「ヴォアルオォンッ !!(くたばりやがれッ!!)」
接敵後から密かに気配を抑え、樹上に移動して機を窺っていたブレイザーが自由落下の加速を乗せて、逆手に握り込んだ長剣を灰色熊の脳天へと突き刺す。
「ガゥッ…ッグ……」
「ガルゥアァーッ (これで終わりだよッ)」
ザシュッ
致命傷を負った相手にダメ押しとばかりにアックスの戦斧が振り抜かれ、ドォウッと音を立てて灰色の巨大な熊、グレイベアは自ら流した血の海に沈む。
こうして当初の目標であったグレイベアの討伐は旅に出た三匹の与り知らないところで果たされた。
読んでくださる皆様には本当に感謝です!!
拙い作品ではありますが、頑張って書いて行こうという励みになります。