蜂蜜を精製しよう!
「ワゥウ、ウァオアン? 『アックス、大丈夫か?』」
「ウッウ~、ワォアゥ クァーン……
(うっう~、あちこち痛いよぅ……)」
蒼い巨躯を丸めて腰をさすりながらアックスがこちらへと戻ってきた。
「ウ、グゥヴァア クルゥキュアン~♪
(あ、でも蜂蜜食べたら治るかも~♪)」
「ヴォ ウォルオゥ…… クルゥア、ワゥウキュアオゥ
『また適当なことを…… スティア、アックスの治療を』」
「わぅう、がぅるぁあぁう (アックス、こっちきて)」
翡翠眼のエルフ娘が蒼色巨躯のコボルトを呼び寄せ、その胸板に手を押し当てて土属性と聖属性の魔力を混ぜ合わせながら術式を組み上げる。
「遍く子らに母なる大地の恵みを……」
大地の地脈を巡る生命の力が彼女とアックスを包んで一瞬だけ碧い光が淡く輝いた。
主に土属性と聖属性の双方を持つ白磁のエルフたちが扱うアースヒールにより、アックスの打撲や擦り傷が癒されていく。
この魔法は土属性と聖属性の複合魔法で、大地の生命力を分けてもらうと同時に、治癒を受ける者の新陳代謝を高めるため、赤毛の魔導士のヒーリングライトよりも効果が高いらしい。
治療を受ける蒼色巨躯のコボルトを眺めつつ、俺は妹から短剣を借りて少し離れた場所に置いてある陶器の大皿へと歩を進める。
そのまましゃがみ込んで皿の上にある黄金蜂の巣を少しだけ短剣で切り砕き、治療を終えたアックスに持っていってやると、奴はそれを嬉しそうに受け取った。
「キュア~~ン♪ (うま~~♪)」
「キュウ、クルゥオ~ (兄ちゃん、あたしも~)」
「クゥア、ヴァ ウォルアルォ クルルゥアゥ……
(お前、さっき手に付いたのを舐めてただろ……)」
「ウゥ~ (えぇ~)」
不満そうな妹の声を適当に聞き流しつつ、今度はバスターに視線を転じる。どうやら特に大きな負傷はしていないようだが…… 何やら考え込んでいた。
「……グゥヴォルオ、ウォルグルゥアゥ ワゥウァ?
(……あの突撃、狙いは俺じゃなくアックスだったのか?)」
「グゥ、ガゥオル…… ウォアウル グルァオアァウ
(いや、両方だろ…… 位置取りに注意しないとな)」
実際の戦場では何が命取りになるか分からず、出来得る限りの範囲に気を配っても万一はあり得るのだ…… それでも生きていくうえで避けられない戦いも確かにあり、結局は強くなるしかない。
(…… 特に俺たちはコボルトだしな)
狩りに出かければ想定外の魔物に出会うこともあり、冒険者たちに追い立てられるなど色々とリスクがある。人族にしても王都など周辺を平定している場所はともかく、辺境の村や町ではゴブリンやオークの襲撃で甚大な被害を出すことも珍しくない。
生きていくという事は種族を問わずそれだけで大変なのだ。
(まぁ、今夜の晩飯は楽にありつけそうだがなッ!)
視界の先ではゴブリンが騎乗していた二頭のイノシシ型の魔物が四肢と腹を土塊の牙に貫かれて未だに弱々しく足掻いている。
「ウォフッ、クオルァアァンッ!『妹よ、晩御飯の確保だッ!』」
「クオル、アァアーン♪ (ごはん、げーっと♪)」
狐しっぽを左右に振り、刃先を拾って付け直した機械式短剣をクルクルと回転させながら、妹が動きを封じられたイノシシ型の魔物へと歩み寄る。
「キュアゥォオオンッ (美味しくいただくからねッ)」
「ブォオ!?ッ、グォオ……ッオォ………ッ」
手に持った短剣で妹はイノシシ型の魔物の首筋を切り裂き、絶命させると共に血抜きを行う。俺たちが今夜食べる分には一頭で十分なのだが、もう一頭も致命傷を負い助からないことは明白なため、手ずから楽にしてやった。
さらに仕留めた獲物を手早く捌き、アックスの持つ麻袋に必要な分量だけ塊を放り込む。作業の間、バスターとスティアには木々の合間から射し込む西日の中、血の匂いに引き寄せられる魔獣やゴブリンたちを警戒して貰った。
(…… そろそろ日が暮れる、水源まで戻って野営といったところだな)
暫時の後、特に問題も起こらずに戦いのあった場を離れ、元々ここに至るまでに辿ってきた河川沿いまで引き返していく。
そして今、俺はかつてのマントを加工した布を水洗いしてスミス印の大皿へ敷いた上で、黄金蜂の巣をザクザクと短剣で砕いている。
直ぐ傍で肉が焼ける良い匂いがするがここは我慢だ…… 先に蜂蜜を巣から取り出す処理をしておく必要があった。
「蜂蜜はよく口にしましたけど、そうやって砕いて取り出すのですね」
興味があるのかスティアが背後から覗き込んできて、シルバーブロンドの奇麗な髪が俺の肩に触れる。
「ワゥ、クゥヴォルグ、クルクァルゥ ウォァルォウ
『あぁ、細かく砕き、敷いた布で包んで木にぶら下げる』」
説明しながら実際に適度な大きさまで砕いた黄金蜂の巣を敷いた布で包み、布端を麻紐で縛って布袋とし、大皿に乗せたまま近くの低木まで歩いていく。
その根元に蜜受けとなる大皿を置いて、砕いた蜂の巣を内包する布袋から伸びた麻紐を枝に括り付けた。
「そうすれば野営しているうちに、布越しされた不純物を含まない蜜が皿に溜まるというわけですね…… 」
後をついてきたエルフ娘がフムフムと頷く。
結構、大きな巣を狙って採取したからな…… 明日には、それなりの量の蜂蜜が大皿に溜まるだろう。それを革の水筒に移し替えれば黄金蜂の蜂蜜の確保は完了だ。
「ガゥ、クォルァアッ『さて、飯でも食ってッ!?』」
「えぇ、そうでッ!?」
二人して皆の所へ戻ろうとした時、風上なので聴覚でしか接近を探知できなかったが、不意に葉擦れの音を拾う。
「ッ、アリスティア様! よくご無事でッ……」
俺たちが目を細めて見つめる中、暗がりから姿を現したのは色素の薄い肌と翡翠眼を持ったショートヘアのエルフの娘だった。
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