母の腕の中の戦い
目が覚めると、薄茶色のモフモフに包まれていた。
温もりとフワフワのせいか、ベッドにいるような安心感がある。
確か俺は砂漠の国アトスの戦場で死んだはずだが……
「キュウ、キュアォオン? (いったい、何が起きている?)」
な、なんだ? まともに喋れないだと!? 動揺する俺の身じろぎに反応したのか、隣の小さなモフモフが身を起こして甘噛みしてくる。
やめろ貴様、どこをペロペロしているんだ!?
そこはダメだ、何考えてやがるッ。
「クウァ、クァウ、クァアァンッ!! (貴様、やめろ、あーーーッ!!)」
唐突に発生した貞操の危機に必死で抗っていると反対側の小さなモフモフまで参戦してきた。
「ウキュウ♪」
「クキュウッ!? (貴様もかッ!?)」
横合いから乗っかってくるモフモフに暴力で対応する。
「クッ、クヮワフッ! (くッ、俺の拳を受けろッ!!)」
ポフッ
「キュッ、キュアァウゥッ!? (何ッ、効いてないだとッ!?)」
まだ柔らかい肉球が空しく衝撃を緩衝し、遅れながらもモフモフで小さな自分の手に気付く。
「ッ、キュウキュアッ!? クキュッ (ッ、何だこの手はッ!? ええいッ)」
ポフッ、ポフッポフッポフッ
ポフッポフッポフッポフッポフッ
「キュ、キュアァーン♪」
「ク、クルァン!キュオウ? (な、何喜んでやがるッ! Mなのか?)」
必死に抵抗するも直ぐに息が上がってしまい、力尽きた俺はそのまま二匹のモフモフに貪られて涎まみれとなっていく……
「ウゥ~ (うぅ~)」
もう好きにしてくれと半分諦めた頃、不意に俺たちを包んでいた大きなモフモフが蠢く。見上げた視界に映るのは人の姿形をした犬型の魔物、つまりコボルト以外の何者でも無く…… 俺は本能的に今の自分が何であるのかを理解した。
(なッ!?コボルトだとッ!)
頭を殴りつけるような衝撃と混乱の中、疲れ果てた子犬の体は睡魔に抗うことができず、犬人族の母親に包まれてウトウトと眠りに誘われるのだった……
こうして森林地帯に棲む犬種のコボルトに生まれ変わった俺は、森の奥にある少し暗い洞穴の中で四匹の家族と一緒に暮らしている。周辺には同様の穴倉がそこかしこにあり、合計で三十数匹ほどのコボルトがこの辺りにいるらしい。
近頃はハイハイができるようになり、偵察のために巣穴からひょっこりと頭を出すも、母親に優しく抱き上げられて寝床に引き戻されてしまう。
「キュ、クゥン、クァアーン (ふっ、マザー、分かっているさ)」
好奇心の強い奴から戦場では死んでいくのさ…… そう、今の俺である。
因みに妹も真似をして出口へと這いずっていくが速攻で連れ戻される。その様子に母は偉大なのだと頷いていると何やら背後に気配を感じた。
「はぷッ」
「キャン!?」
こちらが振り向くよりも素早く弟にしっぽを噛まれてしまう。
くッ、コイツは油断すると襲ってきやがるな、おいッ!?
ポフッ、ポフッポフッポフッ
(以下略)
はぁ、はぁ…… また無駄な体力を消費してしまった……
言及しておくと、俺に生まれた順番など分かるはずもなく、妹や弟というのは主観に過ぎないが…… 気持ちだけは年長なため、マザーの傍を巡る居場所の争いなどは参加せずに譲ってやっていた。
それから暫くの時が経ち、乳離れを迎えた俺に第一の試練が訪れる。
「キュオゥ、ガルォグァオァアーン!?
(ファザー、これを食えと言うのか!?)」
「ワフ、ウォアゥ (あぁ、そうだ)」
俺の前に置かれたソレは首を裂かれたウサギであった。
もちろん、血が滴るほど野性味あふれている。
「キューン……」
遠慮がちにマザーの膝上によじ登ってミルクをねだってみるも、ひょいと抱え上げられて物言わぬウサギの傍に戻されてしまう。
「キュウ♪」
「ワフッ!」
ちっ、妹と弟が美味しそうに貪っていやがる、この野獣めッ!!
ああ、分かっているさッ、ここで食べなければ飢え死にするだけだ!
ええい、ままよッ!?
かぷッ
ん、旨いぞ!?
(味覚がコボルト仕様になっているからか?)
そうして、俺はファザーが狩ってきた餌を兄弟たちと貪るのだった……
……………
………
…
なお、仔ボルトの成長はそこそこ早い。
暫くの時を経て、生後六ヶ月を迎えた俺と兄弟たちは二足歩行ができるようになっていた。最近は成長に伴い、コボルトの巣穴が集まる集落周辺をうろつく程度の遠出はマザーに許されている。
そして、両親と弟妹以外のコボルトとも会うようになった俺は重大な事実に気付く。
コボルトに年寄りは存在しない、恐らく最も年を取っている者ですら10年程度しか生きていないのだ。察するに底辺の魔物に過ぎないコボルトの生存率は低いのだろう。普通の野犬ほどではないにしても天寿を全うする以前に死ぬ確率が高いのかもしれない。
犬人の生活様態は基本的に【寝る→起きる→狩りに行く→食べる】の繰り返しで他の要素はない。何が言いたいかと言えば、より良い武器を作ったり、自らを鍛えて生存率を上げたりという考えがないのだッ!
現状では俺も他の魔物か人間に殺られて、第二の生を早々に終える事となる。さすがにそれは御免被りたいし、前世の死に際で抱いた ”不甲斐ない己に対する後悔” を忘れてなどいない。
今度こそ、最後に一片の悔いも無く堂々と笑って死ねる強さが欲しい。
たとえ魔物としては脆弱なコボルトでもだ。
故に俺は可能な限りの鍛錬を己に課し、コボルトの限界に挑むことにした。いつ如何なる時に命を落とすか分からない以上、日々最善を尽くすしかない。
それに頼れる仲間は多い方が良いため、弟妹たちも鍛錬に誘う。
俺に懐いて行動を共にしてくる妹は意味も分からずに腕立て伏せやら、腹筋、木登り、投石などに付き合っていたが…… 弟の方はすぐに飽きてしまった。
無理強いする必要もないかとその時は思ったが、後で無理やりにでも鍛えておくべきだったと後悔する羽目になる。弱肉強食の掟は厳しいものだったのだ……
そうして日々、力尽きるまで走り込みをして基礎体力を養い、子供ながらに格闘の鍛錬を重ね続けた結果、俺たちは今春に生まれた同世代の仔ボルト十一匹の中で圧倒的に強くなっていた。
ゆえに慢心があったのかもしれない。
さらに季節は進み、段々と俺や他の仔ボルトたちが集落から離れたところへ進出していく時期となる。その頃になると、群れのマザーたちも子供らの少し後を付いて行く程度であまり干渉しなくなってきた。
そんなある日、仲間たちといつも通り森を散歩していると不意に何か大きなものが茂みで蠢く気配を感じ、筆舌に尽くし難い悪寒が背筋を走り抜ける。
「ワゥッ!! (伏兵だ!!)」
こちらの警告と同時に茂みから姿を現したのは周辺一帯で最悪の魔物グレイベアだ! 強靭な顎は獲物を骨ごと食い千切り、大きな熊手と硬い爪で樹木を容易に切り裂くという、恐ろしい存在が眼前に立つ。
「グルゥウウッ…… ガァァアァッ!」
奴は低く唸りながら剛腕を振りかざし、咆哮と共に手近な仔ボルト目掛けて横殴りに振り抜いた!!
この物語に興味を持っていただいて、ありがとう御座います!
長編連載の作品ゆえ、物語における区切りだとか、章末などお好きなタイミングで★の応援をもらえると嬉しいです!!