転生保険会社の業務実態
なんの変哲もない会社でなんの変哲もない業務をしてきたが、どうやらなにか失敗をしてしまったらしい。
最初は大人数とともにオフィスにいたが、今はダンボールだらけの狭い部屋で一人、電話受付業務をしている。
「はい、もしもし」
不思議なことにこの部署には一日に一本、必ず十五時に電話がかかってきた。
私はこれに『マニュアル通り』の対応をしていく。
まず、電話がかかってきても、会社、所属、担当者名を名乗ってはいけない。
次に、相手の話を遮ってはいけない。
最後に、どのような不可解な話でも、「わかりました。お任せください」と請け負わなければならない。
「わかりました、お任せください」
わけのわからない話を聞き終えて、向こうが電話を切るのを待つ。
通常であれば『プツリ、ツー、ツー、ツー』というような通話切断音が聞こえるはずの受話器からは、いつも名状しがたい『ヴォン……』という古いモニタを起動したような音がした。
故障しているのではないかと直属の上司に訴えたことはあるのだが、『そういうものだから』と押し切られた。おそらく私の今いる部署に回す設備費がないのだろう。
どこからかかってきたかもわからない電話を切ってから、きっかり三〇分。
再び静かな部屋に電話のコール音が響き渡る。
上司からだ。
「はい、もしもし」
「先ほどの電話の内容を話してくれ」
声からすれば、私の上司は若い男性のようだった。
その姿を実際に見たことは一度もない。
気になりはするが、給料は発生しているので上司の顔は正直なところ見なくても別に問題ない。
それに、『姿の見えない上司』など、これから私がする話に比べれば、さほどおかしなことでもないだろう。
「北方山中にお住まいのデイヴさんからのお電話でした。なんでも、ドラゴンが街に降りてきて保管していた鉱石を食べ尽くしてしまったのだそうです。このままではミスリル鋼の剣が納品できないとのことなので、なんとかしてほしいと」
「わかった」
「……部長、少しよろしいでしょうか?」
閑職とはいえ――いや、閑職とは思えないほどの給金をいただいている身だ。不満はない。
『姿の見えない上司』も『電話口でまきちらされる与太話』もまあ、いい。
でも、今日はきっと魔が差したのだろう。
この仕事を開始してから長く秘めてきた疑問が、つい口をついて出た。
「部長、私のやっているこの業務は、いったいなんなのですか?」
「電話受付だろう」
「それはわかるのですが……この仕事が会社に貢献できている実感が、私にはないのです。これでお給料をいただくのは、申し訳なく思います」
「……わかった。話そう。君――この会社がなにを取り扱っているのかは、もちろん、知っているね?」
「はい。我が社は保険会社です」
「そうだ。病気、事故、災害……あらゆる保険を扱っている我らだが、ごく一部の限られた顧客にだけすすめている保険があるのだ」
「それは……」
「『転生保険』というものだ」
「……転生?」
「そう。なんらかの不慮の事故――トラックによる轢殺など――で死亡してしまった際に、異世界での新たな人生を支払う保険だ」
「……」
「落ち着いているな」
上司は満足そうだった。
私は落ち着いていたわけではないのだろう。
ただ、これまでこの部署でこなしてきた『与太話に黙って相づちを打つ業務』が、私の精神を鍛え、どのような話をされてもおどろきを露わにすることがなくなっていただけだ。
「部長、しかし――異世界ですか。つまり今までの電話は」
「そうだ。異世界から、魔法による通信を受けているのだ」
「我が社の業務は、転生させたところで終わりではないのですか?」
「最初はそうだった。しかし、顧客の中には『異世界転生』だけでは不満に思う者もいてね。料金を上乗せすることで、異世界でのトラブルを補填するサービスも始めたのだ」
「なるほど」
「君は、この世界で生まれ育った人類としては希なことに、魔力があると見出された。それゆえに、魔力がなければつとまらない、異世界との連絡役として抜擢されたのだ。つまり君に支払っている給金は、君の特異な才能に支払うに妥当な金額だ。案ずることはないよ」
「なるほど。それを聞いて、安心しました」
「うむ。君も契約するかね? 死後に限るが、異世界で新しい人生を始めることができるよ」
「せっかくのお話ですが、辞退させていただきます」
「はっはっは! うむ。そうだな。そうだろうな。……では、業務に励むといい」
そうして電話は切れた。
静かになった部屋の中で、一人大きく息をつく。
死後にのみ行ける、『ここではない世界』。
では、転生した者たちが口にする『異世界での問題』は、どのように解決されるのか?
されないだろう。
それでも私は『わかりました、お任せください』と言い続ける。
だって、私たちが提供しているのはタダの安心だ。
今、私が部長の話に安心したように、私も『異世界転生者』たちに、安心をあたえる対応をし続けよう。
これからも、ずっと。




