咎人と、その愉快な仲間たち
「うーん、やっと着いたー!」
ガタンゴトンと電車に揺られること約三時間。俺達は長旅を終え、昔住んでいた海沿いの温泉街へとやってきた。
メンバーは俺、天童、環、熊谷、剣崎妹、ガーゴイル君といった、あの場にいたフルメンバー。天童の『私も付いていっていいですか?』という発言に便乗して、全員が遊び感覚で付いてきたという訳である。
「あー疲れたー。早く温泉入ってゆっくりしたーい。環ちゃんと一緒に入りたーい」
「うふふ♡ 上月先輩とお泊り♡ 上月先輩とお泊り♡」
「ガガ、ピー。タノシミ、タノシミ!」
「…………」
ふざけんなよ、と思う。
正直言って真面目に墓参りに来た俺としては鬱陶しいことこの上ないが、しかし舞ちゃんが「皆さんも是非来てください!」と言ってしまったのだから仕方がない。
舞ちゃんが是非にと言ってるのに、俺が反対するのもおかしな話だ。
メンバーの内のほとんどが人外と変態で構成されているが、舞ちゃんの知り合いが経営している旅館にお金を落とせるのなら、それも良いだろうと思う。
ぼったくりでも全然構わないから、コイツらから思う存分ふんだくってほしい。環、熊谷、剣崎妹の三名が借金地獄に陥ってくれるのが、今の俺にとっての最大限の幸せだ。
とはいえ、人間そう簡単に幸せにはなれないもので、
「舞ちゃん……本当にコイツらも連れてきて良かったの? まぁ確かに俺は今月厳しいからぶっちゃけありがたいんだけど……別にコイツら金ないって訳じゃないから(嘘)、しっかり宿泊料金取ってもいいと思うぞ?」
「いえ、こちらが無理を言ったようなものなので全然大丈夫です! それにこれまで優お兄ちゃんと仲良くしてくれていたのですから、お礼として、こちらもサービスさせていただきたいんです!」
「いや……本当に仲良くしてるって訳じゃ……」
驚くことに、俺達全員の宿泊代を舞ちゃんが負担してくれるというのだ。
優しすぎるよ舞ちゃん……!
俺なんかとは比べ物にならない程に優しい女の子に成長してくれて、思わず涙が出そうになる。願わくば、この優しさをもっと他の誰かに向けてほしいものだ。具体的に言うと、NPO法人とか。コイツらの娯楽に消費されるくらいなら、然るべきところに寄付する方が100億倍有益だと思う。
しかし、来てしまったものは仕方ない。
払われてしまった代金は使わなければ勿体ないということで、ここの温泉でみんな、是非とも日頃の疲れを癒してほしいものだ。癒されて、ストレスが軽減してくれたのなら上々。天童のサンドバッグになるのはもう嫌だ!
「舞ちゃーん! 出口ってこっちで合ってるー?」
「あっ、はい! 西口の方で合ってます! ちょっと待ってください、すぐ案内しますので!」
今日知り合ったばかりとは思えない程親し気に接してくる環の声に反応して、舞ちゃんがたったったっと駆けていく。
驚くべきコミュ力だ。
電車の中でも和気あいあいと俺のあんなことやこんなことの話題で盛り上がっていたし、見たところもうすっかり仲良しさんなようだった。
ただ……出来ることなら、足のつくプールでしばらく溺れてた話とか、犬にお手したらおしっこひっかけられた話とか、おままごとでお母さん役と姑役を交互に全力で演じていた話とか、出してほしくなかった。
なんでみんな人の恥ずかしい話を本人を目の前にしてそんな簡単に暴露出来るの? 俺の気持ち、少しでも考えたことある?
そんな地獄のような三時間を思い出し、とっても憂鬱な気分となった。もともとこの地に来るのは憂鬱だったが、まさかまったく別のベクトルから落とされることになるとは……。
この地に来たらもっと感慨深い気持ちになるかと思っていたのに、全部台無しにされてしまったかようなそんな気分だ。懐かしいはずの空気も、堪能する余裕がなくなってしまう。
「……ここが、優さんの生まれ育った町」
「…………」
「…………やっぱり……私、この場所を知ってるかもしれません」
「はい?」
その代わりといっては何だが、最後に電車から降りてきた天童が何故か神妙な顔つきでそう呟いた。
海沿いの温泉街特有の匂いを吸い込み、カモメの鳴き声を聞きながら、俺以上に辺りを懐かしそうな表情で見渡している。
はて、この場所を知っているとはどういうことだろうか?
「私、人間だったころ……たぶん、この町に住んでました」
「……えーと、それマジで言ってる?」
天童の発言に、少し驚く。
十五年以上前に、この場所で天童も人間として生きていた?
にわかには信じがたい話だが……でも、それならそれで納得できる部分はある。
もしかすると天童は、前世の段階ですでに母さんと知り合いだったのかもしれない。この地で沢山の善行を繰り返し、何らかの理由で死んで、魂だけの存在となったところを母さんに見つかってスカウトされてしまったとか──。
あくまでも俺の想像でしかないが……天使としては若過ぎる年齢で人間界に降りてきている訳だし、あながち間違ってないんじゃないかなとは思う。
思うが……まぁぶっちゃけ俺にとってはどうでもいい話だ。
十五年以上前なら俺はまだ赤ん坊でしかない。母さんの知り合いだろうが何だろうが100パーセント俺との面識はないので、天童は天童で俺の知らないところで勝手に物思いに耽っていてほしい。
様子がおかしかったから少しだけ心配していたが…………まぁそういうことなら仕方ないだろう。
そのおかげとでも言うべきか、電車の中では一切俺の恥ずかしエピソードが天童の口から出てこなかった訳だし、俺としてはむしろ、一生物思いに耽っていてほしいまである。
元気のない天童はただの大食いな女の子でしかない。暴力や暴言を振るわずに、電車内の時のように黙々と駅弁を食べ続けていてほしいものだ。
「じーーーー」
おい、立ち食いそば屋ガン見してんじゃねーよ。さっきまでの神妙な顔つきはどうした?
元気がなさそうに見えて食欲はまったく衰えていないのだから、マジで俺が気にかけてやる必要はないだろう。
喫茶店RINGで出された料理の残りと十種類の駅弁を食べた上でまだ立ち食いそば屋に意識を奪われているのだから、心配するだけ損というものだった。
マジでお前のお腹の中どうなってんの? 吸引力の変わらないただ一つの掃除機?
「って、こんなとこでのんびりしてる場合じゃないな」
そんなアホなことを考えている内にも、気づけばさっきまで見えていたはずの環達が姿を消していた。おそらくは天童が立ち食いそば屋をガン見している隙に、さっさと改札口を出てしまったのだろう。
もしかすると今頃は、付いてきてない俺達に気づいて焦っている頃かもしれない。
確か出口は西からだったよなと環達の会話を思い出し、蕎麦思いに耽っている天童に声を掛ける。
「おい天童、舞ちゃん達もう改札出たみたいだから、俺達もさっさと行くぞ」
「すみません優さん」
すると、なぜか謝罪が返ってきた。
相変わらず天童の視線は、立ち食いそば屋に向けられたままである。
「少しだけ、一人にしてもらっていいですか? 一人で、確かめたいことがあるので……」
「確かめたいことってあれか? あそこの蕎麦の味とか?」
「それも含みます」
「含むな」
冗談で言ったつもりがしっかりと的を射ていて少なくない憤りを覚える。
舞ちゃんが心配してるかもしれないのに何をバカなこと言ってんだコイツは?
俺だけならともかく、せめて舞ちゃんに案内してもらっている時くらいは無限大の食欲を押さえてほしかった。いい加減にしないとぶっ飛ばすぞコノヤロー。
「アホなこと言ってないで、ほら、さっさと行くぞ。環達はともかく、舞ちゃんは心配してるかもしれないし」
仕方ないので、天童の手を掴み引っ張ることに。
憤怒の権能を使って拳骨を叩き堕としたいところだが、ここでは酷く目立つので抑えておく。
みんなもよく覚えてほしい。令和のコンプライアンスでは、幼女を殴ってるところなんか見られたら一発で警察に通報されてしまうのだ。
──だというのに、なぜかその逆はない。
幼女がいくら男子高校生をボコボコにしても通報されないのが、令和のコンプライアンスでもある。
以上のことから察するに、令和のコンプライアンスはおそらくロリコン。令和のコンプライアンスさんは一刻も早く性癖を改めてほしいものだ。
「あぁ……お蕎麦……」
そんなことを考えながら、俺は名残惜し気に呟く天童の言葉をガン無視して、オロオロと改札口前で待っていた舞ちゃんと無事に合流を果たした。




