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天使の仕事ほど嫌なものはない  作者: 大上丈
第四章 咎人の帰郷
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私の知らない『わたし』の夢

 夢を見ていた。



 一人ぼっちの少年の夢を。


 美味しそうにご飯を食べる少年の夢を。


 無邪気に笑う少年の夢を。


 水族館でなぜかドン引きしている少年の夢を。


 些細なきっかけで少年と喧嘩してしまう夢を。


 仲直りして少年と手を繋いで帰る夢を。


 誰よりも勇敢な少年に護られる夢を。


 傷つく少年に涙を流す夢を。


 少年に恋する夢を。


 少年と笑い合って過ごす夢を、『わたし』は見ていた。


 胸の内が暖かくなる、そんな幸せな日々。



 だけどそれは、突然終わりを迎える。


 雨の中、『わたし』は傘を差して歩いていた。


 手に持つのはまだ中身の詰まってない買い物袋。夏が近いのか、少し汗ばむようなそんな季節。


 お腹を空かせて待っている子達がいる。だから、急ぎ足になる。最近見つけた近道を使おうと思い至る。


 ビルとビルの隙間にある、ちょっぴり薄汚い路地裏。


 好んで入るような場所ではないけれど、それでも急がなきゃという理由で、『わたし』は迷いなくその路地裏に駆け込んだ。


 「あっ」


 そこで、段ボール箱に入っている小さな子犬を見つけた。


 捨てられ雨に打たれて久しいのか、ずぶ濡れの子犬は酷く寒そうに体をぶるぶると震わせている。ろくにエサにありつけていないせいか、ガリガリに瘦せ細っていた。


 かわいそうに……。


 そう思って、『わたし』は子犬に向かって手を伸ばした。




 ──指を食いちぎられた。




 「いっ──がっ!!??」


 今まで感じたことのない激痛に堪らず叫びそうになると、今度は喉元に鋭利な牙を突き立てられる。


 「────ッッ!!!!!!!」


 そしてそのまま押し倒され、子犬はありえない程の力で『わたし』の体をぶんぶんと振り回し、やがて抵抗する意思がなくなったと悟ると、路地裏の奥深くへと乱暴に引きずり始めた。


 「────」


 助けを呼ぶことはおろか、泣き叫ぶことすら許されない。


 力なく倒れる『わたし』の体を、子犬はずるずると暗闇の深い場所へと運んでいく。


 まるでおもちゃのように、狩った獲物を自慢するかのように……ずるずる、ずるずると運んでいく。


 やがて子犬の動きが止まったかと思うと、今度は暗闇の中から無数の光が現れた。


 獰猛に輝く光を瞳に宿して、腹を空かせた子犬たちが次々と死にかけの『わたし』に姿を見せる。


 「─────あ」


 そして──食事が始まった。


 鋭い牙を携えた子犬たちが()()()()()()()『わたし』の元へと一斉に群がり、宴のようなはしゃぎようで、『わたし』の肉を食い漁り始めた。


 「────────────!!!!!!!!!!!!」


 動けない『わたし』の指を、頬を、腹を、足を、腕を、耳を、唇を、目を、髪を、血を、骨を、脳を、内臓を、神経を、子犬たちは食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて──



 ──そして『わたし』は












 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」


 断末魔の叫びを上げて、目を覚ました。


 「あ────あぁぁぁぁぁっぁぁあ!!」


 夢の中よりも更に暗い闇の中。


 生きているのか死んでいるのか、それすらも分からないまま、私はびしょびしょに濡れている全身を掻き毟るようにして抱きしめる。


 「ある──あるっ!」


 腕、頬、頭、耳、目、口、胸、腹、足。


 確かに存在している自身の部位を順番に知覚して、ようやく私は自分の『生』を実感することができた。


 生きている──。


 私は生きている!


 たったそれだけのことでも、この上ない安心感が全身を包み込む。ドクドクと流れる血が、バクバクとうるさく鼓動する心臓が、苦しいはずなのに今だけは堪らなく愛おしい。


 貪り食い尽くされた肉体が返ってきてくれたことに、私は激しく息を乱しながらも、とめどない安堵感のもと涙を流した。


 やっとのことでパニックが収まり、周囲に目を凝らす。


 暗闇に目が慣れてきたのか、ここがどこなのかはすぐに分かった。


 私の部屋。


 私の──天童美花の部屋だ。


 「また…………あの夢」


 頭痛を堪えるように額に手を置き、思い出したくもない夢の内容を思い出す。


 久しく見ていなかった、『誰か』の夢。


 人間界に降りてきてから全く見ていなかったあの夢を、私は久しぶりに見た。


 「………………」


 気持ち悪い……。


 ただただ気持ち悪い。


 自分の肉体が食い荒らされる感覚が、心に沁みついて離れてくれない。混乱が収まってもなお体はガクガクと震え続け、冷たい汗が止まることなく溢れ出る。


 夢の内容を思い出せば思い出すほど恐怖心が甦り、私は、


 「───ひっ!?」


 きぃ、と勝手に開いた部屋の扉にさえ、過剰なまでの反応を示してしまった。慌てて布団を引っ掴み、震える体を覆いつくす。


 僅かに開いた扉から瞳を光らせる小動物が入ってきて、


 「……大丈夫?」


 悲鳴を上げそうになったところで、聞きなれた声が耳に届き、私はギリギリのところで平静を保つことが出来た。


 入ってきたのは子犬ではなく、子猫。


 純白の毛並みを生やす大天使。優さんの育ての親であり私の先生でもある、最古にして最強の『智天使ガブリエル』──の称号を与えられている、上月絵里先生だ。


 「絵里先生……」


 ホッと息を吐く私のベッドの上に、絵里先生がしなやかな身を躍らせ飛び乗ってくる。


 直属の上司にも関わらず自然と彼女の顎下に指が伸びてしまうのは、きっと絵里先生の猫の演技が上手すぎるせいだ。


 自分の顔をくしくしと掻き、私が撫でても怒ることなく「ごろごろ」と気持ちよさそうに鳴いてるところなんか、もう本当に猫。最近は直接脳内に「にゃ~ん」と語り掛けてくることもあるから、たぶん半分猫に魂を売ってると思う。


 かわいい……。


 もうずっとこのままの姿でいればいいのにと、心の底からそう思う。


 「随分と大きな声を上げていたようですけれど、また例の夢を見たのですか?」

 「あっ、はい」


 流麗な声に、私はハッとなって我に返った。


 いけないいけない。絵里先生は天使、絵里先生は上司。勘違いしないよう、自分にそう言い聞かせる。絶対に失礼のないよう頭を切り替えて、私は口を開いた。


 「お休みのところ申し訳ありません、絵里先生…………起こしてしまいましたか?」


 絵里先生は恐る恐る尋ねる私に、ふるふると小さな首を横に振った。


 「いいえ、大丈夫よ。私はもう十分に寝たから、あなたが気に病むことはありません……。優も死んだように眠っているし、何の問題もないわ」

 「そ、そうですか……」


 死んだように眠ってるっていうか、本当に死んでたんだよなぁ……。


 今日は襲ってきた悪魔が弱かったのにも関わらず、優さんは首を刎ねられて普通に死んだ。


 最近はだいぶ強くなってきたなぁと思ってたけど、集中力はまだまだだ。戦闘開始前からずっと心ここにあらずって感じだったし、明日はしっかりと喝を入れなければいけない。


 ……しんどいなぁ。


 私も今日は体調が優れない感じだし、やっぱり喝は明後日入れることにしようそうしよう。


 そんなことを思っていると、絵里先生はじーっとこちらを見つめながら、不意にこんな提案を出してきた。


 「美花……今すぐに私を抱き上げなさい。治療します」

 「えっ、あっ、はい」


 即座に命令に従おうと思ったが、今の自分の状態を思い出し、抱き上げようと伸ばした手を途中で止める。


 「どうしたのですか?」

 「あ、あの……絵里先生。今私、その……汗で体がべたついているので……その」

 「それがどうかしたのですか?」

 「いえ、ですから……えーと、その……」

 「早くしなさい」

 「……はい」


 私の汗で体が濡れるとか、臭うとか……どうやらそれは、絵里先生にとっては気にする程でもないどうでもいいことらしい。


 ぶっちゃけ私としては汗まみれの体で直属の上司を抱き上げることに激しい抵抗感を覚えるのだが、なんか絵里先生から早くしろとパワハラじみた圧を感じるので、仕方なく命令に従うことにした。


 小さな体を抱き上げ、胸に寄せる。


 柔らかな毛並みが肌に触れると、ぽぅと、絵里先生から暖かな光が発生した。


 光はすぐに私の全身を包み込み、冷え切った体を優しく温めてくれる。自然と心音は穏やかなものとなり、血流がなだらかなものへと変わった。


 これが治療……。これがアニマルセラピー……。


 やはり時代は猫、猫しか勝たん。最高です……絵里先生。


 「すーはー、すーはー」

 「匂いを嗅げとまで言ってませんよ?」

 「はっ!?」


 しまった! あまりにも絵里先生から香る匂いが良すぎて、ちょっと理性を失ってた!


 私は慌ててお腹に押し付けていた顔を離し、絵里先生を持ったまま頭を下げる。


 「すみません絵里先生! 次からはちゃんと一言断りを入れてから嗅ぐようにします!」

 「……嗅ぐことは確定してるのね」

 「もちろんです!」


 だって嗅いでたら最高にキマるし、合法だし……。


 法律で禁じられているのなら我慢せざるを得ないが、合法ならば我慢する気も失せるというものだ。生半可な理性では制御出来ないのだから、そろそろ絵里先生も嫌そうな顔をせずに諦めてほしい。


 悪いのは私ではなくこの国の法律。猫の香りを合法にし続けている、政府上層部の人間たちなのだから。


 ……はい、今日もお勤めご苦労様です。絶対に違法にはしないでくださいね?(圧)



 とにもかくにも、こうして私のメンタルは安定を取り戻した。


 いい加減下ろせと目で訴えかけている絵里先生をベッドの上に下ろし、今度はお礼を言うために頭を下げる。


 「ありがとうございます絵里先生。絵里先生のおかげで、たっぷりの元気をいただきました」

 「そう」


 若干引いてるような顔をしながら、絵里先生が私の元から離れる。


 少々名残惜しい気がしないでもないが、だからといってあのままいつまでも抱き続けている訳にもいかない。


 今夜も絵里先生は絵里先生で優さんと一緒に寝るのに忙しいのだ。親子水入らずのところを私が邪魔しちゃいけない。


 そう思い引き止めることなく見送ろうとすると、


 「……美花」


 扉の前で絵里先生が不意に立ち止まり、神妙な面持ちで振り返った。


 「また……なにかあったら私に報告しなさい。あなたはまだ、心身ともに不安定な状態です。くれぐれも、無理はしないように」

 「……はい」


 そして、どこか言葉を選ぶような感じでそんなことを言ってくる。


 『無理はしないように』


 スパルタ教育がモットーの絵里先生にしては、珍しく甘い言葉だ。


 だけど……こんなことを言ってくるのは、何もこれが初めてという訳ではない。私が『誰か』の夢を見た時だけ、絵里先生は必ずと言っていいほど私に甘くなる。


 「…………」


 優しくしてくれるのに不満はないけれど……どこか気を遣われているような感じがして、少し落ち着かない。


 そりゃまぁ私は天使として生を受けてからまだ七年しか経っていない子供だから、心身ともに未熟で不安定なのは仕方ないっちゃ仕方ないかもしれないんだけど……それでも一応それ程の期間天使としての教育を受け、十五歳という設定で人間界に降りてきたのだ。


 こういう時だけ子供扱いされても……絵里先生には申し訳ないけれど、正直言って反応に困るだけである。


 「それじゃあ美花……おやすみなさい」

 「はい……おやすみなさい、絵里先生」


 ちょっとだけ気まずい雰囲気を作って、絵里先生が部屋から出ていく。


 私は平静を装いながら、彼女の姿を見送った。


 「……はぁ」


 パタンと扉が閉じ、静寂が訪れる。


 小さく吐いた溜息の音でさえやけに大きく響いて……少しだけ、寂しさのようなものが私の胸に宿った。


 「……寝よ」


 明日も早い。


 余計なことを考えれば考えるだけ寝つきは悪くなる。


 だから私は胸に宿った雑念を振り払うようにして布団をかぶり、もうあの夢を見ませんようにと祈りながら体を横に倒した。


 ……今度は、良い夢を見られますように。




 ──べちょ。


 「…………」


 起き上がった。

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