衝撃の事実のオンパレード
「はぁ、はぁ……!」
「う、うぅ……」
「……ん?」
怒りのまま熊谷にボッコボコにされ始めて約十分。ようやくのことで蹴りが止まったところで、環がスマホから顔を上げた。
「終わったー?」
凄惨な現場を前にしても、一切の調子を崩すことなく平然とした口調でそんなことを聞いてくる環。
熊谷は乱れた息を軽く整えて、それからどこか放心しているかのように天井を見上げながら、諦観めいた口調で環からの問いに答えた。
「うん……終わったよ、環ちゃん。もう何もかもが終わった……。人生終了だよ」
「いや、その終わったじゃなくてね……」
結局俺をどれだけ痛めつけたところで何の解決にもなっていないことに気づいたのか、熊谷は絶望の色を瞳に映しながら、ほろりと少しの涙を流す。
俺も冷たい床に頬をこすり付けながら、少なくない涙を流した。
「そうだよな環、熊谷は勘違いをしている。これは終わりなんかじゃない……。これから始まるんだよな、俺達の地獄ってやつが……」
「そんな話もしてないわよ」
流石の環も絶望している人間二人は手に余るのか、悩まし気に手を額に当てながら大きな溜息を吐いていた。
熊谷とは反対に地面を見据え、今更どうしようもないぼやきを俺達に聞かせてくる。
「はぁ……ダメだこりゃ。美花の話を出したのは失敗だったかなぁ」
「…………」
「…………」
失敗も何も、ただの事実を言っただけなのだから特に文句の言葉は出てこない。知っていようが知っていまいが、どの道俺達は天童の殺意に触れることになる。それが少し早いか遅いかだけの違いだ。どうでもいい。
むしろあらかじめ教えてくれたことによって、覚悟を決める時間を得たことを俺達は感謝しなけれないけないのかもしれない。『ありがとう』とは口が裂けても言える気がしないが、それでも文句だけは絶対に吐かないように、俺は何も言わずただひたすら涙だけを流し続けた。
沈黙が続く、生産性のない死ぬほど無駄な時間。
特に絶望していない環だけはこの無駄な時間に耐えられないのか、「んん!」と喉の調子を整えるよう咳ばらいをし、一人静かに口を開いた。
「とりあえず二人とも、これからどうするのよ? どこかに逃げるって言うんなら全力で止めるけど」
「止めんなよ」「止めないでよ」
まさかの一言に、俺と熊谷は泣くのも忘れて同時にツッコミを入れる。顔を上げると、『マジかこの女?』という視線を、熊谷は環に送っていた。たぶん、俺も送っていると思う。
本当になんなんだろうな、コイツ?
相談に乗ってくれそうな顔しといて死ぬほど容赦ないこと言ってくんじゃん。
ただでさえ絶望のドン底にいるというのに、わずかに残っている小さな希望すら叩き潰しにくるとかどこの鬼畜外道だよ? そんなにも俺達がもがき苦しむさまが愉快で堪らないのだろうか。
流石は殺人鬼の環さん。伊達に何度も俺を殺してないですね。
と、思っていたのだが、
「いや、そうじゃなくて……」
どうやらそれは俺達の勘違いだったようで、環は絶望色に染まる俺達の視線を受けてマズいと思ったのか、慌てて先の言葉の補足に入った。
「大人しく私と一緒に諸星町に帰ってくれるなら、出来るだけあなた達の味方をしてあげてもいいわよって話。逆に言えば、ここで逃げられたら二人とも助けられなくなる」
「「…………」」
それを先に言えよと思うと同時に、究極の二者択一を迫られ言葉に窮す。
このまま環のことを無視して全力で逃げるか、大人しく捕まって減刑の可能性に賭けるか、二つに一つ。
先程の環の話が本当なら、少なくとも未だ天童は俺達の居場所を把握していないことになる。逃げるのならば今。今を除いて他にない。
だけど、もちろん逃げることにはそれ相応のリスクを孕んでいる。捕まったらおしまい。確実な死は免れないだろう。
…………………………うーわ、すげぇ悩む。
ぶっちゃけ俺としては逃げたい気持ちでいっぱいだが、それにはまず目の前の環を突破しなくてはいけない。そしてそれを実現するためには、悪魔である熊谷の力が不可欠だ。
果たして、熊谷はどちらを選ぶのか? 選択肢があるようでない俺は固唾を飲んで、ぶつぶつと悩みまくる熊谷に目を向けるしかなかった。
「上月君を差し出して私だけ魔界に逃げる? でも、今帰ったところで何の意味も……。なんでか分からないけど命だけは保証されてるみたいだし……だったら環ちゃんに付いていって上月君を犠牲にチャンスを待った方が──」
「…………」
あーこれ、どっちにしろダメそうですね。
熊谷さん、ハナから俺を犠牲にする前提で先のことを考えていらっしゃる。
例え熊谷がどちらの選択をしようとも、俺が天童に殺される未来は変わらなさそうだ。
ガッデム。
考えるだけ糖分の無駄遣いなので、俺は思考を停止して、一人ぼんやりと窓から覗く月を眺めることにした。
きょうはつきがきれいだなー。おちてこないかなー。
なんてことをボケーっとしながら考えていると、「あっ、そうだ」と、環が何かを思い出したかのように、必死になって脳みそを回している熊谷に声を掛けた。
「それはそうと深月、私なんでここに呼ばれたの? 結局なんで呼ばれたのか、私まだわかってないんだけど」
「……え?」
「伝えてなかったのかよ」
それはなんともまぁ、今更な話だった。
てっきり熊谷が送ったメールに来てほしい理由が書き込まれているものだとばかり思っていたが、どうやら場所を伝えるだけで、一番重要なことは書いていなかったらしい。
おいおい、報連相しっかりしろよ熊谷。社会に出たら絶対に疎かにしちゃいけない必須要素だぞ、それ。
『報連相を怠る新人は、上司に怒られパワハラに泣く』
悪魔である熊谷が将来人間社会で働くかどうかは知らないが、大人になる前に是非とも覚えておいてほしい言葉である。
ソースは俺。
先日、何も伝えずに店を勝手に猫耳メイド喫茶にしたことにより、マスターから死ぬほどブチギレられた俺が言うのだから間違いない。
……あの時はマジで地獄だった。
満身創痍な俺に対しても容赦なく拷問紛いのことをしてきたから、本当に逝きかけた。
マスターって本気で怒るとこんなに怖いんだって、改めて実感した瞬間でもある。
報連相は大事。だから次からはちゃんと、マスターに報告と連絡と相談をしてから環と天童にメイド服を着させてやろうと思う。ちゃんと反省することも、社会を生きる上での必須要素だ!
「あっ、そうだった。ごめんね環ちゃん。完全に本来の目的を忘れちゃってた」
なんて、懇切丁寧にお説教する前に、気づけば熊谷はハッとした顔でデッドオアアライブな悩みから抜け出し、申し訳なさそうな顔を環に向けていた。
軽く謝罪の言葉を挟み、それから改めて環を呼んだその衝撃の理由を口にする。
「えーと……環ちゃんに来てもらったのはね、上月君とセッ〇スをしてもらうためなの」
「「「………………」」」
シーンと静まり返る倉庫内。
誰もが口を閉ざし、何故か言った熊谷までもがだんまりを決め込む中、
「……ん?」
沈黙を打ち破るように、ようやくのことで環が口を開いた。
「…………ん???」
とはいえ、出てくる言葉は疑問符ばかり。環の頭では何を言われたのか理解出来ないのか、完全に宇宙猫のように固まってしまっている。
……でもまぁ、気持ちはすげぇ分かるぞ、環。
サキュバスと知った時点で薄々感づいていたとはいえ、俺もまさか熊谷がこんな直球勝負で来ると思ってなかったから、今ちょっと自分の耳を疑ってるもん。
「えーと……え? ごめん深月。今なんて言ったの?」
「上月君とセッ〇スをしてもらうために呼んだの」
「「…………」」
堪らず聞き返す環に、あっけらかんと返す熊谷。
再び訪れた静寂の時間。
だけど今度こそ何を言われたのかちゃんと理解できたのか、環は宇宙猫になることなく、小さく口を開いていた。
ぷるぷると震える唇。ぐるぐると回る瞳。頬は次第に朱く染まり始め、やがてそれが全身に広がりきると、
「え──」
火山の大噴火のような絶叫が、倉庫内に響き渡った。
「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!」
「「──!?」」
あまりの大音声に、倉庫内全体がビリビリと振動する。
環の大絶叫を受けて、慌てて耳を塞ぐ熊谷。
出来ることならば俺の耳も塞いでほしい! 超うるせぇ!!
「ちょまっ! ええええ!? いやっ、えっ、なんっ、なんで!? 何で私が上月とっ、ええええ!? えっ!? ど、どういうこと!? 今!? ここで!? えええ!? なんで!? なんでぇ!?」
環は本当の本当に熊谷の言った内容の意味が理解できないのか、かつてないほどに混乱していた。
俺の中にも驚きはあるが、それもコイツを前にしたら無に等しい。とんでもなく混乱している奴が目の前にいると心は自然と落ち着いてくるもので、俺は冷静な頭のまま環の絶叫を聞き続けた。
「──くっ!」
というか、そもそも驚いていられる余裕がない。
鼓膜が破れそうな大音量に、俺は激化する頭痛を耐えるので精一杯だった。
頭が割れんばかりの騒音にもがき苦しむ耐え難い時間。
俺は倒れた状態のまま、早くこの女を黙らせろと熊谷を睨みつけた。
「く、熊谷……!」
「──う、うん!」
熊谷も熊谷で一刻も早くこの騒音から逃れたいのか、辛そうな顔で頷き、環に負けない大声で説得を試みる。
「ご、ごめんね環ちゃん! お、落ち着いて聞いて! えーと、もう気づいてるかもしれないけど、こう見えても私、サキュバスなんだよね! 自分の魔力を強化するためにどうしても上月君の精〇が欲しくて! 本当は私一人でやるつもりだったんだけど! どうしてもこの寝取られ好きの変態野郎とやるのが嫌になったから! それだったらもういっそのことこのゴミクズクソ野郎と仲良い子に搾り取ってもらおうかなーって思って! 環ちゃんを呼んだの! それだけなの!」
「えええええ!? いやっ、搾りとっ、えええ!? サキュバっ、えええ!? てゆーか上月、寝取られ好きって何よそれ!? 嫌よっ! そんなこと言われても私困るんだけどっっ!!!???」
「──ぐっ!」
クソッ、ダメか!
熊谷に頼んだら環を黙らせることが出来るかなと思っていたが、残念ながら当てが外れてしまったようだ。環は更なる混乱の渦に吞み込まれ、完全に発狂していた。
……熊谷に任せた俺がバカだった!
なんだよ寝取られ好きの変態ゴミクズクソ野郎って……こんな状況でまで俺を罵倒するな!
「嫌! 絶対に嫌!! バカ! バカバカバカ! 最低! なんで好きでもない男と寝なきゃいけないのよ! 上月にそんな趣味があったなんて──この変態変態変態変態変態大へんたーい!!!」
案の定、環の拒絶っぷりが半端ない。寝取られ好きの変態ゴミクズクソ野郎とは絶対にそういうことをしたくないのか、半ば切れ気味に抵抗の意思を示している。
俺が言うのもなんだが、本当に説得する気はあったのだろうか?
見ろよあの嫌がりっぷり……。かわいそうに……。本末転倒も甚だしいぞ……。
「おい熊谷!」
仕方がないので、泣くほど嫌がる環のためにも俺が声を張り上げることに決めた。
寝取られ好きの変態ゴミクズクソ野郎と絶対にセッ〇スなんかしないで済むように、熊谷に対して怒鳴り声を上げる。
「そもそもそれ、俺のじゃなきゃダメなのか!? お前も環もめちゃくちゃ可愛いんだし、精〇なんて他の誰かから適当に選んで搾り取ったらいいだろ!」
「か、かわっ──!? だ、だから私は嫌だって言ってるじゃない!」
「分かってるって! 黙れ!」
「全然わかってない!」
──だから分かってるって!
熊谷も環も俺のことを心底嫌っているのだから、そういうのは他の男から搾取すればいい。今しているのはそういう話だ。
そりゃもちろん環が危惧している通り、精気を吸い取られる側からすれば堪ったものではないのかもしれない。
だけど、それでもこんな美少女達と寝れるのだから、多少は良い思い出にもなるだろう。
目指すべきなのはWin─Winな関係性。
こんな誰も幸せにならないようなことは今すぐにでもやめるべきなのだ。
「そうしたいのは山々なんだけど、上月君のじゃなきゃ意味ないの!」
とはいえ、残念ながらそうもいかないようで、熊谷はお返しにとばかりに表情を険しくし、怒鳴り気味の声を俺に浴びせてきた。
怒り顔で耳を塞ぎながら、転がる俺を睨みつけてくる。
「憤怒の魔王の血を直接受け継いでる上月君だから、私の魔力強化に繋がるんだよ! 分かるでしょ!?」
「──は?」
瞬間、俺の中で時が止まった。
頭の中が真っ白になり、何もかもが制止した世界の中で、今言われたことだけが脳内でリフレインされる。
『憤怒の魔王の血を直接受け継いでいる上月君』
あんなにうるさかったはずの環の騒音も、熊谷の怒鳴り声も、今だけはまったく耳に入ってこなくて、俺はただただ熊谷に言われたその言葉の意味だけを頭の中で考え続けた。
──えっ、ちょ、待っ、え…………えっ?
が、当然のように真っ白になった頭では理解することなんてできなくて、俺は堪らずその言葉の意味を熊谷に問い返す。
「魔王の血を受け継いでるって、どういうこと?」
「どうもこうもそのままの意味だよ! 自分が大魔王と大天使の子供だってこと知らないの!?」
「…………」
雑に言い放つ熊谷に、開いた口が塞がらない。
知らない情報だ。
本当に知らない情報だ。
だっては俺は赤ん坊の頃に捨てられて、鬼畜外道な天使に拾われて、母さんも俺を産んだ人間なんて知らないって言ってて、自分もそんなに興味なくて、だから真実は一生闇の中のはずで、それからずっと……ずっと──。
──え?
「……知らない、何ソレ?」
「え?」
ぼそりと、力なく口から出てきた俺の言葉。
そして再び訪れる静寂な時間。
熊谷は呆然としている俺を見て何を思ったのか、気まずそうに目を逸らし、それから『もしかして私、またマズいこと言っちゃった?』みたいな顔で「あー…………そうなんだ」と、小さく呟いた。
「…………」
「…………」
「──は」
確信する。
熊谷が冗談で言った訳じゃないのを……たった今、心で確信した。
瞬間、
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!??? いやっ、ええええええええええええええええええ!!!???」
俺の感情が爆発した。
「お前っ! お前それマジで言ってんの!? お前、俺の親のこと知ってんの!? えっ、てゆーか大魔王と大天使って、えっ!? はっ!? どういうこと!? 人間じゃ!? えっ!? 俺って、ナニ!? ええええええええええええ!!!」
先程の環にも負けないくらいの大絶叫が腹の底から溢れてくる。
急に解明された人生最大の謎に、叫ぶのを止められない。
「う、うるさいのが増えた……」
熊谷は苦悶の表情を浮かべながら耳を塞いでいたが、そんなの構うものか!
環とセッ〇スするという話も今はどうでもいい!
そんなことよりも、聞きたいことが山程ある!
なんで俺は産まれてすぐ捨てられたのか、俺の両親はどんな奴らなのか、熊谷に問い詰めたいことが山程──。
「な、なによ上月……アンタ、今の今まで本当に自分の両親のこと知らなかったの?」
「はぁ!?」
が、熊谷に詰め寄る前に、俺の両親を知っている奴がもう一人現れた。
三ノ輪環。
もうかれこれ七年くらいの付き合いになる、俺の一番の知り合いだ。
「いや、そんなの知ってるはずがっ! えっ!? てゆーかお前知ってたの!?」
「そりゃそうでしょ」
環は耳を塞ぎながら、辛そうな顔でそう返事をした。
もしかしたら俺の叫び声に少し耳をやられてしまったのかもしれない。
どうでもいい。
環の話に耳を傾ける。
「考えてもみなさいよ、いくら私が神の子で奇跡を起こすことが出来るからって、普通の人間をバンバン殺すわけないでしょ?」
そう、なんてことないように言い返す環。
……ふざけんなよ?
ふざけんな!
「そんなの、それだけの情報で気づくわけが──なんで、なんで言ってくれなかったんだよ!」
怒りのまま環に噛みつく俺。
別に今まで自分の本当の両親のことなんて気にしたこともなかったはずなのに、不思議と秘密にされていた苛立ちが胸の内から湧いてきた。
なんでなんだよ環!? なんで……なんで!
完全なる八つ当たりだ。
「知らないわよ!」
だからこそ、環もキレる。
理不尽に怒る俺に対し、怒鳴り声を上げた。
「だって私、上月が知らないってこと知らなかったし! どんな会話の流れになったら私から上月の本当の両親について話す流れになるのよ! バカじゃないの!?」
「ばっ、バカって──いや、確かにそうかもしれないけど……でも──」
それでも、やはりどこかで教えて欲しかったという気持ちは消えてくれない。
環の言ってることは正しい。間違いなく正しい。
だけど、それでもこの感情は抑えきれない。
自分の人生にとって一番重要な事柄を秘密にされていたことを、環に対して…………絶対にこの事実を知っているであろうクソババアに対して、無限の怒りが湧いて──
「ちょっと待って!!!!!」
「「──!?」」
くるのを遮るように、突然熊谷が大声で割り込んできた。
鬼気迫る声音で放たれた熊谷の叫びに、俺と環はビクッと肩を跳ねさせ沈黙する。
驚き声のした方を見てみると、熊谷は先程以上に血の気の引いた表情で環を見ていた。
わなわなと震える唇で、困惑の言葉を紡ぐ。
「えっ、ちょっと……ちょっと本当に待って? えっ? 今、えっ? 環ちゃん、自分のこと神の子って……神の子って言った?」
絶望に顔を歪めさせながら、精一杯の勇気で環に確認する熊谷。
何かの間違いであってくれと瞳で語りながら、目尻にうっすらと涙を浮かべている。
「う、うん……言ったけど?」
「──!?」
「それがどうかし──」
たの? と困惑気味の環が言い切る前に、今度は熊谷の感情が爆発した。
「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!??? いやっ、ちょっ、えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!???」
「「──!!??」」
熊谷の大絶叫に、俺の鼓膜が悲鳴を上げる。
湧いて出てきたイラつきを抑え込む程の騒音に、両手を封じられている俺は水揚げされた魚のようにビチビチと跳ねるしかなかった。
「嘘っ!? 私この場に神の子呼んだの!? 神の子に変態の精を搾り取らせようとしてたの!? えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!???」
「あああ……!」
大音声で叫びながらも熊谷の声帯は一切の衰えを見せることなく、更なる騒音を奏でていく。俺はその度に頭痛を悪化させられ、ひたすらもがき苦しむしかなかった。
耳を塞ぐことの出来る環が心底うらやましい。頼むからこの赤い糸による拘束を今すぐに解いてほしい。
「えっ、うん、えっ? 知ってて私の呼んだんじゃないの!?」
環は環で熊谷の発狂っぷりにまた混乱していた。
倉庫の床でのたうち回る俺のことを完全に無視して、二人だけで会話という名の絶叫大会をおっぱじめる。
「呼ぶわけないよ! だって神の子なんて、神の子に手を出したなんて知られたら、天界の全天使が私のこと殺しに来るもん! 無理無理!! 戦争だよ! ただでさえ憤怒の魔王様が亡くなって魔界は大変な状況なのに、そんなの相手にしてる場合じゃないって!!」
「えっ、上月のお父さん亡くなっちゃったの!?」
またもや出てきた衝撃の事実に驚きの声を上げる環。俺も騒音に苦しんでないでちゃんと自分の知らない親父の死を驚きたい。
頼むからもう少し声量を抑えて喋ってくれ……!
「そうだよ! だから今は本当に天使たちの相手なんかしてる場合じゃないの! 帰って! 今すぐに帰って! 交通費は全額私が支払うから、必要ならホテル代とかも払うから、お願いだからここでのこと全部忘れて帰って! お願い!」
「えっ? えっ? ちょっ、えっ!? 上月のことはどうするの!?」
「そんなのもう実ちゃんに任せるから大丈夫だよ! 天使に襲われるくらいなら刺された方がマシ! セッ〇スは実ちゃんにお願いするから、帰って!」
「ええええええええええええ!? いやっ、私寝取られ好きでも何でもないんだけど!?」
ぐいぐいっと無理矢理環の背中を押して出ていかせようとする熊谷。
環はなんとかここに残ろうとしているようだが、それでも悪魔である熊谷の方が力強いのか、あっさりと出入口付近まで連れていかれた。
た、助かった!
だんだんと遠のいていく騒音に俺がホッと息を吐いていると、
「──ん?」
ゴゴゴゴゴゴゴと、下の方から地響きが聞こえてきた。
地震かな? と思った次の瞬間、俺は床の下から出てきた何かによって天井付近まで派手に突き飛ばされた。
「──ぐはっ!?」
内臓に深刻なダメージを受け、口から血を吹き出しながら空中を舞う俺。何が起きたのか分からないまま自由落下を始めると、今度は太過ぎるロープのようなものでぐるぐる巻きに拘束された。
「あ──!? あがが!?」
ギリギリと締め付けられ、飛びそうになる意識を必死に繋ぎとめていると、耳元近くで醜悪な笑い声が聞こえてくる。
「いーひっひっひ! ようやく捕まえたわよぉ……憤怒の餓鬼ぃ」
「──!?」
切れ長の瞳が俺を捉える。驚き目を見開くと、
半人半蛇の怪物──ラミアがそこにいた。




