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天使の仕事ほど嫌なものはない  作者: 大上丈
第三章 悪魔の求愛
69/81

人生終了のお知らせ

 「はぁ、はぁ……。ま、間に合った……のよね?」

 「環……」


 余程急いで走ってきたのだろう、倉庫の扉に手を掛けながらぜぇはぁと息を乱す環。


 その瞳に余裕はなく、腰を折りながらも顔だけはしっかりと上げて、若干睨みつけるような視線を俺達に向けていた。


 熊谷はそんな彼女の様子を見ながらニッコリと微笑み、優しく話しかける。


 「そんなに急いで来なくても良かったのに。間に合うも何も、環ちゃんが来るまでは手を出すつもりなんてなかったよ?」

 「…………」


 ──嘘である。


 この女、手を出さないどころかさっきまで馬乗りになって俺の顔面を二十発くらい本気でぶん殴っていたド畜生である。


 俺の傷だらけな顔面と、熊谷の頬に点々と着いてる返り血が何よりの証拠。これで手を出してないと言い張るには流石に無理があるだろう。


 加えて三ノ輪環という女にはそもそもの話、嘘というものがまったく通じない。例え俺の顔面が無傷でボディを集中的に狙われていたとしても、どの道この女にあっさりと見破られていたことは間違いない。


 そう思っていたのだが、


 「そ、そんなの信じられるわけないでしょ!」

 「え?」


 どこからどう見ても手を出した後だというのに、思いのほか熊谷の嘘は通じていた。


 焦燥感を隠しもしない環に一瞬俺の顎が外れかけるが、


 「──あ、あんなことが書かれてたらね!」

 「……あんなこと?」


 直後に放たれた言葉によって、ギリギリ平静を保つことに成功する。


 通じていたというか、これそもそも俺がボコボコにされることは手を出すことの内に入ってませんね。全力疾走で駆けつけてきてくれた割には、俺の受けた苦痛には別段関心がないと見た。


 ……では、その全力疾走をしてまで急いで来た理由は何なのだろうか?


 少し気になったので、ただちに熊谷に聞いてみる。


 「おい熊谷、お前環に何て連絡したんだよ?」

 「ん? あー、それはね……」

 「わ、わぁぁぁぁぁやめてぇぇぇぇ!! 見せないでぇぇぇぇ!!」


 俺の問いに答えるため熊谷がゴソゴソと仕舞ったばかりのスマホを取り出そうとすると、慌てて環が大声で止めに入った。


 その声に熊谷は一瞬だけビクッと肩を跳ねさせ制止したが、熊谷としては別に知られても良いと思ってるのか、


 「えー? 別にいいじゃん、見せてあげても」


 と言って、お構いなしにスマホを取り出す。


 環はそれを見て、より一層慌てふためいた。


 「ダメ、本当にダメ! それを見せたら私、上月の頭をカチ割って殺すから!」

 「なんでだよ!?」


 なんで!? なんでそこで俺を殺すことになるの!?


 普通こういう場合は俺ではなく熊谷の頭をカチ割るべきなのではないのだろうか? 仮に友達の頭をカチ割るのが嫌なのだとしても、せめてスマホを破壊するとかいう発想に至ってほしいものである。


 なんで何もしてない俺が犠牲にならなきゃいけないんだよ。理不尽にも程があるだろ。


 そしてその理不尽は熊谷にとっては好都合なようで、


 「ふーん、そうなんだ」


 と言いながらニヤリと笑い、遠慮なしにスマホを操作し始めた。


 「ちょっと待っててね、今そのメールを見せるから」

 「ちょっ!?」


 次の瞬間、開いた画面を見せつけるようにして熊谷がスマホを突き出してくる。


 俺はそれを瞬時に察知して、絶対に見ないよう目をつむり、芋虫のように這いずりながら全力で逃げた。


 「う、うわぁぁぁやめろバカ! しまえ! アイツマジでそういう冗談通じねーから! 本気で殺しにくるから!!」

 「ハハハ、芋虫みたいに逃げるじゃん。ウケ──」

 

 こういう場合、環は絶対に嘘を吐かない。頭をカチ割って殺すと言えば、本当に頭をカチ割って殺しにくるのだ。


 その証拠とでも言うかのように、投擲とうてきされた何か(おそらく鉄パイプ)がヒュンと耳元で風を切る。あとほんの少しでも逃げるタイミングが遅れていれば、俺の頭は間違いなく爆散していたことだろう。


 「ははは……冗談だよ環ちゃん。心配しなくてもこれ、関係ない画像だから安心して? 私、上月君のことは普通に嫌いだけど、一応死なれたら困るから、まだ殺さないであげてね」

 「はっ、はっ、はっ、はっ……!!」


 危なかった。本当に危なかった。


 鉄製の壁が易々と貫かれている穴を見て、冷や汗が全身から噴き出してくる。


 熊谷も気持ちは俺と同じなのか、少なくない冷や汗を流しながら環にぎこちない笑みを向けていた。


 そんな俺達に対して、鋭い睨みを利かせる環。


 「「──っ!?」」


 この場にいる誰が一番優位に立っているのかが決定された瞬間である。


 環は投擲した体勢から少し身を上げて、俺達を交互に見た。


 「随分と仲良さそうにしてるじゃない? いつの間に二人でSMプレイする仲になったのよ?」

 「なってねぇよ!」「なってないよ!」


 俺と熊谷の声がほぼ同時に響き渡る。環の酷い勘違いに、二人とも叫ばずにはいられなかった。


 「ふんっ、どうだか?」


 しかし、それでも環は信じてくれないのか、俺達の叫びを軽く突っぱねて、軽蔑の眼差しを向けてくる。主に俺に対して。


 「深月にそんなエッチな恰好をさせて、鼻血が出るほど興奮して……いやらしい。私が来るまでこの倉庫でいったい何をしてたって言うのよ? どう見たって緊縛プレイを楽しんでいるようにしか見えないでしょ!」 

 「はぁ!?」


 心外すぎる、とんでもない誤解を環はしていた。


 「──マジかお前!?」 


 その何もかもが間違っている誤解に、開いた口が塞がらない。


 熊谷がエッチな恰好をしているのはおそらく半分サキュバスの血が流れているからだろうし、俺が鼻血を出しているのは興奮しているからでもなんでもなく、普通に顔面をボコボコに殴られたからだ。


 軽蔑されるだけならともかく、それで殺意を向けられては堪ったもんじゃない。


 俺はそのとんでもない誤解をいち早く解くため、転がったままの体勢で環に向かって全力で叫んだ。


 「ち、ちげぇよバカ! 俺が縛られてんのはコイツのせい! コイツが痴女みたいな恰好してんのはコイツの趣味! 俺のじゃねぇ!」

 「ち、痴女とか言うな! 私だって好きでこんな恰好してる訳じゃないし! それもこれも全部全部、上月君のせいなんだから!」

 「ほらやっぱり!」


 しかし、悲しいことに誤解は更なる誤解を生んでいく。


 息つく暇もなく、環の足元に転がっている鉄パイプが凄まじい速度で俺の命を狙って飛んできた。


 「この変態! ド変態! 死ね!」

 「う、うわぁぁぁぁぁ!」


 エッチな目的で着せたわけではないが、原因としては俺が熊谷の読んでる漫画のネタバレをしてしまったせいなのだから、結果として熊谷が嘘を吐いてることにはならない。


 「エロ猿! 色欲魔! 下ネタ大臣!」

 

 故に、殺意が俺に集中する。


 俺は寝転がった体勢から無理やり体を起こして、次々と投擲される鉄パイプを回避するため必死になって倉庫内を走り回った。


 「──いってぇ!」


 何本か飛んできた鉄パイプを体に巻き付いてる熊谷の血で受けながら(めちゃくちゃ痛い)、自然と怒りが熊谷に対して湧いてくる。


 「おい熊谷! お前なんでこの場に環なんか呼んだんだよ! アレのどこが普通なんだ! 普通の人間なら剣崎妹とかで良かっただろ!」


 先程と言ってることは真逆だが、人間本当に危ない目に合うと考えなんて簡単に変わってしまうものなのだから仕方がない。


 熊谷も色々と言いたいことはあるだろうが、そこは海のような広い心をもって許してほしいものだ。今の本心は環が来るくらいなら剣崎妹が来た方がマシだった。……それだけだ。


 「はぁ!? バッカじゃないの!?」


 とはいえ、もちろんそれで黙ってくれる熊谷ではない。


 熊谷は『ありえない』といったような表情で俺を睨みつけ、怒鳴るように言い返してきた。


 「呼ぶわけないでしょ! あの子なんか呼んだら私絶対に刺されるじゃん! 嫌だよ、刺されるのは!」

 「お、俺だって嫌だよ殺されるのは!」


 剣崎妹の方がマシだと思っていたが、どうやら熊谷も俺と似たようなことを考えていたらしい。呼ぶのなら環の方がマシ。マシだと思う相手が違うだけで、考え方は一緒だった。


 おそらくどちらを選んでもこの場所が地獄になることは変わらなかっただろう。変わるのは被害者だけ。眠ってる間に連絡を済まされた時点で、ハナからこういうことになるのは決まっていたということだ。


 畜生! こんなことになるくらいならあの時発信機を壊さなければ良かったぜ! 熊谷も俺と同じ目に合えばいいのに!


 「変態変態変態変態…………!」

 「──!?」


 そうこうしている内にも、環からの襲撃は続く。


 投擲できる鉄パイプが底を尽きたのか、今度はそれを持って直接殴りかかってきた。


 ガツン! と、頭部に強烈な一撃をもらう。意識が一瞬飛びかけた。


 「そんなにSMプレイしたいなら私が相手になってあげるのに! そんなに深月や実が良いの!? そりゃあ上月は大きいのが好きなんでしょうけど、私だってもう少し成長すればいずれはお母さんやお姉ちゃんみたいに──」

 「お、落ち着いて環ちゃん! 私と上月君、そんな気持ち悪い関係性じゃないから! 環ちゃんも十分魅力的な女の子だから、とりあえず落ち着いて!」

 「はっ!」


 耳がキーンと鳴って何を言ってるのかよく理解できなかったが、気づけば俺は地面の上に転がっていた。


 チカチカと明滅する視界の中で、追撃を行おうとしている環を後ろから熊谷が必死になって羽交はがい絞めして止めてくれている光景が目に入ってくる。


 ──トゥンク。


 人間本当に危ない目に合えば──以下略。俺は熊谷の懸命な姿に涙が出そうになった。


 ありがとう熊谷、俺の命を救ってくれて…………。しゅきぃ…………。


 「あ、あわわわわ! 今私何を、何を言って──!?」


 視界が涙で滲む中、環の慌てふためく声が聞こえてくる。ドクドクと生暖かいものが頭から流れ落ちていくのを肌で感じながら、俺は彼女達の会話に耳を傾けた。

 

 「ご、ごめん深月! 私ったら、なんか急に変な気持ちになって、それで──」

 「あぁ、大丈夫大丈夫。環ちゃんは全然悪くないから。悪いのは全部上月君だから、安心して」

 「…………」


 視界が徐々に晴れていくにつれ、状況がハッキリと見えてくる。


 顔を真っ赤にして恥ずかしがる環を後ろからなぐめるようにして抱きしめている熊谷。


 その恰好は先程までのエッチなものではなく、露出の少ない、俺とデートをしていた時の服装で……。


 ……あれ? なんか話の流れ的に俺のせいみたいになってるけど……これもしかしなくても環が暴走したのって──。


 「いや……環が暴走したの、絶対にお前のせいだろ。お前のサキュバスの力のせ──」

 「そ、それよりも!」

 

 そんな俺の声を遮るように、熊谷が声を張り上げる。


 消え入りそうな俺の声など絶対に聞かせまいとするかように、さりげなく環の背中を押して距離を取り始めた。


 人間本当に──以下略。俺は熊谷の仕打ちに血の涙が出そうになった。


 「ちゃんと一人で来てくれた? 誰かに言ったりなんかしてないよね?」


 ひそひそと聞こえるか聞こえないかの声量で話し始める熊谷。慰められて少しは冷静さを取り戻したのか、環は熊谷の顔を見てこくりと頷く。


 「それは……もちろん。……言える訳ないじゃない」


 と、どこか深刻そうな表情で呟く環。


 熊谷はそれをどう受け止めたのか、ほがらかな笑顔でホッ胸を撫でおろした。


 「良かったー」

 「何も良くないわよ……。深月、あなた自分が美花に何をしたのか覚えてないの?」

 「え?」


 こてんと首を傾げる熊谷。どうやら問題を起こしたという自覚はないらしい。


 ただ、少しばかり心当たりはあったようで、


 「何をしたって……。うーん……まぁちょっと邪魔だったから、少し遠くに行ってもらおうと思ってココアに追っ払ってもらったりとかしたけど…………それぐらい、かな? ……それのこと?」


 なんて、今朝のことを思い出しながらたどたどしい口調で環の質問に答えた。


 熊谷の今話した内容は俺も知っていることだ。今朝駅前で熊谷がココアちゃんを野に放ち、その後全力で逃げる天童から盛大な怨嗟の声が聞こえてきたのは俺もすぐ近くにいたのでよく覚えている。


 ……それがどうかしたのだろうか?


 「はぁ……」


 熊谷の話を聞いて、環が静かに溜息を吐く。それからバツの悪そうな顔をして、言いにくいことなのか少しだけ唇をもごもごと動かして、ゆっくりと口を開いた。


 「美花……あなたを殺すために今、血眼ちまなこになって探してるのよ?」

 「はい?」

 「一応私も間に入るつもりだけど、町に戻るなら半殺しは覚悟しておいた方がいいわね」

 「なんで!?」


 流石にそこまで恨まれてるとは思っていなかったのか、熊谷から悲鳴に近い驚きの声が響く。環は言うべきかどうか迷いながらも、その当然の疑問に対する答えを口にした。


 「えーと…………ね。美花ね……その、ココアちゃん? って犬に追い回されたあと………全身を舐め回されたのよ。…………隅々まで、公衆の面前で、気絶するまで…………その、半裸で……」

 「「…………」」


 絶句する。まさかあの後そんなことになってるとは思ってもみなかったから、俺も熊谷と一緒になって絶句した。


 天使はみだらに肌を晒すことを極端に嫌う種族だ。初めて家に訪れた時に半裸を見たことが原因でダンベルを投げられたこともあるのだから、そのことは俺が保証しよう。


 しかも、被害者である天童は大の犬嫌いときた。


 まさか小型犬にまでビビり散らかすとは思っていなかったが、逆に言えばそれ程までに特大な苦手意識を持っているということになる。


 そしてさらに付け加えて言うならば、それを敵対関係にある悪魔にされたというのも問題だろう。敵対している悪魔の命令によって大嫌いな犬から辱めを受けたとなれば、熊谷に殺意を抱くのも仕方がないように思えた。


 「私が来た時にはもう手遅れでね」


 と、十分すぎる理由に納得したが、驚くことに環の話はまだ続いていた。


 「…………」


 内容が内容なのかこれまで以上に苦い顔をし、少しの間押し黙る。それでも半殺しにされる理由を正しく伝えた方が良いと思ったのか、環はたどたどしくありながらも頑張って口を開いた。


 「……おしっこと……その……う、うんちも……かけられたり、乗せられたりしてたのよ……。しかもそれ、顔にされたみたいだから…………ちょっと飲んじゃったみたいで…………」

 「「──────」」


 えっっっっっっっっっっぐ!!!!!


 天使に対する最大限の侮辱と凌辱と尊厳破壊に開いた口が塞がらない。サーっと全身から血の気が引いていくのを感じて、ちょっと吐きそうになった。


 単純な暴力とは違う、これ以上無いほどのけがされっぷり。俺でも同じことをされたから心が折れるだろうに、それを純潔を大事にする天童が受けたのだから大変だ。彼女の精神的苦痛を考えると、常日頃から俺をボコってくる相手だとはいえ、流石に同情せざるをえない。


 おそらく、今のアイツに護れるものなんてものはもはや処女膜くらいしか残っていないだろう。


 普段喧嘩ばかりしている間柄だが、明日からはもう少し優しくしてやろうと、そう心に誓った。 


 「熊谷……」


 にしても、熊谷の悪魔っぷりが凄まじい。いつもは小悪魔なところしか見ていなかったが、彼女の行った非道さに一周回って感心すらしてしまう。


 「お前、アイツにどんな恨みがあんのか知らないけど……また凄いことしたな」

 「そ、そんな命令はしてない!!」


 が、どうやらそれは熊谷の意思で行われたものではないようで、俺以上に顔を真っ青にさせ、倉庫全体を揺らすかのような勢いでガクガクブルブルと震えていた。

 

 目尻にうっすらと涙を浮かべながら、イカれたロボットのように助けを求めてくる。


 「じょ、じょじょじょじょ冗談じゃないわよあのバカ犬!? ど、どどどどどどどどどどうしよう上月君! いいい嫌だよ私! はっ、半殺しにされちゃう! あっ、あんな化物みたいな奴の相手なんかできないよ! だって、だって私弱いもん! た、たたた助けてよ上月君!」

 「いっいいいいいややや、おおお俺に、たた助けを求められてててても、こ、ここ困るんだがががが」


 震える手で肩を掴まれたせいで、俺の体まで震えてしまう。危うく舌を噛みそうになった。


 「ちょちょちょちょっととととおおおお落ち着けけけけ──!」


 喋りにくいったらありゃしないので、仕方なく体を回転させて熊谷の手から逃れる。いちいち転がらなければロクに話も出来ないのがこの拘束の難儀なところだ。俺に助けを求めるのならいい加減この拘束を解いてほしいものである。


 とはいえ、


 「まぁそれだけのことをしても半殺し程度で済ませてくれるんだ。土下座でも何でもして許してもらえよ」


 俺に出来ることなどハナから何もない。助けようとしたところで死体が一つ増えるだけの話だ。何の意味もない。

 

 それに、天童の怒りの原因を作ったのは俺ではなくあくまでも熊谷の方だ。ならば、その罪は熊谷自身が責任を持って償うべきだろう。


 普通なら残虐の限りを尽くしたのちの処刑になるところ、今回は環が間に入ってくれることで半殺し程度で済む可能性が非常に高い。相当なことをしたのだから、それくらいは甘んじて受け入れてほしいものである。


 と、思っていたのだが、


 「あのねぇ上月……アンタ他人事みたいに言ってるけど、全然無関係じゃないのよ?」

 「は?」


 呆れた目を向ける環の一言によって、状況が一変した。


 「美花ね、自分を見捨てて他の女と逃げたからって、しばらくはアンタのこと毎日全殺しにしてやるって息巻いてるんだから」

 「なんでだよ!?」


 何でだよっ!!!!


 意味が分からん!


 明らかに熊谷よりも俺が受ける罰の方が重くて、本当に意味が分からん!


 意味が分からな過ぎて、気づけば俺は絶叫していた。


 「全殺しって──えっ、全殺し!? は!? しかも毎日!? はぁ!? な、なんで俺の方がコイツよりも罰が厳しいんだよ! 毎日全殺しにすんならどう考えたって俺じゃなくてこっちの方だろうが!」    

 「なっ!?」


 見捨てたのは悪いなと思っているが、それでもやはり罪の重さは俺よりも熊谷の方にあると思う。同罪として同じように半殺しにされるのならまだかろうじて納得できるが、流石に毎日全殺しにされるのはいくら何でも理不尽が過ぎるだろう。


 「いや、私も詳しくは知らないんだけどね」


 環は俺が全殺しにされることに対して何とも思っていないのか、特に同情する様子を見せることなく、まるで世間話をするかのような軽いノリで説明を始めた。


 「なんか深月のことは殺すなって絵里さんから命令されてるみたいよ? 上月は訓練の一環いっかんで殺してもいいってことになってるから、合法だって」

 「ふ、ふざけんなっ!」


 合法!? 合法だと!?


 「それのどこが合法なんだよ!? 全殺しの時点で合法もクソもねぇだろうが! ふざけんな!」


 訓練の一環で人を殺して良いのならこの世に警察なんかいらない。殺人罪をなかったことにするのは絶対にあってはならないことだ!


 「てゆーか、そもそも何で熊谷は殺しちゃいけないってことになってんだよ!? これ完全に熊谷の分まで俺が罰を受ける流れになってんじゃねぇかふざけんなバカ野郎!」


 特に分からないのはそこら辺だ。


 なぜ敵対しているはずの悪魔を母さんが守ろうとしてるのか、なぜ息子であるはずの俺にえげつない罰を与えることが出来るのか、本当に理解できない。


 マジで俺の母さん悪魔の中の悪魔、鬼畜外道のクソババアだ。


 「わ、私に怒鳴られても困るわよ……。大丈夫だって、ちゃんと殺されたあとは私が蘇生してあげるから、安心して殺されなさい」

 「それが一番嫌なんだよ!」


 安心しろと言われても安心など出来るはずがない。


 本来、人間は一度死ねば二度と起き上がることが出来ないように作られている。死ねばおしまい。きっとそれは、天界にいる神様がこの世すべての生物に与えてくれた最大限の温情なのだと俺は思っている。


 死とは──軽々しく経験して良いものでは決してないのだ。


 「お前は体験したことないからそんなことが簡単に言えんだよ! 人間なんで一度死んだら終われるようになってるか知ってるか!? 何で転生する時記憶が抹消されるか知ってるか!? 気が狂うほどの苦しや痛みに耐えられないからなんだよ!!」


 思い出されるのは初めて溺死した時のあの苦しみ。死にたいと強く願っていたはずの気持ちでさえあっさりとくつがえるほどの絶望感。


 それを、俺はこの人生で何度も経験してきた。


 頭蓋骨が砕ける衝撃を、内臓が破裂する激痛を、呼吸の出来ない恐怖を、大事なものがゆっくりと零れ落ちていく絶望を、俺は経験してきたのだ。


 人を生き返らせることの出来る、このバカ女のせいで!


 「でも」


 しかし、そんな俺の心からの叫びに、環はきょとんと首を傾げて言う。言ってはならないことを、言う。


 「アンタは普通に耐えられてるじゃない。昔に比べてだいぶ死になれてきたでしょ?」

 「そういう話じゃねぇ!」


 そういう話じゃない! そういう話じゃないんだ!


 死の痛みや恐怖を日常的に味わうのが嫌だと、俺はそう言ってるんだ!


 耐えられるから大丈夫という話ではない! 考えてもみてほしい! 死なないまでも、『これからしばらく毎日拷問するね』と言われれば、それを受け取った人はどう思うのか!? 


 普通に受け入れられる? んな訳ない! 泣き叫ぶに決まっている!


 そう! 今の俺のように!


 「うわぁぁぁぁいやだぁぁぁぁ!! もう家に帰りたくねぇ!! 殺されたくねぇ!!」


 あまりにも嫌すぎて、駄々をこねる子供みたいにジタバタとみっともなく転げまわる俺。


 「「うわっ……」」


 環と熊谷はそんな俺を見てしっかりとドン引きしているが、大いにドン引きしてくれて結構!


 そんなことに気をいている余裕なんかハナから微塵もないからな!


 これで少しでも同情されれば御の字だ。体に巻き付いている赤い糸のせいで腕をバタバタできないのが残念で仕方がない。


 「はいはい、可哀想可哀想」


 とはいえ、当然のように俺の想いは届かない。


 まさかそれで本気で同情しているつもりなのか、環は泣き叫ぶ俺に対して適当過ぎる可哀想で済ませようとしていた。


 「──ッ!」


 演技を見抜ける環ではダメだ。


 このままでは恥を晒すだけ無駄なので、一旦駄々をこねるのをやめて、助かるためすべての責任を熊谷に押し付けることに決めた。


 「おい熊谷! これ全部お前のせいだろ! お前が責任取って俺と天童の間に──」

 「嫌だよ! てゆーか無理! 絶対に無理! さっき秒で私を売ったくせによくそんなことが言えるよね! このクズ! 死ね!」

 「ぐはっ!?」


 が、もちろんそんな俺の願いが受け入れられるはずがなく、罪を押し付けようとした俺は当然のように罵倒されながら思いっきり顔面を蹴り飛ばされた。


 「死ねっ! 死ねっ!」

 「…………」


 相当に鬱憤が溜まっているのか、何度も俺の顔面を蹴り続ける熊谷。長くなりそうだなと思ったのか、環はスマホを取り出し、画面を眺め始めた。


 「ちょっ、やめ、ごめ!」

 「うるさい死ね!」

 「…………」

 



 謝っても許されることなく、熊谷の暴力と環の静観は、それからだいたい十分くらいもの間続いた。

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