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天使の仕事ほど嫌なものはない  作者: 大上丈
第三章 悪魔の求愛
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ネタバレはダメ! 絶対!!

 「う、う~ん…………こ、ここは?」

 「あっ、もう起きたんだ。おはよう、上月君。結構早かったね」

 「……熊谷」


 目を覚ますと、どこか月明かりの差し込む薄暗い空間に座らされていた。声のした方に釣られて振り向くと、隣に座っている熊谷が何をするでもなくぼんやりとした目でスマホを眺めている。


 「あー……」


 だんだんと意識が覚醒していくにつれて、記憶の整理が出来ていく。確か俺は、悪魔化した熊谷に何か赤い糸のようなもので拘束されて……それから首筋を噛まれて気絶したはずだ。


 体がだるく、頭が若干くらくらするのは血を多量に抜かれたせいだろうか? 貧血にも似た症状を感じながら、いまいちハッキリとしない視界の中でここがどこなのかを改めて確認してみようとすると、


 「あいてっ」


 ゴンッと、フラついた体を支えきれず、固い地面に頭を強打してしまった。


 「いったぁ……」

 「大丈夫?」


 密閉みっぺいされた空間なためか、頭をぶつけた音がやけ大きく反響して聞こえてくる。見れば赤い糸による拘束はそのままで、どうやらこれのせいで手を付くことが叶わなかったらしい。


 上半身を赤い糸でぐるぐる巻きにされただけの簡易的な拘束。まったく動けないということはないが、少なくとも両手は完全に塞がれてしまっているようだ。


 「…………。よいしょ」


 大丈夫? と言いながらもこれっぽっちも手を貸してくれる様子がないので、仕方なく俺は自分だけの力で上体を起こし、スマホを眺めている熊谷を横目に改めて周囲の確認を始めた。


 光源が月明かりなだけのやや広めの密閉された空間、びついた鉄の臭い。


 最近似たような経験をしたからか、ここがどこぞの使われてない倉庫なのだろうなということは確認してすぐに分かった。違う点といえば、不良達の溜まり場と化してないことくらいだろうか。


 …………うーん。


 しかし、分からないのはこの状況だ。どうして熊谷は、身動きの取れない俺の隣で呑気にスマホを眺めているのだろうか。悪魔化していた姿もいつもの人間の姿に戻ってるし、何よりも捕まえた男が目を覚ましたというのに何のアクションもしてこないのが不思議でならない。


 せめて連れてきた理由くらいは聞かずとも教えてほしいものだが、熊谷は眠いのか大きな欠伸をして、俺に一瞥いちべつもくれることなく、再び視線を手元のスマホに戻した。


 マジでなんなんだよこの時間……。


 とりあえず、何をするにしても体に巻き付いている赤い糸が鬱陶しいことこの上ないので、先日と同様全力で引き千切ろうと試みたのだが、


 「──あれ? なんだこれ、全然切れねぇ」


 鎖の時とは違い、ビクともしない。


 見た感じではただの糸にしかみえないのだが、その頑丈さは鎖とは比べ物にならず、どれだけの力を込めても千切れる気がまったくしなかった。


 材質は…………ゴムが一番近いだろうか? あまり触ったことのない感触で若干の戸惑いを覚えるが、似たようなものであるのは間違いないだろう。少し生暖かくてぶよぶよしているところが、ちょっとだけ気持ち悪い。


 「……うーん」

 「この前みたいに強引に千切ろうとするのは無理だと思うよ?」

 「え?」


 どうにかならないものかとしばらくの間ジタバタともがいて、ようやくのことで隣に座る熊谷が俺に意識を向け口を開いてくれた。 


 ちらりと俺に一瞥をくれて、俺に巻き付いてる赤い糸について説明してくれる。


 「それには私の血と魔力がたっぷりと練りこまれてるからね。無駄な体力を使うくらいなら、もう少し寝てた方がいいんじゃない?」

 「…………血?」


 あー、ゴムみたいなものだと思ってたけど、全然違ったわ。


 どうやらこれは、熊谷の血を魔力で固めて作られたものだったらしい。


 なるほど、どうりで若干生暖かい訳だ。これが熊谷の血であると考えれば、美少女に抱きしめられているような感じがして…………うーん、気持ち悪さが更に増すだけですね。


 こういうので喜ぶのは特殊な性癖の持ち主だけだろう。熊谷のことは好きだが、残念ながら俺には当てはまらない。一刻も早く解いてほしい気持ちでいっぱいだ。


 とはいえ、そうはいっても実行犯が解いてくれるはずがなく、熊谷はすぐに興味を失ったかのように視線を俺から外し、再びスマホをぼんやりと眺め始めた。


 「…………」

 「…………」


 眠ればと言われても眠れる気がしないので、暇つぶしに熊谷との会話をこころみる。


 「お前、吸血鬼かなんかなの?」

 「うん、そうだよ」


 すると、意外にもあっさりと、熊谷は俺の質問に答えてくれた。悪魔とバレた時点で隠す気もなくなったのか、スマホを眺めながら適当な様子で会話を始める。


 「半分だけだけどね。ハーフなんだ、私」

 「へぇ……。もう半分は?」

 「サキュバス」


 なんとなくそうじゃないかなと思っていたから、特に驚きはない。時々漂ってくる甘い香りは、おそらくはサキュバスの力によるものだったのだろう。


 だから俺は──


 「だから、上月君が私のこと好きになったのはこっちの能力のせいだから、搾れるだけ搾りとったら解放してあげるね。私に気持ち悪い目で見てくるのも今だけは許してあげる。今だけね。まぁ、まさかこれが効いてたとはさっきまで全然思ってなかったんだけど」

 「へ、へぇ……さいですか」


 搾れるだけ搾り取るとはいったい何のことについて言ってるのだろうか。


 なんとなく察しはつくが、なんか変な空気になりそうな気がしたので今は聞かないことにした。


 しかし、それにしてもさっきからなんでも答えてくれるなこの子。今ならスリーサイズとかどんなパンツを履いてるのか聞いてもこころよく答えてくれるのではないだろうか。


 ………………はい、答えてくれるわけないですよね。


 ついつい思考がエロい方向にいってしまうのは、きっとサキュバスの力によるせいだ。俺は悪くない。

 

 ……悪くないはず。悪くないよね? 悪くないと思う。誰か悪くないと言ってくれ。


 変なことを考えそうになってしまう思考を遮るように頭を軽く振って、俺は気持ち悪くない視線を熊谷に送った。そして、ある意味今一番気になっていることを熊谷に聞いてみることにする。


 大事なものが奪われないことを切に願いながら、それとなく話題を変える。


 「ところでさ……さっきから俺のこと放置してスマホにお熱のようだけど、何見てんだ?」


 もしかしたら何か重要な情報が得られるのではないのかと思い、俺は身を乗り出して彼女の手元を覗き込んだ。


 「ちょっと!?」


 見れたのは一瞬だけ──それでも、俺は確かに彼女の見ていたスマホの画面を視界に収めることに成功する。


 俺の視界に入ってきたもの…………それは──某有名漫画のバトルシーンだった。


 …………は?


 軽く混乱する俺に、熊谷がゴミを見るような目を向けてくる。


 「うわぁ、上月君勝手に人のスマホ覗き込んだりするんだ……。さいってー、死ねば?」


 まぁ最低な行為をしたという自覚はあるから言い訳をするつもりはない。別に日常的に誰かのスマホを覗き込んでいる訳ではないのだが、それよりも今はなぜ熊谷がこの状況で漫画を読んでいるのかを問い詰める方が先だろう。


 「別に日常的に覗き見してる訳じゃねーよ」


 と、訂正は軽めに済ませておいて、本題に移る。


 「それよりも、なんでお前この状況で漫画読んでんの? 暇なのか?」

 「あ? 暇だけど何? 文句あんの?」

 「いや、別に文句はねーけど」

 「じゃあ黙って寝てなよ……この寝取られ好きの異常者が」

 「…………」


 文句はない。文句はないが、疑問はあるのだ。


 苛立ちを隠そうともしない熊谷の鋭い眼光にひるみそうになるが、せめてこの時間がなんの時間なのかを知りたいと思うのはそんなにおかしなことだろうか。


 あと、寝取られ好きは絶対に今は関係ないだろ。それだけで異常者扱いをするのは、全国の同志のためにもマジでやめていただきたい。


 「いや、だから……そもそもなんで暇なんだよお前。これ何待ち? なんの時間?」

 「…………」

 「なぁってば」

 「うるさい、今良いところだからちょっと黙ってて」

 「…………」


 熊谷は再びスマホに視線を落とし、俺の質問を無視した。これから先はだんまりを決め込むつもりなのか、バッと手の平を突き出し、強い口調で発言を制してくる。


 いや、どんだけその漫画の続きが気になってんだよ……。


 度重たびかさなる無視に、だんだんと俺もイライラしてきた。こちらとしても腹が立ってきたので、無視されようとお構いなく、半分嫌がらせのつもりで質問を続けることに決める。


 「おい、無視して漫画読み続けんのやめろ。読みながらでいいから、とりあえず俺の質問にも答えてくれ」

 「…………」

 「今主人公達が戦ってるそのドラゴンな、もの凄いタフでめちゃくちゃ苦戦してんるんだけど、実はよくよく見てみると右の脇腹の部分にある傷だけが他の傷に比べて治りが早くてな、つまりはそこに──」

 「ああああああ!!」


 直後、悪魔化した熊谷から鉄拳が飛んできた。


 両手を封じられ直撃を受けることしかできなかった俺はしっかり五メートルほどぶっ飛ばされ、その後ゲームセンターの時と同様に、マウントを取られ拳を何度も振り下ろされ続ける。


 鬼のような形相ぎょうそうをした熊谷を下から見上げながら、俺は余裕の表情でニヤリと笑った。


 「おまっ、おまっ! ふざけんなよマジで! えっ!? コアがあるはずの胸を貫いても死なないのはそういうこと!? 初登場時、全体絵でやけに綺麗な右脇腹を見せつけるように描いてたのはそういう伏せ──ああああふざけんなよお前ぇぇぇぇ!!!」

 「ふ、ふふふふふふ。残念だったな熊谷。俺はその作品を全巻読んだことがあるからわかるんだよ。これ以上のネタバレを食らいたくなかったら、素直に俺の質問に答えるんだな」


 ドガッ! バキッ! ボゴォ!!


 「あっ、ごめんちょっと強い。ごめんごめん、ちょっタンマ。ごめん、痛い。一旦やめて? 痛い痛い痛い。ちょっと──実は主人公が持ってるその剣な! ずっと製作者が謎にされてたけど、それもそのはずで、冒頭にも出てきた始まりの勇者が死の間際、つるぎの女神に──」

 「──くっ!?」


 二十発ほど渾身の一撃を食らい続け、ようやくのことで悪魔による暴力がピタリと止まる。


 熊谷は悔し気に悪態をつきがら、ゆっくりと俺の体からどいてくれた。


 「こ、この悪魔がっ!」

 「……ど、どっちがだよ」


 ぺっと吐き出される唾を額に受けながら、俺もゆっくりと起き上がる。


 凄まじい力で殴られたせいか、口の中が血の味しかしない。どうにか普通に上体を起こすことが出来るが、あともう少し殴られ続けていたら脳震盪のうしんとうを起こして意識を刈られていたのは確実だろう。


 危なかった。危うく何の情報も得られないまま物理的に眠らされるところだった。一発ぶん殴られるくらいの覚悟はしていたが、まさか悪魔化してまでボッコボコにされるとは……。


 熊谷の前でネタバレを口にするのは、もう二度としないよう気をつけよう……。


 「助っ人を待ってるの!」

 「助っ人? あぁ」


 どかっと地面に座り直し、仕方なしに答える熊谷。


 一瞬何の質問をしてたっけかと脳が軽く混乱しかけたが、何のための時間なのかを聞いていたことを思い出し、納得しながらタラリと流れ落ちそうになっている額の唾を拭う。


 熊谷は俺の反応にふんっと鼻を鳴らし、苛立たし気に話を続けた。


 「そっ。ホントは私一人でやるつもりだったんだけどね、今日のデートのせいで自分でするのがもすごーく嫌になったから、もう協力してくれそうな人に全部任せちゃおうかなーって思って、さっき連絡したの」

 「はぁ……」


 何をするつもりなのかは知らないが、どうやら俺に何もしてこないのは、単純に自分でするのが嫌になってしまっただけの理由らしい。何らかのやり取りを盗み見れればなと思っていたが、残念ながらそれはすでに済まされていたようだ。


 しかし、そうなってくるといったい誰を呼んだというのかが俄然気になるというもの。ここはやはり、別のサキュバスでも呼んだのだろうか。


 「要するに、他の悪魔を呼んだってことか?」


 そう思い聞いてみたのだが、俺の予想はまったくの的外れだったらしく、熊谷はふるふると首を横に振ってそれを否定した。


 「いや、呼んだのは普通の人間。上月君もよく知ってる人物だから、安心して」

 「は?」


 いったいそれのどこら辺に安心できるような要素があるというのだろうか。


 余計に、不安感が増す。


 「いや……いやいやいや、お前それはダメだろう。誰を呼んだか知らないけどさぁ、こんなことに普通の人間を巻き込むなって」


 これはあくまでも悪魔の問題だ。ならば、それは悪魔だけの力で解決すべきであると俺は思っている。関係のない人間を巻き込むのは、流石に許容できない。


 「迷惑を掛けんのは俺だけにしろって、さっき言っただろ? 場合によっちゃ……俺はお前を許さないぞ」


 先程は俺にだけ迷惑が掛かるのだと思って協力するつもりになっていたが、こうなってくると話は変わってくる。


 これから始まるのは、きっと身の安全が保障されないものだ。天使とかならともかく、ただの人間が悪魔の事情に巻き込まれるととどうなるかなんて……正直言って想像もしたくない。


 そしてそれが俺の知り合いなら尚のこと。


 俺の知り合いにバカや変態はいても、クズはいない。誰一人として、こんなことに巻き込まれてほしくなんかなかった。


 「別に迷惑なんて掛けてるつもりないよ」


 しかし、熊谷は俺の睨みなんてまるで怖くないのか、意に返さないかのように前を向き、平然とした態度でスマホに視線を落とす。


 「むしろ、彼女からしたらこれはプレゼントとしてで受け取ってくれるんじゃないかな? なんか変に上月君との関係をこじらせてるみたいだし……いっそ感謝してくれてもいいくらいだよ」   

 「はぁ? お前何ふざけたこと言って──」

 「あっ、来たみたい」


 『んだよ!』と、最後まで言い切る前に、ガラガラと、勢いよく倉庫の扉が開かれる。


 音に釣られて扉の方を見てみると、全力疾走でもしたのか髪を振り乱し、ぜぇはぁと苦し気に呼吸しながら大量の汗を流す少女がそこにいた。


 「──は?」


 その予想外の人物に、開いた口が塞がらない。てっきり剣崎妹が呼ばれたんだろうなと思っていたからこそ、混乱に思考が麻痺してしまう。


 俺は自分でも自覚するほどの間抜け面を晒しながら、何度も彼女と熊谷を交互に見た。


 「えっ、あっ……呼んだのって、コイツ? いやお前、さっき普通の人間って俺に言って」


 あまりにも先程聞いた情報との違いに、なかなか混乱が収まらない。呼ばれた人間が普通とは程遠い人間であることを知っている俺は、大きな驚きに包まれる。


 「あー、なるほど?」


 ただ、『コイツなら別に巻き込まれてもいっかー』という、確かな安心感だけは胸の内から湧いてきた。


 そっかそっか……熊谷、まだコイツのこと普通の人間だと思ってたんだな。


 まぁ学校とかでは基本的に普通の人間として振舞ってる訳だし、よく調べもしなければ、そう解釈してもおかしくないの……かな?


 熊谷のリサーチ不足に若干の呆れを感じながら、俺は誰にも気づかれないような小さな溜息をこっそり吐いた。


 「こんばんは。ごめんね、急に呼び出したりなんかしちゃって」


 そんな俺の隣で、何も知らない熊谷はゆっくりと立ち上がり、微笑を浮かべる。


 そして、やってきたお下げ髪の少女を歓迎するかのように、大きく両手を広げた。




 「来てくれてありがとう。待ってたよ──環ちゃん」

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