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天使の仕事ほど嫌なものはない  作者: 大上丈
第三章 悪魔の求愛
67/81

プロポーズごときで俺達のラブストーリーは始まらない

 「……はぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 「…………」


 人気の少ない静かな空間に、熊谷のクソデカため息が響き渡る。


 ゲームセンターにて散々暴れた俺達は、誰が通報したのか、そのあとすぐに駆けつけてきた警察官に連行され、小一時間くらいのお説教を食らっていた。


 ガミガミガミガミと耳の痛いことを言われ続け、二人して必死に謝り倒して、ようやくのことで解放されたのが、つい先程のこと。


 長い長い苦痛な時間を終えて精も根も尽き果てた俺達がふらりふらふらと辿り着いたのが、この人気の少ない公園という訳である。


 今の時刻は夜の八時五十分。


 日が沈んでからかなりの時間が経過しているためか、夜空には大きな月が輝きを放っている。高くそびえ立つビル群にも負けないほどの光源を俺達に降り注ぎ、夜の公園を淡く照らしていた。


 おかげで街頭が遠いというのに、熊谷の表情がハッキリと見える。


 警察官のおじさんとお姉さんにこっぴどく叱られ、完全に憔悴しょうすいしきってしまった熊谷の表情が。


 「…………上月君ってさー、ホントアレだよね……。人を怒らせる天才だよね」

 「…………ありがとう?」

 「褒めてねーよ」


 俺と違って叱られる経験が少ないのか、普段の彼女からは想像もつかないほど酷くやさぐれている。体はだらけきり、手足が力なく投げ出されているさまはまるで糸の切れたマリオネットのようだ。


 「あー……」

 「おい、大丈夫か?」


 恥ずかしげもなく口は半開きで、活き活きとしていた瞳も今は生気がなく、ただ意味もなく虚空を見つめている。その目尻にはうっすらと涙が浮かんでいて、ふとした瞬間に小さくキラリと光った。


 ……それだけが、今の彼女に生み出せる唯一の輝きだった。


 「はぁ……もうやだ」


 熊谷は俺の声が聞こえているのかいないのか、涙を隠すように顔を両手で覆い、シクシクと泣き言を漏らし始める。


 「上月君と一緒にいると酷い目にあってばっか。人前であんな姿晒して…………私もうお嫁にいけないよ」

 「…………」


 ぶっちゃけ『酷い目にあったのはどう考えても俺の方だろうが!』と、言いたいところだが……まぁ精神的なダメージの方は見た感じ熊谷の方が大きそうなので、それは心を仏にして黙っておいてやることにする。体内にデスソースを大量に流し込まれたことはたぶん一生恨み続けることになるだろうが、今の俺の心は仏なので、そのことについては言及しない。


 パンパンに腫れあがった唇で、熊谷を慰めるための言葉を紡ぐ。

 

 「心配すんなって熊谷、ここにお前の友達はいないだろ? 地元に戻れば、きっといい旦那にも巡り会うことができるって。俺が保証するからさ」

 「はぁぁぁぁ」


 そう言うと、熊谷はまたもやクソデカ溜息を吐き出し、やさぐれた目で俺に文句を言ってきた。


 「……そこは『俺が貰ってやるから安心しろ』って言って欲しかったなぁ……。上月君ってホント、そういうとこあるよね。空気読まないというかさぁ、ワザと雰囲気をぶち壊しにしたりするところとかさぁ」

 「はあ……」


 はてなと、頭に巨大な疑問符が浮かび上がる。


 熊谷は雰囲気がどうのこうのと言っているが、いったい今のどこら辺にそんなことが言えそうな雰囲気が漂っていたというのだろうか? 俺としては自分なりに空気を読んでの発言だったのだが……残念ながら、彼女の求めていたものとは遠くかけ離れた発言をしてしまっていたらしい。


 「…………」


 ……うーん、納得出来ない。


 少しの間冷静な頭で考えてみたが、やはり許容できないほどの矛盾を感じたので、ヒリヒリと痛む喉を酷使しながら、俺も文句の言葉を熊谷に吐き出した。


 「いやそういうとこも何も、今の話の流れ的に俺がそんなこと言ってたら頭おかしいだろ。どう解釈したら俺がお前に好かれてるって話になるんだよ? ナルシストだって流石に自分が嫌われてるんだなって自覚するぞ」


 しょっちゅう空気の読めないことを指摘される俺ではあるが、流石にこれが違うということは分かる。


 どう考えても俺は熊谷に嫌われている。そのことだけは、まごうことなき事実だろう。


 「あーそうだね、そうですね」


 熊谷もそれは認めるところなのか、特に訂正することもなく肯定してきた。


 「上月君を好きになるとか普通に考えてありえないもんね。環ちゃんも実ちゃんも頭ヤバすぎ」

 「…………」


 なかなかにあんまりな言い草だが、それは俺も同意することなので文句はない。環も剣崎妹も頭がヤバい。それもまた、紛うことなき事実である。


 その事実を再認識して、少しは落ち着けたのかなと思い熊谷の様子を見てみると、しかし熊谷は変わらないやさぐれた目を俺に向けながら小さくため息を吐き、またもや矛盾を孕んだ問いを投げかけてきた。


 「……ねぇ、上月君は私の何がそんなに気にくわないの? こんなにアピールしてるってのに全然心許してくれないしさぁ、拒絶されるしさぁ……。いつ、どこで私のこと嫌いになったのよ? なんか最初から拒絶されてるっぽい感じだったけど、明るいキャラを演じて近づいたの、そんなに嫌だった?」

 「…………」


 よくわからないが、なんかメンヘラみたいなこと言い出してきたなコイツ。今までも十分に面倒くさいところを見てきたが、これはいつにも増して面倒くさい。もしかしなくてもこれが、熊谷の本来の姿なのだろうか。


 「別に嫌じゃねーよ」


 大抵の人間は、メンタルが病むとその人の本性が表れる。


 こういう時何と返答すれば正解なのか、正直なところ俺には分からない。


 でも……分からなくても、答えを待つ熊谷にいい加減何らかの返事をしなければいけないなとは思った。


 だからこそ、これから口に出す言葉はただの本音ミスだ。


 嘘つきな熊谷の見せた本物の感情に釣られて……つい、俺も本物で返してしまった。



 「てゆーかそもそも、俺お前のこと普通に好きだし」



 「…………」

 「…………」


 何気なく言ってしまったその一言。ただでさえ静かな公園に、沈黙による静謐せいひつさが加わる。


 熊谷の感情が爆発するのは、それからしばらく経ってからのことだった。

 

 「はぁ!!??」


 言葉の内容を理解した熊谷が、絶叫を上げながらベンチから立ち上がる。俺に好意を抱かれていることがよほど気色悪いのか、ゴキブリのようなもの凄い速さで後ずさりをし始めた。


 ズササーと、しっかり5メートル以上の距離が開いたところで、自身の体を護るように抱きながら、全力で俺のことを振りにかかる。


 「えっ? 何? 上月君、私に惚れてたの!? 今まで、ずっと!? えっ、嘘!? ごめん無理! 上月君と付き合うのは絶対に無──じゃなくて! 嘘! 今のなし! 訂正! 忘れて!」


 絶対に嘘じゃないし忘れもしないが……とにもかくにも、こうして俺の人生で初めての告白は無事に玉砕に終わった。


 良かった。


 胸の内に湧いた確かな安堵感に、ほっと息を吐く。


 初めから無理だとわかっていたからか、特に精神的なダメージはない。というか、むしろ嫌われているという確信があったからこそ、俺は熊谷に告白をしたのだと思う。


 でなければ、安易に『好き』だなんて言葉を俺は口に出したりなんかしなかっただろう。


 ──だって俺は、あの人のことがずっと


 「ああああああああ!!」


 なんて、昔の思い出に浸っていたいところではあるが、落ち着いている俺とは対照的に、熊谷は荒れに荒れていた。


 反射で拒絶してしまったことを後悔しているのか、頭を抱え嘆いている。


 「噓でしょ!? 絶対上月君私のこと嫌ってたじゃん! あぁぁぁうそぉぉ!? 私早まった!? あああああ私のこれまでの頑張りがぁぁぁ!! 練りに練った完璧な計画がぁぁ!!」

 「…………」


 空気を読まないとか、雰囲気をぶち壊しにするとか、さっき聞いた台詞をそっくりそのまま送り返してやりたい気分だ。


 アンニュイになりそうな気持がものの見事に吹っ飛んで、スッと冷静になる。


 てゆーか、練りに練った計画って何だよ? 何が目的なのかはまだ分からないが、たぶんその計画、めちゃくちゃ杜撰ずさんだと思うぞ。


 「落ち着けって、別に早まっちゃいねーよ」


 なんて、気になることは山ほどあるが、流石にいつまでも騒がれてはまた通報されそうな気がしたので、俺は彼女に少しでも落ち着いてもらおうと慎重に言葉を選び、低めのテンションで口を開いた。


 「それがお前の本性だとしても、俺はお前のことを嫌いにはならない。お前のことが好きって気持ちはまだ全然変わってないしな。……というか、むしろ今の方が俺的には好感度高いぞ? 環と話してるみたいで気が楽だし…………。あ」


 言ってる途中で、他の女の名前を出してしまったことに気づいて口をつぐむ。


 普段ならまったく気にしないところだが、好意を伝えた直後に奴の名前を出すのは、何だかいつもと意味合いが違ってくるような気がした。


 『環と話してるみたいだから、好感度が上がった』


 これじゃあまるで、俺が環のことを──


 「じゃ、じゃあ!」


 しかし、幸いなことに熊谷にとってはそれどころの話ではないのか、まだ取り返しがつくのかもしれないという僅かな希望にすがるような目で、俺に向かって何かを言おうとしていた。


 危なかった。


 危うくまた、熊谷に変な勘違いをされてしまうところだった。


 ホッと胸をひと撫でして、熊谷の希望を叩き潰させてもうことにする。


 「私と──」

 「だから、付き合うとかは無理だ」

 「──!」


 案の定、付き合ってよとでも言うつもりだったのか、熊谷はそれ以上続けることなく、静かに口を閉じた。


 やはりダメなのかと、がっくりと肩を落とす姿はまるで落ち込んでいるかのようだ。


 「……熊谷?」

 「ちっ」

 「…………」


 少し冷たくしすぎたかなと一瞬だけ心配したが、どうやらその必要はなかったらしい。


 うつむいてる顔を覗き込んだ直後、吐き捨てるような舌打ちが聞こえてきた。案の定彼女の顔には落ち込んでいる様子は全く感じられず、悔し気に歯噛みし、睨みつけるような視線を地面に落としている。


 どうやら、気を遣ってやる必要はなさそうだ。


 そろそろ解散した方が良さそうな雰囲気になってきたので、いい加減帰らせてもらうことにする。


 「じゃあ、俺はこれで」

 「待って! 私の話を聞いて!」


 そう言ってゆっくりとベンチから立ち上がると、即座に熊谷に呼び止められた。


 「……話?」


 はて? これ以上いったい何を話すことがあるというのだろう。


 熊谷は明らかに俺のことを嫌っている。俺としても熊谷と恋仲になる気は一切ない。ならば、話はこれで終わりだ。


 これ以上何かを話したところで、結末が変わることはない。


 「確かに私は、目的があって上月君に近づいた」


 しかし、そう思っているのはどうやら俺だけのようで、熊谷は拒絶されてもなお諦めを見せず、より真剣な表情で俺に語り掛けてきた。


 その真剣さにかれて、つい足を止めてしまう。一応、耳を傾けてみた。


 「でも、それは上月君を傷つけるためなんかじゃないの! もちろん他の誰かを傷つけるためでもない!」

 「俺にデスソースを大量に飲ませておいて?」

 「そ、そのことは忘れてよ! てゆーか、さっきのはどう考えても上月君の方が悪いでしょ! あの状況であんなこと言われたら誰だってキレるって! ──じゃなくて! 今はそういうこと言いたい訳じゃないの! 話を逸らさないでよ!」

 「お、おう、ごめん」


 別にちゃちゃを入れるつもりはなかったのだが、話の内容があまりにも矛盾していたせいでついついツッコんでしまった。本人としては真面目な話をしているのか、めちゃくちゃ怒られる。反射的に謝ってしまったのだが……アレ、これって俺が悪いの?


 「えーと」


 軽く疑問を覚えたが、しかし今はそれ以上の疑問が頭に浮かんでしまったので、とりあえずデスソースの件はスルーして、熊谷のためにもそちらを優先させてもらうことする。


 「で……その目的ってのは何だよ? 結局、なんのためにお前は俺と付き合いたいんだ?」

 「──うっ」


 結論を急ぐ、俺の質問。


 「そ、それは……」


 なのだが、何故か熊谷はその問いに答えることなく、視線を露骨に逸らし、苦し気な顔で言葉を詰まらせていた。


 「…………」

 「…………それは」


 たっぷり十秒程の間をおいて、ようやくのことで熊谷の口が開かれる。


 「…………まだ、上月君には言えないけど」

 「はぁ!?」


 しかし、返ってきたのは何の解決にもならない答え。真面目そうな空気になっていただけに、俺としても肩透かしを食らって少なくない憤りを覚えた。


 「いや、こんだけ待ってそれはねーだろ! 何でここまできてはぐらかすんだ!? 言えよ!」

 「しょ、しょうがないでしょ!」


 責めるような口調で問い詰めるも、熊谷にも譲れないものがあるのか、半ば逆ギレするような感じで怒鳴り返される。


 「私だって……!」


 胸に手を当てて、怯む俺に強い視線で訴えかけてきた。


 「私だって、本当は全部の事情を話して上月君に協力してほしいよ! 上月君のこと利用しまくりたいよ! だけど! 上月君を私達の事情に巻き込むなってお願いされてるから、言えないの! 上月君のことなんかどうでもいいけど、あの人を悲しませることはしたくないの! 察してよ、バカ!」

 「さ、察してって……」


 いくらなんでもそれは無茶苦茶が過ぎるだろう。


 何も教えてくれてないのに察しろとは……そんなの、エスパーでもない限り絶対に無理だ。


 言えないことが多いのは分かるが、誰だって『はいそうですか』と素直に納得できるはずもない。少年漫画に出てくる主人公じゃあるまいし、俺のことをそんなお人好しな連中と一緒にされても困る。


 「あー……」


 てゆーか、もうめんどくせぇな。


 駄々をこねる子供の相手にしているみたいで、まともに話を合わせるのが馬鹿らしくなってきた。


 おそらく熊谷は、先程のアホすぎる自分の失態に気づいていない。誰かのために必死になって自分の正体を隠してるようだが、隠す必要がまだあるのだと間抜けにも思い込んでいる。


 踏み込むべきかどうか迷ったが、こんなにもしつこく食い下がってくるのなら、いっそのこと自分から巻き込まれにいった方が良いのかもしれない。


 あーだこーだと回りくどいやり方をとり続けるのは、お互いにとって時間の無駄になるだけだ。


 「一応隠してるみたいだったから気づいてないフリしてたけどさ……」


 頭をガシガシと搔きながら、口を開く。


 気を遣うとか誤解されるような言い方をするとか、そんな可能性が一切生まれないよう、シンプルで、それでいて核心をつく質問をする。



 「もうハッキリ言うな? お前、悪魔だろ?」



 「………………え?」


 熊谷は俺の問いに口をポカンと開けて返事をした。


 肯定でもなければ否定でもない、うやむやな答え。


 だけど、俺の中でこれはすでに確信をもっているただ事実なので、構わず話を進ませてもらうことにする。


 「お前になんの事情があるのかどうでもいいし知らないけどさ、悪魔関係のことで秘密にしてるなら気にしなくていいぞ。もうとっくにバレてるからな」

 「ちょっ」

 「付き合うのは無理ってさっき言ったけど、恋愛事でないのなら別に付き合ってやらんでもない。俺にしか迷惑が掛からないのなら、存分に掛けてくれ。まぁたいしたことは出来ないと思うけどな」

 「ちょっと」

 「で、結局お前の目的は何なんだよ? 頭のおかしい天使共に命でも狙われてんのか? 今度は回りくどいことはやめてハッキリ言えよ、面倒くさいから。お前は、俺をどう利用したいんだ? やっぱり人質にして」

 「ちょっと待ってよ!」


 流石に一方的に話を進め過ぎたのか、熊谷からストップがかかる。


 熊谷は酷く狼狽ろうばいしながら、質問を質問で返してきた。


 「え、なんで? 上月君、私が悪魔だって……なんで」

 「はぁ? 逆になんでまだバレてないと思ったんだよ」


 やはりというか何というか、熊谷は自分の正体がバレていることに気づいていなかったらしい。


 あれだけのやらかしをしてまだ気づいていないとは……その間抜けさに少なくない呆れを感じるが、なぜそのことを俺が知ったのかをちゃんと教えてやらないと、いつまでも話を真面目に聞いてくれなさそうだ。


 話をスムーズに進めるためにも、横着せず、正体がバレた原因を懇切丁寧に説明してやることにする。


 「お前……さっき俺をぶっ飛ばした時、半分悪魔化してたんだぞ? ありえない速度で接近して、ありえない馬鹿力で俺を抑え込んで……しかもなんか頭から角も生えてたし、蝙蝠こうもりみたいな翼も生えてたし……それだけのことしといてなんでバレてないと思えるんだよ。気づかないはずがないだろ、バカかお前は?」

 「──がぁ!?」


 熊谷は俺の説明を聞いて愕然としていた。


 己の間抜けさをしっかり理解したのか、ぶん殴られた時のような声を出し、「あああああ!」と、突然発狂し、そのまま悶え苦しみながら頭を抱え始める。


 その様子は、バイト代全額を注ぎ込んだソシャゲで盛大に爆死した時の環の様子に似ていた。


 「バカ! バカバカバカ! 私のバカッッッ!! 全部台無しじゃん! 今まで頑張って隠してきたのに、ちょっと利用するつもりだっただけなのに──全部! 全部!!」


 絶望のあまりか、周囲の目も気にせずにわめき散らかす熊谷。その荒れっぷりは酷いもので、騒ぎを聞きつけてか、チラホラと俺達に迷惑そうな視線を送っているカップルが数組いる。


 「おい熊谷」


 こういう場合は思いっきり泣き叫ばせてあげた方が後でスッキリできて良いのだが、とはいえ他の誰かのイチャイチャを妨害してまでして良い行いでもないだろう。


 気持ち声量を抑えながら、恐る恐る止めに入る。


 「お前、気持ちは分かるけどさ、もうちょっと静かにしろよ。とりあえずここで騒ぐのはダメだって。また誰かに通報でもされたらどうするんだよ? 次交番に連行されたら、今度の今度こそお説教だけじゃ済まされないかもしれないぞ」

 「──ッ!」


 そう言うと、熊谷は勢いよく顔を上げ、キッと睨みつけるような鋭い視線を俺に送ってきた。


 それからすぐに紫色のオーラみたいなものを全身から放出して、姿恰好を大幅に変える。


 「ふ、ふふふふふふふ」

 

 怪しく不敵に……というより、どこかやけくそ気味に笑いながら変身したのは、まさしく悪魔の姿そのままだった。


 ちょっと露出の多い黒のドレスに蝙蝠の翼。お尻のところからは先端の尖った尻尾がひゅるりと踊り、頭にはじれ角が生えている。


 天童がたまに見せる天使化みたいなものだろうか。それの悪魔バージョン。この状態では普通の人間では認識できないのか、周囲からの迷惑そうな視線は俺一人にのみ集中していた。こ、こいつ……。


 熊谷はやけくそ気味に笑いながらこちらに向かって歩いてくる。


 「ふ、ふふふふふ……もういい、もういいや…………。バレちゃってるなら仕方ないよねぇ、もう上月君こと思いっきり巻き込んじゃってもいいよねぇ?」

 「──っ!?」


 ゆっくりとこちらに近づいてくる熊谷に戦慄を覚える。流石に腐っても悪魔なだけはあるのか、なにやら恐ろしいくわだてをしているようだ。


 はっ、まさかこの女──!?


 「お、お前……まさか!」

 「うん、そのまさかだよ」


 戦慄する俺に、こくりと頷く熊谷。やはり俺の想像は正しく、非道な行いをするのはお手の物という訳だ。


 まったく嫌なことを考える女だぜ。天童と同じやり方で、俺のことを陥れようとするとは。


 思い出されるのは天童と出会った日にやられた、あの悪魔のような仕打ちと小賢しさ。あの日の記憶が甦り、沸々と怒りが湧いてくる。


 ふざけんなよ熊谷! それだけは絶対に許さねぇ!


 「お前まさか、自分だけ悪魔化して警察の目から逃れるつもりか!? ふざけんなよ熊谷! 騒いでんのはお前なんだから、しっかり俺と一緒に連行されて怒られろよ!」

 「バカ! 違う! そうじゃない! 何もかもが全然違う!!」


 しかし次の瞬間には、俺の怒りは熊谷の怒りによって簡単に上書きされていた。


 怒涛の勢いで、お説教が始まる。


 「この状況をしっかりと見て、感じて、理解して、なんでそうなるの!? どう考えても警察に通報されるとかそんなこと言ってる場合じゃないじゃん!! そんなことのために魔力解放する訳ないじゃん! バカなの!? そういうとこだよ上月君! 私が嫌いなのはそういうとこ! ホントバカだよね! もっと自分のことを大切にしてよ、心配してよ! ピンチだってことをちゃんと自覚してよ! 私だから良いものを、そんな油断ばかりしてるといつか本当に悪い悪魔に騙されて殺されるかもしんないよ! 半分護衛の意味で私が傍にいるんだから、迂闊うかつなマネは許さな──って、なんで襲おうとしてる私がそんなこと言わないといけないのよ! アホか!」  

 「えっ? あ、あぁはい、そうですよね。はい、ごめんなさい」


 めちゃくちゃにブチギレられてしまったが…………でも、こういうこと言うから、熊谷って悪魔だけど、そんなに悪い奴って感じがしないんだよなぁ。


 まぁそりゃ怒らせた時は今みたいに殺意を出したりはするけどさぁ……何というかどんな時でも敵意や悪意を感じないというか、警戒する気がまったく起きないというか…………なんか妙な安心感があるんだよなぁ。


 ……てゆーか、なんなら今思いっきり護衛のために傍にいるとか言っちゃってるし。


 それで自分のことを心配しろとは、流石に無理があるのではないだろうか。


 今は『迂闊』という言葉を、そっくりそのままお返しして差し上げたい気分だ。自分のことよりも、熊谷の迂闊さの方がちょっと心配になる。


 そしてそんな迂闊な熊谷さんは、案の定自身の迂闊さに盛大に苦しめられていた。両手で頭をガシガシと掻きむしりながら、これでもかと苛立ちをあらわにする。


 「クソがぁぁぁ!! 上月君と話してるとこんなことになってばっか! ホントに調子狂う!」


 それから一通り嘆き叫び終えると、先程と同じように顔を上げてキッと睨みつけるような視線を送ってきた。ビシッと指を差し、気を取り直して俺に強い口調で命令してくる。

 

 「とにかく、バレたからにはもうとことん付き合ってもらうからね! しばらくおうちに帰すつもりはないから、覚悟して!」

 「えぇ……明日からとかじゃダメなのか? 今日はもう疲れたから、そろそろ布団に入って眠りたいんだけど?」

 「だから呑気のんきか! これから危害を加えようとしている悪魔を前にしてるんだから、少しは警戒心を持てって!」

 「危害を加えるって……具体的には何をするんだよ?」

 「こうするんだよ!」

 「──!?」


 それは、一瞬の出来事だった。


 花の甘い香りに頭がくらっとしたかと思えば、手から伸びた赤い糸で上半身をぐるぐる巻きにされて拘束。身動きが取れなくなったところを、素早い動きで飛び掛かってきた熊谷にタックルされ、鋭い牙で首筋をかぷり。


 

 ──そんな記憶を最後に、俺の意識は途絶した。

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