NTR本好きに悪い奴はいない
「すみません、私今友達と来てるんであなたたちと遊ぶとか無理です!」
「そんなこと言うなよ、なっ? 楽しい思いさせてやるからさ」
「ちょっ、放してください!」
「………………」
ことの経緯を説明するとこうだ。
俺と熊谷は晩飯を掛けてゲームセンターへと入った。そして適当な筐体を探して対戦スタート。熾烈な戦いののち、2勝2敗を終えて5戦目に突入しようとしたところで熊谷の小銭が底を尽きる。俺を一人残して両替機へと移動すると、戻ってこないまま五分が経過。なかなか戻ってこないことを心配して探しに行くと、柄の悪そうな男三人に囲まれナンパされていたという運びだ。
で、今はその三人の内の一人に手を掴まれ必死な抵抗を見せている様子。
「……はぁ」
ったく、簡単に捕まりやがって……。俺の時に見せたあの蝶のような回避テクはいったいどうしたというのだろうか?
熊谷の運動神経やコミュ力ならどうとでもなりそうな気はするのだが、流石に頭の悪そうな三人組に囲まれてしまえば、簡単に逃げだすことが出来ないということなのだろうか?
「……めんどくさ」
これ、一応助けなきゃいけないのかなー?
見た感じヤラセという雰囲気ではなさそうだが、正直言ってあまり気は進まない。出来れば一言二言注意して帰ってもらいたいところだが、ああいう頭の悪そうな連中ってマジで人の話を聞かないからな、関われば面倒ごとになるのは間違いない。
「ちらっ、ちらっ」
「…………」
というか、そもそも囲まれてる熊谷自身がまだまだ余裕ありそうなんだよなぁ。
パッと見必死に抵抗してるように見えるが、ちょくちょく俺の方に視線で合図を送ってきてるし、これはもしかしなくてもいざという時には簡単に逃げ出すことが出来るのではなかろうか。
「困ります! 放してください!」
「へへへ」
うーん……マジでどっちだろうなこれ? 可能ならもうしばらくこのまま様子を見ていたいところだが、
「ねぇアレ、ヤバいんじゃない?」
「誰か警察を呼んだ方が……」
「…………」
そろそろ他のお客さんやお店側に迷惑が掛かりそうな雰囲気となってきたので、
「おーい熊谷、大丈夫かー?」
大事にならないよう、仕方なくと言った感じで囲まれている熊谷に声を掛けてみた。
「──!」
すると、熊谷は突然水を得た魚のように素早い動きでビシッと俺に向けて指をさし、高らかな声で、
「あっ、アイツです! あの男が今日私と遊びに来ている友達です!」
なんて、期待に満ちた眼差しでそんなことをほざいてきた。
「あぁ?」
「えっ?」
「あれが?」
瞬間、店内中の視線が俺に集中する。男達もお客さん達も店員さん達も漏れなく俺を訝しむような視線を送ってきて、急速に居心地が悪くなっていくのを感じた。
おい熊谷……お前マジで言葉には気を付けろよな?
気分はさながら犯行現場を目撃されていた犯人にでもなったかのようだ。何も悪いことなんてしていないはずなのに、不思議と後ろめたさが湧いてくる。
もう少しマシな言い方はなかったのだろうか?
なんでこの中で一番悪いのが俺みたいな雰囲気になってんだよ。どう考えても悪いのはナンパしてるアイツらの方だろうが。謎の責任転嫁はやめてほしいものである。
「お兄さーん、アンタがあの子の友達ってホント? もしかして彼氏だったりするぅ?」
「…………」
ぶっちゃけもうこれで熊谷を助ける気は0になってしまったのだが、しかし気軽に声を掛けてしまったのが運の尽き。何を勘違いしているのか男達はニヤニヤとした顔つきで俺のことを見定め、その内の二人がゆっくりとした足取りでこちらに近づいてきた。
「君なんかにあの子はもったいないよ~」
「…………」
本当にゆっくりとした足取りだ。もしかしたら俺に逃げる猶予を与えてくれているのかもしれない。……優しいな。このまま熊谷を見捨てて逃げ出してしまおうかと、ちょっと本気で考える。
「いや、別に彼氏って訳じゃないっすけどね」
とはいえ、残念ながらそれをするにはこの場を取り囲んでいる店員さんや他のお客さん達が邪魔だ。別に知らない連中からどう思われようと知ったこっちゃないが、万が一にでも腕を掴まれ止められたらなかなかに面倒そうである。
それに、例えこの場をあっさりと逃げ出すことができたとしても、あとで熊谷に何を言われるか考えるだけで恐ろしい。
一応この身は熊谷から脅迫を受けている身であることだし、あとであることないこと環に報告されれば、おそらく俺は明日、確実に殺されることになるだろう。
……まぁ要するに、合理的に考えればコイツらの相手をしている方がまだ幾分かマシだということだ。
「だったらさぁ……彼女、俺達に譲ってよ」
なんてことを考えながらボケーっと突っ立っていたせいか、男達は俺を逃がさない方に思考をシフトさせたのか、なれなれしく肩をガシッと組んできた。
耳のすぐそばで、肩を組んできた男の囁き声が聞こえてくる。吐息が耳たぶを優しく撫でて、背筋がゾワリと震えた。
「──っ!?」
やべぇ、熊谷にされた時とはまた別の意味でドキドキする、超気持ち悪い!
「なぁいいだろう? 譲ってくれたら、お友達の君には何もしないであげるからさ」
「は、はぁ」
頼むからもう耳元で喋らないでほしいものだ。あまりの不快感からか、俺の表情と口調は自然と刺々しいものとなってしまった。次に吐き出した言葉も相まって、明確に場の空気が険悪となる。
「いや、別に……俺達友達って訳でもないんですけどね」
「おいっ!」
ただただ正直に事実を言っただけなのだが、表情や口調のせいで思ったよりも熊谷に対して嫌悪感を抱いているようになってしまった。
おかげで、ざわざわざわと、囁き声と共に周囲からの非難の目が俺に集中する。
「えぇ……」
「何あの人」
「ひど……」
「マジかお前」
なぜかナンパしている男達からもドン引きする視線を送られてしまった。なんでだよ、お前達だけは俺をそんな目で見るなよ。
しかし、そうは言っても口から出てしまった事実は変えられない。悲しいことに、この場にいる誰よりもクズ人間であることがこの瞬間確定してしまったようだ。
「ふ、ふざけんな!」
冷淡な視線と声とで空気が極寒のように凍り付いていく中、ただ一人、熊谷だけが怒号を上げていた。
「今日一日中ずっと手を繋いでデートしてたでしょ! 私達もう友達じゃん! 普通こういう状況でそんなこと言う!? 信じらんない! 空気読んでよ! バカなの!? それとも照れてるの!?」
「て、照れてはねぇよ……」
一人ヒートアップしていく熊谷だが、彼女が熱く声を張り上げるたびに、周囲の雰囲気は更なる冷え込みを見せていく。凍てついた視線と声は見えない氷柱を生み出し、鋭利な牙となって俺の全身を突き刺した。
「うわ……」
「ヤバいなアイツ」
「さいってー」
「クズだなお前」
「照れ隠しでも言っていいことと悪いことがあるだろ」
だから照れてねーって!
どこからどう見たら俺が照れてるように見えるんだよ! どう見ても嫌がってる表情しかしてないだろうが! いや、別に熊谷のことを嫌ってるって訳じゃねーんだけど……。
なんて、色々と反論したいところはあるが……とはいえ、今更そんなことを言っても火に油を注ぐだけだ。クズ人間と断定されたこの状況では、何を言っても事態を悪化させる要因にしかなり得ない。
「…………」
「ちょっ!?」
つまりは沈黙こそが今のこの場における大正解。どうせもうカンカンに怒っていることだし、今更頑張って熊谷を助ける必要もないだろう。明日、俺は環に殺される。その未来を覆すことは出来ない。
という訳で、助けを求める熊谷からサッと目を逸らさせてもらった。
「まぁでも、そういうことならいいよなぁ?」
そんな俺達のやり取りを見て良しと思ったのか、肩を組む男が腕に更なる力を込めてくる。よくよく見てみると、無骨な拳には拳だこが出来ていた。触った感じまぁまぁ筋肉も備わっているようだし、何か格闘技でもやっているのだろうか?
「熊谷ちゃんは俺達と遊ぶってことで」
それはそうと顔を近づけて喋んなって気持ち悪い。お前だけ実はホモでしたとかいうんじゃないんだろうな? 兵頭みたいに口臭キツかったら今頃ぶっ飛ばしてたぞこの野郎。
「ま、待って!」
そんな中、熊谷から制止の声が飛んできた。
「上月君は本当にそれで良いの、このまま私が他の男の人と遊んで!?」
「いや、別に……あっ」
『構わない』と続けようとしたところで、ハッとなる。
確かに熊谷の言う通り、ここは一時待てだ。このまま彼らを送り出すのは大変に危険だということに、遅まきながらにしてようやく気づいた。
「すみません、大切なことを言い忘れてました」
色々と面倒臭過ぎて忘れていたが、熊谷には俺にも知らない恐ろしいバックボーンが隠されている。
具体的なことは何も分からないが、そのことを男達に伝えないまま押し付けるのは、まさしく彼らを死地に送り出すことと同義だろう。
どんな事柄だろうと、後を任せる以上引継ぎは大事だ。話の流れに任せて彼らに何も説明しなかった己の怠惰さを、深く反省する。
「彼女ああ見えて意外と殺伐とした環境で生きてるっぽいんで、あんまり乱暴なことはしないであげてくださいね。まだ未成年なんで、あくまでも常識の範囲内で。まぁそれでも今日は終電まではオッケーって言ってたんで、それまでは大丈夫だと思いますよ。あっ、といっても俺達ここから電車で二時間のところに住んでるんで、終電っていってもだいたい十時くらいに解放していただけるとありがたいです。今日は俺のせいで彼女には沢山迷惑かけたんで、思いっきり楽しませてあげてください」
「お、おう……」
「違う、そうじゃない! 優しさのベクトルと心配する相手が違う!!」
悲しい事件が起こらないよう良かれと思って言ったのだが、何故か熊谷に全力でツッコまれてしまった。俺としては珍しく善意100パーセントの気持ちで言っただけなんだけどな……。正しく彼女に俺の気持ちが伝わらなくて残念だ。
そしてそれは男達も同様だったようで、彼らは了承しながらもドン引きした様子を見せ、俺に向かってこんなことを聞いてきた。
「お前……寝取られ趣味なのか?」
「え?」
おっと、これは予想外のところを突かれてしまいましたね。まさか心配するしないの話から俺の性癖の話に発展するなんて思いもよらなかった。そしてそれがあながち間違いでもないのが困った話だ。
寝取られ系の作品は何故か世間一般では否定的な意見が多く、ほとんどの場合が読まれもされずに拒絶されてしまう。非常にナンセンスな話だ。肩身の狭い想いをしているのは、きっと俺以外にも沢山いるだろうに。
でも……だからこそ、あまりドン引きしないで俺の言い分を聞いてほしい。寝取られ好きは異常者ではなく正常な判断のできる人間であるのだと、理解していただきたい。
「いや、まぁ確かに純愛ものよりはNTR本の方が個人的には興奮して好きですけど…………でも流石にそれが目的で熊谷を譲ろうとしてる訳じゃないですよ。創作物は創作物、現実は現実です。第一俺はまだ童貞で彼女と寝てないどころかそもそも付き合ってすらいないので、厳密にはNTRには当てはまらないと言いますか、どちらかというとこれはBSS(僕の方が先に好きだったのに)というジャンルに」
瞬間、
「どぉおおおおおおおおでもいいわぁぁぁぁそんな話はぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
「──!?」
熊谷の咆哮が、店内中に轟き響いた。
──────────────────。
「び、びっくりしたぁ……」
「う、うん……」
一時シーンと静まり返る店内にて、誰かが呟いたその一言にこの場にいる全員が同意する。誰一人例外なく怒りの咆哮に驚き呆気にとられる中、ただ一人熊谷だけが顔を下に向けたまま息を切らしていた。
「はぁ、はぁ……」
筐体がうるさく音を鳴らしているはずなのに、彼女の荒い息遣いが妙にハッキリと聞こえてくる。ごくりと喉を鳴らす音が聞こえたのは俺のものか、はたまた誰かのものか。皆が一様に顔を伏せる彼女に視線を集中させる中、クワッ!! と、息を整えた熊谷が般若の表情となって顔を上げた。
怒涛のように、怒りの絶叫が俺に向けて放たれる。
「ねぇ必要だったぁ!? 今のその話本当に必要だったぁ!? 私が助けを求めてるこの状況で自分の性癖とエロ本に関する見解を語るの、本当に必要だったぁぁ!!??」
「お、おう」
先程の咆哮にも負けない大音声で、熊谷は怒りを俺にぶつけてきた。普段の彼女を知っているだけに、そのあまりにもな豹変ぶりに流石の俺も怯まざるをえない。間違いなく今日一の彼女の怒りに、俺はたどたどしく言葉を返す他なかった。
「いや……まぁ必要かどうかと言われたら、別にそうでもないような」
「だよねぇ!! あるわけないよねぇ!! だってこの中にいる誰も上月君の話真剣に聞いてないもん!! みんな上月君こと心の底から気持ち悪がってるだけだもん!! 自覚ある!? ねぇ今自分が最強にキモイことしてるって自覚ある!?」
「えーと、うん…………まぁ、はい。自覚は……あるぞ?」
「だったら止めろやぁぁぁぁ! 自覚したその時点で止めろぉぉぉぉ!! 普段寝ぼけた顔しかしないのに何真剣な顔で語ってんの!? コミュ障のくせに何今日一流暢な言葉で話してんの!? バカなの!!??」
「いや、でも……お前は興味ないだろうから知らないだろうけどな、NTRというジャンルは世間一般では拒絶される傾向にあって」
「まだ言うかぁぁぁぁぁ!! やめろって言ってんでしょぉぉぉがぁぁぁぁ!!」
「うわぁ!?」
なおも食い下がろうとした俺のせいで、一人の男が犠牲となる。
熊谷を捕まえていたナンパ野郎の一人が突然繰り出された背負い投げにまったく反応することが出来ずに、くるりと一回転させられたのち背中から強く地面に叩きつけられた。
「あ、あがが──」
畳と違う固い床の上に受け身も取れず落とされたせいか、背負い投げをされた男は呻き声を上げながらビクンビクンと痙攣していた。もの凄く痛そうだ。背骨とか骨盤とか破壊されてなければいいが……。
「ひっ!?」
しかし、この中でそんな彼のことを心配をする人間は俺を除いて誰一人としていない。全員が熊谷の怒気に当てられて、生物であるが故の生存本能から、誰もかれもが自分の身の安全ばかりを心配をしていた。
熊谷さん怖い……。超怖い……。
「ふしゅるるるー」
「お、おい熊谷……ちょっと落ち着けって」
怒りが頂点に達しているのか、女の子が出しちゃいけないような音が熊谷の口から吐き出される。見た目はまさに化物で、今すぐにも襲い掛かってきそうな強烈な殺気を感じた。心なしか角が生えているように見えるのは、果たして俺の気のせいだろうか?
「どうどう、熊谷ストップ。……悪かった、お前に気を遣わなかった俺が悪かった、ごめんって。だから少し落ち着けって」
「ふしゅるるるー」
少しでも冷静になるよう声を掛けてみるも、もちろん効果はなし。熊谷はギロリと射殺すような視線を送り、それからゆっくりとした足取りでこちらに向かってきた。
もしかしたら熊谷も、ナンパ野郎達と同じく俺に逃げるための時間を与えてくれて──
「もういい黙らせる……。ねぇアンタ、そのままその男を捕まえてて──絶対に逃がさないで!」
「「は、はいっ!」」
いるのかなと思ったが、全然そんなことはなかった。
どうやら熊谷が時間を作ったのは、俺を逃がすためではなく、ナンパ野郎に指示を飛ばすために必要だっただけっぽい。
「オラァ、大人しくしろやオラァ!」
「ちょっ」
「覚悟決めろやオラァ!」
「何なんだよお前ら!?」
今までとは比にならない力で肩を組んでいた男が俺の体を拘束する。少し離れていた男も熊谷の指示に従い、しがみ付くような感じで腰に腕を回してきた。
先程までとの立場は一気に逆転していて、結果として鬼のような形相をした熊谷を前に、犬のように従順となったガタイの良い男二人に力強く抱き付かれるという形になる。……何なんだよこの状況、地獄かよ!
「このっ」
とはいえ、まだまだ慌てる段階ではない。ガタイの良い男達といっても、所詮は常識の範囲内で鍛えてるだけのただの人間だ。普段から規格外の天使達の相手をしている俺からしたら、この程度の拘束なんて簡単に振りほどくことが出来る。
ので──筋肉に力を込めて、体を揺らしてしがみ付く男達を無理やりに引き離そう──
「ぶべっ!?」
と思った瞬間には、すでに俺は怒り狂う熊谷によって殴り飛ばされていた。
「「うぉっ!?」」
いつの間に距離を詰めたのか、想像以上のスピードとパワーに、しがみ付いていた男達も当然のように反応出来ず、俺と一緒に地面の上を転がされる。
ガタイの良い男達三人を平然と地面に叩き伏せる圧倒的なパワー。
流石に母さんや天童ほどではないが、その固く握りしめられた拳によるパンチは、俺の脳を揺らすのに十分な威力を発揮した。
「邪魔! どいて!」
「「は、はひっ!」」
頭の中がチカチカと明滅する中、熊谷の命令によって男二人が慌てて逃げ出すのを横目で捉える。俺もそれに倣ってゆっくりと起き上がろうとするも、
「ごっ!?」
ドスンと、今度は腹に衝撃が落ちてきた。
口から息を吹き出し、何が起きたのかをガン開きの目で確認すると、熊谷がゴミクズを見るような目で俺の腹の上に腰を落としている。
マ〇オなんかでお馴染みのヒップドロップだ。またの名を騎乗位とも言う。いや、その二つはイコールで結ばれないな。ヒップドロップからの騎乗位。これが正解だ。死ぬほどどうでもいい。
どうやら俺の頭は度重なる衝撃によっておかしくなってしまったようだ。こんな状況でもエロいことを考えてしまう自分をいっそのこと殴り殺してやりたい。
そして、そんな願望を叶えるかのように、マウントを取った熊谷から再び拳が振り落とされた。
ゴッ! ガッ! バキッ!
「………………」
「ちょっ、やめっ!」
何度も、何度も……能面のように冷徹な顔をする熊谷から無言の拳が振り下ろされ続ける。その行為はまるで作業のように熱がなく、されど怒りの炎はしっかり瞳の奥で燃えていて、ただただ恐怖と顔全体の痛みが心身に広がっていくのを感じた。
周囲にいる人達も気持ちは俺と似たようなものなのか、殴り続ける熊谷を見て全員青ざめた表情を浮かべている。
バキッ! ベキッ! ボゴォ!
「く、熊谷、お前ホントちょっと落ち着けって!」
流石に痛みも我慢できなくなってきたので、慌てて熊谷の暴行を止めようと口を開く。
熊谷はそれでも構わず殴り続けてくるが……頬を打たれながらも、口内の血を吐き出しながらも、俺は懸命に彼女の説得を続けた。
「なっ? 俺が悪かったから! とりあえず一旦殴るのやめよ? ほら、みんな見てるし」
「…………」
その言葉が決定打となったのか、熊谷の手がピタリと止まる。それからキョロキョロと周囲を見渡し、掲げられた拳をゆっくりと下ろした。
どうやら分かってくれたようだ。
強烈な攻撃が止み、俺がホッと息を吐いたのも束の間、
「すいませーん、そこのバッグの中からデスソース取ってもらっていいですか?」
「はっ!?」
聞き捨てならないワードが俺の耳に飛び込んできた。
え? 『デスソース』って、あの『デスソース』? 俺が昼間少し口にしただけで悶絶しまくった……あの劇薬みたいなクソ辛ソース? えっ? それがなんで今この状況で必要なんだ? なんで? なんでなんでなんで??
「く、熊谷さん?」
少し考えれば分かることなのに、脳がそれを否定する。答えはすでに自分の体に現れているのに、心が『予想よ外れろ!』と強く願う。
唇が痛い、喉が熱い、全身の発汗が止まらない。視界が滲んで前が見えないのは、決して俺の心が弱いせいなんかじゃない!
「そうそれです。あっ、もうバッグごとこっちに渡してください。もうこの場で全部使っちゃうんで」
「おまっ、ちょっ、何をっ、それだけはっ、やめろっっ──!?」
必死にジタバタと藻掻くが、しかしそれも熊谷の悪魔的な力によって封じられてしまう。せめて言葉で説得をとも思ったが、それもガシッと頬を鷲掴みにされ封じられてしまった。
「はい、どうぞ!」
「ありがとうございます」
やがて、熊谷の手に例のデスソースが届けられる。
熊谷は深淵を思わせる昏い瞳で無理矢理開かれた俺の口を覗き込み、
「わかるでしょ? これで上月君の喉を焼くんだよ」
「──!?」
一言一句変わらない、想像通りの答えを返してきた。
「私、黙らせるって言ったよね?」
「ふがっ! ふがががー-! ふががー-!」
いやっ! ホントごめん! マジでごめん! それだけはやめて!! と、言いたいところだが、しかし頬を鷲掴みされているせいで上手く言葉を発っすることが出来ない。
俺の言葉は当然のように熊谷に伝わることなく、
「あはは、何言ってるかわっかんないなー」
「────!!!!」
サイコパスのような笑顔で軽く笑い飛ばされ、大量のデスソースが体内に流れ込んできた。
「───────────────────────────────────────────────!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!ンvjふぃんfぶいhsどいfbふあklvんjふhヴぇrへbbvfんjkdhんfhjでゅfdbふfhdjfdんjんjdjんjfふdhふdjhふbgふdhjvdhsk!!!!!!!」




