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天使の仕事ほど嫌なものはない  作者: 大上丈
第三章 悪魔の求愛
62/79

熊谷さんはおもしれー女

 「………………帰ろう」


 大男が去ってから十分ほど経って、ようやく俺は重い腰を上げた。


 気分は最悪。ゆっくりと休憩をしたおかげで少しはマシになってくれたが、それでも疲労感は変わらず体をむしばんでいて、一歩を踏み出すのに随分と時間がかかる。


 鼻が慣れてきたのか血の臭いはだいぶ薄まってきてはいるが、この場所から一刻も早く立ち去りたいというのが今の俺の素直な気持ちだった。


 恐ろしい目に合った。


 植え付けられた恐怖心が体を重くし、吐き気をもよおす。咄嗟に口元を抑えるが止められるのはやはり不可能で、酸が喉を焼く感覚が痛痒いたがゆく非常に鬱陶しい。


 「……気持ち悪い」


 脳裏にこびり付いた大男の拳と血の臭いがなかなか消えてくれず、無理に体を動かすたびに同じことが繰り返される。


 歩いては吐き、歩いては吐く。胃の中が空っぽになってもしばらくは同じ症状が続き、大通りに出る頃にはゲッソリと気力と体力が削られたような体にさせられた。


 薄暗い路地裏から離れ明るい日のもとに出ると、道行く人たちから不審者を見るような目を向けられる。きっと彼ら彼女らからして見れば、俺はボロボロの汚らしいホームレスにでも映っているのだろう。


 「み、水……」


 が、そんなことをいちいち気にしている余裕はない。俺はフラフラと徘徊するゾンビのように街を彷徨い、水を求めて歩き出した。


 飲むというよりも口や喉をすすぎたいという目的の方が強いので、お金がもったいないからという理由でとりあえず自販機はスルー。ちょうど近くに公園があるのに気づいて、俺はそちらに向けて足を進めた。


 「……気持ち悪い」


 しかし、この街に来てからというもの猛烈な吐き気に襲われてばかりだ。


 初めは人混みに酔ったせいだと思っていたが、どうにもそれだけではないような気がする。街の空気が淀んでいるというか、圧迫されるというか、体内を何かが暴れまわっているというか……上手く説明出来ない嫌な感じがある。


 そしてそんな嫌な感じは、大男に拳を向けられた瞬間跳ね上がるようにして増大した。


 恐怖心や血の臭いのせいだろうと言われればそれまでなのだが、殺意を向けられるのにも血の臭いを嗅ぐのにも慣れてしまったはずの俺には少しの違和感として残る。


 諸星町で母さんや環や天童に半殺しにされるのとはまた違う、明確な違和感。


 まるで全身をミミズが這いずり回っているかのような、呼吸をするたびに体内をウイルスにおかされるような、そんな不快感。


 イライラする。ムシャクシャする。煩わしいもの全てをぶっ飛ばしたいような怒りが湧いてくる。


 ………………あれ?


 どうして俺は今、こんなにも苛立っているのだろうか?


 「…………」


 ふと足を止めて疑問に思う。


 さっきまで体調不良を感じていただけのはずなのに、いつの間にか頭の中を怒りが埋め尽くしていた。建物のガラスに映る俺の顔は先程とはまた別の意味で酷いもので、見るもの全てを脅かすような鬼の形相をしている。


 頭が痛い。体が熱い。ムカつく奴をぶっ殺したい。


 「いやいやいや……なに考えてんだ俺は」


 無意識に溢れ出てくる自分の感情に、俺は否定するよう首をぶんぶんと振る。


 おかしい。俺はこんなにも沸点の低い人間だっただろうか?


 確かにこの街に来てからというもの散々な目に合ってばかりだが、それでも日頃環を初めとしたアホな連中にされていることに比べれば、こんなことは些事に等しい。


 この程度のことでいちいち殺意を抱いていては、とっくの昔に俺は殺人犯となって刑務所にぶち込まれていることだろう。


 「くっ!」


 なんてことを少しでも考えたのがいけなかった。


 アイツらのことを思い出しただけで、余計な怒りが湧いてくる。


 なんでみんな俺のことをサンドバッグみたいに扱うんだよ! なんでみんな俺に仕事押し付けるんだよ! 人並より頑丈だからって何してもいい訳じゃねーんだぞ! 可愛いからって調子乗んなよな! 好意を抱いてるからってプライベートを侵害してもいい訳じゃねーんだぞ! なんで頻繁ひんぱんに俺の分の飯まで食い尽くすんだよ! お土産買ってきてやんねーぞ!


 などなど、日頃の不平不満が脳内で溢れ出してくる。


 振り返れば振り返るほど奴らへの怒りが湧いてきて、俺の頭痛はみるみるうちに悪化の一途をたどった。


 「チクショウ、帰っても地獄かよ──!」


 早く家に帰りたい気持ちと自分を苦しめる連中に会いたくないなという気持ちが脳内で激しくせめぎ合う。壁に手を付き、もう片方の手で頭を押さえながら終わらない相反する気持ちによる戦争に俺が盛大に苦しんでいると、


 「や、やっほー」


 ラズベリーの甘い香りを漂わせた女が軽く手を振りながら声を掛けてきた。


 「あ?」 


 イライラを隠しもせずに顔を上げ前を向くと、作り物の笑みを張り付けた熊谷がそこに立っている。


 なんのつもりかは知らないが、先程までの恰好と比べて服装ががらりと変わっている。服装どころか、持っていたバッグや身に着けていたアクセサリー、果ては髪色や髪型、目の色までもが別人のように変化していた。


 変わっていないのは漂ってくる甘酸っぱい匂いと綺麗な声音だけ。


 「…………」


 何してんだコイツ? と、怒りを忘れて疑問が湧いてくる。


 マジで何してんだコイツ?


 熊谷は俺からの視線を受けてどう思ったのか、喉の調子を整えるようコホンと咳ばらいを一つして、何食わぬ顔で会話を始めた。


 「お兄さん一人? なんか凄い汗かいてるけど大丈夫?」

 「…………」


 なんか知らんけどめちゃくちゃ初対面のフリして話しかけられてしまった。まるで俺を心配しているかのような表情を作ってはいるが、心配されている気はまったくしない。


 絶対にバカにしてんだろコイツ。まさかこの程度の変装で俺を騙せると本気で思っているのだろうか。努力は認めるが、香水と声質と体型を変えて改めて出直してきてほしいものである。


 「えーと……まぁはい、大丈夫です。お気遣いなく」


 ……とはいえ、ちょっと面白いのでしばらくは騙されたフリして放置することに。なんの為に初対面のフリをしてるのかも少し気になるところだし、ここはあえて好き放題させて、様子をうかがってみることにした。


 「……ふっ」


 熊谷はバレてることに気づいていないのか、口端を僅かに上げて、聞こえるか聞こえないかの微妙な声量で小さく笑う。


 騙す気あんのかな? と、俺もつられて笑いそうになった。


 もしかしたら彼女も彼女で内心『ちょろー! 私の完璧な変装に騙されてやんのー! バーカ、バーカ! いつになったら気づくのかなー? 遊んでみよ!』とか酷いことを考えているのかもしれない。


 俺と熊谷の、高度な心理戦が始まる予感がした。


 熊谷は心配そうな表情を継続させて、お姉さんぶった雰囲気で優しく微笑みかけてくる。


 「ダメだよ、何かで拭かないと。ちょっと待っててね…………はい、動かないでじっとしてて?」


 そう言いながらバッグから白いハンカチを取り出し俺の汗を拭う熊谷。


 優しくする雰囲気を出しながらも、その手は乱暴だ。汗を拭うというよりも、こびり付いた油汚れを取るような感じでガシガシこすられてちょっと痛い。皮膚がめくられそうなほど、力強く擦られた。


 ゴシゴシゴシゴシ!


 「ちょっ、やめっ!」

 「んー」


 流石に乱暴が過ぎるので抗議の声を上げさせてもらう。熊谷は俺から一歩分の距離を取ると、まだ拭き足りないのか不満そうな表情を浮かべていた。いや、不満そうな顔をしたいのは俺の方だっつーの……。


 「簡単に取れると思ったんだけど、これ完全に固まっちゃってるなぁ……」


 そうぼそりと呟きつつも、熊谷の持っているハンカチはしっかりと赤黒く染まっている。どうやら先程俺の顔に掛かった爬虫類の血液の汚れが、固まってなかなか落ちてくれないようだ。


 「いや、いいって……汗を拭ってもらっただけで十分」

 「ダメ!」

 「は、はぁ?」


 ぶちゃっけ俺としては血の汚れが残っていようがどうでもいいのだが、熊谷としてはそういう訳にもいかないのか、何故か強めの声で否定されてしまった。汗を拭くと言いつつも、ハンカチを取り出した理由は俺の顔に付いた血の汚れを綺麗にぬぐい取ることだったらしい。


 その証拠とでも言うかのように、熊谷は血の付いたハンカチをしまい、


 「そんなものつけてたら君だって気持ち悪いでしょ? 待ってて、ちょっと削るから」


 と言って、バッグから紙やすりを取り出した。


 ……………………………は?


 ────削る!!??


 「いやっ、ちょまっ!」

 「こらっ、逃げないの!」


 すかさず逃げようとするが、熊谷は素早い動きで俺の側頭部を鷲掴みにし、紙やすりを強引に頬に押し付ける。


 それから抵抗する間も与えずに、頬に押し付けた紙やすりを目一杯の力でゴシゴシと擦りだした。


 ザリザリザリザリザリザリ!!


 「いだだだだだだだ!?」

 「痛がらないの、男の子でしょ?」

 「無茶言うな!」


 流石にこれには悲鳴を上げざるを得ない。筋肉と違って鍛えようのない皮膚を削られるのは、なかなかにくるものがある。男とか女とか関係ない。痛いものは痛いのだ。


 「あ、あれ?」


 しかし、不思議と気持ち悪さがなくなっていくのはどうしてだろうか? 体を重くしていた体調不良が急に軽くなって、突然始まった暴行にもそんなに苛立ちを感じなくなった。自然と、心が穏やかに……


 なるわけねーだろうがボケ!


 だからといって、これはこれ、それはそれだ。体調が多少は改善されたとはいえ、皮膚が削られる痛みを受けいられるかどうかはまた別の話である。痛いものは痛い。突然の暴力行為を笑顔で許せるほど、俺の心は広くないのだ。


 というか、ガンジーだってこれと同じことをされれば無言で殴り返すと思う。そう考えれば、すぐに殴り返さない俺という人間は聖人君子せいじんくんしと言っても過言ではない。


 「よし、こんなもんかな」


 なんてことを涙目になりながら考えていると、ようやく熊谷が頬を削る手を止めて離れてくれた。


 赤黒い血と新鮮な血が付着した紙やすりを恨みがましい目で見送ると、今度は水の入ったペットボトルが取り出される。


 そしてまたもやお約束の如くガシッと側頭部を鷲掴みにされ、


 「じゃあ次、これ飲んで」

 「は? な、何をっ──ごぼっ!?」


 と、優しさの欠片もなく乱暴に、ペットボトルを口に突っ込まれた。無理矢理口に突っ込まれたペットボトルは即座に上へと傾けられ、呼吸する間もなく液体が体内に流れ込んでくる。


 「汗をいっぱいかいた後は水分補給が大事だからね! 最後の一滴までちゃんと飲むんだよ!」

 「んごごごごごごごごご!!」


 どう考えても水分補給とは名ばかりの拷問だが、それでも俺は必死になって口の中で溢れそうになる液体を胃に流し込んだ。そうでもしないと溺死すると思ったからだ。


 「ごほっ、げはっ!」


 ペットボトルの中身をすべて飲み終えてから、飲み込まずに少しは熊谷の顔面に吐き出せば良かったなと後悔する。


 頑張って施されたメイクが汚水で崩れるのは俺としても心苦しく思うが、それを受けても仕方ないと思えるほどの行為をコイツはした。


 「──おえ!」


 今からでも間に合いそうだからぶちまけてやろうかな?


 そう思い狙いをすまして熊谷の顔面に目を向けると、彼女はまるで善行をしたかのような顔となって微笑んでいた。サイコパスかな?


 「どう? だいぶ楽になったでしょ?」

 「今ので楽になるとか、どんな神経してりゃ──!?」


 そんなことほざけるんだと言おうとしたのも束の間、本当に自身の体調が改善させていることに気づいて驚愕する。


 先程までの纏わりつくような不快感は一切消えていて、ゲロをぶちまけたい相手がいるのにそんなに吐き気が襲ってこない。イライラはたった今やられた行為のせいで募りまくっているが、それでも殺意に支配されることはなくなっていた。


 この街に来る前の、いつもの俺に戻っているような感じがする。

 

 「あ、あれ……なんで?」

 「ふふふ」


 熊谷は不思議がる俺にしてやったり顔を浮かべながら笑いかけると、胸を張って、


 「そりゃあ可愛い女の子から優しく汗を拭いてもらって、尚且なおかつ可愛い女の子の飲みかけの水で水分補給できたわけだからね、元気になって当然だよ!」

 「…………」


 なんて、急にアホみたいなことを自慢気に語り始めた。ちゃんとした話が聞けると思って真剣に耳を傾けていた俺がバカみたいである。


 どう考えてもそれだけじゃねーだろ。あと自分で自分のこと何度も可愛いって言うなよな。本当にバカみたいに見えるぞ。


 「そ、そうですか……。どうりでなんか変な味がしたわけだ。ハハハ、ありがとうございました。それじゃあ、俺はこれで」


 色々とツッコミたいところはあるが、掘り起こすと面倒なことになりそうなのでスルーすることに決める。適当に礼を言い、そそくさと彼女から離れようとすると、


 「ちょちょちょちょーい! ちょっと待った!」

 「…………」


 まぁ何というかそりゃそうだろうなというか、普通に服を掴まれ呼び止められた。やはり俺はこういう運命の下を生きているのか、悲しいことに面倒ごとは避けられないらしい。

 

 「なんだよ」


 渋々といった感じで面倒臭さ全開で振り返ると、これまたにっこりと微笑む熊谷の姿がある。


 熊谷はきゅるるん♡とあざとさ全開の可愛いらしいポーズをとると、


 「助けてあげた私に、何かお礼とかないの♡」


 なんて、当然のような感じで報酬を要求してきた。


 「…………」


 こんなアホみたいな姿を晒してて恥ずかしくないのだろうかと、彼女の神経を本気で疑う。


 いくら初対面のフリをしているからといって、俺がこんなアホ女にかれるわけがないと知っているだろうに。それとも何か、これは俺が気づいてるかをどうかを確かめるための巧妙なボケなのか? 


 ……なかなかやるじゃねーか。やられたことにはイラっとするものがあるが、ぶっちゃけ熊谷の演技自体は見ていて普通に愉快だからつい笑いそうになる。


 どうせならいけるところまで演技をさせて、あとで盛大に笑ってやろうかと邪悪な考えが浮かんでくるのも仕方のないことだった。


 「期待するような眼差しを向けているところ悪いですけど、金ならないっすよ。てゆーか、拷問紛いのことをしてきた人に礼が出来るほど俺はドMじゃないんで」

 「お金なんかいらないよ~。それに、嘘は良くないなぁ。君からはなんか、凄いドMの臭いがするからねぇ。お姉さんそういうのわかっちゃうの」

 「ドMの臭いってなんだよ……」


 想像するに蠟燭ろうそくの臭いとか、鞭の臭いとかそういうのだろうか? それとも三角木馬とか縛り紐とそういうの? 


 とりあえず、悪趣味な臭いであるのは違いなさそうだ。てゆーか熊谷ってばどんなキャラ設定で俺に話しかけてきてんだ? つられて俺まで頭がおかしくなりそうだぞ。


 「……変態かよ」

 「うっ」


 俺が指摘すると、熊谷は一瞬にして真っ赤な顔となって怯んだ様子を見せた。心に深刻なダメージを受けたのか、わなわなと震えながら二の句を継げないでいる。


 どうやら熊谷からしてみても、自分の作り上げたキャラが思ってもない方向に成長してしまったらしい。俺の普段からの印象が悪さを働いたのか、つられて変態キャラへと変貌を遂げてしまったようだ。


 「──っ!!」


 うわぁ、恥ずかしがってる恥ずかしがってる。そんなに恥ずかしがるくらいなら言わなければ良かったのに……。


 とはいえ、それを言っても後の祭り。


 熊谷の羞恥心に苦しむ姿は先程までのクソ生意気なあざといキャラに比べて非常に可愛らしく見えるので、安定の放置で静観させてもらうことにする。眼福眼福。この前の仕返しに写真でも撮ってやろうかな?


 ……あっ、俺今スマホ持ってないんだった。残念。

 

 「と、とにかく!」


 なんて、再び俺があくどいことを考えている間にもなんとか立ち直ることが出来たのか、熊谷はキッと眉を吊り上げ、ビシッと指をさしながら口を開いた。


 「良ければ私とデートしないかってお誘い! もうっ君、察しが悪すぎるよ! なんで分からないの!」

 「逆になんで今の話の流れで分かってくれてると思ったんだよ……。むしろ分かってたらめちゃくちゃ怖いだろ」


 どう考えても今のはデートのお誘いではなかったと思う。恋愛事にうとい俺ではあるが、流石にそれは違うと分かるぞ。


 「冷静になって考えてみろよ。急に人をドM扱いしてくるような奴にデートに誘われてるんだと信じてついてくる男。気持ち悪いにも程があんだろ」

 「そ、それは──」


 俺だったら間違いなく警察に通報するような案件だ。リア充の熊谷ならそれくらいのこと分かっていそうなものだが、そこんとこどうなんだろうか。


 「いや、違うの…………わ、私はそういう気持ち悪い男が趣味だから、君でいいんだよ!」

 「…………」


 おいおいまた変なこと言い出したぞコイツ。


 どうやら彼女も俺と同じようで、この街に来てしまったせいでいちじるしく調子を崩してしまっているらしい。普段とは比べものにならないほどのアホな発言が連発されて、熊谷の作ってきた優しいお姉さんキャラだったはずのものがどんどん変態みを増していく。


 自然と、俺がドン引きするのも仕方のないことだった。むしろドン引きしなきゃ不自然なまである。


 「……はぁ」


 おかしいな、せっかく体調が良くなったと思ったのにまた頭が痛くなってきたぞ。熊谷の変態発言を耳に入れるたびに、どうしたものかと脳が悲鳴を上げている気がする。心は帰りたい気持ちでいっぱいだ。

 

 「あなたの趣味を否定するつもりはありませんが、あんまりそういうこと本人を前に言わない方がいいですよ。普通に傷つくから……。てゆーか俺、そんなに気持ち悪い男に見えます?」

 「うん、それはもうホント、変態が服着て歩いてるような感じだし」

 「…………」

 「…………」

 

 真顔で即答されてしまった。帰ろう。


 「わぁ、待って待って!? じょ、冗談! 冗談に決まってんじゃーん! ちょっと待ってよ! 待ってってば! 本気で言ってないって! ギャグだって! もう上月君ってばノリ悪いなぁもうー! このこの~」


 即座に回れ右して帰ろうとする俺を熊谷が慌てて引き止める。隣に寄り添うように立ち、加えて肘で腕をぐりぐり押してきた。陽キャの真似事だろうか? ウザったいことこの上ない。


 早歩きで置き去りにしようとしないのは今の俺にできる最大限の優しさだった。


 その優しさを見せたうえで、俺は足を止め、ゴミを見るような視線を熊谷に送ってやった。


 「ちなみにもう普通に俺の名前呼んでるけど、茶番は今ので終わりでいいのか、熊谷?」

 「…………」

 「…………」


 しばしの沈黙。


 ニコニコ顔の熊谷は十秒くらいピキーンと固まったのち、「ふぅ」と息を吐いて、


 「さっ、じゃあ気を取り直してデートの続きといきましょうかー!」


 と、まるで何事もなかったかのように腕を絡め、駅方面とは真逆の方へと歩き出した。


 デートの続き?



 ──で き る か ボ ケ ! !

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