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天使の仕事ほど嫌なものはない  作者: 大上丈
第三章 悪魔の求愛
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コミュ障の上月君はお洒落ができない

 「うわぁ……」


 服を買いに行くための服を買うという名目めいもくで、熊谷に連れられて某有名店に到着。店の中に入るなり早速、俺は店員さん達からドン引きした視線を向けられてしまった。


 「…………」

 「あっ……いらっしゃいませー!」


 軽くショックを受ける俺に慌てて取りつくろおうとする店員さん。流石にお客様相手に失礼な態度を見せるわけにはいかないのか、精一杯のぎこちない笑顔で改めて出迎えられる。


 徹底としたお客様ファーストな接客態度。その教育のいき通った企業努力に思わず涙が出そうになる。あとは俺とも目を合わせてくれたら完璧だったんだけどなぁ。……どうせバレないし、もう泣いちゃってもいいかなこれ?


 「おい、なんか知らんけどすごい勢いでドン引きされてんだけど。どういうことだこれ?」


 何もしなければ本当に涙腺が崩壊しそうになったので、俺は隣に立つ熊谷へとひそひそ声で話しかけた。


 熊谷は遠慮のないさげすんだ目で俺を見ながら、


 「そりゃお尻丸出しなジャージ着てるんだからドン引きされるのは当然なんじゃない? 生きてて恥ずかしくないの?」


 なんて、辛辣な言葉と表情を返してきた。


 「……そこまで言うか」


 思ったよりも突き放すような態度が返ってきて少し涙が出る。なんなら物理的にも俺からじりじりと距離を取り始め、見えない精神的障壁を展開されてしまった。


 「てゆーかあんまり気軽に話しかけてこないでよね、知り合いと思われたら恥ずかしいじゃない」

 「ここに連れてきたのはお前だろうが、そこまで言うなよ」


 流石に熊谷に逃げられてはどうしようもないので、離れられた距離を慌てて詰める。


 馴染みのない服屋さんで一人にされるのは辛すぎるので、孤立無援にされるのだけは絶対にやめてほしいものだ。これ、コミュ障からのお願いね。


 あと一応補足させてもらうと、俺の尻はちゃんと腰に巻かれた上着で隠れている。


 スカートと同じくらいの防御力しかないが、それでも誰にも俺の尻は見られていないはずだ。……たぶん。念のため自分で触って確認もしたからきっとおそらく大丈夫。不安だなぁ……。


 全国のスカートをいてる女子は毎日こんな不安を抱えて生きているのだろうか。素直に感心する想いである。


 ……ところで、それはそうとどうして店員さんたちは俺を見てそんなにドン引きしているのだろうか? 


 お尻が関係していないとなると、必ず別の理由が存在しているはずだ。そう思いジト目を向けると、やはり店員さんからサッと目をらされた。


 「…………」


 まぁまぁまぁ……とりあえずいったん落ち着いて目と目を合わせてお話しませんか? 怖くない怖くない。だからガルガルな心を俺に向けないでね?


 「あのー、失礼ですが……もしかしてお連れの方って…………」


 なんて、そんな風ににゃんだふるな想いで睨みつけるも虚しく、店員さんは勇気を振り絞った顔で熊谷に近づき、彼女だけに聞こえるようひっそりとした声量で話し掛けていた。


 ひそひそ声で店員さんが熊谷に耳打ちしているのを一人静かに黙って待っていると、


 「ぶふっ!」


 しばらくしてから、熊谷が突然噴き出した。


 「…………?」


 何が起きたのかまったく理解できず、俺がポカンと口を開けていると、熊谷は「あはは」と盛大に笑い始め、店内の注目を一身に集めている。


 それから一通り爆笑したのち、熊谷は目尻に涙を溜めながら店員さんに微笑みかけていた。


 「いやいや大丈夫です、犯罪事とか別に巻き込まれてませんから。こんな格好でこんな人相にんそうですけど、脅されてるとかそんなんじゃ全然ないんで。確かに見ため強面こわもてのホームレスっぽいですけど、ちゃんとした家に住んでますし、お金も普通に持ってきてるんで、盗んだりなんかしないんで安心してください。警察とかも呼ばなくていいですから」

 「あっ! お客様! あっ!」

 

 本当にめちゃくちゃ失礼な話だった。


 おいマジかよ、アンタ達俺のことそんな風に見てたのかよ……。素直にショックなんですけど……。


 「あー、そっすか」


 とはいえ、そりゃそんなヤバそうな奴が入店してきたらドン引きもするわなと、妙に納得もしてしまった。


 俺の見た目は、悲しいことに自分が想像していたよりもずっとヤバいものだったらしい。


 「いや、あの、その、違うんです」


 その証拠とでも言うかのように、冷や汗をダラダラと流しながら店員さんが俺の方を見ている。


 何が違うのやら、店員さんは熊谷の突然の暴露にあわあわと慌てふためきながら必死になって言い訳を探していた。


 「あー、その、あー…………す、すみませんでした」


 結局、残念ながらそれは見つからなかったらしい。


 店員さんは申し訳なさそうな顔で頭を下げ、俺に謝罪の言葉を述べた。


 「…………」


 怒るべきかどうか少し迷ったが、まぁこうしてしっかりと謝ってくれてることだし、そもそも悪いのはこんな誤解されるような恰好をしている自分なわけだしで、俺は喉元まで来ていたモヤモヤをごくんと飲み込んで、大人しく引き下がることにした。


 悪いのは自分、悪いのは自分と必死に言い聞かせて、コミュ障全開のオーラで対応させていただく。


 「いや、まぁ別に……こんな格好をしてる自分の方が悪いんで、全然、はい……まぁ気にしてないっすけど?」

 「あはは、本当に大丈夫ですよ。この男、そんなことで怒ったりなんかしませんから。むしろドMなんで、もっとガンガンさげすんだ目を向けちゃってくださいって感じです」

 「お前はお前で何言ってんだバカ! やめろ! これ以上俺に変な属性を付け加えようとするんじゃない!」


 とはいえ、熊谷からの急な裏切りには流石の俺も我慢できなかった。


 まったく、本当にコイツはケラケラと笑いながら何を口走ってんだか。店員さんまで利用して積極的に俺を陥れようとするのはやめてほしいものだ。せっかく飲み込んだ怒りを無駄にするんじゃない。


 「え、えーと……」

 「ほら、店員さんもめちゃくちゃ困ってんじゃねぇか、きちんと『上月君はドMではないです』と言いなさい」

 「でもドMなのは事実でしょ? 積極的に悪く見られようと頑張ってるわけだし」

 「だからそれは気持ちよくなるためなんかじゃないって何度言えば」


 俺が積極的に印象悪く見られるよう過ごしているのは、決して自分の快楽を求めての行動ではない。


 そんなものとはもっと遠くかけ離れた、誰とも仲良くなんかしたくないという感情から出てくる行動だ。


 実際嫌な視線を受ければ俺だって不快な気持ちにはなる。自分からまねいておいて何を言ってんだという話だが、俺がそうするべきだと思って生きてるんだから放っておいてほしいものだ。


 別に誰かに理解されようとも思わないし、こういう奴なんだと思って自然と距離を取ってくれるとありがたい。


 しかし……それにしてもコイツ、知らない間にだんだんと言うことが環に似てきたな。


 天童の時もそうだったように、奴と友達になるとみんな似たような性格になってしまうのだろうか?


 この前も喫茶店RINGに来店してきた熊谷に「いい? 上月を殴る時は必ず鈍器で殴るようにするの。全力で。アイツ頑丈だから、素手で殴ってもあんまり意味ないわよ。逆に自分の手を痛めちゃうことになるかも。殺す気でいっちゃって全然大丈夫だから」なんてことを懇切丁寧に教えてたからな。

 

 マジで人前で何教えてんだよあのクソ女は……。なんで熊谷はあんな奴なんかと仲良くなっちゃったの? 友達にする人間はもっと慎重に選んだ方がいいよ?


 「あ、あのー、それで……本日はどのようなものをお探しで?」


 なんて、俺と熊谷の喧嘩がヒートアップしそうなのを察してか、店員さんがおずおずとした様子で声を掛けてきた。


 俺と熊谷はそんな店員さんの様子を見て、慌てて吐き出しそうになった暴言を飲み込む。


 「あぁ、すいません。……えーと、そうですね」


 ここへ来た本来の目的を思い出しながら、俺は店員さんの質問に答えた。


 「服を買いに行くための服が欲しいんです」

 「???」

 「これから彼とデートなんで、デート用の服が欲しいという意味です」

 「え……???」

 

 熊谷に内容の補足をされたが、それでも店員さんは何を言われたのか分からないようにポカンと口を開けていた。むしろ、熊谷の補足によってさらに理解が遠のいたようにも見える。


 きっとデート用の服というものがどんなものか分からないのだろう。俺もどんなものなのか分からないから気持ちは同じだ。デート用の服ってなんなんだろうな。もっと具体的に説明してほしいものだ。


 ……あと、足を思いっきり踏みつける目的で俺に抱き着くのはやめてくれ。ぐりぐりすんな。靴が傷んじゃうだろ。


 「あー、そ、そういうことですか……。えーと、それでしたらこちらなんかどうでしょうか?」


 それでもなんとか俺達の要求を理解してくれたのか、店員さんは手近にあったジーンズとジャケットを手に取り見せてきた。


 ピシッとしたなんか良さげなコーデ。熊谷もそれを見て満足そうにうんうんと頷いている。


 「私はこれでいいと思うけど、上月君はどう?」


 値札をちらり。俺は視線を明後日あさっての方に向けた。


 「あー、それよりも俺はもっと動きやすいのがいいかな? これからもう一着買うとなると値段的にも厳しいし……ちょっとあっちにあるジャージ見に行っていいですか?」

 「なんでよ!?」


 思わずといった感じで熊谷からツッコミが入る。ついでに尻を思いっきり蹴られてしまった。いい蹴りだ。ちょっと痛い。


 「もうこれでいいじゃん! これ買いなよ! 何がそんなに気に食わないの!?」


 あからさまな怒りを面に出し、ぐぐいと詰め寄ってくる熊谷。ジャージを欲しがることがそんなにも気に食わないのか、再び俺の足を踏み抜くような勢いで踏みつけた。


 「いや、今俺ハッキリ言ったじゃん。動きやすさと値段だよ」

 「だからってジャージはないでしょジャージは! これからデートだって言ってんのになんでジャージなのよ! 上月君のデートプランどうなってんの!?」


 素直に答えるも熊谷の怒りは続いたままだ。すごい剣幕でどんなデートプランなのかを聞いてくる。


 仕方がないので、俺は一切の逆らいを見せることなく、昨日の夜から考えていたデートプランを発表した。


 「えーと、軽くランニングしてそのまま帰宅かな。ほら、アイツよく自分の体重のこと気にしてるし、ダイエットにちょうどいいかなーと思って。お前だってランニング好きだろ?」

 「──ッ!?」


 瞬間、熊谷がブチ切れる。火山の噴火の如く、罵詈雑言が口から飛び出してきた。


 「バカ! 大バカ野郎! 女の子に体重のこと言うとかマジで最低最悪のクズの所業だからね! 死ね! マイナス20000点! 死ね!」

 「え、えぇ……」

 

 これにてマイナス50000点を達成。俺の死刑が確定してしまった。


 おそらく今夜にでもこれらの内容は環へと伝わり、ボッコボコにされる準備が整えられるのだろう。それほどまでに、彼女の『死ね』からは強い意志を感じられた。


 怖い! 今の熊谷さんめちゃくちゃ怖い!


 俺は初めて、熊谷のことを本気で怖いと思ったのかもしれない。般若の目を向けられ、気圧される。


 誰かに助けを求めるつもりで周りを見渡すも、店員さんも他のお客さんもうんうんと頷いて熊谷に同意するばかりだ。どうやら俺の考えてきたデートプランはすべての女性を敵に回すものだったらしく、俺は完全に孤立無援の状態となってしまった。


 なにこれ集中砲火? 四面楚歌しめんそか? 針のむしろ


 「ご、ごめんって……」

 「だいたい、なんでデート中にダイエットなんかしなきゃいけないのよ!」


 申し訳なさそうに謝ってみるも効果はない。熊谷は他人の視線すら気にせず沸き上がる怒りを俺へとぶちまけ続けた。


 人差し指で俺の胸をツンツン突きながら、止まらぬ勢いで文句を吐き出していく。


 「デートは自分を可愛く見せるための本番! ダイエットはそのための準備! 準備は本番の前に済ませておくものでしょ! 上月君はセンター試験が始まってから受験勉強をするの!? しないでしょ! それとおんなじだよ! バカなの! 常識でしょ!」

 「は、はい……」

 「この際だからハッキリ言わせてもらうけどさ、上月君常識なさすぎ空気読めてなさすぎ女心わかってなさすぎ! もうこれでマイナス50000点だよ!? 私じゃなきゃブチ切られてるとこだよ!」

 「いや、今の熊谷どう見てもしっかりブチ切れて──」

 「話を逸らさない!」

 「はい」


 余計なちゃちゃを入れれば火に油を注ぐだけなのは今の瞬間で十分に分かった。言いたいことは少なからずあるが、俺はそれらすべてを飲み込んで我慢する。


 きっと今まで熊谷も俺に対して相当我慢していたのだろう。お互い様だ。いっそここら辺で思いっきり吐き出させた方が彼女のためになるのかもしれない。そう思うことにした。


 熊谷のお説教は止まらない。


 「そもそもデートの服装にジャージを選択するのってどうなの!? 上月君私の恰好見てどう思ってるの!? これでランニングをしろって!? ふざけんじゃないわよ!」

 「で、でも、服を買いに行くための服を買いに行くってお前が」

 「そんなの冗談に決まってるでしょ! お金に困ってる上月君じゃ払えるわけないって私だってわかってるわよ! 普段は適当に流すくせになんでこれだけバカ真面目に聞き入れるの!? 最悪なタイミングで真面目さを出すな! てゆーか、そんなこと言って店員さんがどんな思いするか分からないの!? 失礼すぎるでしょ! 謝って! 今すぐに謝って!」

 「あっ、はい、おっしゃる通りです、すみませんでした」

 「私に謝ってどうすんのよバカ! 迷惑をかけた店員さんに謝って! 土下座で! 得意分野でしょ! それしか能がないんでしょ! やって!」

 「こ、この度は……皆様に大変なご迷惑をおかけして、本当に、本当に申し訳ありませんでした!」

 「も、もういいですからやめてください! あの、謝らなくていいですから、何も買わなくていいですから、お願いですからもう騒がないでください!」

 「あっ」


 涙目で訴えかける店員さんの声を聴いて、ようやく熊谷が我に返る。


 我に返った熊谷は辺りを見渡して、しばらくの間を置いたのち、みるみるうちに赤面していって、


 「す、すみませんでしたー!」


 恥ずかしくなったのか、もの凄い勢いでこの場から逃げ去って行った。







 「迷惑行為をしている若者っていうのは君かい?」

 「え?」


 そしてその場に一人取り残された俺は、誰かからの通報を受けたのか、熊谷が逃げ出したのとほぼ同時のタイミングで現れた警察官に捕まり、小一時間ほどの説教を受けるのだった。


 …………いや、なんで俺だけ?

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