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天使の仕事ほど嫌なものはない  作者: 大上丈
第一章  天童美花、降臨
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天童美花 降臨 

 そして──事件は起きる。


 「おっそーい! 遅すぎますよ優さん! 全くアナタは、今の今までいったい何をやっていたというのですか!!」

 「…………は?」


 スーパーで食材を買って家に帰ると、屋根の上に小柄な少女の姿をした天使がいた。


 「昼過ぎには帰ってくるって聞いてたのに話が全然違うじゃないですか! もう夕方ですよ夕方! こんなクソ寒いところに長時間放置して、私が風邪でも引いたらどうするんですか!?」


 唖然あぜんとする俺をにらみつけながら、なぜかカンカンに怒っている。


 酷く困惑する俺に、天使は家を破壊するかのような勢いで地団太じだんだを踏み、更なる怒声を浴びせかけた。


 「謝ってください! 今すぐ私に謝ってください! いったい私がいつから──」

 「ちょっ、ちょっと待て落ち着け!」


 さながら地響きのような轟音は、俺を慌てさせるのに十分な効果を発揮する。俺は人質を取られた警察官のようなテンションで、荒ぶる天使にストップをかけた。


 なんだこれは!? なんなんだこの状況は!?


 訳が分からず混乱しながらも、


 「え、えーと……とりあえず、誰お前?」


 なるべく刺激しないよう慎重に話しかけてみた。


 少女の姿をしているとはいえ、相手は人間の常識が一切通用しない天使である。


 色々と凄まじいところはあるが、まず特筆とくひつすべきはその圧倒的な力だろう。


 天使の力は、人間のそれをはるかに凌駕りょうがしている。小柄な少女から出されたものとは思えないほどの轟音からも分かる通り、地団太だけで家を破壊することは、彼女らにとっては造作もないことなのだ。


 天使に育てられた俺が言うのだから間違いない。


 下手を打てば悲惨な目にあうことは、十五年以上一緒に暮らしてきた母さんとの生活ですでに証明されている。


 「見たところ天使のようだけど、なんで俺の名前知ってんの? いや、どうせ母さんからの紹介ってことなんだろうけどさ……えーと、一応初対面だよな、俺達? 優さんって、なんか凄いれ馴れしいんだけど……。えーと、俺が覚えていないってだけで、もしかして昔どこかで会ってたりするとか? ……いや、てゆーかそもそもの話、俺お前が来るなんてこと一切聞いてないんですけど……」

 「…………ふむ」


 天使はしばしの沈黙の後、コホンと大きく咳ばらいをして。


 「そういえばそうでしたね。私としたことが、うっかりしていました☆」


 コツンと自身の頭を叩き、テヘッと舌を出して笑った。


 「……は?」


 よくわからないが、天使いわく、ただうっかりしていたとのことらしい。


 いやふざけんなよ! 


 えっ、なにお前!? まさか自分のうっかりであんなに怒って、俺んを破壊する勢いで地団太踏んでたの!? マジでふざけんなよな! 俺の帰るべき場所をなくすつもりか!!


 たまらずそう怒鳴ろうとしたが、その前に、


 「それでは改めまして──初めまして優さん!」


 天使はまるで何事もなかったかのように、


 「私の名前は天童美花てんどうみか! 天童美花と申します!」


 町中に響くような大声で、突然自己紹介を始めた。


 「お仕事でお忙しい絵里先生に代わって、優さんを立派な天使に育てるためはるばる天界から舞い降りてきました、天童美花と申します! 可愛くて優秀な、天童美花です! 以後、お見知りおきを!」


 選挙演説かな?


 人の名前を覚えることが苦手な俺に配慮はいりょしてか、ご丁寧に四回も名前を告げられてしまった。おかげで俺にしては珍しく、奴の名前を一発で覚えてしまう。


 天童美花……な。


 よし、とりあえず俺の中の絶対に許さないリストに追加しておいてやろう。


 「あっ、でもでも! 一応言っておきますけど!」


 俺の苛立たし気な視線に何を勘違いしたのか、天童は自身の身を隠すようにして、そのこじんまりとした小さな体を抱きしめた。

 

 「これから同じ屋根の下で一緒に暮らすことになったからと言っても、えっちなことは絶対にダメですからね! 私はこの通り超絶可愛い美少女天使ですけれども、大人になるまでは純潔を守らなければいけない身ですので、お年頃な優さんには申し訳ありませんが、くれぐれも手を出すことのないよう注意してください!」

 「はぁ? いや、何それ聞いてないだけど?」


 これから同じ屋根の下で一緒に暮らす?


 とんでもないワードを放り込まれたので、俺が半分怒りを込めて問い返すと、天童はまた何を勘違いしたのか、本当に申し訳なさそうな顔して深々と頭を下げてきた。


 「ごめんなさい……優さんのお気持ちはありがたいのですが、えっちなことは本当にダメなんです。例え私の美しい体を見てムラムラするようなことがあったとしても、その時は是非ぜひとも他の人で我慢していただきますようお願いします」

 「そっちじゃねーよボケ! 誰がお前のガキみてーな体見て欲情するか!」


 マジでとんでもない勘違いをされていたので、もうね、流石にキレた。


 刺激を与えないようにするとか、この際どうでもいいわ。


 「じゃなくて! 何でいきなりお前と一緒に暮らさなきゃいけねーんだよっつー方の話! マジで聞いてないんだけど!」

 「あー、なるほど。そっちですか」


 俺の怒鳴り声でようやく理解したのか、天童はポンとこぶしを手の平に乗せて、納得するような仕草をみせた。


 肝がわっているのなんなのか、俺の怒りを受けても平然としている。


 申し訳なさそうにするどころか堂々と開き直り、あまつさえ腹の立つことまで追加で言い出してきた。


 「そりゃあ当然、優さんを驚かせるため、あえて何も伝えずに人間界へと降りてきましたからね。優さんが聞いてるはずがないじゃないですか。ふふふ、優さんのこの驚きっぷり……サプライズ大成功です!」

 「大失敗なんだよ! なんだその誰も喜ばないサプライズは! 迷惑行為以外のなにものでもないわ!」


 サプライズか何だか知らないが、コイツのやったことと言えば人ん家の屋根に勝手に上がって、破壊しかねん勢いで地団太を踏んでいただけだ。


 サプライズというよりも悪質なドッキリ。


 とてもじゃないが、大成功と言えるようなものではないだろう。


 俺がそんな天使の悪行にわなわなと体を怒りで震わせていると、


 「ねぇママー。あのお兄ちゃん、どうしておうちさんに向かって怒ってるのー?」

 「しっ! 見てはいけません!」

 「ハッ!?」


 後ろから、親子連れのそんな話し声が聞こえてきた。


 振り向くと、そこには予想通り一組の親子がいて、母親は俺と目が合うなりすぐに子供の手を引いて、慌ててこの場から逃げていく。


 「くそ……やっちまった」


 それは、完全に不審者を見るような目だった。


 遅まきながらも、己の愚行ぐこうに激しく後悔する。


 頭にきてついつい大声を出してしまったが、その行動が失敗だったことは間違いない。


 なぜなら天使の存在は、普通の人間が認知できるようなものではないからだ。


 厳密には違うが、天使という奴らはいわば幽霊のような存在で、俺みたいな天使に育てられたような人間でもない限り、その姿を見ることはもちろん、声を聴くことも出来やしない。


 だから逃げていったあの親子からすればきっと、俺は一人家に向かって怒鳴り散らしている、とても怪しい奴に見えたことだろう。


 もしかしたら今頃は、警察に通報している最中かもしれない。


 「あー、もう!」


 俺は苛立たし気に頭を掻き、改めて天童に向き直った。


 「と、とにかく、いいから早くそこから降りてこい! 話の続きはそれからだ!」


 俺のそんな怒鳴り声を受けて、天童は屋根の上で「ふむ」と頷く。

     

 「確かに優さんが警察に連れていかれては、今後の活動に大きな影響をおよぼしてしまいますもんね。わかりましたー、今すぐそっちに向かいますねー!」


 それから背中に生えている大きな翼を広げて、ぴょんと、軽やかな跳躍ちょうやくで屋根から飛び降りた。


 「…………」


 バッサバッサと、大きく翼をはためかせながらゆっくりと下降してくる天童。


 その影響で周囲に強い風が発生し、俺の頭上で純白の衣がひらひらと花を咲かせる。


 「……へぇ、意外。てっきり白いものばかり履いてると思ってたんだけど、花柄なんだな」


 要するに、パンツが丸見えであった。


 天使なのだからてっきり下着も白いもので統一されているのだとばかり思っていたのだが、どうやらそれは母さんだけのようで、意外にもそこら辺は個人の趣味を優先されるらしい。


 天童の下着をガン見しながらふと、母さんの下着姿を思い出す。


 「母さんの下着は全部白だったからなぁ、勘違いしてたよ」

 「ん? 今何か言いましたか、優さん?」

 「いや別に、何も?」

 「そうですか?」


 ついぼそりと呟いてしまったが、幸いにも俺の声は舞い降りてきた天童には聞こえていなかったらしく、咄嗟とっさにとぼけて誤魔化す。


 天使の下着事情のことについて考えてましたなんて、そんなことは間違っても知られてはいけない。


 例え見せてきたのが天童の方だとしても、コイツが痴女ちじょでもない限り、知られれば顔を真っ赤にしてぶん殴ってくることだろう。


 天使の手加減なしの一撃をもらえば、俺の頑丈な体もどうなるか分かったもんじゃない。


 俺だってこんなしょーもないことで自分の命を散らしたくはないのだ。


 天童は一瞬はてなと首を傾げながらも、すぐにくるりと身をひるがえして、玄関のドアノブへと手をかけた。


 「それではここにいてもなんですし、早く中へと入りましょうか」

 「おいちょっと待てコラ。俺はまだお前と住むとは言ってないぞ」


 そこを、天童の肩を掴んで慌てて止める。


 天童はやたらと不満そうな表情で振り向いて、


 「えー、今更そんなこと言われても困りますよ。もう荷物全部運び入れちゃったんですけど?」

 「だからなんでそんな勝手なことするんだよ。そういうのって普通、家主の許可を得てからするもんだろ?」


 勝手に一緒に住むという方向で話が進んでいるが、もちろん俺はまだ納得しちゃいない。


 というか、できるはずがなかった。


 いきなり目の前に現れて、うっかりで怒鳴り散らしてきたコイツなんかとまともな生活を送れるはずがない。誰がどう見たって頭のおかしい天使なのだ。後々、絶対にロクでもない目に合うことは決まりきっている。


 だから俺としては、なんとしてもコイツとの同居を回避するつもりだった。


 「え、何言ってるんですか? 家主の許可なら、もうすでに頂いてますけど?」

 「……は?」


 しかし、それも天童の懐から出てきた一枚の紙によって、問答無用で黙らされてしまう。


 「はいどうぞ、これが許可証になります」

 「…………」


 見ると、俺ん家をホームステイ先にするという文面が真っ先に目に入り、紙の一番下にある欄には『上月絵里かみつきえり』という名前が、酷く見覚えのある達筆な字で書き記されていた。


 まごうことなき、母さんの筆跡である。


 「というかそもそも、この家の持ち主は優さんじゃないですよね?」

 「そ、それは……」


 言われ、言いよどむ。


 天童の言う通り、確かにこの家を購入したのは俺ではなく、母さんだ。


 この家の正式な持ち主である母さんが許可を出したというのなら、ただ住んでいるだけの俺の許可など全く必要ない。


 天童は堂々とこの家に住んで良いということになる。


 「…………」


 どうしよう……徹底抗戦するつもりが、ぐうのもでないぞ。


 真っ正面から正論でぶん殴られ、秒で何も言えなくなってしまった。


 ギリギリと、悔し気に歯ぎしりすることしか出来ない。


 天童はそんな俺の前でパンッと手を叩き、


 「あっ、そうだ! 絵里先生から優さんへ手紙を預かってるんでした!」

 

 懐に手を突っ込んで 何も言えず固まっている俺に、母さんが書いたという手紙を差しだしてきた。

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