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天使の仕事ほど嫌なものはない  作者: 大上丈
第三章 悪魔の求愛
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リア充からのお誘い

 「…………うめぇ」 


 五月も半ばを過ぎたとある日の午後、教室内にて一人、俺は久しぶりのまとなお昼ご飯に舌鼓したづつみを打っていた。


 手に持つのはコッペパン。雑草弁当とは異なる小麦粉の味に、あぁこれで俺は午後の授業もちゃんと頑張れるなと、体の底から元気が湧き上がってくる。自然と口角が吊り上がるのも仕方のないことだった。


 お金がないのに、こんなにも豪勢なお昼ご飯を堪能しているのには理由わけがある。


 聞いて驚け!


 なんと! 今日は初めての給料日なのである!!


 わー! ぱちぱち!


 誰も喜んでくれないので、心の中だけで頑張った自分に盛大な拍手を送ってやる。気分は大人気アニメのイベント会場で劇場版の制作が発表されたファンと同じようなものだ。会場全体を揺らすような大歓声が、俺の脳内で響き渡っていた。


 金のない地獄のような二週間を経て、途中マスターにメタクソに怒られるようなこともあった俺だが、なんだかんだで今も喫茶店RINGでのバイトは続けさせてもらっている。


 流石に猫耳メイド喫茶はもう二度とやらなくなくなってしまったが、残念がっているのは男性客や環や剣崎妹くらいのものなので、まぁ特に問題はないだろう。


 俺としても『でりしゃすびーむ』なんてもう二度とやりたくない訳だし、なんならむしろ都合がいいくらいなまである。


 思い出すたびに胸をえぐられる苦痛は、決して慣れるようなものではない。


 天童も猫耳メイド喫茶のせいで数多くのトラウマを胸に刻まれたわけだし、マスターの下した決断は正しいと言わざるをえないだろう。


 頭がおかしいのは環だけだ。


 あんなに怒られたくせに未だに猫耳メイド喫茶での出来事を「結構楽しかったんだけどなぁ」とか言ってるような奴は、今すぐに喫茶店RINGを辞めて本物のメイド喫茶に転職するべきだと思う。


 あの日のパフォーマンスを見る限り絶対に天職だから、いつまでも彼女には本物のメイド喫茶への転職を強く勧めていきたいところだ。


 なんて、そんなことを考えながらコッペパンを食べていたのがいけなかったのか、


 「……コッペパンをそんなに美味しそうに食べる人、私初めて見たよ」

 「んぐっ!?」


 いつの間に隣の席に戻っていたのか、突然現れた熊谷くまがいに呆れたような声を掛けられ、びっくりした拍子にコッペパンが変なところに入ってしまった。


 「ごほっ、げはっ!」

 「汚いなぁ……。はいこれ、水」


 コッペパンが気管支の辺りでひっかかり盛大にむせる俺に、熊谷はゴミを見るような目を向けながらもスッと水を差しだしてくれる。


 俺はそれを慌てて引っ掴み、洗い流せるよう勢いよく喉に流し込んだ。


 「んんっ──かはっ!」


 危なかった。手元に飲料物がなかったから本当に危なかった。


 本日が給料日とはいえ、流石に飲み物を買う余裕まではなかったから正直言って凄い助かる。あと少しでも遅れていれば、窒息死しないまでも、マーライオンのごとく噴き出して机の上が大惨事になっていたことだろう。


 一か月ほど前に熊谷にゲロをぶちまけるというとんでもない失態をさらしてしまった俺ではあるが、だからこそ、同じようなあやまちは二度と犯したくはなかった。


 保健室から教室に戻ってきた時の、クラスメイト達から向けられる冷たい視線。


 あの時の異様な空気感は、きっと一生忘れられない嫌な思い出だと思う。


 なにせあの日は教室内にいるだけで地獄だったからな……。しばらくの間ゲロ臭い環境の中で授業を受けさせられていたクラスメイト達には、本当に申し訳ないと思っている。


 「あ、ありがとう」


 一通り変なところに入ったコッペパンを水で流し終え、そして呼吸を整えてから、俺は改めて熊谷へと顔を向けた。


 黒髪セミロングの可愛いらしい女の子。このクラスのカーストトップに君臨するリア充様だ。


 絶対に仲良くなれるはずのないきゃぴきゃぴとした雰囲気を出しながら、時折ぼっちな俺に声をかけてくれる心優しい人。最近は汚物おぶつを見るような目を向けてくることも多くなったが、とても心の優しい……まぁ、優しい人だ。


 ……要するに、俺の苦手な人。


 二週間前の事件をきっかけに最近はめっきりと話すこともなくなってしまった間柄だが、果たして、今日は何用で俺に声を掛けてきたのだろうか?


 とりあえず、汚物を見るような目を向ける彼女に深い感謝をしながらも、突然現れたことに対するささやかな抵抗だけさせてもらうことにした。


 「でも、急に声を掛けんなよな? マジで死ぬかと思ったぞ」

 「いや、声をかけただけで死にかける方がおかしいんだって……。ビビり1グランプリにエントリーした方がいいんじゃない?」

 「び、ビビりじゃねーし。ただちょっと、誰かに声を掛けられるのに慣れてないだけで」

 「じゃあ中学イケてない芸人だ」

 「……いや、俺今高校生なんだけど」

 「ツッコむとこそこ? てゆーか、中学の頃はイケてたの?」

 「…………」

 「やっぱイケてないじゃん」


 クソッ、何も言い返すことができねー!


 なんとか反論しようと中学の頃を思い返してみたが、よみがえるのはロクでもない記憶ばかりでイケてる要素はどこにもなかった。


 普通にぼっちだったし、なんなら時折ときおりいじめられてたし……。


 もちろん女の子に声を掛けられることは何度もあった。だが、その相手も殺人鬼やストーカーばかり。楽しい中学校生活を送っていたとは、とてもじゃないが言えないだろう。


 せめてアイツらがもっと普通の女の子だったらなぁ……と思う日は正直言って数えきれない程ある。イケてないまでも、それなりに穏やかな三年間を過ごせていたのではないだろうか。


 なんで俺の周りにいる女はこうも頭のおかしいヤバイ奴ばかりなんだよ……。最近は天童もそのキチガイグループに新たに加わってしまったわけだし、俺の心と体はどこまでも傷ついていくばかりだ。


 「そんなことよりも!」


 だんだんと暗くなっていく俺の心境を察したのか、熊谷が鬱屈うっくつとした思考を遮るよう少し大きめな声を出してきた。


 「──へぁ!?」


 クラスメイト達にあまり話を聞かれたくないのか、ぐぐいと顔を近づけてくる熊谷。整った顔とラズベリーの甘い香りが同時に性感帯を刺激して、思わず変な声が出てきてしまった。


 あまり慣れてないから、不用意に顔を近づけるのはやめてほしいものだ。つやつやとした唇と強調された胸の谷間。目のやり場に困る。


 「聞いたよ、上月君」


 とはいえ、熊谷レベルのリア充ともなれば俺みたいなクソ童貞の反応など気にもならないのか、特に意識した様子もなく当然のように話を続けてきた。

 

 「今度、みのりちゃんとデートするんだって?」

 「は、はい?」


 その予想外の言葉に、間抜けな声が出る。


 次に続く言葉で、俺の間抜けさは更なる加速を果たした。


 「じゃあ、私ともデートしてよ」

 「は、はぁ?」


 いったい何が『じゃあ』なのかまったくもってわからないが、気づけば俺は熊谷にデートに誘われていた。


 …………はぁ?


 ちょっと本気で意味がわからないので、一度頭の中身を空っぽにして冷静に状況を整理してみる。


 コッペパンを食べてると久しぶりに熊谷に声をかけられて、びっくりして盛大にむせると汚物を見るような目を向けられて、話の流れで俺のイケてない中学校生活がバレて、今度私ともデートしてよと誘われる。


 …………はぁ?


 「もしかして熊谷さん、誘う相手を間違えてらっしゃいます? 3組のイケメン谷口君と俺とで、勘違いしてらっしゃいます?」

 「この状況でどうやったら上月君と谷口君を間違えられるんだよ……! ねぇそのムカつく顔やめて。打算的な意味じゃなくてちゃんと恋愛的な意味で誘ってるから安心して!」

 「えぇ……?」

 「恋愛的な意味じゃなくて打算的な意味で誘ってるから安心して!」

 「なるほど、それなら考えてやらんでもないぞ」


 まぁそれなら熊谷からデートに誘われるのにも納得出来るというものか。


 熊谷が恋愛的な意味で俺を誘っていたとしたら、彼女の正気を本気で疑っていたところだからな。


 熊谷は俺なんかよりも、もっとカーストの高い人物と関係を持つべきだと常々思っている。俺なんかとデートしたところで、自身の株を落とすだけだしな。


 「なんで打算的な意味でって言った時の方が安心してんのよ……。ムカつくなぁ……」


 拳を握りしめ、ぷるぷると震えながら複雑そうな表情を浮かべる熊谷。


 なんだかとっても暴力が振るわれそうな予感がしたので、もたもたしてないでさっさと話を進めさせてもらうことにしよう。


 「で、それはそうとなんでお前は俺なんかとデートなんてしたがってるんだよ? 俺、放課後も休日もゴロゴロダラダラするのに忙しいから、あんまり誰かと外出なんてしたくないんだけど」

 「驚くほどゴミみたいな理由で断ろうとするよね、君。……そんな嫌そうな顔しないでよ。ほら、自分で言うのもなんだけどさ、私って結構可愛い見た目してるでしょ? そんな即決しないで、もうちょっと考えてくれてもいいんじゃないかなー? 心配しなくても変なことなんてしないし、ちゃんと上月君を楽しませる自信、私あるよ?」


 そう言ってにっこりとほほ笑む熊谷。自分で言うだけのことはあってか、確かにちゃんと可愛い。


 「いや、だって……」


 だけど残念、問題はそこではないのだ。俺の懸念けねんしてるところは別にある。


 「お前とデートなんてしたらまた変なやからに絡まれるかもしんねーじゃん。嫌だぞ俺。また捕まってサンドバッグにされんの」


 熊谷に渡された手紙の指示に従い、赴いた場所で拉致されて、その後連中のアジトでボコボコにされたことは未だ俺の記憶に新しい。記憶に新しいどころか、その時の傷がまだ生々しく残っているほどである。


 包帯の奥に隠されている、痛ましい傷の数々。


 本来ならこんな傷でも天使の力で一瞬で治すことができるのだが、なんでも天童いわく「治してあげたいのは山々なんですけど、急に完治されると周りがびっくりしちゃうので、不自然にならないくらいのスピードでゆっくり治していきましょう♡」とのことらしい。


 いや、ふざけんなよと思う。


 要するに……熊谷という一般人の目撃者がいたからこそ、天使の力での治療は行えませんよという話だ。


 マジでふざけんなよと思う。


 にこにこと微笑みながらそんなことを言うもんだから、流石の俺も我慢できずについ声を荒げてしまった。


 まぁ当然のようにその後うるさいからという理由でボコボコにされてしまったわけだが、あの時の不満はこれっぽっちも収まっちゃいない。


 もちろん、天童に追加でボコボコにされた後の治療もなしだ。


 だからといってトレーニングの手が緩められることなんてのも全然ないし、毎日激痛に苦しむ日が続いているのが今の俺の現状である。


 そんなこんながあってからの、ようやく治りかけてきた俺の体。


 また変なことに巻き込まれて傷つけられるのだけは何としてでも避けたかった。


 少なくともそれは、熊谷とさえ一緒にいなければ簡単に叶う願いだと思う。


 その願いを叶えるためにも、俺は包帯を少し解き、治りかけの痛ましい傷をがっつり熊谷に見せつけてやった。


 「──うっ」


 その傷に熊谷は少し動揺した様子を見せながら、しかしそれでもデートすること自体は譲れないのか、変わらぬ強い意志をもって声を張り上げてくる。


 「だ、大丈夫だって! あんなこと流石に何度も起こるようなことじゃないし! て、てゆーか拉致される前提で話進めないでよ! だいたいあの時狙われてたの上月君の方だし、私だって巻き込まれてただけなんだから!」

 「…………」


 確かに熊谷の言う通り、あの日の事件でターゲットにされていたのは間違いなく俺の方だった。


 連中に拉致された原因を持ってきたのは熊谷だが、そんな彼女に対してもいやらしい目つきを向けていたことから、熊谷が主犯格でないことはほぼ間違いないだろう。


 手紙の内容を知っているからこそ、拉致される前気になって俺のあとをこっそりつけていたというのも納得のいく話だ。


 ……しかし、だとしたらいったい誰が熊谷に俺宛ての手紙を渡したのだろうか?


 受け取った熊谷本人すらも知らない人物だと言ってるし、知ってそうな兵頭達に話を聞こうにも、連中は今現在刑務所の中だ。手続きをすれば面会も可能なのだろうが、ぶっちゃけ面倒くさ過ぎて会う気にはなれない。


 というか、本音を言ってしまえば別にそこまでして特定したい相手でもなかった。


 俺に恨みを持ってそうな人物なんてそれこそ山程いるし、候補を挙げだせばキリがない。


 ただ、そのうちの一人が仕掛けてきたというだけの話。特段気にするほどのことでもない。


 ……まぁそれでもとりあえずしばらくの間は、背後に気をつけて生活していこうと思う。また変な薬を嗅がされて拉致されたんじゃ堪らないからな。


 なんて、そんなことを一人で勝手に長時間考え込んでいると、


 「ちょっと、ぼけーっと考え事してないでちゃんと私の話を聞いてよ!」


 バンバンと机を叩き、熊谷が俺の意識を強引に自身へと向けさせた。


 どうやら俺が考え事をしている間にも何やらぺらぺらと喋っていたようで、俺がきょとんとした顔を見せると熊谷はぷくーっと風船のように頬を膨らませながらすごんでくる。


 ……なんかちょっと可愛いな。


 今の熊谷の表情を写真に撮ってクラスメイトに売り出せば、なかなか良い値段になるんじゃないだろうかと思う。商売欲を引き立たせるような、そんな素晴らしい怒り顔だった。


 手持ちにスマホがないことが残念でならない。そうゲスなことを考えながらも、改めて熊谷の話に耳を傾ける。


 「あのね、さっきは打算的な意味でって言ったけど……これはね、上月君と実ちゃんのためなの」

 「……俺たちの?」

 「そうそう。どうせ上月君女心なんてわからないでしょ? デートなんてしたことなさそうだし、私がそのやり方を教えてあげるよって話」


 何をいきなりとんちんかんことを、と思ったが…………なるほど、確かにそれは俺にとっても利のある話かもしれない。


 ぶっちゃけ俺とのデートで剣崎妹ががっかりするのはまったくもって想像つかないが、だからこそ、知らない間に恥をかかせている可能性は大いにある。


 剣崎妹が勝手に自滅する分にはもうどうしようもないが、俺のせいで彼女の評価が下がるのは今後のためにも避けたいところだ。


 それに、俺がしっかりと普通のデートのやり方を知っていれば、ある程度は頭のおかしい剣崎妹の行動をコントロールできるかもしれない。


 「開口一番ホテルへ行きましょうとか言いだしかねないからな、アイツ……。無事に家に帰るためにも、ある程度は主導権を握るための知識を持っていた方がいいか」

 「えぇ……いくらなんでもそんなこと言うかなぁ? ……あー言うわ。あの子なら絶対に言うわ」


 安心と信頼の剣崎さん。彼女とデートすれば必ず貞操の危機が訪れるだろうことは、考えるまでもない当然の未来だ。


 「まぁでも、じゃあ決まりだね」


 とにもかくにも、俺の今の反応を熊谷は了承と受け取ってくれたようで、今度の週末、二人でデートの練習をする運びとなった。


 ささっと時間と待ち合わせ場所を決めて、


 「あっ、でも一応言っとくけど」


 最後に、これまでにないくらいの真剣な目つきで、熊谷がガシッと俺の肩を掴んでくる。


 ゴゴゴゴゴと全身からオーラが出ているのではないかと思うほどの表情で、俺に釘を刺してきた。


 「このことは絶対に誰にもバレないよう内緒でお願いね? 細心さいしんの注意を払って、何があっても気づかれないように。バレたら…………ほら、私達たぶん死ぬことになるから……」


 ……ごくり。


 『バレたら二人とも死ぬことになる』。その言葉はきっと、冗談でも何でもないだろう。


 パッと思いつくだけでも複数人の顔が浮かんでくる。天童と剣崎妹……特にこの二人は誤解だと言い張ってもマジで殺されかねないから注意が必要だ。


 真剣な熊谷の表情に、生唾を飲み込みながらも首を縦に振る。


 「じゃあ、よろしくね」

 「お、おう、任せとけ!」


 ぶっちゃけ完璧に隠し通せる自信は微塵もないが、それでもやらなければ殺されるのは確実なので、何がなんでもやり通さなければいけない強い意志をもって、俺は熊谷にサムズアップを返した。



 

 ……返してしまった。


 この選択が俺達を地獄にいざなうことになるとは、露ほども知らずに。

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