ストーカーもたまには役に立つ
「終わったー?」
「あぁ、何とかな」
兵頭達への制裁が終わり一息つくと、少し離れた位置から環の確認の声が聞こえてきた。答えながら振り向くと、こちらにゆっくりと近づいてくる環と、その後ろでドン引きしている熊谷の姿が視界に入る。
「そっ、じゃあ早く帰りましょうか」
「そうだな」
「──ぐえっ!?」
「えぇ……」
床に転がっている男達を遠慮なく踏んづける環に何か言いたそうな顔をしながらも一緒になって後ろに付いてくる熊谷。あんな怖い思いをさせられたのにも関わらず踏まないよう器用に跨いで回避しているところに、彼女の人柄の良さを感じる。
そりゃ皆から好かれるようになるわなと、妙に納得してしまった。
環はもう少し人の痛みが分かるようになるべきだと思う。
「ね、ねぇ上月君…………それ、死んでるの?」
「ん? ……あぁ」
そんな鬼畜外道な環からひょっこりと顔だけを覗かせ、恐る恐るといった感じで熊谷がそう聞いてきた。
傍で倒れている兵頭の生存確認を軽く済ませ、その質問に答える。
「いや、ただ気絶してるだけだ。ほら、よく見てみろよ。少しわかりにくいかもだけど、胸もちゃんと上下してるだろ? 軽く痛めつけただけだからな、こんくらいじゃ死なねーよ」
「そ、そう……」
右手はぐちゃぐちゃに潰しておいたが、それ以外のところは特に問題ない。ナイフが刺さっているところが気になるかもしれないが、それも全然急所じゃないし、すぐに死ぬような傷ではないだろう。
むしろ辛いのは俺の方だ。
出来るだけセーブはしたが、それでも動き回った分だけ出血量が酷くなっている。全身の激痛は相も変わらず耐えがたいものだし、おまけに貧血の症状まで出てきた。
どちらが危険な状態かといえば、間違いなく俺の方だと思う。
……まぁ、だからといって俺の命の心配をしてくれる人なんてこの中には誰一人としていないんですけどね。
とりあえず環さん、ゴミを見るような目を俺に向けるのやめてもらえます?
「ちょっと上月、なんてもの熊谷さんに見せてるのよ」
そう言いながら、サッと熊谷の視線を遮る環。姫を護る騎士のように俺の前に立ちはだかり、文句の言葉を浴びせてきた。
「ソイツの手とアンタの顔面、モザイク処理が必要なレベルでグロテスクなんだから気をつけてよね。大丈夫、熊谷さん?」
「え、あ……うん……」
「ほらっ、熊谷さんドン引きしちゃってるじゃない!」
「うるせーよ! 誰のせいでこんな顔面になったと思ってんだ誰のせいで! つーかそんなの関係なく熊谷なら最初っからドン引きしてただろうが! つい今しがた自分のしでかしたこと忘れたのかよ? あれ見てみろよ! どう考えてもお前のせいだろうが!」
そう言い返しながら、ビシッと指先を入口付近に差す。
俺の差した指の先には、俺から逃げようとした男の憐れな末路がそこにあった。
思い返されるのは制裁が始まる前の『こっちに向かってくる奴には私も容赦しないから』という発言。
その言葉に嘘偽りは微塵もなかったようで、この倉庫内における唯一の出入口であるそこに、四肢がありえない方向に捻じ曲がっている男が転がっていた。
「あ……あ……」
可哀想に、兵頭と同じように白目を剥いて気絶している。夢の中でも殺人鬼に襲われているのか、恐ろしい形相のままピクピクと手首足首だけが不気味に蠢いていた。
彼の受けた苦痛を想像するだけで、俺の心も少しだけ痛むというものだ。
「しょうがないじゃない、こっちに向かってきたんだから」
「だからってやり過ぎなんだよバカ! どう見たって俺から逃げようとしてただけだろうが! あそこまでやる必要は絶対なかっただろ!」
「そう言う上月だって、ナイフで刺したり無理矢理土下座させて右手踏み潰したりしてたじゃない! どう見たって私よりアンタの方が酷いことしてるでしょ! あの右手、もう絶対に治らないわよ!」
「コイツは二度目で主犯格だから良いんだよ! しっかりと痛みと恐怖を植え付けとかないとまた同じことするかもしれないだろ! お前がやった奴はコイツの命令で俺を2、3発殴っただけ! 罪の重さが全然違うんだよ!」
「ねぇ今の聞いた? この男、自分のことばっかりで熊谷さんが誘拐されたこと計算に入れてないよ? 酷いと思わない?」
「しっかりと計算に入れてるっつーの! それを差し引いてもお前のやってることの方がえげつないって言ってんだよ! だよなぁ熊谷、お前もそう思うよなぁ!?」
「どっちもどっちだよ……」
ギリギリと歯を軋ませ、苦悶の表情を浮かべる熊谷。
そんな熊谷の言葉を掻き消すかのように、元気いっぱいの大柄な少女がパンパンに詰まったビニール袋を携え俺達のいる倉庫内へと飛び込んできた。
「お待たせしましたー!」
「ぎゃっ!?」
それと同時に、入り口付近で転がっている男が小さな悲鳴を上げる。環よりも1.3倍くらいの重さに駆け抜けられ、四肢がありえない方向に捻じ曲げられた男は一瞬の覚醒の後、また白目を剥いて気絶した。
可哀想に……。
マジでアイツがお前らに何したっていうんだよ……?
散々な目に合う男に軽く同情しながらも、つい今しがた倉庫内に入ってきた少女に目を向ける。
バインバインと大きな胸を揺らしながら、剣崎妹は彼女なりの全力疾走でこちらに向かって駆けていた。
えっっっっっっっっっっろ!!
えっ、走ると胸ってあんなに揺れるもんなの!?
ちゃんとブラしてるよね!?
ここにいる俺以外の男を全員気絶させておいて本当に良かったなと心で思いながらも、すぐ近くから冷たい視線を察知したのでサッと目を逸らす。
剣崎妹は俺達の元へと辿り着くと、少しだけ乱れた息を軽く整え、この状況にそぐわない呑気な声で辺りを見渡した。
「うひゃー、こりゃまた随分と大暴れしたんですね。はい環先輩、言われた通り薬局で絆創膏と包帯を沢山買ってきましたよー、って上月先輩も凄い傷!? どうしたんですか!? まさか、またこの鬼畜暴力女に酷いことされたんじゃ!」
かと思いきや、俺の姿を見て突如として荒ぶりだす剣崎妹。
俺の傷の原因を作り上げた諸悪の根源をものの数秒で見抜き、鬼畜暴力女へと鋭い視線を向けた。
「いや、なんで一番最初に私を疑うのよ?」
対する環は、自覚がないのか呆れたような溜息を吐くばかりだ。やれやれと肩を竦めて、悪びれる様子もなく今の状況を説明する。
「誤解よ、上月をイジメたのはコイツら。私はただ見てただけで、酷いことは何もやってないわ」
「ホントにな」
「見てるだけって、それはそれで酷いことしたうちに入るんじゃ……」
「うっ」
さり気なく放たれた熊谷のツッコミでようやく環は自身の悪事を自覚する。
ここにいる全員からジト目を向けられる中、それでも自分のことを悪く言われたくないという浅ましいプライドが邪魔をするのか、環は決して謝ることなく、見苦しい言い訳を始めた。
「ま、まぁそれはそれ、これはこれよ。あの場面では迂闊に動くことなんて出来なかったのはホントだしね………………うん、仕方なかったのよ」
「……はぁ」
いったい何が仕方なかったというのか正直言ってまったくもって理解出来ないが……。……まぁそれでもこの女がいなければ取り返しのつかない事態に発展していたのもまた、紛うことなき事実だ。
一応反省の色は僅かにでも出ているようだし、環一人を責めるのはここら辺でやめておくことにして、たまには素直に礼を言うことにするか。
「まぁそうだな……。どの道俺一人でどうにかなってた訳でもないし、早めにお前が助けに来てくれたのには感謝してるよ」
「「「────!?」」」
俺がそう言うと、途端に三人はカッと目を見開き驚愕の表情を浮かべていた。
その予想外の反応に、むしろ言った本人である俺が一番驚いてしまう始末だ。
「な、なんだよ?」
隠しきれない動揺を見せながら、三人に向かって問い掛ける。
最初に口を開いたのは熊谷だった。
「いや、あの上月君が誰かに向かって礼を言うなんて、思ってもみなくて……」
「う、うらやまっ──じゃなくて! 先輩、もしかして頭を打っておかしくなったんじゃ!?」
「……明日は大雪確定ね。この前仕舞った冬服準備しなきゃ」
「なんで一言礼を言っただけそこまで言われなきゃなんねーだよ……。俺だって誰かに礼を言うことくらい……」
言い返そうとして、ピタリと止まる。
あ、あれ……? そういえば最後に素直な気持ちでお礼を言ったのって、いつだったっけ……?
ズキズキと痛む頭の中を必死に整理しながら、奥底に眠る記憶を掘り起こす。しかし発掘されるのは罵詈雑言や全然関係のないクソみたいな発言ばかりで、一向に目当ての記憶が見つからない。
あまりにも見つからなさ過ぎて、むしろ俺の脳みそが勝手に誰かに礼を言ったという存在しない記憶を作り出してただけなんじゃ……とかさえ思えてきた。
俺も家に帰ったらこの前仕舞った冬服準備しなきゃなと、内心で考えを改めていると、
「か、上月先輩はもっと環先輩にブチ切れて良いと思います!」
嫉妬の炎に燃える剣崎妹が、一人ぐぐいと前に乗り出してきた。
俺に顔を近づけ、唾を飛ばす勢いで激しく捲くし立ててくる。
「なんにせよ、環先輩のせいで上月先輩が傷ついたのは変わらないと思います! しばらくの間、話し掛けられても無視してやりましょう! とりあえず、今は私のことだけを見ていてください! ぷりーず、らぶみー!! ──むぐぅ」
どさくさに紛れて抱き着こうとしている剣崎妹の顔を鷲掴みにして押しのけ、そう言えばと、俺は少し前から気になっていたことを環に聞いた。
「むぐぐー!」
「にしても、お前らよくこの場所がわかったよな。俺だってここがどこなのかすら未だ分かってねーのに、速攻で駆けつけたりなんかして。いったいどうやって突きとめたんだ?」
「あー、それは……」
俺のそんな問い掛けに、何故かバツが悪そうな表情で目を逸らす環。
露骨に何処か遠い場所を見つめ、口をもごもごと動かしながらも、一向に答える様子はない。
そんな環に対し頭の中で疑問符を浮かべていると、俺の手の中に収まる剣崎妹が突然「はい!」と勢いよく手を上げ、その答えを口にした。
「私のおかげです!」
「お前の?」
剣崎妹の顔面から手を放し、聞く体勢を整える。
環の「自分で言っちゃうんだ……」という気になる呟きもしっかりと聞き届けてから、俺は改めて剣崎妹の語る話に耳を傾けた。
「はいっ! いつものように上月先輩をストーキング──じゃなかった、帰る途中でたまたまお見かけしたので、いつものように上月先輩のことを遠くから見守ろうと思っていたら、急に先輩が拉致されていくのが見えて! それですぐに環先輩に発信機の情報を伝えて、助けにいってもらったんです!」
「……発信機?」
色々と思うところはあるが、とりあえず『発信機』という聞き捨てならない新ワードが飛び出してきたところで一度話を止めさせてもらう。
剣崎妹は頭がおかしいのか、そんなことでも自信満々に胸を張り、誇らしげに己の犯罪行為を白状した。
「はいっ! こんなこともあろうかと、仕掛けさせてもらいました!」
「…………」
どうしたものかと考えあぐね、ふと環の方に助けを求めるつもりで視線を向けると、環は俺の視線の意図に気づいたのか、トントンと、自信の鳩尾部分を指先で叩いた。
…………なるほど。二、三秒程考えて、その答えに辿り着く。
どうやら俺のワイシャツに付けられている第三ボタンは、いつの間にか剣崎妹の用意する発信機へとすり替えられていたようだ。
そうと分かれば話は速い。
胸元にある発信機を摘まみ上げ、剣崎妹に確認をとる。
「発信機って、もしかしてこれのことか?」
「はい!」
すると剣崎妹は一瞬だけ驚いたような表情を見せ、それから嬉しそうに微笑みを張り直し、パチパチと尊敬の眼差しと共に惜しみない拍手を送った。
「凄い、気づいたんですね! そうなんです、お兄ちゃんにお願いして作ってもらったんです! とーーっても苦労したんですよ? これ一つ作るのに結構コストが掛かるみたいで、私、その為にめちゃくちゃバイト頑張ったんですから!」
「そうか……」
出来ればその頑張りとお金はもっと他のことに使ってほしいものだ。
そう思いながら、剣崎妹の頭へと手を伸ばす。
「ありがとうな、お前のおかげで助かったよ」
「──!?」
お礼を言いながらポンと優しく手を置くと、剣崎妹は飼い主に褒めてもらえた大型犬のように、それはそれはもう嬉しそうに微笑んでいた。
「えへへへへへへへ」
そのまま頭を撫でると、剣崎妹はとろけたような顔となってだらしない声を漏らす。
俺はそんな彼女の様子を見ながらもう片方の手で発信機となっているボタンを引きちぎり、全力の握力をもってしてそれを握り潰した。
ぶちっ、ぱきっ。
その音が発生した直後、何が行われたのかを理解した剣崎妹が発狂した声を上げる。
「ああああああああああ!! 何するんですか先輩!? それ高かったのにぃぃ!! 私のお年玉と一ヶ月分のお給料がぁぁぁ!! お兄ちゃんの貴重な睡眠時間がぁぁぁぁ!!」
ジタバタと手を振りながら俺の破壊行為を阻止しようとしてくる剣崎妹。
当然、それを許す俺ではない。
泣こうが喚こうが、これが大金と剣崎兄妹の努力の結晶だろうが関係なく、絶対に修復不可能な状態になるまで指で粉々に磨り潰してやる。
正直、これのおかげで助かったところもあるんだよなぁと、若干思わなくもないが…………それでも俺は心を鬼にして、自身のプライバシーを守るため発信機を破壊し続けた。
バカな女だ……。
こんなことにお金を使わなければ、きっと可愛い洋服とかぬいぐるみとかいっぱい買えただろうに……。
それにしても剣崎先輩、一週間前フラフラになって学校に登校してたなと思ったら、裏でそんなことしてたんですね。
受験勉強と深夜アニメのリアタイで忙しいんだから、彼自身の健康のためにも、妹の犯罪行為になんかに加担してないでさっさと寝てほしいものである。
『優、どうせアンタ今日も暇でしょ? 体調不良の誠を帰したいから、代わりに生徒会の仕事手伝ってくんない?』って円香さんに言われて仕方なく手伝ったあの日の俺の心配と優しさを100万倍にして返してほしい。
「さてと……それじゃあ後は警察に任せるとして、帰るとするか」
粉々に粉砕した発信機を宙に投げ捨て、疲れ切った重い腰を上げる。がっくりと項垂れる剣崎妹は完全に放置して、俺は出入り口の方向へと足を向けた。
「そうね、今なら閉店作業くらいは手伝えると思うし、急いで帰るわよ」
「…………?」
帰ろうとして、足が止まる。
一瞬、何を言われてるのか分からなかった。
「ほら早く」
言葉の意味を理解しようとしている隙に、環に右手をガシッと掴まれる。テクテクと歩き出したところでようやく、俺は今の言葉の意味を正しく吞み込むことが出来た。
「…………えぇ?」
直後、その内容が鬼畜過ぎて、俺は猛烈な吐き気に襲われる。
「いや……なんでナチュラルに俺まで手伝うことになってんだよ? この傷見て分かんない? 満身創痍なんですけど?」
耐え切れず吐き捨てる言葉に、それでも環は涼しい顔で受け流し、珍しいことに俺に対し優しい微笑みを浮かべていた。
グイグイと引っ張りながら、俺のことを褒めてくる。
「満身創痍でも問題なく働けるってところが、アンタの凄いところよね。素直に感心するわ」
いや、これ褒めてねぇな。ちょっぴり風変わりな死刑宣告だわ、コレ。
「ふ、ふざけんな! なに勝手に凄いところ認定して感心してんだよお前! ちょ、とりあえず歩くのやめろ! 働かないって言ってんだろうが!」
いつもなら力比べで負けることはないのだが、環相手にボロボロの体で抵抗など出来るはずもなく、俺は引っ張られるがまま競歩選手顔負けの早足で無理矢理歩かされた。
痛い痛い痛い! 超痛い!
一歩進むたびに、全身の骨と筋肉が悲鳴を上げる。ひび割れていた足の骨は今の拍子で完全に砕け、千切れかけていた筋繊維がブチッと嫌な音を立てて敢え無く千切れる。
耐えがたいほどの激痛に、目尻に涙まで浮かんできた。
死にかけの体にこれはキツイ。
元気になったらマジで覚えとけよコイツ! と、環を睨みながら俺が心の中で怨嗟の声を上げていると、
「あ、あのっ!」
後ろから、熊谷の呼び止める声が聞こえてきた。
急ぎ足を止め振り返ると、俺達に向かって深々と頭を下げる熊谷の姿が視界に映る。
「今日は、本当にごめんなさい! 私のせいで、上月君が大怪我しちゃって……治療費は全額私が負担するから、金額だけでも教えてくれたら、すぐにでも──」
「はぁ?」
突然言い出した内容に、思わず素っ頓狂な声が喉の奥から出てくる。
満身創痍の人間を無理矢理働かせようとする環と同じくらい意味不明なその発言に、俺は疑問を抱かずにはいられなかった。
ついつい、詐欺師を見るような目を熊谷に向けてしまう。
「いやなんでだよ? 要らねーよ治療費なんか。マジで何言ってんのお前、バカなの? どう考えても悪いのはお前じゃなくて環だろ。治療費は全額コイツに負担させるから、お前は気にせず家に帰ったらいい」
「そうよ、悪いのは全部──え、私っ!? アイツらじゃなくて!?」
なにやら隣で環がわーきゃーと騒ぎ始めたが、うるさいだけなのでとりあえず無視する。
それよりも今は、余計な罪悪感を抱えてバカなことを言っている熊谷の考えを改めさせることが先決だ。
「で、でもっ何かお礼を」
「いや、だからお礼も要らないって。むしろ俺のせいで怖い思いさせて悪かったなって感じだし、非難されこそすれ感謝される謂れはねーよ。慰謝料なら全部環に払わせるから、遠慮なく存分にふんだくってくれたらいい」
「だからなんで私なのよ!? アイツらから請求すればいいじゃん! 私だって今月ピンチなんですけどっ!」
「でも!」
とかなんとか、そんな風に騒いでいると、遠くの方からパトカーと救急車のサイレンの音が聞こえてきた。
おそらく俺が連中に制裁を加えている間にでも、環か剣崎妹が手配してくれたのだろう。
ぎゃーぎゃーとこの中で一番騒いでいる環が、誰よりもいち早くその音に反応する。
「あっ、やばっ! もう来ちゃった!」
まだ何か言いたげな熊谷を置いて、再びグイッと俺の腕を引っ張ってくる環。
「ほら、急ぐわよ上月! 早くしないと私達まで警察に捕まっちゃう!」
発言が犯罪者のそれだった。もうお前一回ちゃんと警察に捕まれよと、切に願う。
とりあえず、なんでもいいから現在進行形で俺の体を破壊するのをやめてほしいものだ。先程まで辛うじて無事だった骨と筋肉までもが、限界を迎えて断末魔の叫びを上げていた。
「ちょ、だから引っ張んなってお前!? 痛い痛い痛い! 俺今満身創痍だからっ! 走れる状態じゃないからっ!」
「それじゃあ実、あとのことは任せたわよ! ごめんね熊谷さん、慰謝料は払えないけど、今度コーヒーのサービスしてあげるから、良かったらまたお店に来てね!」
「あうぅ……はーい、わかりましたー」
「あっ、ちょっと!」
粉々に磨り潰された発信機を前にがっくりと項垂れる剣崎妹と、慌てて呼び止めようとする熊谷。その二人に笑顔で手を振って、環は俺の手首を掴んだまま更なる加速をみせる。
「ほら、早く走る! 急がないと閉店作業に間に合わなくなるでしょ!」
「だからなんでこの状態の俺を働かせようとしてんだよお前!? いだいいだいいだいっ!!! 死ぬぅぅ!!!」
後ろから熊谷がまだ俺達に向かって何かを言っていたような気がするが、悲しいことにそれは敢え無く俺の絶叫でかき消され、何一つとして届くことはなかった。




