不死身のサンドバッグ
「いやぁ、やめてっ! お願いします、もうやめてください!」
「ん?」
いったいどれくらいの時間殴り続けられていたのだろうか、耳をすませば、熊谷からのそんな悲鳴が聞こえてきた。
まさか俺の見てないところで酷いことされてるんじゃないかと思って顔を上げてみたが、特にそんなことはないようで、ただ単純に泣き叫んでいるだけのご様子だ。
「なんだ……」
俺はその事実にホッと息を吐いて、もう何度目かもわからない金属バットによる振り下ろしを頭で受け止めた。
流石に何度も硬いもので殴られているせいか、体中の至る所で出血が見られている。痛みも決して、小さなものではない。
体感としては、肩、足、頭の骨に罅が入っているような感じだ。メリケンサックで頬を殴られ続けたおかげで、歯も何本か欠けてしまった。胴体の部分は頑丈な鎖に守られているため無事だが、きっとそれ以外は酷い有様なのだろう。
特に頭部からの痛みは酷いもので、出血も多い。ダラダラと流れ出る血のせいで、右側の視界が紅く染まってしまう程だ。
おそらくはそんな俺の姿を見たからこそ、彼女も耐え切れずに思わず泣き叫んでしまったのだと思う。
「…………」
まぁそりゃそうだよな。
環ならば真顔で観察し続けるような状況でも、一般人の視点からして見てみればどう考えても十回は死んでるような仕打ちだ。
比較的常識人な熊谷が恐れ慄くのも、無理のない話である。
「はぁ……いつまで続くんだよこれ?」
ここまで頑張って耐え続けてきた俺だが、いい加減辛くなってきた。いくら頑丈な肉体を持っているとはいえ、流石に限界というものは訪れる。
意識も段々と遠のいていっているような感じだし、そろそろ俺の死も近いのかもしれない。
確認のため、チラと目線を上に向けてリーダー格の男を見た。しかし、奴は苛立たし気にこちらを睨みつけるばかりで、仲間達の攻撃の手を止めようとはしない。
まさか、本当に俺を殺すつもりでここへと拉致してきたのだろうか。
だとしたら正真正銘のクソ野郎なのだが……さて、これからどう動こう?
とりあえず状況は俺が頑張って耐え続けたおかげで幾分か好転している。
ならば、もういっそのこと死んだふりをしてコイツらの動きを一旦止めてみるのも一つの手かな?
なんて、そんなことをぼんやりとした意識の中考えていると、
「お願いします……。もう、もう本当にやめてください。私ならどうなってもいいですから……上月君を、私の友達を殺さないで」
そんな、弱々しい声が聞こえてきた。
ボロボロと涙を流しながら、ぐしゃぐしゃな顔で俺を見つめる熊谷。
「……ほう」
そんな熊谷を、リーダー格の男はいやらしい目つきで視姦している。
「…………おい」
不意に、殺意が湧いた。
リーダー格の男の合図で攻撃の手が止まり、俺の殺意は増大する。
それは、バカなことを言う熊谷に対してのものなのか、汚れた視線を送る男達に対するものなのか、はたまたかつて見た光景を思い出してのものなのか、ハッキリとはわからない。
ただ一つだけ言えることは、今の俺は少し冷静さを欠いている、ということだ。
よせばいいものを、ついつい要らない口出しをしてしまった。
「余計なこと言ってんじゃねーぞ熊谷。誰がテメーの友達だって? 寝ぼけてんのかお前?」
「……え?」
必然的に、俺の言葉は荒々しいものとなる。
確実に熊谷を傷つけていることはその表情から見てとれたが、それでも俺は止まることなく、暴言を吐き続けた。
「俺はお前のことを友達だなんて思ったこと一度もねーよ。喋りかけてくんなって言ったのにクラスメイト全員私の友達ですみたいな感じで接してきやがって……そんなお花畑みたいな思考してるからな、こんなクズどもに勘違いされて捕まってんだろうが。今の状況を理解してねーのかお前は? 私ならどうなってもいいから上月君を助けてください、だ? 笑わせんじゃねーよ。テメーがどうなったところで状況が良くなる訳ねーだろうがボケ」
熊谷の涙はすでに止まっていた。
何を言われているのか理解できないように、ただひたすらに驚き固まっている。もはや俺の言葉が届いているのかどうかも、今は分からない。
そしてそれは、周りにいる男達も同様だった。突然荒々しい口調で熊谷を責め立てる俺を見て、時を止めたかのように馬鹿面まま固まっている。
氷のようにひんやりとした、冷たい空気。
そんな空気を作り出した愚かな自分に対し、嘲笑めいた笑みが浮かんだ。
その笑みを、周囲の男達にもお裾分けしてやる。
「つーか、熊谷のバカっぷりにも笑えるけどよぉ、お前らのアホっぷりにも相当笑えるよなぁ。俺を殺すとかほざいてたくせに、殺意のないへなちょこな攻撃ばっかしてきやがって……。人を殺す度胸もない癖に、ホント吠えるのだけはいっちょ前だよなぁ」
「あぁ?」
ピクリと、リーダー格の男が反応した。
額に青筋を浮かべ、睨みつけるようこちらを見据えてくる。
「貸せ」
「──ひっ」
どこからか悲鳴が聞こえてきた。
周囲の男達はリーダー格の男に対して畏怖の感情を抱いているようだったが、俺からしてみればただただガキが癇癪を起しているようにしか見えない。
仲間の釘バットを奪い取り、ゆっくりと歩いてくる男。
笑えてくるほど、微塵も恐怖の感情が湧いてこない。
当然、俺の嘲笑顔は止められない。
「まぁ気持ちは分かるぜ? やっぱり警察に捕まるのは怖いもんなぁ。自由を奪われて、娯楽を一切与えられずに無理矢理働かせられて、豚箱のクソマズい飯を食らって硬い布団で眠るような家畜みたい生活。想像するだけでゾッとするぜ。やっぱり経験者は違うよなぁ。女に飢えた家畜顔は、テメェらでしか見られない醜悪で滑稽な表情だ。俺じゃあお前らみたいな表情なんてとてもじゃないがマネなんて出来ないぜ。そんなものを誰かに見られるくらいなら死んだ方がマシだ。そんな醜態を晒してよく生きてられるよなぁお前らっ。素直に尊敬するぜぇ! ハハハハハ──!」
「──っ!」
彼我の距離はおよそ一メートル。
高々と振り上げられる釘バット。
だけど、そこまで来てもやはり、恐怖心は一切湧いてこない。
胸の内に発生するのはむしろ、熱い高揚感。溜まりに溜まったストレスを爆発させたかのように吐いた言葉の数々が、脳内に多量のアドレナリンを製造していた。
気分は最高潮。倉庫中に響き渡るかのような俺の高笑いが、場違いなまでに冷え切った空気をぶち壊していく。
そして、
「やめっ──!」
誰かの制止の声が聞こえた次の瞬間、俺の頭部に強烈な衝撃と激痛が襲い掛かってきた。
「がっ──!」
一撃。
たった一撃で、リーダー格の男が持つ釘バットが紅く染まる。熊谷はもちろんのこと、先程まで俺をタコ殴りにしていた連中さえも、その恐ろしい光景に青ざめた表情を浮かべていた。
一瞬意識が飛びかけたのを感じた更に次の瞬間、二撃目が訪れる。
「誰がっ! 何にっ! ビビってるってぇ!!」
「──ッ!」
激昂のまま、三撃目、四撃目と振り下ろされる釘バット。
その振り下ろしは頭だけに留まらず、首、肩、顔面にも新たな傷を生み出していく。
殺意の込められた、重い一撃。
その度に俺の皮膚は釘の頭部に抉り取られ、骨を削られ、多くの血と肉片を床にぶちまけていた。
血なまぐさい臭いが、辺り一帯に蔓延する。こんな連中の中にも耐性の低い奴がいたのか、目を背ける奴や、思わずといった感じで吐瀉物を吐き出す奴もいた。
血と吐瀉物の臭いが入り混じった最悪な空間。
見ている誰もが息を呑み絶句している最中でも、リーダー格の男は一切の躊躇いも見せず、何度も何度も繰り返し釘バットを振り下ろしてくる。
項垂れる頭。ピクピクと、俺の意志に関係なく指だけが跳ねるように動いていた。
ゴッ! ぐちゃり、という音だけが脳内に響く。
そんな中、
「ちょっ、兵頭さん!」
勇敢なる一人の男が、殴り続けるリーダー格の男を止めに入った。
真っ赤に染まる視界の中で僅かに顔を上げて見てみると、それは先程まで釘バットで俺を殴り続けていた男だった。
「さ、流石にそれはマズいですって……あの『不死の鉄人』と言えど、本当に死んじゃいますって」
「あぁ?」
兵頭とか呼ばれたリーダー格の男が、止めに入ってきた男を睨みつける。
止められたことが相当に不快だったのか、兵頭は怒り心頭のまま止めに入ってきた男の胸倉を掴み、半ば頭突きするような形で顔を近づけた。
「──ひっ!?」
止めに入った男はそれだけで恐怖に竦み上がり、ガクガクと震える足のままその場で固まった。頬は引きつり、目尻には涙まで浮かんでいる。
兵頭の口臭も相まってか、どうやら呼吸すら出来ていないようだった。
可哀想に……でも気持ちは分かる。ソイツの口臭、マジでヤバいもんな……。
「殺すって言ってんだろうが? なんだテメェ、俺に指図する気か?」
「い、いえ──おれはっ」
竦み上がる男に兵頭は目を細め、疑わし気な視線を向ける。
「そう言えばお前、釘バット持ってたくせにさっきからずっと鎖の上からしかぶっ叩いてなかったよな? あぁ? どういうことだーこれはー? 反逆かー?」
「す、すいません! でも、反逆なんて、そんなこと少しも──」
そう反論しようとするも、兵頭は一切聞く耳を持たずに、問答無用で竦み上がる男の脇腹を釘バットでぶっ叩いた。
「──ぐぎゃ!?」
カエルの潰れたような悲鳴と共に、脇腹を殴られた男が二メートルくらい吹っ飛び床の上に転がる。
そして次の瞬間、耳を劈くような絶叫が倉庫中に響き渡った。
「あぁぁ!? ああああああぁあああああぁぁあああああっぁっぁぁぁあ!!!!!!!」
殴られた箇所を押さえながら、激しくのたうち回る男。俺と同じように肉を抉られたのか、徐々に徐々に脇腹辺りから血が滲み出ている。
やがて流れ出た血は床を紅く染め、激痛で転がり回る男の全身をも紅く染めていった。
酷い痛がりようだ、内臓が損傷していなければいいのだが……。
「────」
「おいクソ野郎」
そんな状態の彼に対し、兵頭は未だ殺意を向け追撃をしようとしていた。
俺は慌ててニヤニヤと嘲るような笑みを貼り直し、奴の殺意を自分に向けるよう誘導する。
「ホント、酷いことしやがるよなぁお前。常識人の仲間をこんなに痛めつけるなんて、ゴミクズクソ野郎にも程があるだろ。少しは心が痛まないのかぁ?」
彼も俺を散々痛ぶっていた連中の一人だが、流石に死んでほしいとまでは思っちゃいない。後で制裁を受けてもらうつもりだったが、コイツだけは今のでもう十分だろう。
───とりあえず兵頭、お前はもう許さん。
口の中で溜まる血をペッと吐き捨てて、俺は振り返ったクソ野郎をプライドごとズタズタに引き裂いてやることに決めた。
「やっぱりテメェは、ブタ箱がお似合いだぜ。これからは日本語じゃなく、ちゃんとぶひぶひーって、豚語を使っていくんだぞ」
俺がそう小馬鹿にするような発言をすると、周りにいる皆が驚愕の表情を露わにし、絶句していた。
まるで本物のバケモノを見るかなような視線に、ちょっとした居心地の悪さを感じる。
……もしかしたら本当に俺のことがバケモノのように見えているのかもしれない。散々釘バットでぶん殴られた後だからな……少しだけ、鏡を見るのが怖くなった。
「……テメェ、なんでまだ生きてるんだ?」
しかし、そんな中でも兵頭の苛立ちは健在だ。遠慮なく、小馬鹿にする発言を続けさせてもらうことにする。
「なんで? ぷぷっ、なんだよそのマヌケな質問は? お前まさか、あんなへなちょこな攻撃で俺を殺せるって、本気で思ってたのか? あんまりぬるいもんだから、てっきり手加減してくれてるのかと思ってたぜ。お前の本気も大したことないんだな。煙草やめて、もっと筋トレとかした方が良いぜ。お前、マジで弱すぎるから」
「──っ!」
その言葉が決定打になったのか、兵頭は血相を変えて熊谷に向き直った。
一瞬熊谷を襲うつもりなのかと警戒したが、どうやら兵頭の目的は別のようで、
「おいっ、それ寄越せ!」
「は、はいっ!」
熊谷の首元に突きつけられていたナイフを半ば強引に奪い取り、改めてこちらに向き直る。
「はぁ、はぁ……」
ギラギラと血走った視線が、俺の首元に集中する。怒りで酷く興奮しているのか、呼吸が荒い。血の臭いが強すぎて、奴の口臭がこちらにまで届いてこないことがせめてもの救いだ。
「流石にコイツで首を切り離せば、お前も死ぬだろ」
「…………」
なにやらとんでもなく恐ろしいことを考えているようだが、しかしそれは叶わない。
なぜなら、
熊谷に突きつけているナイフを奪い取ったことがトリガーとなったのか、物陰にずっと隠れていた『本物の殺人鬼』が、猛スピードでこちら目掛けて走り出していたからだ。
「よっと」
「──がっ!?」
「遅くなってごめんね」
「へっ?」
それは、一瞬の出来事だった。
兵頭がナイフを奪い取るのを確認して、物陰から静かに、かつ速やかに距離を詰めてきたのが2秒。熊谷を拘束していた男の背後に忍び寄り、首裏をトンと手刀で叩き気絶させたのが0.1秒。呆ける熊谷を無事に回収し、バックステップで五メートル以上の距離を男達から取ったのが1秒。
たったそれだけ。それだけの時間で『本物の殺人鬼』三ノ輪環は、奴らの人質となっていた熊谷深月の奪取に成功した。
「へっ? へっ?」
「熊谷さんは私が守るから、もう好きに暴れちゃっていいわよ、上月」
「…………はぁ」
何が起きたのか分からず混乱している熊谷を抱きかかえながら、平然とそう言ってくる環に、俺は重い溜息を吐かずにはいられない。
これだけの傷だ。俺は熊谷同様ポカンとマヌケ面を晒している男達を完全にスルーして、余裕の表情を浮かべる環に、遠慮なく不平不満をぶつけさせてもらうことにした。
「あのさぁ、助けるんならもっと早く助けてくんない? 俺がコイツらにボコボコにされてる間ずーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっとそこの物陰に隠れて見てたの知ってんだからな? マジで俺が死ぬまで動いてくれないのかと本気で心配したぞ」
環は俺の不平不満を受け取りながらも、しかし平然とした口調で文句を返してきた。
「だってしょうがないじゃん。ナイフ突きつけられてたんだし、万が一熊谷さんの顔が傷ついたら、アンタ責任取れんの?」
「お前の完璧な不意打ちをコイツらなんかが対応できる訳ねーだろうがボケ。99.999パーセント大丈夫だから、さっさと突っ込んでくりゃ良かったんだ」
「何言ってんのよ、0.001パーセントも可能性があったんなら、やっぱり不用意に飛び出す訳にはいかないじゃない」
「0.001パーセントにどんだけ重きを置いてるんだよお前は!? マジで死ぬかと思ったんだぞこっちは! 何十分間鈍器で殴られてたと思ってんだ!」
「最初に金属バットで殴られてからだから……だいたい25分くらいってところかしらね」
「なんで俺より正確な時間把握してるんだよクソがっ! さてはお前、最初からいたな!? 俺が殴られ続けてるのを見て、内心楽しんでたな!?」
「そんな訳ないでしょ! 憶測だけで人を勝手に悪魔みたいに言うのやめてくれる? てゆーか上月だって、ソイツらの攻撃なんかへねちょこ過ぎていくら受けても痛くも痒くもねーぜ! みたいなこと言ってたじゃない! 私はその言葉を信じただけよ!」
「瘦せ我慢に決まってんだろうがボケぇ!! マジで死ぬほど痛かったんだぞ! 特に釘バット! お前が食らったら間違いなく一撃であの世逝きだからな! わかってんのか!!」
「ふん、私ならそもそもコイツらなんかに捕まったりしないから大丈夫よ」
「そういう話してんじゃねーんだよ! 誰がお前なんかの心配するかバーカ!」
「はぁ!? 何よその言い草!? 私はちゃんとアンタのこと心配して大急ぎで助けに来てあげたっていうのに、少しくらい心配してくれても良いじゃない! バーカ! 死ね!」
「死ね!? テメェなんかにバカなんて言われたくねーんだよバーカ! お前が死ね!」
「あ、あのー……お取込み中すいません」
だんだんとヒートアップしていく俺達の会話を遮るように、未だ環に抱きかかえられてる熊谷がおずおずと手を上げた。
苦々し気な表情を浮かべながら、ゆっくりと口を開いていく。
「白熱してるところ非常に申し訳ないんですけど、そろそろ下ろしていただけるとありがたいです。その……耳がキンキンするんで」
「あっ、ごめん!」
環はそれを聞いて、慌てて熊谷を床に下ろした。
それから入口付近へと誘導して、改めて俺に向き直る。
「ごめん上月、どこまで話してたっけ?」
「テメェなんかにバカなんて言われたくねーんだよバーカ。お前が死ね」
「あぁそうだったそうだった。こほん……えーと、なんで私が死ななきゃいけないのよ!」
「いや何当たり前のように喧嘩再開しようとしてんのっ!? お願いだからもういい加減二人共空気読んで喧嘩やめてよぉ!! バカなのっ!!??」
「あっ、はい」
「ご、ごめんなさい」
俺も怒鳴り返してやろうかと思っていたのだが、そんな熊谷の悲痛な叫びを聞いて、流石にやめることにした。
謝罪の意味を込めて、両者ともに熊谷に向かって頭を下げる。
まぁ俺としてもいい加減疲れてきてたところだしな……日もだいぶ傾いてることだし、さっさと終わらせることにするか。
元々俺が相手をしなきゃいけないのは環なんかじゃなくてコイツらだ。こうして熊谷も無事に助けられたことだし、そろそろ動いても問題はないだろう。
そう頭に思い浮かべながら、全身に力を込める。
「──はっ、ははっ! なに調子乗ってやがんだお前らっ! 女が一人増えたところで、状況が変わる訳ねーだろうがよ!」
俺と環の喧嘩が終わりを迎えたためか、息を吹き返すかのように兵頭が叫び出した。今の今まで呆気に取られていたくせに、元気なものである。
周りにいる男達もそれに呼応して、皆それぞれが武器を構えた。
───ピシッ、ピシッ……と、鎖に罅が入る。
もうしばらく時間がかかるかと思っていたが、鎖にもダメージが入ってくれていたおかげか、予想よりもスムーズに脱出することが出来そうだ。
確かな手応えを感じて、更に力を込めていく。
そんな中、敵意を向けられた環が俺に声を掛けてきた。
「ねぇ上月、一応聞いとくけど……助けた方がいい? しんどいようなら全員私がやっちゃっても良いんだけど?」
その環の問いに、俺はふるふると首を横に振る。
冗談じゃない。コイツらは全員、俺の獲物だ。
「大丈夫だ。それよりも、熊谷を安全なところに運んどいてくれ。ついでに出口も見張っておいてくれたら助かる」
「りょーかい。でも、向かってくる連中には私も容赦しないからね」
「わかってるよ」
「えっ、ちょっと待って!? 助けないの!? あんな状態の上月君を置いてくの!?」
慌てた様子で熊谷が叫ぶが、環はそれを軽く往なして背中を押していった。
「大丈夫大丈夫。私ほどじゃないけど、上月も十分強いから。私ほどじゃないけど」
なんかやたらと『私ほどじゃないけど』を強調しながら去ろうとする環達に、
「待てやオラァ!!」
ガンッ! と床に釘バットを打ちおろして、兵頭が怒鳴り声を上げた。
「逃げられると思ってんのか! お前らぁ、今すぐアイツらを捕まえて───」
勢いよく振り返り、武器を携える男達に命令しようとする兵頭。
───バキィン!!!
が、その声は届かない。
兵頭の叫びは儚くも鎖の弾け飛ぶ音にかき消され、残響も許さずに消滅した。
「ふぅ、やれやれ」
静かになった空間で、肩をぐるぐると回す音だけが俺の耳に届く。
うーんと伸びをし、鎖でガチガチに拘束されていた体の調子を一通り確かめ、最後に絶句しながらこちらを見やる男達にニッと笑みを返して、
「うしっ、じゃあ始めようか!」
俺をこんな目に合わせた連中に対する制裁を───開始した。




