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天使の仕事ほど嫌なものはない  作者: 大上丈
第二章 金なしゴールデンウィーク
50/79

男、男、男……可愛い女の子、どこ?

 「おらぁ、起きろ!」

 「──うっ」


 バシャン! と、冷水と罵倒を浴びせられながら、目を覚ます。


 放課後、熊谷に渡された地図が指し示す場所へ一人向かうと、やはりというか何というか、程なくして何者かに背後から襲われた。強力な睡眠薬かなんかをがされ、抵抗する間もなく一瞬で気絶させられてしてしまったようだ。


 ぼんやりとする視界が徐々に晴れていくと、まず初めに大勢の男達の姿が目に入る。右を見ても男。左を見ても男。男、男、男……。


 可愛い女の子が会いたがっているという情報はどこへやら、むさ苦しい強面こわもての男達に囲まれて、ちょっぴりだけ溜息が出た。


 あまり期待はしていなかったが、ここまでえげつない落差があると流石に落胆もするというものだ。恨むぞ熊谷。しばらくは挨拶されても無視することにしよう。


 「よぉ、目は覚めたかよクソ野郎」


 なんてことを考えていると、中心にいるリーダー格の男が声を掛けてきた。


 短髪で額に傷のあるガタイの良い男。首筋には何を意味しているのかよく分からない炎? 雑草? のようなタトゥーがられていて、これぞ悪者って感じを見事なまでに表している。


 右手には空のバケツがあり、このことから察するに、どうやら俺に水をぶっかけてきたのはコイツのようだ。今日はなんか暑苦しいなーと感じていたから、逆に丁度いい。


 「クソ野郎にクソ野郎って言われたくねーよバーカ」


 まぁ、だからといって感謝する気は一ミリも湧いてこないんですけどね。


 唾棄だきするように、目の前の男に対して暴言を吐いていく。もちろんヘラヘラと小馬鹿にするようなニヤケ面も忘れない。


 「お前、昔俺にボコボコにされた連中の一人だろ? 誘拐未遂と暴行罪で捕まって、少年院に送られた間抜けな犯罪者。やっとこさシャバに出て来られたっつーのに、まーたこんなことしてんのかよお前。これも立派な犯罪行為だぞー? わかってんのかー?」

 「──っ!」


 などということをほざくと、次の瞬間顔面に蹴りが飛んできた。


 唇の薄皮が破け、僅かながらに出血する。


 環に比べれば威力も速度もない貧弱な蹴りだが、問答無用で蹴られるとやはりイラっとするものだ。避けられなかったのは、俺の体が鎖で柱にガチガチに縛りつけられていたからである。


 身動きの取れないわずらわしさに、苛立ちが募る。調子に乗ってる時の環よりも腹の立つニヤケ面に、思わず睨み返してしまった。


 当然のように、事態は悪化する。


 「状況が分かってねーようだなぁ、テメェ。言葉には気をつけた方が良いぜ?」

 「あぁ?」


 ヘラヘラと笑うリーダー格の男の合図とともに、俺を囲む不良達の垣根かきねが割れた。


 むさ苦しい男達の壁が別れたことによって、ようやく視界が良好となる。


 経年劣化を感じさせる、広めの倉庫。今はすでに本来の目的では使われていないのか、所々にスプレーで描かれた下手くそな落書きが散見された。


 ……あれはドクロだろうか? こういうことをする不良達って、結構中二病患者とセンス似てるよね。


 「きゃっ」


 なんてことを皮肉る暇もなく、女の子の小さな悲鳴が聞こえてくる。


 まもなくして、頭陀袋ずだぶくろをかぶせられた少女が縄でグルグル巻きにされた状態で転がされてきた。


 びついた空気とともに、ラズベリーの甘い香りが漂ってくる。


 諸星高校の制服。聞き覚えのある声。顔は隠されていようとも、それだけの情報で転がされた人物が誰なのか容易に想像することができた。


 「──はっ? えっ?」


 だからこそ、混乱する。


 どうしてこの子が捕まってるのか、意味が分からなかった。


 「ははっ」


 動揺を見せる俺を滑稽こっけいに思ったのか、リーダー格の男が勝ち誇ったような笑みを浮かべる。


 やがて、少女に被せられていた頭陀袋が外され、俺の想像していた通りの人物が顔を現した。


 「なんでお前まで捕まってんだよ……熊谷」

 「……ごめん、上月君」


 熊谷深月。


 俺を人気ひとけの少ない場所に誘い出し、こうして不良グループに拉致される直接の原因を作った女の子。


 どう考えても俺を陥れる首謀者的なムーブをしていたからこそ、その予想外の人物に思考がめちゃくちゃになる。


 なんで? なんで熊谷が捕まってんの? 仲間じゃないの?


 ぶっちゃけコイツらの仲間でいてくれた方が俺にとっては遙かに都合が良かった。


 一人ならば容易に突破できるこの状況も、熊谷が人質になることによって一気にどうしようもない状況へと変わってしまう。


 ニヤニヤと悪辣な笑みを浮かべる男達。その手にあるのは金属バット、鉄パイプ、バール、メリケンサック、釘バット、などなど、エトセトラエトセトラ……。


 「あー……」


 えげつない仕打ちの確定に、殴られる前から頭が痛くなってきた。


 ナイフを突きつけられる熊谷の泣き出しそうな表情を見て、俺の頭痛は更に激しさを増す。


 距離にしておよそ十メートル。間には武器を持った屈強な男達が二十人程。俺の体に巻き付けられているのは頑丈な鎖で、そう簡単に脱出できそうもない。


 ……ダメだなこりゃ。どう考えても、熊谷を無傷で助け出すのは不可能だ。


 考えれば考えるほどどうしようもない状況に「はぁ」と、重い溜息が漏れ出る。


 「──っ!」


 熊谷はそれをどう感じ取ったのか、一瞬だけ目を見開き、それから悲し気に視線を落とした。若干の諦観ていかんさを表情に映しだし、瞳をうるうると涙で濡らしている。


 あー、違う違う。別にお前を見限るつもりで吐いた溜息じゃねーよ。


 少なくとも、俺の中で泣いている女の子を見捨てるという選択肢はありえない。何の罪もない人間が理不尽な目に合うことは、絶対にあっちゃならないことだからな。


 それをないがしろにすることは、俺の理に反する。


 別にヒーローなどと気取るつもりはないが、かつて憧れていた人に対する冒涜ぼうとく行為だけはしたくないなという想いは、あの日からずっと変わっちゃいない。


 だからこそ、


 「ちなみに聞くけど、可愛い女の子ってコイツらのこと言ってんの?」


 緊迫感漂う雰囲気をぶち壊すため、そんな軽口を叩いた。


 少しでも熊谷の中から必要のない罪悪感が消えてくれますようにと、ヘラヘラと余裕の笑みを浮かべる。


 案の定、熊谷は俺の言葉を否定するよう一心不乱に首をぶんぶんぶんっ! と横に振った。


 ナイフが当たりそうだからもう少しコンパクトに振ってほしいところだ。


 熊谷の恐怖心が霧散したことを確認して、連中のヘイトを俺に集中させる。


 「なぁ、お前らの目的は俺なんだろ? 煮るなり焼くなり好きにしてくれていいからさぁ、さっさと終わらせて解放してくんない?」

 「あ?」

 「暇そうなお前らと違ってこちとら忙しくてな、今日シフト入ってんだよ。ただでさえ遅れてるっていうのに、これ以上遅れたらまーた環や天童に酷い目に合わされるかもしれないだろ? だから出来るだけ早く帰りたいんだ」

 「──ッ!」


 余裕綽々の顔で平然と言う俺に、またもやリーダー格の男からのろまな蹴りが飛んできた。


 発泡スチロールで殴られたかのような痛みを感じ取り、やや大げさに顔を振る。


 少し危険な賭けではあったが、どうやら奴の怒りを買うことに成功したようだ。周囲の視線がみな、見事なまでに俺に集中していた。


 「カッコイイねぇ……。可愛い彼女のために自分はどうなってもいいですってかぁ? 笑わせんじゃねーよクソが!」

 「──がっ!」


 胸倉を掴まれ、殴られる。


 何度も、何度も……。リーダー格の男は怒りのまま、俺の顔面を殴り続けた。


 「はぁはぁ……」


 十五発程拳を叩き込まれただろうか、そのタイミングで、リーダー格の男は俺の頬肉を鷲掴わしづかみにした。


 ギンギンに血走った眼球が、すぐ目の前に迫る。ヘビースモーカーなのだろうか歯は少し黄ばんいて、ヤニくさい臭いが鼻孔を刺激した。


 「うぅ……」


 くっせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!??


 キツイ! これはキツイ! ぶっちゃけ殴られるよりも全然キツイ! 


 いくらでも殴ってくれて構わないから、鼻先ではぁはぁ息切れするのだけはやめてほしいと心の底から思った!


 十五発程度でへばってんじゃねーよボケ! もっと体力つけろや! タバコをやめろ!


 そう叫びたいが、息が臭過ぎて呼吸が出来ない。臭過ぎて、ちょっぴり涙が出てきたまである。


 「つーかなんでまだ生きて帰れると思ってんだテメェ? 死ぬんだよ──今日、ここでなぁ!」


 リーダー格の男は苦しんでいる俺を愉快気に笑い、最後にそう言って思いっ切り眉間みけんをぶん殴ってきた。


 威力は低くても推進力はあるので、後ろの柱に俺の後頭部が勢いよく激突する。


 ゴーンッ! と倉庫中に響き渡るような轟音が鳴り、熊谷の息を呑む様子が見えた。


 見るからに血の気が引いていき、何も言えず絶句している。


 流石にこれで死んだと思われるのは心外なので「いってぇ……」とだけ、小さく呟いて置いた。


 熊谷は安堵したかのように一呼吸分だけ息を吐いて、しかしそれとほぼ同時に、リーダー格の男が周囲の男達に命令した。


 「やれ」


 その一言だけで、ぞろぞろと凶器を携えた男達が俺の元へと集まってくる。


 程なくして、犯罪者集団による暴力の宴が始まった。

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