やはりリア充の笑顔は眩しい
「はぁ……しんど」
ゴールデンウィークといっても、休みがずっと続いてくれるという訳ではない。
今日は五月一日の月曜日。祝日でもなければ土日でもないこの日は要するに何でもない日であり、学生は普通に学校へ行かなければいけないクソみたいな日だ。
昨日の夕方頃に天童に殺害されてしまった俺は、その後当然のように天童と環の手によって蘇生させられた。
貫かれた腹の穴はすでに塞がっているし、体調面において大きな問題はない。自身の命がゆっくりと消えていくという恐怖体験をしたものの、肉体的にはまぁ……元気っちゃ元気である。
精神的には……まぁ、それは言わなくてもわかるよね?
「……ちっ、眩しいんだよクソが」
燦燦と照り輝く太陽に舌打ちしながら通学路を歩いていると、
「おはよう、上月君」
と、後ろから何者かにポンと肩を叩かれた。
「あぁ?」
ドスの利いた声を放ちながら振り返ると、そこには太陽にも負けないくらいの明るい笑顔を見せる熊谷の姿が。
熊谷は俺の声音に一切臆することなく、いつものような可愛らしいアイドル顔で話しかけてきた。
「珍しいね、今日は一人なんだ?」
「……あぁ」
その相変わらずのキラキラっぷりに、思わず目を背けたくなる。眩い輝きにスッと目を細め、俺は再び前を向いた。
「別に珍しいことでも何でもないだろ。俺が一人なのはいつものことだ」
「誇るようなことじゃないからね、それ?」
そう言いながら、自然と隣に並び立つ熊谷。
スゲーな、まるで友達みたいに距離詰めてくんじゃん。気配を殺すでもなく好意を剥き出しにするでもなく、普通に近づいてくる熊谷にいつもの如く感動を覚える。
環や剣崎妹じゃこうはいかないからな。アイツらもどちらかと言うとリア充側の人間なのに、どうしてこれが出来ないのか不思議でならない。
「そうじゃなくて、上月君っていつもあの金髪のおチビちゃんと一緒に登校してるじゃない? 見たところストーカーちゃんもいないようだし、どうしたのかなーって?」
「いや、ストーカーちゃんて……」
熊谷の口からストーカーという、聞きようによっては悪口とも捉えかねない単語が出てきたことに少しばかし驚く。
熊谷ってこういうようなこと言うキャラだったっけ? と、僅かながらに疑問を抱いた。
「あっ」
熊谷はそんな俺の反応を見てマズイと思ったのか、慌てて目の前で手を振り、今しがたの発言に訂正を入れてくる。
「ごめんごめん。ストーカーちゃんってのは、実ちゃんのことね」
「別にそういう意味で聞き直した訳じゃねーよ」
ストーカーという単語に少し驚いただけで、別にストーカーが誰を指しているのか自体に迷っていた訳ではない。
山と言えば川、月と言えばスッポンというように、ストーカーと言えば剣崎妹なのだ。
剣崎妹=ストーカー。この世界の常識である。
とはいえ、熊谷も別に剣崎妹のことを悪く言うつもりでストーカーと呼んでる訳ではないのだろうなとは、なんとなく察することができた。
何気に昨日の今日で苗字呼びから名前呼びに変わっているし、むしろストーカーとは剣崎妹に対する親しみの表れとして出てきた言葉なのかもしれない。
とにもかくにも、俺が気にするようなことではないな。
気を取り直して、熊谷の質問に答えることにした。
「まぁ天童は……じゃなかった、金髪のチビの方は日直の仕事があるからって早々に家を飛び出していったぞ。剣崎妹は……じゃないな、ストーカーも似たような理由なんじゃねーのか?」
「ははは、別に言い直さなくていいんだよ?」
熊谷は軽く笑いで相槌を打って、ぴょこんと下から覗き込むような形で一歩俺の前に飛び出してくる。
「てゆーか上月君、天童さんって人と一緒に暮らしてるんだね?」
そして、そんな嫌な質問をしてきた。
「てっきり彼氏彼女の関係なのかなーって思ってたけど、もしかして遠い親戚さんとか?」
「ははは、まさか」
そのまったく見当はずれな考えに、ふるふると首を横に振る俺。
「母さんの知り合いだよ。海外生まれの海外育ち。日本に留学する流れで、家にホームステイするっていう設定で住み込み始めたアホだ。親戚でもなんでもねーよ」
「……うーん、なるほど。上月君の家にホームステイすることになったという設定。……設定? 要するに、どういうこと?」
「要するに、ただのアホということだ」
「それじゃわかんないよ?」
「うん、ぶっちゃけ俺もよく分かってない」
「なんで上月君も分かってないの!?」
「…………」
熊谷にそうツッコミを入れられながらも、改めて天童のことについて考えてみる。
うーん……マジで何なんだろうな、アイツ。驚くことに、本当によく分からない。
突然家にやってきたかと思えば、俺を立派な天使に育てるためだとか、俺の健康を維持するためだとかほざいていたが、それらが実行されてる感じは全くしない。
それどころかむしろどんどん立派な天使から遠ざかっていってる気さえする。
健康状態は日々悪化し、荒んでいく俺の心。もしかしなくとも立派な天使とやらは、みな心に深い闇を抱えているものなのだろうか?
うわぁ、死んでも天使になんかなりたくねーなぁ……。
「はぁぁ」
「ちょっと上月君大丈夫? 何考えてるのか知んないけど、顔がどんどん死んでいってるよ? いつもゾンビみたいな気持ち悪い顔してるけど、今日は尚更……。どうする、お墓行く?」
「行かねーよ。心配してるフリしながら急にゴリゴリの悪口言うのやめてくんない? ビックリするだろ」
突然『お墓行く?』なんて言われたら、頭の中がプチパニックを起こすというものだ。『病院行く?』みたいなノリで、軽々しくそんなことを言わないでほしい。
「……ふふっ」
「なんだよ?」
俺が不満気な視線を向けると、なぜか熊谷は楽し気な笑みを返してきた。
意味が分からず問い掛けると、
「やっぱり上月君ってさ、悪口言われてる時の方が生き生きとしてるよね。前々から思ってたけど、上月君って生粋のドMなの?」
なんて、とんでもない答えが返ってきた。
ふざけんな熊谷。ふざけんなよ?
「往来の場で突然何とんでもないこと聞いてんだお前は。んな訳ねーだろ。俺のは天然ものじゃなくて養殖ものだよ」
何も俺だって好き好んで悪口を良しとしている訳ではない。
幼い頃から上月絵里とか言う頭のおかしいクソババアに育てられ、生まれ育った町で沢山の人達から憎悪を向けられ、引っ越したこの町でも三ノ輪環とかいうアホに散々酷い目に合わされ……それはそれはもう思い出すのも辛いほどの嫌な経験を積んできたのだ。
要するに、俺が狂ってしまったのは全てこの劣悪な環境が悪いということ。間違っても、生まれつきこんな歪んだ性格をしていたはずがない!
……と、信じてる。たぶん。知らんけど。
「うわぁ……」
なんてことを説明しようと思っていたのだが、その前に熊谷に秒でドン引きされていた。
隣を歩いていたはずなのにいつの間にか三歩分の距離を開けられ、まるで変質者を見るかのような視線を向けられている。
ちょっと熊谷さん、何その反応? その手に持っているスマホはどこに通報しようとしてるのかな?
「冗談だって……。自分で聞いといてドン引きすんのマジでやめろよな」
流石に警察に通報されるのは剣崎父に申し訳なさすぎるので、今の発言は全て冗談ということにさせてもらった。俺も少しばかしリア充のコミュニケーション能力を過信し過ぎていたのかもしれない。発言には十分に気をつけることにしよう。
「まぁドMってのは置いとくとして、嫌われてる方が気が楽ってのはあるな」
だからこそ、これから言う言葉は間違いなく、俺の本音である。
少し乱暴な言い方にはなってしまうだろうが、このことだけは、正しく熊谷に伝わっていてほしいなと思った。
「勘違いされて変に好かれるよりかは、嫌われて距離を置かれる方がずっと良い。だから熊谷、お前も無理して俺に話しかけて来なくて良いんだぞ? 教室でぼっちなのはむしろ望むところだからな」
熊谷の顔を見ずに、前だけを向いてそう告げる。
今の熊谷がどんな表情をしているのか分からないが、「あはは」と、困ったような笑い声だけが後ろから聞こえてきた。
「別に無理してる話しかけてるつもりはないんだけどなぁ……。どうして上月君は、そんなに必死になってまでみんなから嫌われようとしてるのかな? ぶっちゃけ嫌な奴を演じてるだけなんでしょ? 隠さなくてもいいじゃん」
「…………」
やはり昨日の剣崎妹の話を聞いて、要らぬ誤解をしてしまっているようだ。
この世で一番嫌いな人間に対する甘い言葉に、少なくない苛立ちを覚える。
「うるさいなぁ……。なんでそんなこと友達でもないお前に言わなきゃいけないんだよ。お前だって隠しごとの一つや二つくらいあるだろ? 何でもかんでもペラペラ喋る気はねーよ」
「あはは、確かにそうだね、そりゃそうだ。ごめんね、踏み入ったこと聞いちゃって」
熊谷は俺の悪態に怒ることなく、すぐに謝ってくれた。
こうもすんなり謝られると、舐められまくった人生を送っている身としては、逆に反応に困るというものだ。
「…………」
気まずい。いっそのこと怒って先に学校に行ってくれる方が何倍も良かったかもしれない。どう考えても今の発言は俺の方に非があっただろうに、謝られると気持ちの悪い申し訳なさが出てきて、こちらとしても酷く委縮してしまう。
「いや、分かってくれたんならそれで良い」
素直に謝ればいいものを、そうつっけんどんな態度で返すのが精いっぱいだった。環や天童が相手だったら、絶対にこうはならないんだけどな。
「ところでさ、話は変わるんだけど」
しかし熊谷は気まずさというものを微塵も感じていないのか、俺と違って一切気にした様子もなく、普通に声を掛けながら俺の背中をトントンと指で小突いてきた。
スゲーなリア充。無敵かよ。
そう思いながら振り返ると、熊谷は鞄の中から綺麗に折りたたまれた紙を取り出し、それを「今日の放課後、一人でここに来てくれないかな?」と言いながら渡してきた。
開いて見てみると、簡略的に描かれた地図が記載されている。
場所は諸星高校の近くにあるパン屋を曲がって少し進んだ先にある路地裏。
近所でありながらも、用が無さ過ぎて一度も足を踏み込んだことのない未経験の場所だ。どこであるのかイメージするのに、少し時間がかかった。
なんでこんな場所に一人で来なければいけないのか意味が分からずポカンとしていると、熊谷が申し訳なさそうな顔で手を合わせ謝ってくる。
「ごめんね上月君? どうしても上月君に、会いたいって言ってる人がいて」
「俺に?」
「うん、なんか可愛い女の子だったよ?」
「はぁ……」
俺なんかに会いたがる可愛い女の子なんてぶっちゃけ剣崎妹しか思いつかないのだが、口ぶりから察するに、どうやら熊谷の知らない人物のようだ。一人で来いということは、もしかしたら告白でもされたりするのだろうか?
……まさかな。
おおかた俺に対する悪質な虐めかなんかだろう。この地図に書かれている場所に行けば、それはそれはもう恐ろしいヤンキー達がいてボコボコにされる。可能性としては、そちらの方がずっと高そうだ。
熊谷がそんな恐ろしいことを企んでいるとはあまり考えたくはないが、環いわく自身を常に偽ってるような奴だし、初めから騙されたつもりでいた方が良いだろう。
「ほ、本当だからね! 本当に可愛い女の子に、これを上月君に渡してくださいって言われたんだから!」
「……分かってるよ」
俺の猜疑心を敏感に感じ取ったのか、熊谷がやたらと可愛い女の子を強調して言ってきた。
ぶっちゃけ本当に可愛い女の子が待っているとは一ミリたりとも信じちゃいないが、普段から熊谷には迷惑を掛けてることだし、ここは騙されたフリをして素直に指示に従っておくことにするか。
「放課後になったらすぐにここに行けばいいんだろ? そんな心配しなくてもちゃんと行くって」
まぁ例えヤンキーが数人掛かりで襲ってきたところで返り討ちにすればいいだけだし、俺にとってはさほど問題のない話だ。
何が待ち受けてるかは分からないが、注意していけば大丈夫だろう。
……なんて、そう思っていた時期が俺にもありました。




