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天使の仕事ほど嫌なものはない  作者: 大上丈
第二章 金なしゴールデンウィーク
48/81

これはまだ最終回ではありません!

 「……はぁ」


 テーブルに置かれた食器類を速やかに回収して、逃げるようにその場から離れる。


 途中呼び止められる声も無視して慌てて厨房へと舞い戻り、彼女達の視線をさえぎれたところで、俺は重い溜息を一つ溢した。


 色んな感情がごちゃ混ぜになった複雑な心境のまま、ふと顔を上げてみると、


 「いやぁ、モテる男は辛いねぇ優。ねぇどんな気持ち? 今どんな気持ち?」

 「追い返すテンションで行ったくせに、随分ずいぶんと仲良さげに話し込んでたじゃない?」


 ニヤニヤと笑う円香さんと、むっすーとふくれっ面を浮かべる環に出迎えられた。


 「…………」


 今どんな気持ちかと問われたのならば『ウザくて面倒臭いやからに絡まれたなぁ』といった気持ちですとしか言いようがない。


 おかげさまで先程までの複雑な心境はどこへやら、今は純粋な苛立ちで胸がいっぱいになっていた。


 必然的に、俺の声音も刺々しいものとなる。


 「どこがだよ? 終始喧嘩しかしてなかっただろうが。アホなこと言ってないで仕事しろ。洗い物全然終わってねーじゃねーかよ」


 チラと流し台の方を見てみると、汚れた皿がこんもり山積みのまま残っている。結構長い時間剣崎妹達の相手をしていたというのに、一枚たりとも皿が洗われた形跡けいせきがない。


 これはいったいどういうことなのだろうか?


 そう問いかけるように俺が環達に鋭い視線を向けると、


 「し、仕方ないじゃない! アンタ達の様子が気になったんだから、お皿洗いなんかしてる場合じゃないわよ!」

 「私は見てなんかないよ、聞いてただけだから」


 なんて、ふざけた答えが返ってきた。


 「…………」


 なめとんのか?


 その二人のふざけた返答に、思わず舌打ちが弾き出る。


 ツッコミどころ満載の言い訳にもなってない言い訳を華麗に無視して、俺は一人黙々と皿洗いを開始した。


 コイツらの相手は酷く面倒臭い。下手に説教したところで、きっとカロリーの無駄遣いになるに決まっている。そう思いながら、蛇口をひねり、一枚目へと手を伸ばす。


 無心で仕事モードに入ったのと同じくらいのタイミングで、カランコロンとドアベルが鳴った。


 新たなお客さんでも入ってきたのか、円香さんが「はいはーい、少々お待ちくださーい」とか言いながら、駆け足で厨房から出ていく。


 「…………」

 「…………」


 お互いに黙りこくり、皿洗いをする作業音だけが聞こえる静かな空間で、


 「……ね、ねぇ」

 「なんだよ?」


 いつの間に側に近づいていたのか、環が俺の肩を人差し指でちょんちょんと小突いてきた。


 こそばゆい感触に隣を振り向くと、環はどこか不満気な表情で、少しだけ戸惑った様子を見せながら、訳のわからないことを聞いてくる。


 「……アンタ、いつの間に熊谷さんと仲良くなったのよ?」

 「……はぁ?」


 そのまったく予想していなかった問いに、今度は俺が戸惑いの表情を浮かべる番だった。


 あの会話を聞いていてどうしてそんな結論が出てくるのか、本気で意味が分からない。仮に仲良くなったとしても、どちらかというとそれは熊谷ではなく剣崎妹の方ではないのだろうか。


 「マジで何言ってんだよお前、全然仲良くなんかなってねーだろ」


 もしかして名前間違えてんじゃねーのかと、そんな考えも一瞬頭をよぎったが、しかし俺と違って環が人の名前を間違えるはずもなく、その勘違いを正すよう環は自身の結論へと至ったその根拠を俺に聞かせてきた。


 「熊谷さん……アンタと話してる時、全然キャラ作ってなかった。なんか全部本音で話してるって感じだった」

 「えぇ……」


 だったら尚更仲良くなってねーだろ、と思う。仮に熊谷の言っていたことが全部本音だったというのなら、俺たぶんあの子にめちゃくちゃ嫌われてるぞ。


 なにせ剣崎妹が『絶対に好きにならないでくださいね』と言った時に『それは絶対にないから大丈夫だよ』って秒で返してたくらいだからな。


 あれで仲良くなったというのなら、全人類の女の子は俺の友達ということになってしまう。


 絶対にないから大丈夫って、要するに『生理的に無理』って言ってるようなもんだしな。


 なんてことをかいつまんで言い返してみたのだが、それでも環は疑わし気な視線でじーっと俺のことを見つめてきた。


 不満は未だ解消されていないようで、唇はむっすーと富士山のような形をとっている。今にも噴火しそうな火山口に、俺がビクビク震えながら警戒していると、


 「……アンタ、熊谷さんのこと、ちょっと好きになってるでしょ?」

 「…………」


 またもや、予想外の問いかけが飛んできた。


 その問いに俺はつとめて冷静さを装い、プイッと環から顔を背ける。


 誤った考えを正すため、すみやかに環の言葉を否定した。


 「そ、そそそそそ、そんなことねーよ!」

 「や、やっぱり好きになってるんじゃない!」


 努めて冷静さを装ったつもりだが、やはりどんな嘘も見抜いてしまえる環の前では無駄だったらしく、俺の吐いた嘘はあっさりと看破されてしまった。


 バレてしまったものは仕方ないので、直ちに語る言葉を否定から弁明へと移行させてもらう。


 「いや、違う違う違う。ちょっとだから、ちょっと俺の中で好感度高いってだけの話だから。俺の周りにいる女達がみんな頭のおかしいゴミクズクソ野郎ばっかりで、比較的に普通の女の子してて良いなって、ちょっと思っただけだから」

 「誰が頭のおかしいゴミクズクソ野郎だコラー!」

 「そういうとこだよ!」


 当然のように狭い厨房でのし棒を振るう環に、やはり頭のおかしいゴミクズクソ野郎というレッテルを貼らざるをえない。


 頭のおかしくない普通の奴は、例え何が起きたとしても手近なキッチン用具で殴り掛かったりなんかしないのだ。ストーキング行為もしなければ、餓死させようとしたり、社会的抹殺も、脅迫して奴隷にしたりなんかもしない。


 普通に嫌って、普通に俺から距離をとろうとする。それだけだ。


 それだけで、俺は熊谷に好感を持つことができた。


 「うおっ、危ねっ!?」


 なんてことを懇切丁寧に説明したいのだが、もちろんそんな余裕は一瞬たりともない。


 俺は長年の環との喧嘩の経験をフルに活かして、一撃一撃を直感で回避するので精いっぱいだった。


 「いったぁ!?」


 まぁ、それも十秒くらいしか持たないんですけどね。


 環の攻撃が一撃でも入ってしまえば、回避する余裕は途端に失ってしまう。あとはいつものように、ボコボコになるまでタコ殴りにされるだけだ。


 「いってぇ! ちょまっ!? いってぇ!!」


 俺が厨房で悲鳴を上げる中、


 「ただいま戻りましたー」


 裏口の扉をガチャリと開けて、外に出ていた天童が帰ってきた。


 「…………」


 天童は狭い厨房の中でギャーギャーと騒ぎ立てる俺達をチラと見て、酷く疲れた様子でぽつりと言う。


 「あぁ二人とも、まだ喧嘩してたんですね。お疲れ様です」

 「えっ?」


 その明らかに憔悴しょうすいしきった天童の声に、環がピクリと反応した。頭部に振り下ろされようとしていたのし棒を直前で制止させて、慌てて天童のもとへと駆け寄っていく。


 た、助かった……。奇跡的に命拾いしたことに深く安堵しながら、天童達の会話に耳を傾ける。


 「ちょ、ちょっと、どうしちゃったのよ美花!? 大丈夫?」

 「え? あぁはい、ははは……大丈夫ですよ環先輩。少し疲れただけですから」


 そう言ながら笑う天童の瞳に生気はない。いったい何があったのかは分からないが、少なくとも大丈夫じゃなさそうなことだけは確かなようだ。


 「全然大丈夫そうなんかじゃないじゃない!」


 その証拠とでも言うかのように、嘘を見抜くことの出来る環がとんでもないくらいアタフタしている。


 絶対に血まみれになっている俺の方が状態としてはヤバいはずなのに、環はそんな俺を完全に放置して、フラフラとなっている天童に献身的な愛を向けていた。


 贅沢なことは言わないから、俺も天童と同じように肩を貸してほしいものだ。


 そう思いながら、俺も天童に向けて声を掛けた。


 「強大な魔力を感知したって言ってたけど、そんなに大変な相手だったのか?」


 そんな俺の質問に、天童はふるふると首を横に振る。


 「いえ、現れた魔獣は思ったよりも弱かったので、ワンパンで沈めました」

 「そ、そうか……」


 沈めちゃったかー。


 てっきり天童でも苦戦するような魔獣が現れたのかと思ったが、全然そんなことはなかったようだ。


 むしろ強大な魔力を発していようが彼女にとっては楽勝な相手だったらしく、俺は改めて天童の末恐ろしさを実感させられた。


 心の中だけで『いつも手加減していただきありがとうございます』と、感謝の言葉を述べておく。


 しかし、そうなってくると天童をここまで疲弊ひへいさせた要因は何なのだろうか?


 その疑問の答えは、すぐに本人の口から返ってきた。


 天童はどこか遠い目をしながら、


 「それよりも……ハハハ。買い物中、この格好でいるところを沢山の人に見られてしまいまして……ハハハ。その、見られた人達全員にドン引きされてしまいまして…………ハハハ。知らないおばさんに、長々と説教されてしまいまして…………ハハハ、もう殺してください」

 「ご、ごめんって……」


 どうやら天童をここまで疲弊させた主な要因は、その着ている猫耳メイド服にこそあったらしい。加えて言うなら俺の『なるはやで頼む!』というお願いもしっかりと聞き入れてくれたようで、着替える時間も惜しんで買い出しを済ませてくれたようだ。


 天童はもう何度目かもしれない渇いた笑いを発してまた、俺の謝罪の言葉を否定するように首を横にふるふると振った。


 「いいんですよ……私のプライドなんかよりも、このお店を守ることの方がよっぽど大事ですからね。はいコレ、卵と牛乳、それとコーヒーのフィルター。言われた通りに大急ぎで買ってきましたよ」


 そう言いながら、優しく微笑む天童。


 その健気さに触れて、環が感動で涙を流す。


 「うぅ、ありがとう美花ぁ……」

 「いえいえ」


 天童はそんな環を放置して、足の速い卵と牛乳を早く冷やそうと思ったのか、てってってっと駆け足で移動し、冷蔵庫の扉を開けた。


 「……………………………は?」


 瞬間、空気が凍りつく。


 「──ひっ!?」


 先程までの感動的な雰囲気はどこへやら、天童はギギギと首を反転させて、絶対零度の視線を俺に向けてきた。


 冷蔵庫よりも遙かに冷たいその視線に、俺の背筋も凍りつく。


 天童の背後に見える冷蔵庫の中身を直視して、俺の表情は絶望色に染まった。



 卵と牛乳が、冷蔵庫の中にいーっぱいある。



 「優さん、これはいったいどういうことですか?」

 「いや、あの、その……」


 しどろもどろになる俺に、天童がゆっくりと近づいてくる。


 俺はじりじりと後退しながら、すぐに壁にぶつかった。


 瞳孔どうこうの開きまくった殺意マシマシの瞳が、僅か50㎝の距離で見上げてくる。


 圧が凄い。


 俺は自身の凄惨な死を覚悟した。


 「これには色々と事情があってな?」


 とはいえ、諦めるのにはまだ早い。今回の場合に限って言えば、俺は一切悪くないと自負している。天童を送り出す時は本当に卵と牛乳の在庫が心許なかった訳だし、きちんと説明さえさせてもらえれば、もしかしたらワンチャン情状酌量じょうじょうしゃくりょうの余地を与えてくれるかもしれない。


 そう願いを込めて、俺は怒り狂う天童に対し弁明を始めた。


 「途中からなんか知らんけど、急にお客さんが来なくなって、思ったよりも卵と牛乳の消費が少なく済んじまったんだよ。いや、間違っても俺は変なことなんかしてないぞ? きちんとお客さんの要望に応えた仕事をしてたし、真面目に働いてた」

 「は?」

 「この格好が真面目じゃなさそうって言うんならそれは違うぞ? 全身ボコボコにされたのは環によるものだし、遊び半分で包帯グルグル巻きにしたのは円香さんだ」

 「そうですか。それが遺言ということで良ろしいですか?」

 「ちょっ」


 ダメだー。


 説明すれば少しは許してくれるかと思ったが、そもそも話を聞いてくれる素振りすらない。


 天童の中で俺の処刑はすでに確定しているようで、小さく握られた拳がなんかよくわからん光のオーラを発していた。たぶん魔獣とかを一撃でほふれるような、攻撃力に補正のかかる強力なバフ技だと思う。


 「ゆ、遺言と言えばっ」


 そんなヤバいやつを狭い厨房で放たれては堪らないので、少しでもヘイトが分散するよう、俺は天童の怒りを環にも誘導した。


 「環のは聞かなくていいのか? 俺に負けず劣らずのなかなかのクソ野郎っぷりだったぞ!」

 「なっ!?」


 ぐるん! と妖怪のように首を反転させる天童に、


 「い、いや……ホント、上月ったら何言ってんのかしらねぇ?」


 環はそんな事実はないと、慌てて感謝の言葉を述べる。


 「あ、ありがとうね美花、フィルターを買ってきてくれて。私はすごーく、ものすごーく助かってるわよ?」

 「おいヘラヘラとしながら何平然と嘘を吐いてんだよお前は? さっき別の棚見て『あっ、なんだ。こんなところに在庫置いてあったんだ』とか言ってただろうが」

 「ちょっ!?」


 俺の指摘に、環は改めて慌てふためいた。


 今現在天童がどんな表情をしているのかは分からないが、とても恐ろしい形相ぎょうそうをしていることだけは間違いなさそうだ。


 その証拠に、滝のような汗を流している。


 「ち、違うの! これはっ…………いや、何も違わないんだけど!」


 俺の指摘は棚を確認すればすぐに分かることなため、環は下手な言い訳をやめたようだ。


 その代わりにと、目にも留まらぬ速さで懐からスマホを取り出し、無理矢理話題を別の方向に持っていこうとする。


 「え、えーと……ねぇ、美花! これを見て! さっき撮った動画なんだけど、これがもう本当に笑えてさ!」

 『も、萌え萌えきゅん!』

 「おいっ!!」


 そう言いながら、唐突に再生される例の動画。


 少しでも天童の意識を別の方向に持っていくのが目的なのだろうが、ホント苦し紛れに何をやっているのだろうかコイツは? ぶっ殺すぞ?


 『でりしゃすびーむびびびびびびびびびびびび!!」

 「…………」


 剣崎妹を除く約三名を爆笑の渦に飲み込んだクソ動画だが、しかし天童はピクリとも笑う様子すら見せず、ただただじーっと俺のでりしゃすびーむを凝視していた。


 「み、美花?」


 その予想外の反応に、戸惑いを隠せない環。大爆笑な反応を予想していただけに、どうしたらいいのかわからなくなっているようだ。


 『あははははは!』

 「……なるほど」


 やがて、例の動画が最後まで流れ切ったところで、ようやく天童がその小さな口を開いた。


 「優さんがこんなことをしていたせいで、他のお客さんが慌てて帰って行ったと、そういう訳ですね」

 「ちょっ、えぇ!?」


 そのまさかの結論に、今度は俺が戸惑いを隠せない。戸惑いを隠せないどころか、動揺し過ぎてなんか変な声まで出してしまった。


 どうやら天童がまじまじと見ていたのは、俺の恥ずかしい姿ではなく、その後ろでコソコソと逃げるように帰ろうとしている沢山のお客さん達の姿だったようだ。


 「おいマジかよ!?」


 天童の殺意マシマシの視線が、再び俺に集中する。


 まさかあの動画のせいでまた俺が窮地に立たされることになるとは思ってもみなかった。


 先程の突撃で環のスマホを奪い取れなかったことが、非常に悔やまれるところだ。


 ──って、呑気のんきに反省してる場合じゃねぇ!? いつの間にか天童が目と鼻の先にいるぅ!?


 「安心してください優さん」

 「何を!?」

 「私も鬼ではありませんので、選択肢を与えて上げます」

 「はぁ!?」


 その安心できる要素の欠片もない冷徹な声に、俺は震え上がることしか出来ない。


 恐怖で体をガッタガタに揺らしながら、てんどうの言う選択肢とやらに耳を傾ける。


 「この動画をSNSにアップにするか、腹パンか、どちらがいいですか?」

 「へぁ?」


 それは、本日四度目の脅しだった。


 『この動画をSNSにアップする』。次にこれを言ってきた奴には問答無用でビンタしてやろうと思っていたのだが、悲しいことにそんなことが出来そうな雰囲気でもない。


 永遠と続くであろう精神的な苦痛か、一瞬で終わる肉体的な激痛か、


 「…………!」


 しばらく頭を悩ませてから、俺は自身の出した答えを天童に告げた。


 「……じゃ、じゃあ、腹パンで?」

 「わかりました」


 そう天童が頷いたと同時に、淡い光のまゆに閉じ込められる。


 えっ、腹パンすんのになんでいちいち結界張ってんの? と思った次の瞬間、


 パンッッ!!! と、凄まじい破裂音と共に、腹部に衝撃が走った。


 「ごぼぉっ!?」


 直後、耐え難い激痛と一緒に大量の血液が口内へとせり上がってくる。大量の血液はすぐに唇という名の門を突き破り、マーライオンの如く外へと溢れ出していった。


 しかし俺の吐き出した血液は眼前の天童に届かず、淡い光によって阻まれた。びちゃびちゃと零れ落ちていく血が、足元に赤い池を作っていく。


 どうやら結界は、無駄に厨房内が俺の血で汚れないようにするためほどこされたものらしい。


 「────!?」


 何が起こったのかわからないまま視線を下に向けると、


 「んな……あほな……!」


 天童の腕が、俺の胴体を貫通していた。


 「よっと」

 「がっ!?」


 次の瞬間には胴体を貫いていた腕が乱雑に引っこ抜かれ、俺は再び血を噴き出す。


 膝は力なく崩れ落ち、体は生暖かい血の池へと倒れ伏した。


 「ふぅ」

 「ひゅー……ひゅー……」

 「うわぁ……」


 速すぎる拳は弾丸と化す。


 まさか腹パンと言いながら、打撃ではなく砲撃が飛んでくるとは思わなかった。これならばあの動画をSNSにアップされていた方がまだマシだったかもと、今更ながらに後悔する。


 天童は血の池に沈んだ俺のことをどこかスッキリとした様子で見据えて、環へとサイコパス的な笑みを浮かべていた。


 「それじゃあ環先輩」


 そして、何事もなかったかのように環にお願いごとをする。


 「私は余った卵と牛乳でまかないようのドーナツを作るので、それが死んだら、いつものように後片付けと、蘇生をお願いしますね」

 「あ、はい……わかりました」

 「ひゅー……ひゅー……ごふっ」


 最期に青ざめた表情で頷く環を見ながら……ゆっくりゆっくりと、俺は静かに息を引き取るのだった。

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