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天使の仕事ほど嫌なものはない  作者: 大上丈
第二章 金なしゴールデンウィーク
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剣崎妹は頭がおかしい

 つい突発的に怒鳴り声を上げながら店内に飛び込んでいった俺だが、幸いなことに来店している客は一組しか残っておらず、ヤバい奴がいると警察に通報されることはなかった。


 そしてその残ってる一組もテーブル席で例の動画を見ながらケタケタと笑っているだけなので、俺は安心して、怒り心頭を継続させながらそいつらに近づく。


 空になった皿を回収するよりも先に舌打ちして、


 「お前らいつまでいんだよ、早く帰れ」


 店員にあるまじき態度で、一言文句を言ってやった。


 「えー?」


 文句を言われた客、熊谷深月は悪辣あくらつな笑みを浮かべながら、先程の三ノ輪姉妹同様俺にスマホを見せてくる。


 「そういうこと言っていいのー? じゃあこの動画──」

 「SNSにアップするんだろ? もういいよ聞いたよお前で三人目だよ。仏の顔も三度までだ。次言ったら問答無用でビンタするからな?」

 「ご、ごめんって……」


 熊谷は引きつった笑みを浮かべながらスマホを膝元に下ろした。


 そういう素直に脅しに屈してくれるところ、俺は大好きだぞ。


 なにせ環や円香さんだとこうはいかないからな。脅したりなんかしたら本当に動画をSNSにアップされるし、ついでに殺されたりなんかもする。良くて社会的抹殺で、少なくとも俺がこの世を生きる意味を失ってしまうことは確実だろう。


 「なんか私にだけ当たりキツくない……?」


 とかなんとか不満を漏らしているが、全然そんなことはない。むしろ優しいくらいだ。仮に熊谷が相手じゃなかったら『ビンタするぞ』って言う前に顔面に蹴りを叩き込んでたところだからな。


 今も整った顔立ちのままでいることを、嬉しく思っていてほしい。


 「言い残すことはそれだけか? じゃあもう帰れ」


 そう俺が冷たく言い放つと、熊谷は降参したように両手を上げて、剣崎妹はニコニコと微笑んでいた。


 「はいはいわかりましたよー。あと一時間くらいゆっくりしたら、帰らせてもらうねー」

 「それじゃあ私は熊谷先輩と別れた後、バイトの時間が終わるまで上月先輩のことを外で待たせてもらいますね」

 「帰れって言ってんだろうが! 何お前ら、日本語通じないの!?」


 これだけ冷たく接しているのに、まさかまだ残ろうとする意志を見せるとは流石に予想外だった。


 二人共ドMなのかなって、ちょっぴり疑いたくもなる。マジでビンタしてやろうかな……。


 そう思いながら、剣崎妹のことを睥睨へいげいする。


 喜ばれないことを心から願いながら、俺は俺の思っていることをハッキリと告げてやった。


 「あと分かってないようだから一応言っとくけど……剣崎妹、ぶっちゃけ今はお前の顔が一番見たくねぇからな」

 「えぇ!? そ、そんな! どうしてですか!?」


 剣崎妹は見るからに狼狽うろたえていた。よかった、何でもかんでも喜ぶわけではないらしい。


 心の底から安堵して、怒声を続ける。


 「どうしたもこうしたもねぇよ。こちとらお前の『もう一回お願いします』がトラウマレベルで刻み込まれてんだよ。何度も何度も五十円払い続けやがって……俺が店長だったらお前のこと出禁にしてるからな」

 「良かったー! ということは私、出禁じゃないんですね!」

 「揚げ足を取るな! 俺の嫌悪感をちゃんと受け止めろ!」


 剣崎妹は両手を上げて喜んだ。


 傷つける目的で言ったはずの言葉がこうも自分の都合の良い様に解釈され、対処に困る。どうして俺は店長じゃないのか、まさかこんなことで頭を悩ませる日がくるとは思ってもみなかった。


 ポジティブ過ぎんだろコイツ。脳内お花畑で済まされるレベルじゃねぇぞ。全身楽園ぜんしんシャングリラかよ。


 なんて、そんな風に俺が剣崎妹の狂心っぷりに圧倒されていると、


 『でりしゃすびーむびびびびびびびびびびびび!』

 「あはははっ」


 我関われかんせずといった様子で、熊谷が例の動画を観て笑っていた。

 

 「あとさり気なく何しれっと動画鑑賞再開してんのお前!? びっくりするわ!」


 突然のでりしゃすびーむに、マジで心臓が止まるかと思った。不意打ちのでりしゃすびーむは本当に体に悪いので、二度と予告なく再生しないでほしい。


 熊谷はケラケラと笑いながら、スマホから顔を上げる。


 その悪意のない無邪気な笑顔に、思わず拳が飛び出そうになった。


 「ぷふっ……。いや、でも上月君……ぷはっ! か、上月君も、一回この動画をフルで見た方が良いって。マジで笑えるから。気持ちが明るくなるから」

 「明るくなるわけねーだろボケ! むしろそのせいでこっちは死にたくなってんだよ! 暗さ倍増だわ!」

 「死にたくなるって──あはははは!」

 「そこ絶対に笑うとこじゃねーからな!」


 熊谷は俺の顔を見ながら爆笑していた。


 どうやら俺の『死にたくなる』って言葉が、妙に彼女のツボにハマってしまったらしい。


 どんだけ嫌われてんだよ俺……死を望んだら笑われるって、死霊しりょう以外に成立しないボケだろ、それ。


 ──あっ、もしかしてコイツ、俺がミイラ男の格好してるから笑ってんのか? 


 まだ死んでねーよボケ!


 「大丈夫ですよ上月先輩!」


 そんな中、剣崎妹が自身の意見を主張するよう身を乗り出し、ピン! と真っ直ぐ片手を上げた。


 「例え上月先輩がどんな姿になろうと、私は絶対に笑ったりなんかしませんから!」

 「…………」


 自信満々に告げられたその言葉に、ちょっぴりイラっとする。


 『自分だけは先輩の味方ですよ』って面が、妙に腹立たしい。


 「やかましいわ、今更俺の好感度上げようとしたって遅いんだよ」


 ので、俺は剣崎妹のアホ面にビシッと指を突きつけ、気持ち声のトーンを落としながら嘘偽りのない言葉をぶつけてやった。


 「お前の顔を見たくないって言ったの、アレ冗談でもなんでもねーからな」

 「ガーン!」


 剣崎妹はあからさまにショックを受けた様子で椅子に座り込んだ。へなへなと体勢を崩し、燃え尽きたかのように意気消沈する。


 「そんな、名誉挽回のチャンスだと思ったのに……」


 逆になんでここをチャンスだと思えたのか、脳みその出来を疑うレベルだ。


 そもそも剣崎妹に挽回するだけの名誉がないことを、本人はしっかりと自覚しておくべきだろう。


 『変態』『狂人』『ストーカー』。返上すべき汚名ならいっぱいあるんだけどな……。


 「にしても剣崎さん、ホント上月君のこと好きだよねー。剣崎さん可愛いのに……こんな男の何がそんなに良いの?」


 落ち込む剣崎妹の頭を優しく撫でながら、熊谷は誰もが思う当然の疑問を口にした。励ましながらさらっと俺の心をえぐるような発言もしている気がしないでもないが、まぁこれくらいのことは慣れっこなので、今更気にしたりはしない。


 それよりも今は、問われた剣崎妹から余計な言葉の数々を頂戴しそうな気がしたので、俺はいましめの意味を込めて、熊谷に釘を刺した。


 「おい熊谷、変なこと聞くなよ。校内一の嫌われ者を好きになるようなロクでもない女だぞ。えげつない理由が出てきたらどうするんだよ?」

 「あっ、一応みんなから嫌われてるって自覚はあったんだ」


 当然だ。むしろ嫌われるために動いてる時もあるくらいだからな。熊谷を含めた『みんな』から嫌われていることは、成果としてしっかりと自覚させてもらっている。


 おかしいのは酷いことをしても好き好きと言い続ける剣崎妹の方だ。


 剣崎妹は、俺なんかよりももっと良い人を好きになるべきだと、ずっと思っている。


 「ふっふっふ、分かってませんねぇ熊谷先輩は。さては素人ですね?」

 「…………」


 そんな剣崎妹は、誰もがイラっとするであろう顔を浮かべながら笑っていた。


 剣崎妹の頭を撫で続けていた手は当然のように止まり、熊谷の頬は微笑みながらも苛立たし気にピクついている。


 あーあ、せっかく俺が落ち込むように調整してたのに、まーた元気になっちゃったよ。


 剣崎妹はそんな俺達の内心も知らずに、自信満々に胸を張りながら、高説をれるよう口を開く。


 「良いでしょう……素人の熊谷先輩のために、上月先輩のプロであるこの私が懇切丁寧に先輩の良さを教えて差しあげましょう」


 俺からすれば剣崎妹の方が圧倒的に素人なんだけどな……。


 『勘違いアホ女』という汚名を、新たに付け加えてやることにしよう。


 「あっ、でもでも! だからといって上月先輩のことを好きになったりしないでくださいね!? 上月先輩は私のものなんで!」

 「うん、それは絶対にないから大丈夫だよー」

 「お前のもんでもないしな」


 剣崎妹は熊谷の返事にホッと胸を撫でおろして、再び瞳を輝かせた。


 「…………」


 相変わらず、俺の声は届いていないらしい。


 もしかしたら間違えた日本語を使っているのは俺の方なんじゃないかと、ちょっぴり心配になってきた。


 黙って、剣崎妹の話に耳を傾ける。


 「熊谷先輩はまだ知らないかもしれないですけど、上月先輩って、噂通りの酷い人なんかじゃないんですよ?」

 「噂以上の酷い人だもんね」

 「見せようとしないだけで、とっても優しい人なんです」

 「優しいのは剣崎さんに対してだけでしょ?」

 「例えばそう、ストーキング行為をしてる私のことを通報しないでいてくれたりとか」

 「…………」

 「おい、そこで固まんなよ。剣崎妹の話はまだまだこれからだぞ? そこは『剣崎さんのこと眼中にないだけだよ』とか、色々あんだろうが? 諦めないでもっと頑張れ。どんどん俺の悪いとこ言ってけよ」

 「うるさいなぁ、なんで上月君にそんなこと言われなきゃいけないんだよ……今すごい頭が痛くなってきたところだから、ちょっと黙ってて」


 熊谷は本当に頭が痛いのか、苦し気に頭を抱えながら俺をにらみ返してきた。


 まぁ一つ目から『ストーキング行為を警察に通報しないでくれている』とかいうなかなかの酷さだからな、思わず頭を抱えたくなる気持ちは俺も分かる。


 しかし、この程度で挫けてもらっては困るのだ。


 剣崎妹の執着心を少しでも軽減してくれるよう、熊谷にはどんどん彼女の勘違いを正していってほしい。


 頑張れ熊谷! 負けるな熊谷!


 「他にも──」


 なんて、心の中で熊谷の応援をしている間にも、剣崎妹による俺のロクでもないエピソードは続いていった。


 「みんなでやるはずの放課後の掃除を一人で引き受けてたり、犬を守って車にかれたり、環先輩の作ったゴミをもったいなからと言って完食したり──」


 などなど、惚れる要素のまったく見当たらないエピソードトークが次々と繰り広げられていく。


 熊谷はその度にドン引きしたような表情となって「マジで何やってんの上月君?」といった視線を送ってきた。


 仕方ないだろ……。放課後の掃除は単に無理矢理押し付けられてだけだし、車に轢かれたのはバカ犬が急に飛び出してきたせいだし、環の生み出したゴミは元を辿れば高級食材だったんだよ。


 俺としては行動するべき真っ当な理由があり、悪いことをしたつもりは全くない。ドン引きした視線を向けられるのは心外だ。


 ……まぁストーキング行為を通報しないでいるのだけは、剣崎妹の親が実は警察のお偉いさんで、様々な悪事を見逃してくれているという後ろめたさがあるのは事実なんだけどな。


 流石にコレは、誰にも言えない秘密の話である。


 「でもやっぱり一番の理由は……三年前、誘拐されそうになった私を救ってくれたことですかね」

 「えっ?」


 様々な話で頭を痛めていた熊谷だが、不意に聞こえてきた剣崎妹の意外な過去に、驚き顔を上げる。


 頭痛はもういいのか、静かに聞き耳を立てていた。


 「私、父が警察官なんですけど……その、だからなのか色んな悪い人から沢山の恨みを買っちゃってて、中学に上がったばかりの頃、怖い人たちに襲われたんです」

 「…………」

 「自分よりも大きな人たちに囲まれて、声を出したら暴力を振るわれて、脅されて……すごく怖かったんですけど、当然自分は弱いから何も出来なくて……こんなところで言う話じゃないかもしれないですけど……その、恥ずかしながら失禁までしちゃって」


 たははーと笑いながら、なんてことのないように話す剣崎妹。


 しかし、その内容は重い。


 当事者である俺までもがあの時のことを思い出して、不快感が腹の内側から込み上げてきた。


 連中の顔を、また殴りたくなってくる。


 「いよいよ車で連れ去られそうになって『あぁ……このまま私、殺されちゃうんだなぁ』ってなった時に──」


 それでも、剣崎妹はその出来事を決して暗いものにせず、明るいお話として昇華させていた。


 淀んだ雰囲気なんか一切表に出さず、それどころかキラキラと瞳まで輝かせて、


 「この人が駆けつけてくれたんです!」


 本当に嬉しそうな表情で、俺に向けて満面の笑みを浮かべていた。


 剣崎妹は興奮した様子で、身振り手振りを交えながら当時のことを語る。


 「そこからはもう本当に凄かったんですよ! 自分よりも大柄な相手、しかも武器を持った相手に怯むことなく果敢に挑んでいって、ナイフで刺されながらも、頭を金属バットで殴られながらも必死になって戦って──バッタバッタと、あっという間に悪い人たちを倒しちゃったんです! そして最後に!」


 と、そこまで話したところで、剣崎妹はポッとしゅに染まる頬を両手で押さえて、にへへと惚気のろけるようにだらしなく笑って、かと思えば興奮は最高潮に達していて、


 「最後に! 震えて立てなくなっていた私を! 失禁までしてしまった私を! デブで可愛くない私なんかを! 嫌な顔一つせずに優しく抱き起してくれて! きゃぁぁぁぁ! 何てことないように! 『もう大丈夫だ』って、言ってくれたんです!!」


 まるで乙女ゲームにドハマりしたオタクのように、剣崎妹は喫茶店RINGの店内にて轟き叫んだ。


 「はぁ、はぁ」と肩で息をする剣崎妹に、熊谷が優しく微笑む。


 「ふ~ん、確かにそれじゃあ上月君に惚れるのも無理ないのかもね」


 優しく微笑むだけで良いものを、熊谷は次に俺に向けて、ニヤニヤと茶化すような視線を送ってくる。


 「やるじゃん上月君、君が他人のために必死に動ける人間だなんて、想像もしてなかったよ」

 「……ッ!」


 ぞわぞわと、気恥ずかしさが全身を駆け巡る。


 それは、俺にとって大っ嫌いな感覚だった。


 熱くて、苦しくて、居たたまれなくて、全力疾走でこの場所から逃げ出したくなるような、嫌な感覚。


 自分のことを何も知らない人間にそんな目を向けられることが、吐き気をもよおすほどに気持ち悪い。


 だからこそ、


 「そ、そんなんじゃねーよ」


 俺は彼女達からサッと視線を逸らして、先程の美化された剣崎妹の話を、必死になって否定した。


 「あの時はむしゃくしゃして、たまたまそこにいた殴っても良さそうな奴らに襲い掛かっただけだ。剣崎妹のことを助けようだなんて、一ミリも思っちゃいない。だから、その、なんだ……。俺はお前に好かれるような、良い人間なんかじゃねーんだよ」

 「それでもですよ」


 そして剣崎妹もまた、俺の悪態を否定する。


 悪人だろうとお構いなしに、自分に気持ちが向いてないとかそんなの関係なく、


 「あの日、上月先輩に助けられたという事実は変わりません。あの時の痛みも、恐怖も、光景も、想いも──私は決して忘れたりなんかしません」


 あの日抱いた想いを、嫌と言うほど俺に伝えてくる。


 今だけは、彼女の表情を見ることが出来なかった。




 「あの日からずっと、上月先輩は私にとってのヒーローなんです!」

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