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天使の仕事ほど嫌なものはない  作者: 大上丈
第二章 金なしゴールデンウィーク
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熊谷さんは普通の女の子

 「えー、大変お待たせ致しました。ご注文の品、おうかがいいたします」

 「待ってました!」


 ダラダラとした足取りで駆けつけ、やる気ゼロの声で俺が注文の品を伺うと、剣崎妹から無駄に威勢の良い声が返ってきた。


 俺が来ればそれだけで満足なのか、柏手かしわでを打って喜びを露わにしている。


 気分はさながら芸者のよう。今だけは、剣崎妹が宴会の席にいるおっさんのように見えた。


 「…………」


 そして、それとは対照的にドン引きしたような視線を俺に向けてくる少女。


 熊谷深月は、何かを言いたげな表情で「うわぁ……」と小さく呟いた。


 はて? この子はどうして俺の方を見てドン引きしているのだろうか? どこからどう見ても今だけは剣崎妹の方が異常者だと思うのだが、俺の考え過ぎか?


 剣崎妹は意気揚々とメニュー表を広げ、高らかに注文の品を告げた。


 「それじゃあ、ミイラ男先輩を一人、テイクアウトでお願いします!」

 「…………え?」


 どうやら俺の考えは全然過ぎたものではなかったようだ。


 俺をテイクアウトしようとする剣崎妹の異常な発言で、ドン引きした熊谷の視線がそのまま隣へと流れる。


 分かるぜ熊谷、やっぱ剣崎妹ってめちゃくちゃ頭おかしい奴だよな。


 俺は熊谷に激しく同意しながら、平静を装いうやうやしく剣崎妹に頭を下げた。


 「申し訳ありませんが、当店はミイラ男先輩などという商品は取り扱っておりません。ですので、そちらのメニュー表に書かれているものからの注文をお願いいたします」

 「えー」


 あくまでも普通の店員として接する俺に、剣崎妹はプクーッと頬を膨らませて、不満の声を漏らしながらも再度注文の品を口にする。


 「しょうがないなぁ……それじゃあ、上月先輩をテイクアウトでお願いします」

 「何がしょうがないんだよ!? そのメニュー表からつったろ! しょうがないと思ったんなら諦めろよ!」


 平然と言われたその一言に、流石の俺も我慢出来ずにちょっとだけキレた。


 まさか二度目があるとは思ってもみなかったので、不意を突かれてつい大声を上げてしまったという形だ。


 「──くっ」


 ただ、本能のまま感情を爆発させてしまったせいか、同時に強い立ちくらみを覚える。


 どうやら先程の環からのダメージが思ったよりも効いているらしく、うっかり倒れてしまいになってしまった。少なくとも今は、なるべく怒り過ぎないよう気をつけた方が良いっぽい。


 頭部を片手で押さえながら、倒れないようにと足腰に踏ん張りを入れる。


 すると、熊谷から俺を心配する声が飛んできた。


 「ねぇ上月君、頭大丈夫?」


 その心配する声に、ちょっぴり俺の心が傷つく。


 「えぇ……なんでそんなこと言われなきゃいけないんだよ……。俺今、そんな変なこと言った?」

 「いや、そういう意味じゃなくて……」


 いつもの呆れた表情を浮かべながら、熊谷は押さえている俺の頭部をじーっと見つめていた。


 それからすぐに片手を上げて、綺麗な人差し指を真っ直ぐに俺の左手へと向けてくる。


 「ほら、自分の手を見てみなよ。真っ赤に染まってるから」

 「あー」


 言われて見てみると、確かに頭部を抑えていた俺の手はこれでもかと言うくらい真っ赤に染まっていた。傷口から噴き出したであろう血液が、べっとりと左手に付着している。


 おそらく円香さんの治療だけでは不十分だったのだろう、少し興奮しただけで傷口が開いてしまったようだ。


 「それ、血糊ちのりとかじゃなくて本物の血なんでしょ? 普通に仕事してて大丈夫なの?」

 「まぁそうだな……」


 正直に言えば大丈夫ではないが、しかしそれを言ったところで帰れるわけではないので、適当に頭をコンコンと小突いて、適当に熊谷の質問に答える。


 「今回は脳漿が飛び散ってないから、たぶん大丈夫だろ。せいぜい頭蓋骨にひびが入ってるだけだしな」

 「……ごめん。それのどこら辺が大丈夫なのか、私には全然わからない」


 熊谷は俺の答えを聞いて、まるで理解できないものを見たかのように頭を抱えた。頭痛でもわずらったのか、その表情は酷く苦しんでいるように見える。


 その様子がとても可哀想に思えたので、心優しい俺はそんな熊谷の苦しみを少しでも解消してやろうと考え、一つのアドバイスを送ってやることした。


 「お前も月三回くらいのペースで頭を割ってれば、おのずとどれくらいの怪我なのか自然と分かるようになるさ」

 「分かりたくないよ! てゆーかそれ、分かるまでに絶対に死ぬやつじゃん!」


 熊谷は勢いのまま顔を上げて、店内に響き渡る程の大声で俺にツッコミを入れていた。


 どうやら苦しみからは無事に解放されたようで、生き生きとした表情でこちらを睨み上げている。


 良かったな熊谷、元気になれて。いつもの彼女に戻ってくれて一安心だ。


 俺がホッと胸を撫でおろすと、熊谷は何かに気が付いたようにハッとなって、慌てて声を潜ませた。


 「も、もぉ……どうしてくれんの。上月君のせいで、周りの人から変な注目浴びちゃったじゃない」

 「え?」


 言われてみると、確かに俺達は周囲からの注目を集めていた。


 が、それは基本的に俺や剣崎妹の異常な発言に対して向けられているものであり、常識的なことしか言ってない熊谷は無関係なように思う。


 自分が大声を出してしまったせいだと本人は考えているようだが、きっとそれは勘違いだ。熊谷が大声を出す前から、奇異な視線はずっとこちら側に向けられていた。


 「いや、別に気にする必要ないだろ。さっきから熊谷、普通のことしか言ってないし。むしろ堂々としてたら良いんじゃねーの?」

 「私をつまらない人間みたいな感じで言わないでよ……。巻き込まれるのも嫌なの、私は」

 「熊谷可愛いんだし、普段から注目の的じゃねーか」

 「視線の質が全然違うでしょ!」


 ガシャーン!


 「あ?」


 またもや熊谷が声を張り上げると、それに重なるようにして、背後でグラスが砕ける音がした。


 つられて振り返ろうとすると、その前に、カタカタカタとテーブルが震えていることに気づく。


 視線を少し落とすと、絶望顔でこちらを見上げる剣崎妹と目が合った。


 「え? か、上月先輩……今、熊谷先輩のこと、か、可愛いって……!」

 「あー……」


 剣崎妹は戦慄していた。


 かつてないほどに動揺しており、先程までのキラキラな瞳が嘘のように暗黒色に染まっている。瞳孔どうこうは完全に開いており、その姿はまるで愛のためなら殺人すら平気で行うヤンデレ妹みたいだった。


 ……この場にナイフやフォークのたぐいがなかったことを、幸運に思う。


 「私には、一度も可愛いって言ってくれたことないのに……!」

 「えーと……け、剣崎さん?」


 熊谷はぷるぷると震える剣崎妹を落ち着かせようと、そっと手を伸ばしていた。


 しかし暗黒のオーラがそれを弾いているのか、伸ばされた手は届かず、中空を彷徨さまよったままだ。


 その光景があまりにも危なっかしかったので、俺は慌てて二人の間に割り込ませるよう、鋭い声を放った。


 「剣崎!」


 この店の中いる全ての人間の視線が俺に集中する。


 剣崎妹の瞳が揺らめいたのを決して見逃さず、俺は畳みかけるようにして誤解を解くための言葉を並べた。


 「違う違う、今のなし! 熊谷はブス! 周りから凄いモテてるみたいだけど、少なくとも俺から見たら凄いブス! 全然可愛くない! 安心しろ、剣崎妹! お前は可愛い! ……アレだ、熊谷と同じくらい可愛い!」

 「本人を目の前にめちゃくちゃ悪口言うじゃん……」


 今度は熊谷が絶望顔を浮かべる番だった。


 しかし一言に絶望顔と言っても、剣崎妹のものとは大きく異っている。


 剣崎妹の絶望顔はうっかり殺人事件に発展してしまいそうな程恐ろしいものだが、熊谷のそれはせいぜい一生口をきいてやらない程度のものだ。


 全然大したことないし、ちっとも怖くない。


 なので俺は熊谷に対するケアは後回しにして、剣崎妹の方を優先することにした。


 決して熊谷のケアをするのが面倒臭かったからではない。ただ単純に、剣崎妹が恐ろしかったからである。


 「てゆーか散々私のことブスって言っといて、最後の何? 同じくらい可愛いって、それナチュラルに剣崎さんのことも──」

 「本当ですか!? 私のこと可愛いってずっと思ってくれてたんですね! 凄く嬉しいです!」

 「もう何でも喜ぶじゃんこの子……バカなの?」


 最後に熊谷から余計な一言を言われそうになってしまったが、その前に剣崎妹が俺の言葉を都合の良いように解釈してくれたおかげで、どうにか無事に危機を脱っすることが出来た。


 背後からまた別の刺すような視線を感じているが、これは毎日のように向けられている殺意なので、気にしないことにする。


 俺は気持ちを切り替えて、再び注文の品を二人に伺うことにした。


 「それで、結局注文の品は何にするんだ? そのメニュー表に書かれてあるやつなら、何でも作れるけど」

 「…………」


 熊谷は何やら物言いたげな目を向けていたが、最終的に「まぁいいか」と小さく呟いて、簡単な質問を投げかけてくる。


 「ちなみに、何かオススメってあるの?」

 「お前メンタルすげぇな……普通なら怒って帰るところだぞ」

 「いいから質問に答えてよ」


 若干のイライラをにじませながらも、しっかりと俺との会話を続けようとする熊谷。


 その優しさに、俺はちょっぴり感動した。


 少し心が温かくなったところで、俺は喜んで熊谷達に自分のイチオシの料理を教えてやることにした。


 「そうだな……俺のオススメってなると、やっぱり玉子サンドかな。食パン切って玉子挟むだけだし、スゲー楽だぞ」

 「誰が上月君にとってのオススメ教えろって言ったよ……私達にとってのオススメを教えてよ」


 おっといかんいかん。浮かれすぎて、どうやら見当違いなオススメをしてしまっていたようだ。


 流石にこれ以上熊谷を怒らせるようなことをすると後が怖いので、俺は真面目に熊谷達のことを考えて、この店のオススメの品を教えることにした。


 「じゃあ卵と牛乳をふんだんに使用したリングドーナツなんかはどうだ? 環の淹れるコーヒーとの相性は抜群だし、値段もそんなに高くないから、お前らの三時のおやつにはぴったり──」

 「あーごめん、私甘いの無理だから食べられない。辛いのしか受け付けないから」

 「えぇ……できればそういう情報は初めに教えて欲しかったなぁ……」


 まさかの甘いものNGに、俺の考えていたオススメが全てダメになってしまう。というか辛いものなんてそもそもうちの店のメニューにないから、もはや出せるものがない。


 これはもう早々にお引き取り願うしかないかと、早くも打つ手がなくなってしまった俺の前で、メニュー表と睨めっこしていた剣崎妹が突然、


 「熊谷先輩、熊谷先輩! 見てください!」

 「痛い痛い痛い!」


 何かもの凄いものを見つけたのか、興奮した様子で熊谷の肩をバンバンと叩いた。


 「な、何?」


 肩を押さえながら、辛そうに口元を歪める熊谷。


 しかしそれも一瞬の出来事で、剣崎妹の指差す箇所を見た熊谷は、


 「あっ、これ」と軽く目を見開いてから「ふーん、いいじゃん」と言って、ニヤリ邪悪な笑みを浮かべた。


 「お、おい……」


 その表情に、つーっと背筋に冷たい汗が流れる。


 何か嫌な予感を覚えた俺は、今すぐに回れ右をしたい気持ちでいっぱいになった。


 しかし熊谷の嗜虐的しぎゃくてき蠱惑的こわくてきな唇が、それを許すまいと速やかに開かれる。


 「それじゃあオムライスを二つと──オプションで、この美味しくなる魔法の呪文も、お願い♡」

 「────」


 可愛らしい顔でお願いしてくる熊谷に、俺は絶句した。


 一瞬何を言われたのか理解できなかった俺は、一時的に脳死状態へと陥り、思考が宇宙を彷徨う。


 無限のように感じられた五秒間を経て、俺は震える唇を自然のままゆっくりと開かせた。


 「お前……俺にアレとやれと?」


 思い浮かべるのは先程見たタマにゃんの恥ずかしいパフォーマンス。それと意味のわからないバカみたいな魔法の呪文だ。


 ……おえぇぇ。


 その二つをタマにゃんではなく自分がやると想像しただけで、とんでもない吐き気が襲ってきた。


 気持ち悪い、これは気持ち悪い! 


 想像しただけでこの気持ち悪さなのだから、きっと実践じっせんしてしまえば本当に吐いてしまうことだろう。


 その確信が俺にはあった。


 幸運なことに今の俺の胃袋には天童に昼飯を横取りされてしまったおかげで何も入っていない。


 が、この二人は別だ。


 きっとしっかりと昼飯を食べたことだろうから、絶対に吐くに決まっている。


 だからこその確認だったのだが、


 「もちろん!」

 「楽しみです!」


 二人はワクワクとした表情でそう返答してきた。


 自分が吐く姿なんて一ミリも想像していない愚かな二人に、思わず天を仰ぐ。


 「いや、オプションって結構値段張るから……ぶっちゃけぼったくり目的でやってるから、あんまりオススメはできないかなーって」


 おバカさんな二人に代わって、脳みそをぐるぐると回転させる俺。きたるべき悲劇を防ぐため、俺は必死になって思考を働かせた。


 「大丈夫だよ上月君。私達、この前給料日だったから」

 「楽しみです!」

 「…………」


 傷口からぴゅっぴゅと血が噴き出してくるのを感じる。


 しかし、そこまで頑張って脳を動かしてみても、二人は愚かなままだった。


 何がなんでも俺の魔法の呪文を聞きたいのか、ぼったくりと言ってるのに聞く様子がない。


 俺は頭を抱え、再び天を仰いだ。


 「いや、俺はメイドさんじゃないから、その……特別料金が発生するというか……」

 「特別料金って、具体的には?」

 「えーと……」


 もうここまでくれば手段なんて選んでいられない。


 何が何でも魔法の呪文の注文を阻止してやろうと、法外も法外のとんでもない価格設定で請求してやろうと考えていると、


 「その男ならメイドじゃないから、五十円で良いよー」

 「なっ!?」


 突然現れた円香さんに、小学生でも余裕で払えるような良心的過ぎる価格に設定にされてしまった。


 「やった! ラッキー!」

 「10回分でお願いします」

 「…………」


 

 俺は絶望顔で厨房へ向かった。 

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