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天使の仕事ほど嫌なものはない  作者: 大上丈
第二章 金なしゴールデンウィーク
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接客の基本はスマイル!

 天童が出て行ってから約十分程の時間が経過して、なんだかんだで環にボコボコにされた俺は円香さんからの治療を受けていた。


 消毒用のアルコールを大量に吹きかけられ、乱暴な手つきで包帯が巻かれていく。


 「これでよしっと」


 最後にパァン! となぜか肩をはたかれて、無事、ド素人による治療は終了した。


 「……よし?」


 円香さんからの治療が終わって、ズキズキとアルコールの沁みる痛みに耐えながらふと鏡を見てみると、そこには紛れもない一匹のモンスターが映っていた。


 顔全体を覆い隠すようにグルグル巻きにされた包帯、死人しびとのようなまなこ、ぼさぼさの髪。


 頭部の包帯は今もなお紅い染みを広げていき、血と消毒液の混じった臭いが不快感と共に鼻孔を駆け抜けていく。


 腐敗臭がしないのがせめてもの救いか、見た目は完全にゲームとかで出てくるミイラ男そのものだった。


 「うん、良い感じにミイラ男だね。さっすが私、センスあるぅ!」

 「…………」

 

 どうやらこれはミスではなく、意図的に作られた姿らしい。なぜミイラ男にされたのかはまったく理解できないが、とりあえず俺は、今すぐにやり直してほしいなという気持ちでいっぱいになった。


 あと、ミイラ男目指してる時点でセンスは一ミリもないと思う。


 案の定、仕事をしに店内に出ると「うわぁ、ミイラ男だぁ!?」と、来店していた子供から泣き叫ぶような悲鳴を上げられてしまった。


 それを見て、満足そうに頷く円香さん。アンタはこの店をお化け屋敷にしたいのか? おもしろ半分でこんなことをするのはマジでやめてほしい。


 「……はぁ」


 出来ることならお客さんの前には立たずにずっと厨房に引きこもっていたいところだが、しかしそういう訳にもいかないのが今の喫茶店RINGの現状だ。


 天童が隣町に調査にいき、真里菜さんもいい加減原稿がヤバいということでマスターの部屋に引きこもってしまった。


 だというのに、ランチタイムを過ぎてからも増え続けるお客さん。


 圧倒的な人手不足。


 環にもコーヒーを淹れなければいけない仕事があるし、円香さん一人でホールの仕事を回すのはほぼほぼ不可能。


 必然的に、俺もホールの仕事を手伝うことになってしまった。


 まぁ手伝うといっても、せいぜい食器を片付けたり拭き掃除をしたりすることしか出来ないんだけど……それでも出ないよりかは幾分いくぶんかマシということで、無理矢理駆り出されたのだ。


 「うわぁぁんママぁ! アイツ、今こっち見たぁ!!」

 「…………」


 子供に悲鳴を上げられるのはなかなか心にくるものがあるが、お客さん相手に俺は完全に無力なので、決して子供には近づかず、黙々と自分の仕事に集中する。


 泣き叫ぶ子供に背中を向けて、睨んでませんよーという意志をこれでもかとアピールした。


 「怖いよぉ……このお店、やぁ!」

 

 が、時すでに遅し。


 来店してきた子連れのお客さんは席に着くことなく、回れ右してすぐに店から出て行ってしまった。


 「…………」


 もしかしたら俺をミイラ男にしたのも、こうしてお客さんを怖がらせて、そそくさと帰ってもらうのが目的だったのかもしれない。


 そう考えれば合点がてんがいくというものだ。


 円香さん……相変わらず恐ろしいことを考えるお人。


 悪魔よりも悪魔。たぶん、円香さんに人の心はない。


 なんて、そんなことを考えながらお客さんのいなくなったテーブルの後片付けをしていると、


 「すいませーん、注文いいですかー?」


 遠く離れたところから、聞きなれた声が飛んできた。


 「…………」


 どう考えても環や円香さんの方が位置的に近いので、当然のように無視して、テーブルの拭き掃除を続ける。


 わざわざ俺が行かなくても、きっと環が上手く相手をしてくれるだろう。


 そう信じて、そのお客さんの相手を完全に任せていると、


 「あっ、環先輩はいいです。こっち来ないでください。はい、何もしなくて結構です。は? タマにゃん? タマにゃんって何ですか? 環先輩は環先輩でしょう。遠く離れていてください。チェンジで。何度も言わせないでください。チェンジで。──そこのミイラ男せんぱーい、注文お願いしまーす!」

 「…………」


 明るく無邪気な声でもう一度、まったく同じ奴からの声が飛んできた。


 しかも今度はご丁寧に、ご指名付きで。


 どうやら我らがエースタマにゃんは、悲しいことにお客さんに適当にあしらわれてしまったらしい。


 てゆーか、ミイラ男先輩ってなんだよ? お前の通ってる学校、モンスターも一緒に通ってるの? 


 「ちょっとー、ミイラ男せんぱーい! 無視しないでくださいよー!」

 「…………」


 間違いなくミイラ男先輩とは俺のことなのだろうが、言うまでもなく、超行きたくない。


 行きたくないどころか、振り向きたくすらなかった。


 振り向けば絶対に面倒臭い光景が待っているだろうし、目を合わせてしまった瞬間、気づかないフリもできなくなってしまう。


 もうすでに手遅れな気がしないでもないが、どうにかしてこのままスルーし続けられないものかと考えていると、いつの間に背後に立っていたのか、何者かが俺の肩をガシッと掴んできた。


 恐る恐る振り返ると、そこには笑顔でありながらも額に青筋を立てまくるタマにゃんの姿が──。


 「良かったわねミイラ男先輩。あちらのお客さんからのご指名よ」


 そう言いながら、俺の肩に爪を食い込ませるタマにゃん。何があったのかはだいたい想像できるが、どう考えても八つ当たりなので、早急に怒りをしずめてほしいものだ。


 あと、お前も俺のことミイラ男先輩って呼ぶのやめろ。お客さん達の間で定着しちゃったらどうするんだよ。


 「いや、そうは言われても……そもそもの話、俺接客の仕方とか知らないんだけど」


 ご指名を受けたとはいっても、俺の主な担当は厨房だ。


 接客のイロハなんて何も知らないし、そういうのは全て天童や環に任せていた。


 一応マニュアルのようなものは存在しているが、絶対に接客の仕事は回ってこないだろうなと高をくくっていたから、それも未だ目を通しちゃいない。


 そんな状態で上手くやれるはずがないだろう。


 例え知り合いが相手とはいえ、最低限の礼儀というものは必要だ。


 見たところあのテーブルに着いてるのは剣崎妹だけじゃないし、適当なことをするのはきっとこのお店にとっても良くないと思う。


 と、そこまで考えての発言だったのだが、

 

 「簡単よ。適当に注文を聞いて、適当にメモすれば良いだけ。それ以上はないわ」


 余程頭にきているのか、環は失礼上等の雑過ぎるアドバイスを送ってきた。


 何その適当なアドバイス? ブラック企業の上司かよ。


 結局何をすればいいのかよく分からないまま、環から予備のペンを渡される。「メモ用紙は?」と聞くと「その包帯は何のために巻いてるの?」と返されてしまった。少なくともメモするためじゃねーよ。


 「いいから早く行ってきて」

 「……はいはい」


 まだまだ言いたいことは色々とあるが、しかしお客さんをいつまでも待たせる訳にはいかないので仕方がない。


 どの道このまま環と会話してても接客のやり方なんて教えてくれなさそうだし、さっさと行って、俺なりのやり方で適当に誤魔化すしかないか。


 そう諦めて、俺は体を剣崎妹達のいるテーブル席へと向けた。


 テクテクと二三歩歩いたところで「上月」と、環に呼び止められる。


 今度は何だよと思いながら振り返ると、環は頬に指を当てて、にっこりスマイルを作っていた。


 「いい? 接客の基本はスマイルよ。頬の肉を上げて、口元を弓なりに曲げるの。無愛想な表情なんて絶対にダメ。常に笑顔で。アンタのその気色の悪い下手くそな笑みで、網膜もうまくに変なフィルターの掛かってる実を幻滅させてきなさい」

 「…………」


 いったい誰のためのアドバイスかよく分からないが、とりあえず環からの有難ありがたい教えに従って、俺は絶対にお客さんの前で笑顔は見せないようにしようと心に決めた。

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