どうしてこうなった……?
剣崎妹から情報を得た次の日、喫茶店RINGは猫耳メイド喫茶へとリニューアルオープンした。
お昼時を迎えてからの客の入りは上々。だいたい昨日の三十倍くらいだ。
まぁ昨日は一人しか来なかったから、三十倍もクソもないんだけどな。
今日は昨日のメンバーに加えて、円香さんにも働いてもらっている。
始めにサイズぴったりのメイド服と猫耳カチューシャを差しだした時はそれはそれはもう酷く驚かれたものだが、それはまぁギャル特有のノリとテンションで意外にもすんなりと受け入れてもらえた。
なんでも最近は生徒会の堅苦しい仕事ばかりしていたから、面白そうな仕事が舞い込んできてちょっぴり嬉しいらしい。
ついでに少しのお小遣いと俺という名の労働力が手に入り、円香さん的には断る理由がないとのことだ。
別に俺としては全然断ってくれても良かったんだけどな。環と真里菜さんに問答無用で売られてしまったのだから仕方がない。
生徒会の仕事って金にならない上に結構地味に忙しくて大変なんだよなぁ。トップが円香さんであれば尚のこと。生徒会長の仕事を全部丸投げしてくんのだけはマジでやめてほしい。
「……はぁ」
と、そんな風に俺が突如発生した余計な仕事に嘆いていると、近くから天童の重苦しい溜息が聞こえてきた。
天童はがっくりと肩を落としながら、ヘトヘトな様子で口を開く。
「どうして私がこんな格好を……。我々は剣崎さんからいったい何を学んだというのでしょうか?」
「にゃーん」
天童の頭に乗っかっているシロも同調するように鳴き声を上げた。
客寄せパンダとして使えそうだなと思って、俺が天童の頭に乗っけて連れてきたのだ。
なぜか真里菜さんにはめちゃくちゃ嫌そうな顔をされてしまったが、とりあえずそこら辺を歩いてる女の子達からの評判は良かった。
天童の頭に乗っかっているシロの頭を優しく撫でてて、俺は早くも疲れ切っている天童に労いの言葉を投げかけた。
「まぁそう言うなって、お前のおかげで客の入りは上々だ。なかなかに盛況じゃねーか」
実際に剣崎妹を招いた結果は悪いものではないと思っている。
ほとんどの情報が個人経営では真似できないものだったとはいえ、こうして客足を増やすことに成功したのは間違いなく剣崎妹のおかげだ。
剣崎妹の話を聞いて、俺達が導き出した結論はこう。
可愛い女の子(頭に白猫を乗っけた金髪猫耳ロリメイド)を店先に置いておけば、興味を持った客がバカみたいに釣れる、だ。
真似できることがなさ過ぎて半ばヤケクソ気味に導き出した結論だが、なかなかどうして良い結果をもたらしたのではなかろうか。
奇跡って起きるんだなーって、ちょっぴり自分でも驚いたくらいである。
「数にして昨日の三十倍くらいか? 十分に誇っていい数字だろ」
「いや、三十倍って」
俺の労いの言葉に、しかし天童は喜ばず、むしろ不服そうなジト目でこちらを見上げてきた。
「昨日の来店者数は0人じゃないですか。もしかして優さん、通報を受けて来たお巡りさんのことを一人としてカウントしてます?」
もちろんカウントしている。
だって0に何を掛けたって0になるしな。
加えて怒り疲れた後は天童から差し出されたお茶をぐびぐびと飲んでたし、アレも立派な客としてカウントしても何も問題はないだろう。
……まぁ一円も落としてくれなかったんだけどな。お客さんであることに違いはない。
みたいな感じのことを言うと、天童はまた呆れたような溜息を吐いた。
「死ぬほどどうでもいい考えをありがとうございます。そうですね、お巡りさんも立派なお客さんの一人ですね」
同感してくれて何よりだ。
今度は無銭飲食ではなく、しっかりと金を落として帰ってもらいたいものである。そしてもう二度と仕事として来ないでもらいたい。
あんな冷や冷やする思いはこりごりだからな。
「でも、恥ずかしいという気持ちに変わりはありませんよ」
天童はひらひらとしたフリルを摘まんで、頬を若干に染めながら不満の声を上げた。
「この服も、今すぐに脱ぎ捨てたい気持ちでいっぱいなんですから」
「ふむ、つまりは全裸で店先に立ちたいと?」
「んな訳ないでしょ!!」
一瞬とんでもない変態なのかなと思ったが、どうやら天童はこの猫耳メイド服が酷くお気に召さないようだ。
結構似合ってると思うんだけどな、何がそんなに気に入らないのか俺にはまったく理解できない。
「気に入る訳ないでしょこんな服! なんでメイド服なのにこんなスカートの丈が短いんですか! なんでおへそ出さなきゃいけないんですか! こんなのメイド服なんかじゃないですよ! メイド服のような何かですよ!」
天童の着ているメイド服は、確かにちょっぴり薄着だった。
彼女の言う通りスカートの丈は短いし、天使の白磁のようなお腹は隠されず剥き出しとなっている。
フリルが付いている長袖とはいえ、遠くから見れば布地の多めな水着のように見えなくもないかもしれない。
肌を見せるのを嫌う天使からすれば、抵抗を示すのも無理のない話だと思う。
「仕方ないだろ」
が、こちらとしても事情はある。
限られた時間内で用意するには、何かと制限が付きものなのだ。なんでもかんでも要望通りにいく訳じゃないことを、天童には理解してほしい。
「一晩で用意できるものがそれしかなかったんだから。こんなのでも真里菜さんの担当編集さんが必死になってかき集めてくれたものなんだ。文句言わず着てろ」
この猫耳メイド服は、他でもない真里菜さんの担当編集さんが頑張ってかき集めてきてくれたものである。
今書いている作品のクライマックスにどうしても必要だからと適当に嘯いて、大急ぎで用意してくれたものなのだ。
おかげで担当編集さんは少ない睡眠時間を更に削られ、真里菜さんはゴリゴリのバトルシーンに無理矢理猫耳メイドを4人ねじ込まなくてはいけなくなってしまった。
恐ろし過ぎる代償だ。感謝こそすれ、俺達に文句を言う筋合いはない。
「そうは言っても辛いものは辛いんです!」
しかし、それでも天童にとってこれは我慢ならないことだったのか、眦に涙を溜めながら叫ぶように言い返してきた。
「さっきなんか知らないお婆さんに『そんな薄着で大丈夫? 風邪ひかないようにね』って本気で心配されたんですよ!? 優さんに分かりますか、その時の私の気持ちがっ!? 200字以上で答えてください!」
「知らねーよ。唐突に現代文の問題出すんじゃねぇ」
しかも200字以上ってやたらと多いし。どんだけ複雑な感情が絡み合ってんだよ。せめて40字以内で簡潔に纏めさせてくれ。
とりあえず、もうやりたくないんだろうなーということだけは理解できた。
まぁ、やめさせる気なんて毛頭ないんだけどな。
「結果として店の売り上げに大きく貢献してるんだ。天使としてしっかり人様の役に立てて光栄なんじゃないのか」
「うぅ、こんなの天使の仕事なんかじゃないですよ。優さんは天使の仕事を何だと思ってるんですか」
天童はぷるぷると震えながら俯き、そして何か悪いことを思いついたかのように突然、淀んだ瞳でこちらを見上げてきた。
「そうだ……いっそのこと優さんも私達と同じ格好をすればいいんですよ。えぇそうです。そうすれば、優さんだって私の恥ずかしさをキチンと理解して」
「着ねーよ。俺が猫耳メイド服なんて着たら絵面的にヤバいことになるだろうが。子供泣くぞ」
子供が泣くくらいならまだいい。おそらく想定される中で一番最悪なのは、その親に通報されることだ。
猫耳メイド服を着たとんでもない変質者がいると世間に知られた瞬間、この店は終わる。ついでに俺の人生も終わる。
そんなのは絶対にあってはならないことだ。何が何でも阻止しなければいけない。
俺は視線を店内に移し、天童の意識を今もなお懸命に働いている真里菜さんへと誘導した。
「少しは真里菜さんを見習え。締め切り前で大変なのに、あんな風に店のために頑張って働いてるじゃねーか」
真里菜さんはちょうど、店の宣伝用の写真を撮影している最中だった。
円香さんの持つカメラに向けて、苦しそうな笑みを浮かべている。
「ね、ねぇ円香ちゃん……宣伝のために猫耳メイド服姿の写真を撮るっていうのはお母さんも分かるんだけどね、私の写真も必要かなぁ? ほら、お母さんもう結構いい歳だからさ、流石にこの格好をネット上にアップされるのは、お母さん的に精神衛生上良くないんだけど」
「大丈夫っしょ。だってお母さん実際の年齢より全然若く見えるし。イケるイケる。どう見たって30代前半にしか見えないよ」
「そ、そこは嘘でも20代後半って言って欲しかったなぁ……」
「はい、チーズ。いえーい!」
「い、いえーい……」
「…………」
「…………」
「…………なっ?」
「なっ? じゃないですよ! 地獄じゃないですか!」
確かに天童の言う通り、目の前に広がっている光景は地獄だった。
辛そうにポーズをとっている真里菜さんは見ていて酷く痛々しく、思わず目を背けたくなってしまう。
何気にこの中で一番苦しい思いをしているのは真里菜さんなのではないかと、そう思えてきた。
「もうやめましょうよこんなこと!」と必死に訴えてくる天童に、つい首を縦に振りそうになる。
続けさせるつもりが完全に逆効果となってしまったようで、俺は慌てて首を横に振り、別の場所で懸命に働いているもう一人の従業員へと視線を向けた。
彼女はちょうど、お客さんの注文したオムライスに魔法の言葉を投げかけている最中だった。
「はーい! そうじゃあタマにゃんが、ご主人様のために魔法の言葉をかけてあげるにゃー! 萌え萌えきゅん! オムライスさん、美味しくなーれ、美味しくなーれ、でりしゃすにゃんにゃんびーむ! びびびびびびびびびびびび!」
ハートの形に作られた手から、目に見えない謎のビームが放たれる。
目に見えない謎のビームは正確にオムライスに直撃したのか、お客さんは穏やかな表情でオムライスを眺めていた。
とても、幸せそうな笑顔だった。
「なっ?」
「なっ? じゃないですよ! なんで環先輩あんな恥ずかしいことを平然とやってのけられるんですか!? なんであんなノリノリなんですか!? 私もアレをやれと!? 無理ですよ! 完全にプロじゃないですか! 一晩で仕上げられるようなクオリティじゃないですよアレ!」
天童は理解不能な生物を目の当たりにしたかのように頭を抱えた。
ぶっちゃけ気持ちは俺も同じだが、まさに理想のメイドさんを演じているのは間違いない訳で、天童にはタマにゃんと同じことをやってもらわなければ困る。
「大丈夫だ。お前はタマにゃんと違って賢い奴なんだから、羞恥心さえ捨てれば、アレと同じことが出来るようになるさ。俺が保証する」
「簡単に言わないでください! 羞恥心を捨てるなんて、私には絶対に無理です! あんなアホみたいなこと私にはできません!」
「頑張れ! アホになるんだよ! タマにゃんみたいに頭の中を空っぽにしてミカにゃんになるんだ!」
「無理ですー! 環先輩みたいにアホになんかなれません!」
「ちょっと! 大声で私のことディスるのやめてくんない!? お客さんにまで届いてるんだけど!」
我儘を言う天童への説得に手こずっていると、顔を真っ赤にしたタマにゃんが俺達の元へ突っ込んできた。
言われて店内へと視線を戻すと、確かに何人かのお客さんがぷるぷると体を震わせながら笑いを堪えている。円香さんにいたってはテーブルをバンバン叩きながら爆笑していた。
満点大笑い。
店内は笑顔に溢れていた。
「ふざけんじゃないわよアンタら!」
ただ一人、ブチ切れる環を除いて。
「アンタらのせいで、私がアホだってことがお客さんの中で定着しちゃったじゃない!」
「す、すみません環先輩。アホって言ったのは、その、言葉の綾で」
「いや、お前がアホってのは昔からだろ。隠してるつもりだったかもしれないけどな、滲み出るアホさにはみんな気づいて──」
「お前マジで許さん!!」
次の瞬間、木刀が俺の頭部に振り下ろされる。
いったいどこに隠してあったのやら、瞬時に取り出された木刀に、それでも俺は決して遅れを取らず、環との長年の経験をもとに迅速な反応を見せた。
とるは真剣白刃取りの構え。
僅かに両手を広げ、迫りくる木刀に備える。
ゴンッ!! ぱしっ。
見事、俺は真剣白刃取りを成功させた。
「なっ!?」
「ふっ」
悔し気に呻く環に、ニヤリと笑う俺。間近で見ていた天童がぼそりと呟く。
「いや、何勝ち誇ったような顔してるんですか優さん。ゴンッ! ってもの凄い音してましたよ。えーと、頭大丈夫ですか?」
たらりと額から流れる落ちる血に視界が紅く染まる。
木刀を強引に奪い返そうと力を込める環に余裕の笑みを向けながら、俺は心配する天童の質問に答えた。
「ハハハ、大丈夫だ天童! 頭蓋骨にちょっぴり罅が入ったくらいでなぁ、意識はハッキリしてる! 元気ピンピンだぜ!」
速過ぎる環の一撃を防ぐことは不可能だが、二撃目を止めることは可能だ。こうして額で木刀を受け止めて、バウンドした刀身を両手でキャッチしてやればいい。
一撃で頭部に深刻なダメージは与えられてしまうが、二撃目さえ受けなければ死に至ることはない。
脳さえ守れれば、俺の得意な力勝負に持っていくことができるのだ。
「あー、やっぱり全然大丈夫じゃなさそうですね……。なんかちょっとハイになってるし…………まぁ、いっか」
天童は何かを諦めたような表情をして、それからそっと目を伏せた。
天童の言葉の真意が気になるところではあるが、それよりも今は木刀の奪い合いに集中しなければいけないので意識を環の方へと戻す。
さて……ここからどうしよう?
環から木刀を奪い取ることは簡単だが、奪い取った瞬間その隙を突かれ、胴体に強烈な掌底を受けることになりそうだ。
いくら俺が頑丈な体に作られているとはいえ、内臓にダメージを与えられてはひとたまりもない。
万が一心臓に衝撃を加えられれば、最悪死に至ることもあるだろう。
普通の人間ならばまず殺らないことでも平気でするのが、この三ノ輪環という女である。一挙手一投足、常に殺される可能性を考慮しなくてはいけない。
なんて、そんな風に俺と環が睨み合いの膠着状態に陥っていると、天童の頭に乗っかっているシロが突然「にゃーん」と鳴いた。
それから何かを訴えるようにぺしぺしと天童の頭を叩いて「にゃにゃにゃにゃにゃん」と猫語で語りかけている。
天童は驚き目を見開き、頭のシロに視線を向けた。
「えっ、本当ですか? わかりました、すぐに向かいます」
いったい何を分かったというのだろうか?
俺には「にゃにゃにゃにゃにゃん」としか聞こえなかったが、どうやら天童にはシロの言わんとすることが正確に伝わってきたようだ。
申し訳なさそうに俺達に頭を下げ、シロの言葉を翻訳してくれる。
おい、深々と頭を下げるなよ。シロが落ちそうになってるだろうが。
「すみません。シロが『隣町で強力な魔力反応を感知した』と言うので、少し様子を見てきます」
「あ?」
「わかった!」
その言葉が本当なのかどうか俺には判断できないが、嘘を見破る環がわかったというのなら、きっとそれは本当の話なのだろう。
ならば、俺がこれ以上疑う必要はない。
この場をいそいそと離れようとする天童を横目に見ながら、俺は引き留めることをせず、代わりに一つ頼み事をした。
「じゃあついでに卵と牛乳を3パックずつ買ってきてくれ! 思ったよりも減りが早いからもしかしたら夕方には足りなくなるかも!」
「いや、あの……強力な魔物が出現した可能性が高いので、場合によっては大事に──」
「コーヒーのフィルターももう少しで切れそうだから、ついでにそれもお願い!」
「いや、だから──」
「なるはやで頼む!」
「急ぎでお願い!」
「あっ、はい。もう……わかりました」
立て続けにされた頼みごとに天童はもう一度だけ「はぁ」と諦めた溜息を吐き、シロを頭に乗せたまま、裏口の扉から出て行った。
それから約五分間、
「この──いい加減放しなさい! そして死ねぇ!」
「放すかバーカ! てめぇが死ね!」
「お願いだからもうこれ以上お母さんを困らせないでぇ! またお巡りさん呼ばれちゃうぅ!」
責任者の真里菜さんが半泣きで仲裁に入ってくるまで、俺と環の喧嘩は続くのだった。




