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天使の仕事ほど嫌なものはない  作者: 大上丈
第二章 金なしゴールデンウィーク
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度し難い呪い

 「うぷっ……。気持ち悪い、吐きそう」

 「………………はぁぁ」


 客のいない閑散とした店内にて、天童の疲れた溜息がこぼれ落ちる。


 場所は変わって喫茶店RING。


 どうにかしてcafeHARMONYのチャレンジメニューを完食した俺は、環の手を借りながらも、無事に自身の職場へと戻ってきていた。


 「またですか? ちょっと待っててくださいね。……はい、どうぞ」

 「あ、ありが──おろろろろろろろろろろ!!!」

 「…………」


 訂正。ちっとも無事なんかじゃない。


 cafeHARMONYで受けたダメージは凄まじく、満身創痍まんしんそういの状態で帰ってきた俺は現在、天使の力を持つ天童の献身的けんしんてきな介護と治療を受けていた。


 損傷した眼球の治療を一時中断して、もう何度目かになるのかも分からない嘔吐おうとを、天童の用意してくれたバケツに繰り出していく。


 客のいない閑散とした店内だからこそ、その音は盛大に響き渡った。


 「……少し、窓を開けて換気しましょうか」


 同時に、不快感を抱く酸っぱい臭いも店全体に広がっていく。


 少し離れた場所にいる真里菜さんの小さな声までもが耳に届いてきて、俺は堪らなく申し訳ない気持ちになった。


 当たり前の話だが、こんな状況でまともな営業なんかできるはずがないので、今日はもう早めの店仕舞みせじまいとなっている。


 客がいないのはそのためだ。


 「はぁ……こんなことなら私が行けば良かったですね」


 悪臭を放つバケツを回収して、天童がポツリとそう呟いた。


 「うん、それは俺もそう思う」


 その呟きに、俺は激しく同意した。


 初めから天童が偵察におもむいていれば、絶対にこんな事態には陥っていなかったはずだ。


 剣崎妹にタックルをされることもなければ、環に目潰しされることも、知らない人から呪いを受けることもなかったように思う。


 出されたチャレンジメニューも容易に完食し、きっと何の問題もなく偵察を続けられたことだろう。


 完全なる人選ミス。


 結果として、俺が地獄を見ただけだった。


 「ねぇ環ちゃん。なんで優君、喫茶店に行っただけであんなにボロボロになってるの? 今は少しでも売り上げを伸ばさなきゃいけない状況だって自分が一番分かってるよね? なんで目潰ししたり、無理矢理食べ物を胃に押し込んだりなんかしちゃったの? それ、本当に偵察に必要だった?」

 「……ご、ごめんなさい」


 少しだけ空気の交換を行ってから、環へのお説教が始まった。


 同時に、天使の力による治療も再開される。


 天童は酷く戸惑ったような表情を浮かべながら、チラチラと俺の股間の方を気にしていた。


 「あと、なんか優さん……その、呪いまで受けてるようなんですけど……環先輩、何か知ってます?」

 「それは私も知らない」


 環はそう即答してから少しだけ間を置いて、不意に何かを思い出したかのように「あ、でも」と言いながら、ポンと掌を叩いた。


 「そういえば、お会計をしようとしてた他のお客さんがこっちを見ながら『写真さえあれば簡単に呪える』みたいな感じのこと言ってたかも。上月、実に抱き着かれて鼻の下伸ばしてたから、たぶんそれで恨みを買っちゃったんだと思う」

 「おい」

 「なるほど、それで下腹部に呪いが集中しているという訳ですか。まぁ別に死に至るほどの強力な呪いというわけでもありませんし、これは自業自得ということで治さなくてもいいですね」

 「うん、私もそう思う」

 「お、おいっ」


 まさかの解呪してくれない発言に、サーッと血の気が引いていく。


 待って待って、ちょっと待って?


 「いや、これ結構地味に痛いやつだから……解呪できるなら早めにやってほしいんだけど」

 「何を言ってるんですか優さん」


 天童は俺にジト目を向けながら、呆れたような口調で俺の願いを突っぱねた。


 「呪いと言っても、こんなの軽く指ではじかれる程度の痛みじゃないですか。優さんには分からないかもしれませんけど、肉体の治療にはかなりの体力を消耗するんですよ? そう簡単にポンポンと使っていいものじゃないんです。死に至る程の呪いならまだ考えなくもないですが、今日はすでに多くの力を使用しているので、流石にこれ以上は私としてもキツイんです。我慢できるのならしてください」

 「いや、でもこれ本当に」

 「いいですね?」

 「あ、はい……」


 なおも懇願こんがんしようとする俺を、天童はぴしゃりと拒絶する。


 俺は天童の有無を言わさない圧を感じ、二の句が継げなくなってしまった。


 「…………」


 脂汗がじとりと額に浮かぶ。俺は唇を噛み締め、どうにかこの痛みを和らげようと思いつく限りのことを試みた。


 みんなは知らない呪いの痛み。


 睾丸こうがんを常にデコピンされ続けるような、女には絶対に理解されないであろう強烈な痛み。


 指で軽くはじかれる程度だと侮ってもらっては困る。


 我慢強さに定評のある俺であろうとも、油断すれば発狂しそうになる程の痛みはそう簡単に耐えられるようなものではない。


 先程から何度も胃の中のものをバケツに吐き出しているのは、主にこの痛みが原因だ。


 定期的に訪れる睾丸への痛みは、内臓を突き抜け、脳にまでその衝撃を伝えていく。


 鍛え上げた肉体すらをも容易に貫通する、がたい苦痛。


 俺にこんな恐ろしい呪いをかけてきたアイツら、マジで絶対に許さない……。


 「それで、肝心の偵察の方は上手くいったの?」


 なんて、そんな風に沸々と湧き上がる憎悪を感じながら俺が唇を噛み締めていると、真里菜さんからそんな問いを投げかけられた。


 「それは……」


 答えるまでもなく、偵察は失敗した。


 だけど、代わりに得られたものもある。


 それを答えようとしたところで、割り込むような形で環が口を開いた。


 「安心してお母さん。偵察はいろいろあって失敗しちゃったけど、その代わりにあっちにもしっかりと8000円分のダメージを与えることが出来たから。成果としてはどっこいどっこいってところね」


 俺のおかげでな。


 てゆーか、何胸を張って自分の成果のように語ってんだよお前。偵察に失敗したのは主にお前のせいで、8000円分のダメージを与えたのは全部俺の頑張りがあったからだろうがよ。


 たいしてデカくもない胸突き出して誇ってんじゃねーぞボケ。


 と、言いたいところだが……それは今からする話と大きく脱線するものなのでやめておく。


 俺は苦笑を浮かべる真里菜さんに、cafeHARMONYで得た成果を報告するため口を開いた。


 「まぁ偵察は環に邪魔されてできませんでしたが、8000円の他にも、ちゃんと得るものはありましたよ」

 「得るもの?」


 キョトンとした顔でたずね返してきたのは、俺の治療をしてくれている天童の方だ。


 どうやらコイツも、俺が何の成果も得られないまま帰ってきたものだと思っていたらしい。


 胡乱気うろんげな瞳を向けながら、治療中の光がスーッと弱められていく。


 失礼な話だ。この俺が、ただ酷い目に合わされただけで帰ってくるはずがないというのに。


 「……うん、そろそろ来る頃だと思う」


 完全に元通りとなった眼球を動かして、店の古時計に目を向ける。


 今の時刻は五時十五分。今日のシフトは五時に終わると言っていたから、何らかのトラブルに巻き込まれてでもない限り、そろそろこの店を訪ねてくる時間帯だろう。


 「来るって、いったい誰が?」


 カランコロン。


 天童のその質問に答えるようにして、喫茶店RINGのドアベルが鳴った。


 何も知らない二人が同時に顔を扉に向ける中、唯一誰が来るのかを知っている環はしかめっ面を浮かべながら、視線をその入ってきた人物から外した。


 「こんにちわー!」


 バインバインと胸を弾ませながら、明るい声で俺達に挨拶をする巨乳少女。


 「上月先輩に呼ばれて来ました、cafeHARMONYでアルバイトをさせてもらっている剣崎実です! よろしくお願いしまーす!」

 「「──!!??」」


 剣崎実が、意気揚々とうちの店に入店してきた。

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