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天使の仕事ほど嫌なものはない  作者: 大上丈
第二章 金なしゴールデンウィーク
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cafeHARMONYへようこそ

 「いらっしゃいませー!」

 「──!?」


 環にさんざんおどされ、おそるおそるcafeHARMONYへと入店すると、バインバインに弾む巨乳が俺達を出迎えた。


 「お、おぉ……すげぇ」


 思わず感嘆の声がれる。


 たわわに実った果実がぷるんと揺れるたびに、俺の視線は店員さんの胸元へ釘付けとなった。


 エロい……超エロい!


 なんだこのお店は……なんでこんな店員さんの胸元が開いてるんだ!?


 俺は入店して早々、パニックに陥った。混乱した脳内の中、以前観たテレビ番組の記憶を呼び起こす。


 確か俺の記憶が正しければ、cafeHARMONYの制服はもっとおしとやかでひかえめな感じだったはずだ。だというのに、この胸を異様なまでに強調する仕様。ぶっちゃけ18禁のお店にしか見えなかった。


 やべぇ、ぼったくられる!


 そう直感した俺は即座に環の手を握りしめ、帰る決心をした。


 こんな露骨ろこつにエロアピールをしてくるお店の料金が安いはずがない。テイクアウトだけならまだしも、席に着いただけでサービス料が発生してしまう恐れがある。


 流石にそんな余裕はうちにはないので、ライバル店の偵察は諦め、環の手を掴んだままくるりと反転しようとしていると、 


 「ってあれ? 上月先輩?」


 聞き覚えのある声が聞こえてきた。


 つられて顔を上げると、たわわに実った果実の上に、見知った人物の顔が視界に入ってくる。


 「えっ、剣崎妹?」


 ウェーブヘアの背の高い女の子、もとい剣崎実けんざきみのりは、来店してきた客が俺であることを認めるのと同時に、満面の笑みを浮かべた。

 

 「わぁ嬉しい! 私に会いに来てくれたんですね先輩!」

 「ちょっ!?」


 それから両腕を大きく広げて、タックルをかますような形で俺の体に抱き着いてくる。巨体だからその威力は生半可なものではなく、危うく反対側にいる環ごと押し倒れそうになった。


 良かった、日頃からしっかりと体幹を鍛えてて……。剣崎妹は立派なアメフト選手になれると思う。


 「お、おい剣崎……」


 しかし、倒されなかったからといって、今の状況が良くなったという訳では決してない。


 倒されなかったら倒されなかったで、また別の問題が発生してしまうのだ。


 「おい、なんだアイツ?」

 「あの胸異的きょういてきなタックルを平然と受け止めるなんて……まさか、実ちゃんの彼氏!?」

 「じゃあ後ろにいる女の子は?」

 「もしかして二股!?」

 「いや、違うな……あんなパッとしない男が、俺達の実ちゃんから好意を寄せられるはずがない。アイツは催眠術師だ! 催眠術を使って、沢山の美少女を我が物にしようとしているんだ!」

 「マジかよ……ヤベーなアイツ」

 「うらやま……いや、真性のクズだな。死ねばいいのに」

 「同意」

 「あっ、俺、藁人形わらにんぎょうの作り方知ってますよ。写真さえあれば、いつでも呪えます」

 

 パシャ。


 「よし! 一旦解散して、各々準備が出来次第、近所の狐森こもり神社に集合な!」

 「「「了解!」」」


 了解! じゃねーよ!!


 なんでだよ! なんで剣崎妹に抱き着かれただけで勝手に催眠術師扱いされて呪われなきゃいけねーんだよ! 意味わかんねーよ! タックルを受け止めた時点で彼氏認定されてるところからしてもう意味わかんねーのに、憶測おくそくに憶測を重ねて催眠術師扱いされて、挙句の果てには写真を撮られた上に孤森神社で呪われんの俺!? マジで意味わかんねぇ! 意味わかんなすぎんだろ!! 


 改めて状況を整理してみても、やはり意味はわからなかった。


 どうやら俺は、体を柔らかいもので包まれる感触と引き換えに、周囲からの(主に男性陣からの)呪いを一身に引き受けるハメになってしまったらしい。


 うん、意味わかんない。意味わかんな過ぎてハゲそうです。


 「ささっ上月先輩、奥の席へどうぞ。今日は私がたーっぷりとご奉仕ほうしさせていただきますね!」

 「ちょっ」


 しかし、剣崎妹は周囲の状況がまったく見えていないのか、俺の腕を胸で挟み込むようにして抱きしめ、ぐぐいっと奥の方のスペースへと強引に引っ張って行こうとする。


 その都度周囲からの殺意が急上昇し、俺は肩身の狭い思いをさせられた。いい加減離れてもらわないと、呪われるよりも先に誰かから背中をナイフで刺されそうな雰囲気だ。


 「おい剣崎、引っ張るなって! さっきからその、当たってるから!」


 柔らかい胸の感触は心地良いが、流石にこの状況は良くなさすぎるので、俺は剣崎妹から解放されるよう声を張り上げた。


 が、残念ながらそれは逆効果だったようで、


 「当たってるんじゃなくて、当ててるんですよ、先輩?」


 更なる力が腕に加わり、俺は完全に逃げられなくなってしまった。


 「今日こそは逃がしませんからね、絶対に……」

 「──ひっ」


 ニヤリと笑みを浮かべながら、これでもかとばかりに自身の胸を押し付けてくる剣崎妹。ぎゅむぎゅむと潰れて盛り上がる胸に、俺が少なくない恐怖を感じながら目を見開くと、


 「バ〇ス!」

 「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 次の瞬間、高速で飛来する二本指が俺の無防備となっている眼球に突き刺さった。


 「目がっ、目がぁぁぁぁぁぁ!!」


 突然に襲い掛かってきた激痛に、絶叫を上げながらフローリングの上をのたうち回る俺。世界が暗闇に包まれる中、一仕事を終えた環の声だけが耳に届いた。


 「ふぅ、危なかったわね。あと少しでも遅れていたら、いたいけな少女が狼になった変態野郎に襲い掛かられてたところよ」


 誰が狼だ誰が!? 今のはどこからどう見ても剣崎妹の方が狼だっただろうが!


 「……ちっ。あー、いたんですね環先輩。いらっしゃいませー」


 剣崎妹は隠す気もない舌打ちをして、それから死ぬほどだるそうな声で環を出迎えた。


 いや、怖ぇよ。俺に対する異常な愛情表現もそうだけど、環に対するこのき出しの敵意もなんなの? いたいけな少女の雰囲気なんて微塵も感じさせない、ドスのいた声だった。


 「ふふふ、お客様に対する挨拶はきちんとするものよ実。やり直して?」

 「はーい環先輩、わっかりましたー。いらっしゃいませー。今日はお一人様ですか? お一人様ですよね? お人様で間違いないですね。お一人様ご案内しまーす!」

 「こ、このったらほんと……」


 マジでなんでこんな仲悪いんだろうなこの二人……。俺の知らない間に何があったの?


 環と剣崎妹は眼球を潰された俺を完全に放置して、女同士のキャットファイトを始めた。


 「申し訳ないんだけれど、お二人様よ。今日はそこのム〇カ大佐になってる奴と一緒に来たから」


 誰がム〇カ大佐だ誰が。


 「へぇ、そうなんですね……では環先輩、あちらのカウンター席へどうぞ」

 「ちょ、ちょっと実! 私の話聞いてた!?」


 剣崎妹は何かをガシッと掴んで、俺からコツコツと足音を立てて離れていく。たぶん、掴んだのは環の腕かなんかだと思う。


 「はい、もちろん聞いてましたよ。でも、環先輩は目が悪いから、きっと勘違いしてるんですよ。環先輩はこの店に入ってきてからずーっとお一人様でしたよ。えぇ、そうです。上月先輩とデートしてるなんて、ただの環先輩の妄想に過ぎないんですから」

 「はぁ!? 何その理屈!? いや、まぁデートしてないことには変わりないんだけど、だからって私の妄想なんかじゃないし! てゆーか、この眼鏡は別に目が悪いからしてるって訳では」

 「あっ、丁度あそこのカウンター席が空きましたね。まだ食器が残ってますけど、椅子は空いてるんで座れるには座れます。座ってください」

 「ちょっと、背中押さないでよ!」


 そう言いながら、どんどん俺のそばから遠ざかっていく二人の声と足音。赤い曇りガラスとなった視界の中では、何がどうなっているのかまったくわからない。


 「お、おいお前らどこ行くんだよ!? こんな状態の俺を放置すんなって!」


 なんとなく遠ざかっていく背中に呼びかけてみるも、二人はそれどころではないのか、戻ることなくどこかへ行ってしまった。


 「マジかよアイツら……」


 絶望する。


 気分としては、突然異国の地にガイドなしで放り込まれたかのようだ。勘弁してほしい。


 「クソっ、なんも見えねぇ……こんな状態の俺を放置すんなよな、マジで……。ちょ、すみませーん! 誰か、誰かいませんかー! 誰か、手を貸してください!」


 流石にこんな視界の中では立つことさえも難しいので、俺は誰かの手を借りるため、恥を捨てて助けを呼んだ。


 三秒ほど経ってから、甘い香りがふわりと舞い、俺に声を掛けてくれる人物が現れた。


 「えーと……大丈夫、上月君?」

 「はっ! そ、その声は」


 聞き覚えのある声に、俺はがばっと顔を振り上げる。確かこの声は、クラスメイトで俺の隣の席にいる、


 「熊! 熊……えーと、熊なんとかさん!」

 「熊谷ね。熊谷深月。もういい加減君に名前を忘れられることにも慣れてきたよ」

 「そうそれ!」


 熊なんとかさん改め、熊谷深月は、やれやれといった感じの溜息を吐きながらも、俺の傍に腰を下ろし、何も言わずに肩を貸してくれた。


 行列に彼女の姿がなかったことから察するに、どうやら剣崎妹と同様に、熊谷もこのお店でアルバイトをしているらしい。


 「よいしょっと」

 「いや、ごめんて。違うんだよ。昨日まではちゃんと覚えてたんだよ。ただ、また頭を破壊されることがありまして」

 「はいはい、で、記憶が飛んだって言うんでしょ。その言い訳ならもう4回は聞いたから、そろそろ言い訳のレパートリーも増やした方がいいと思うよ」

 「いや、嘘じゃなくてこれは本当の話で」

 「立つよ? 私に体重を預けて……せーの」

 「あ、はい……ありがとうございます」


 熊谷の手を借りて、どうにか俺は安全に立ち上がることが出来た。

 

 ホント優しいなこの娘。何度も名前を忘れてしまうクズな俺を当たり前にように助けてくれるなんて……。優し過ぎて、本物の天使なんかよりもマジ天使。天童と母さんは、熊谷の爪の垢をどんぶり茶碗にてんこ盛りに盛って毎日食すべきだと思う。


 「で、上月君、これからどうするの? 誰かを呼んで帰る? 救急車を呼んで帰る? タクシー呼んで帰る? それとも、自分の足で帰る?」


 なぜか帰ることをごり押ししてくる熊谷だが、俺としては目潰しくらいなら日常的にもよくあることなので、偵察に来てこのまま何も得られないで帰るつもりはない。


 俺は熊谷に肩を借りながら、ふるふると首を横に振った。


 「い、いや帰らない。とりあえず環のところへ連れてってくれ。俺の介護はこんな状態にしたアイツに責任もってやらせるから」

 「ふーん、仲良いね。頼りにしてるんだ」

 「どこがだよ」


 仲が良いのなら容赦のない目潰しはしてこないと思う。これで仲が良いということになるのなら、イジメも虐待もパワハラもみんなオールオッケーとなってしまうだろう。そんな戦国時代みたいな日本社会は嫌だ。


 「あ、そこ段差になってるから気をつけて」

 「あぁ、ありがとう」

 「いえいえ」


 そうして、俺は熊谷に環の元へと案内された。


 すると、


 「実なんて痴女よ痴女!」

 「環先輩みたいなサイコパスには言われたくありません!」


 そんな、二人の言い争いが聞こえてくる。


 「なによ!」

 「なんですか!」

 「「…………」」


 いや、いつまで喧嘩してんだよ。


 もうお前ら普通に迷惑だから、今すぐにこの店から出てけよ。 

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