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天使の仕事ほど嫌なものはない  作者: 大上丈
第二章 金なしゴールデンウィーク
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いざ行かんライバル店

 「ねぇ上月、本当に行くの? やっぱりやめない?」

 「…………」 


 お巡りさんにしこたま怒られた(主に真里菜さんが)のち、俺と環はライバル店を偵察ていさつするため、cafeHARMONYへと向かっていた。


 てくてくと歩く道すがら、隣を歩く環から何度も服のそでを引っ張られる。


 「ねぇ、上月」


 本当のことを言うなら環ではなく真里菜さんに付いて来てもらいたかったのだが、あの人はあの人で店の責任者としていなければいけないので仕方がない。


 天童は付いて来てもらってもロクなことにならないような気がしたので、普通に置いてきた。


 「ねぇってば、聞いてる?」

 「…………」


 出来ることなら環も店に置いてきたかったところだが、あんまりにもしつこく付いてくると言ってきたので、仕方なく連れてきた。


 現在、それを猛烈に後悔している。


 「ねぇってば!」

 「うるせーな! どんだけ俺をあの店に行かせたくないんだよお前は! 行くったら行くっつーの! 邪魔すんのが目的ならもう帰れよ!」


 付いて行くと言ったくせに邪魔ばかりして、流石にイライラもつのるというものだ。俺は環の手を乱雑に払いのけ、怒声を浴びせた。


 環は一瞬怯んだような様子を見せたものの、それでもキッと瞳に力を込めて、なおも俺を行かせまいと妨害を続ける。


 諦めの悪い女だ。面倒臭い奴が、俺は一番嫌いである。


 「そ、そういうわけにはいかないわよ! 理由は言えないけど、アンタがあのお店に行ったら、大変なことになるかもしれないんだから!」

 「はぁ? 大変なことって何だよ?」

 「だからそれは言えないって言ってるでしょ!」

 「こ、コイツ……!」


 めんどくせぇ……超めんどくせぇ! なんだこの女、めんどくささの化身けしんかよ!


 あまりにもめんどくさ過ぎて、頭の中の血管が破裂しそうになった。先程お巡りさんに怒られていなかったら、全力で環を追い回してシバいてたところだろう。


 「てゆーかなんで理由が言えないんだよ。大変なことになるって、俺ただ店内の様子を見に行くだけなんだけど?」


 大変なことになるというのなら、せめてその理由を詳しく説明してほしいものだ。


 ライバル店とはいえ俺としてもそこで変なことをするつもりはない。普通に店に入って、普通に飲み食いして帰るだけ。ただ普通の客として入るだけなのだから、大変なことになりようがないように思う。


 「…………」

 「………ちっ」


 だというのに、環は先程から口をつぐむばかりで一向に理由を説明しようとしてくれない。舌打ちも自然と口から出てくるというものだった。


 「もういい……どうせ店に入ったら分かることだしな」

 「…………!」


 とはいえ、歩き続けていればやがて目的の場所には着く。


 いくら不機嫌な顔を向けられようとも、俺の進もうという意志が折れることは決してない。というか、むしろこんなにも行くなと言われ続けてしまったせいで、俄然がぜん興味が湧いてきた。


 いったいcafeHARMONYでは何が俺を待ち受けているというのだろうか……非常に楽しみである。







 「あぁ、並んじゃった……」


 そんなこんなで、俺と環は無事に列の最後尾へと並ぶことが出来た。


 相変わらずその人気っぷりは衰えていないようで、見るからに長蛇の列ができている。ちょうどゴールデンウィークの最中さなかなためか、いつもよりも少し多い印象だ。


 うーん、これはなかなかに時間がかかりそう。こんなことなら文庫本の一冊でも持って来れば良かったかもしれない。


 一人で時間を潰すのが得意な俺ではあるが、流石にスマホも文庫本もない状況では暇を持て余すというものだった。


 「…………」


 仕方がないので、目の前に並んでいるお客さん達を観察することに。


 隣でガックリと肩を落とす環は完全に放置して、俺は暇を潰すため真っ直ぐに前を向いた。


 「すぅぅ、はぁぁ」


 全集中……ぼっちの呼吸、壱ノ型『人間観察』!


 ギン! と、目をかっ開く。


 全神経を視力に集中させることによって、人間のどんなこまやかな仕草さえ決して見逃さない、ぼっちの基本技である。


 眼精疲労を起こすから、一日に五分ほどしか使用できない禁断の技でもある。おまけに使用している間、周りから変人扱いされてしまうという弱点を持っているから使用時には細心の注意が必要だ。


 これによって俺は周囲から気持ち悪がられ、誰からも声を掛けられることがなくなった。一人になりたい人には非常におすすめの技である。


 楽しさはアリの行列を眺めるのと同じくらい楽しい。


 楽し過ぎて時を忘れられるのが、この技の最大の特徴だ。


 ちなみにぼっちの呼吸に弐ノ型はない。たった今俺が暇すぎて適当に考えた設定だからな。壱ノ型だけでは寂しいので、今夜にでも弐ノ型、参ノ型と考えていこうと思う。


 やべぇ、鬼〇の刃ごっこ楽し過ぎんだろ!


 鬼〇の刃という作品をこの世に生み出してくれた先生に心の中で感謝の気持ちを伝えながら、俺は人間観察を続けた。


 あんまりにも露骨ろこつに観察を続けるとマジで警察に通報されかねないので、気持ちボケーッとした表情を作りながら様々な人間を視界にとらえていく。


 「……ん?」


 すると、気づくことがあった。


 普段は考えなしに遠くから眺めているだけの行列だが、こうして近くでまじまじと観察していると、この行列にも特徴があるのだなと知ることができる。


 並んでいる客層は若者が多い。

 

 テレビで特集されてるし、お洒落な店なんだからそれはまぁそうなんだろうが……だとしても、


 「なんか、やけに男性客が多くないか?」

 「──!?」


 心なしか女性客に比べて、男性客の方が多く見受けられる。


 比率にして男7:女3くらいの割合だろうか。どちらかと言うと女性客の方が多いイメージだったからこそ、少し意外な印象だ。


 「いつもこんな感じなのか?」


 なんとなしに、この店の常連となっている環に問い掛けてみた。


 すると環は「えっ?」と肩を跳ねさせてから、途端に目を泳がせ始めた。


 「え、えーと……そ、そうね……いや、いつもはむしろ女性客の方が多めっていったところかしら?」

 「…………」


 どうやら、男性客が多いのは今日に限った話ではないらしい。


 どうして環がこんなに動揺しているのかは全くもって分からないが、彼女の反応を見る限り、嘘であることは間違いなさそうだ。


 もしかしたら男性客が多いことこそが、俺を行かせたくない理由に繋がっているのかもしれない。


 男性客に人気な理由ってなんだろう……裏メニューでニンニク多めの二郎系ラーメンでも食えるのかな? 


 後でブレスケアを買って、口臭を抑えなきゃ!


 とかなんとか、そんなことを考えている内にも列は進む。お腹を空かせながら黙って待っていると、意外にも早く俺達の順番が回ってきた。


 見た感じ行列は長いが、ほとんどのお客さんはドリンクをテイクアウトだけして帰っているようで、思いのほか回転率は良いらしい。正直もっと時間がかかるものだと覚悟していたが、スムーズに入店出来そうでなによりだ。


 しかし、


 「……上月」


 あともう少しで店に入れそうなタイミングで、隣に立つ環がまたもや服の袖をギュッとつまんできた。


 「……なんだよ、流石にここまで来て帰るとかはなしだぞ?」

 「ううん」


 環はふるふると首を横に振って、緊張した眼差しで俺の顔を見上げる。


 「ただ、これだけは入る前に言っておこうと思って……。上月……これからお店に入って、何がアンタを待ち受けていようとも、最後までちゃんと正気を保っていられるよう気を確かに持つのよ」

 「……は?」


 真剣な顔して、何言ってんだコイツ?


 「…………」


 一旦冷静になって、環の言葉の意味を真面目に考えてみる。


 「……いや、マジで何言ってんのお前?」


 ダメだった。環の言葉を十秒くらい真剣に考えてみても、全くもって意味がわからない。


 気を確かに持て? 本当に何言ってんだコイツ?


 本来喫茶店というものは、お茶を楽しみくつろぐ場所であるはずだ。これから安らぎの空間に行くというのに、わざわざ気合を入れなきゃいけない意味がわからない。


 「頭大丈夫かお前?」


 意味が分からなさ過ぎて、思わず環の正気を疑ってしまった。


 こんなことを言えば暴力を振るわれることは確実だろうに、そんなことも今は忘れて、彼女の頭の中身を本気で心配してしまう。なんなら今すぐにでも病院に連れて行って、精神科の先生にてもらおうかとも思った。


 しかし、流石に人前で暴力を振るうのはマズいと判断できる知性は残っていたのか、


 「大丈夫に決まってるでしょ、殺すわよ?」

 「お、おう」


 頸動脈けいどうみゃくをきゅいとまみ、大人しく脅迫するだけで済ませてくれる。


 うっかり頸動脈をき切られるようなことがなくて、本当に良かったです……。

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