この中に一人、裏切り者がいる
そんなこんなで本格的に働くこととなったゴールデンウィーク二日目。
入院前のマスターが近所の友人達に新メニューの宣伝をし、多くのお客さんが来店されることを想定していた店内にて、
「暇だなー」
「暇ねー」
「暇ですねー」
俺達はのんびりとした時間を過ごしていた。
「なんでよぉぉぉぉぉ!!??」
ただ一人、やる気だけは一人前な環の絶叫が閑散とした店内に響き渡る。
思わず耳を塞ぎたくなるような大音声に、俺と真里菜さんは一瞬だけうるさいなと顔を顰めてから、
「まぁおかげで私は執筆作業に専念できるから、ありがたいっちゃありがたいんだけどね」
「逆に良かったっすよねー」
カタカタカタと、環の叫びを無視して自分たちの仕事へ戻った。
無論、喫茶店の仕事ではない。ラノベ作家としての仕事と、そのサポートをする、みたいな感じの仕事だ。
「ちょっとそこの二人、お客さんが来ないことを喜ばないっ!」
「真里菜さん、とりあえず言われた資料を集めて、ついでにピックアップしてまとめておきました。こんな感じでいいですか?」
「わぁ、見やすい! ありがとう優君! 一人じゃこういうの探すのも意外と時間かかったりするから大変なのよねー、助かるわー!」
「いえいえ、これくらいは……。ていうか、時間がかかるのは単に関係のないネット記事まで見ているからでは?」
「お、おぉ……相変わらず痛いところを突いてくるわねぇ。編集者かよ」
「ねぇ、私のこと無視しないでよ!!」
バンバン! とテーブルを叩きながら必死に自身の存在をアピールする環。うるさいったりゃありゃしない。
「二人共頭良いんだからもっと真剣に考えてよ! 何かこの状況を打開できる良い策はないの!? なにかっ!!」
「「…………」」
このまま無視し続けてやりたいところであるが、しかしそうすると延々と喚き散らされそうな気がしたので、俺と真里菜さんは渋々環の相手をすることにした。
作業する手を止めて、環の方へと視線を移す。
「そうは言うがな、もともとこうなったのは全部お前のせいだろうが。お前がなんとかしろ、お前が」
「そうねぇ、お義父さんを入院させちゃった件もそうだけど、それ以上に『おじいちゃんの分まで私が頑張ります!』ってことをお客さん達に伝えちゃったのはいただけないわよねぇ……。そんなの環ちゃんの口から聞いちゃったら、誰も来なくなるに決まってるじゃない」
「うぐっ!?」
「お前の料理はどう取り繕ったところで殺人的なんだよ。自分が周りにどう思われてるかぐらいきちんと理解してから発言しろアホ」
「環ちゃんはもう少し自分の作る料理に対して自信をなくした方が良いなって、お母さん思うなー」
「ぐはぁっ!?」
俺と真里菜さんの苦言に、アホの環はまるで銃で撃たれたかのようなリアクションを見せた。
大袈裟な仕草でダメージを受けた後、近くで掃除をしている天童に泣きじゃくりながら抱き着く。
「うわーん! 美花ぁ! 二人がっ、二人が私をいじめるよぉ!」
「あー、はいはい。大丈夫ですよ環先輩。私はいつだって環先輩の味方ですからね」
「うわーんママぁ!!」
「いえ、私はあなたのお母さんでは……というかそこに本物が……。あー、もう……お二人共、こうなることは最初からわかってたことでしょう? 何を言うにしても、もう少し言葉をオブラートに包んでくださいよ」
「はいはい、わかったよママ」
「はーいママー、わっかりましたー!」
「だから私はママじゃないって言ってるじゃないですか!」
俺達に怒鳴りながらも、こなれた手つきで環の頭を優しく撫で続ける天童。そういうところがママなんだよ、そういうところが。
三ノ輪家と交流を持つようになってから、天童はみるみるうちに立派なママへと成長していった。見た目はこの中で誰よりもちんちくりんだというのに、溢れ出る母性を前に、三ノ輪家のガキみたいな女性陣はあっという間に陥落してしまったのだ。
なんなら俺も、一緒に暮らしている中でつい、その母性に陥落されてしまいそうになることもある。
しかし俺がそんな目で天童を見るたびに、必ずと言って良いほど蔑むような目を向けられて、
「特に優さん、私のことママって言うのやめてもらっていいですか? 優さんが言うとマジで気持ち悪いんで」
なんて、冷たい言葉であしらわれてしまうのだ。
「いい加減私も本気で怒りますよ?」
「えぇ……」
というか、現在進行形であしらわれてますね。
三ノ輪家の女性陣に対する態度に反して、こういう時の天童から俺に向けられる殺意の質は異常。思わず絆されそうになる気持ちも一瞬で冷めちゃうレベルで、冷酷な眼差しが心に突き刺さる。
油断すればちびってしまいそうだ。天童の前では、きっと誰もが平等に子供となってしまうのだろう。
優しくしても冷たくしても相手を子供にすることが出来る天童さん、流石ですね!
天童さんの凄さはもう十分俺に伝わったから、とりあえずその硬く握りしめた拳を解こうか!
こっちに向けないで!!
「ま、まぁそうだな……この店にどうやって客を戻すかって話だったよな?」
このままだとうっかり殺されてしまいそうな感じがしたので、俺は慌てて話題を元に戻した。
正直言ってやる気なんてものはまだ一ミリも出てきちゃいないが、見た目だけでもやる気を出さないと殺られてしまうので仕方がない。
それに実際このダラダラと過ごしている時間ですら給料が発生しているのだ。少しは頑張って喫茶店の仕事に貢献しないと、お世話になってるマスターに申し訳が立たない。
「とは言ってもねぇ……たぶん、そう簡単に解決できる問題じゃないわよ、これ」
カタカタとキーボードを叩く手を止めて、真里菜さんが悩まし気にそう呟いた。
頬に手を添え、眉を八の字にしながらその理由を説明する。
「今から誤解を解こうにも、お義父さんが呼び込んでたお客さん達みんな環ちゃんの話を聞いて旅行に行っちゃったからねぇ。帰ってくる頃には冷蔵庫にある食材も痛んじゃってるんじゃないかしら」
「えぇ……その話、マジすか?」
どうやらマスターが呼び込んだ客はすでにこの町を発ってしまったらしい。環が料理をするわけではないというのに、その旨を伝えることすら難しい状況になってしまったようだ。
……ていうか、どう考えても逃げられてますね、これ。
環の作った料理が振るまわれるかもしれないという可能性だけで、大急ぎでこの町を離れていったマスターのお客さん達。
どんだけ警戒されてんだよ……。集中豪雨に見舞われた時だって、そこまで迅速な行動を取ってなかっただろうに……。
「そうなのよぉ、みんな判断が早すぎるのよぉ」
「環先輩……」
環は天童の胸に顔をうずめながら、ぐずぐずと泣き言を並べていた。
天童はそれを心配そうな眼差しで見つめ、頭を撫でる。
「おじいちゃんが呼び込んだお客さん達、絶対みんな鱗〇さんの弟子よぉ」
「いや、いくら何でもそこまで昔の人じゃないでしょ」
流石に判断が早すぎるというだけの理由で鱗〇さんの弟子と決めつけるのは良くないと思ったのか、天童は頭を撫でる手をピタリと止めてツッコミを入れていた。
あははと笑顔を取り繕いながらも、どこか心配する気が失せたかのような表情を浮かべている。
分かる、分かるぞ天童!
そいつもう絶対に元気取り戻してるよな、今すぐにでも頭シバいてやりたいところだよな!
我慢しなくても良いんだぞ天童!
俺が代わりにシバいてやろうか!?
とはいえ、俺や天童が環の頭をシバいたところで、奴のアホさが治るわけではない。
人間の頭を叩いたところで、知能の低さが改善されることはないのだ。
叩いて治るのは家電だけ。これ、世界の常識な。
環のことはもう完全に放置することにして、今は厨房の冷蔵庫に残っている大量の食材をどうするかについて考えた方が賢明だろう。
「マスターの呼び込んだお客さん達はもう来ないとして」
「まだわからないじゃない!」
「……確実に来ないとして、赤字を回避するにはライバル店からどれだけ新規顧客を奪い取れるかってところが重要になってきそうですね」
「そうねぇ、実際cafeHARMONYにはほとんどのお客さんが取られちゃってるわけだし、新しいお客さんを増やすとなると、勝てないまでも、相手にはない魅力を町の人達にアピールしていくしかないかしら?」
「うわーん美花ぁ! また二人が私のことを無視するよぉ!」
「はいはい、優さんも真里菜さんもようやくやる気を出してくれたので、環先輩はそんなお二人の邪魔をしないよう大人しく私の胸で泣いていましょうね。あっ、何か甘いものでも食べます?」
「うん食べるぅ」
泣きわめく環は天童に任せるとして、俺と真里菜さんはライバル店からいかにお客さんを奪い取ることが出来るか思考を働かせた。
しかし、
「「うーん……」」
俺も真里菜さんも経営者としてはド素人なためか、良さげなアイデアは一切浮かんでこない。
なんとなくで思いついたことを口に出しては見るが、どれも決定打に欠けるていような気がした。
そもそもの話、テレビで特集されるほどのチェーン店に勝てる方法が、ハナからうちの店にも存在しているのだろうか?
マスターがこの場にいれば話は変わっていたかもしれないが、素人の俺達だけでお客さんを奪い取れる方法などないように思う。
「あー」
だんだんと考え続けることがしんどくなってきて、俺は呻き声を上げながらどっかりと背もたれに体重を預けた。
半ば敗北を受け入れるような気持ちで天を仰ぐ。
「ていうか、そんなにcafeHARMONYって良いところなんですか? ぶっちゃけ俺、行ったことないから知らないんすけど?」
テレビで一度見たことはあるが、正直言うとそこまで素晴らしい店だという印象は抱かなかった。
個人的な感想としては、どこの町にもありそうな普通のチェーン店だ。コーヒーも職人ではなく機械が淹れてるようだし、価格的にもコンビニの方がずっと安く設定されている。わざわざ好んで足を運ぶような場所ではなかったように思う。
だというのに、あの人気っぷり。
オープンしてから約一ヶ月近く経つが、未だに行列を見ない日はない。
「確かに、単純な質としての勝負ならうちの方が勝っていそうよね」
隣に座る真里菜さんも感想は同じなのか、不思議そうな顔つきで首を傾げていた。
「機械なんかよりもお義父さんが淹れてくれたコーヒーの方が美味しいに決まってるし、だから私もコーヒーを飲むならいつもここに来てたわけなんだけど……こんなことなら試しに一度行っておいた方が良かったかしら?」
「まぁ身内にあんな美味いコーヒーを淹れる人がいるんなら、普通は行かないっすよね」
やはり真里菜さんもcafeHARMONYには一度も行ったことがないのか、ライバル店の有益な情報は得られなかった。
そもそもの話として、俺達は敵の情報を知らなすぎる。
「……ちなみに天童は行ったことあんのか、cafeHARMONYに?」
あまり期待はしていないが、もしかしたら一度くらいは友達付き合いで行ったことがあるかもしれないと希望を込めて、天童にもダメもとで聞いてみた。
だが、天童も俺達と同様何も知らないようで、申し訳なさそうな顔つきで首をふるふると横に振る。
「いえ、残念ながら私も一度も……」
「私は友達と一緒に10回くらい行ったことあるわよ! クーポン券も持ってる!」
「なんでこん中でお前が一番行ってんだよ! しかもちゃっかり常連になってんじゃねぇか!?」
スマホの画面にクーポン券を表示させ、それを得意げに見せびらかす環に、俺は堪らず声を張り上げた。
この中で一番あり得ないと思っていた奴からのまさかの裏切りに、ツッコミを入れずにはいられない。
「今までのcafeHARMONYに対する恨み言は何だったんだよ!? 『絶対に負けないんだから!』って言っておきながら、めちゃくちゃ相手方の売り上げに貢献してんじゃねぇか!!」
「ひっ!?」
「ちょっ、優さん!?」
「お、落ち着いて優君! 環ちゃん、別にそんな怒るほどのことしてないでしょ!?」
「そうよそうよ!」
天童と真里菜さんが俺を止めるように動き、環がそれに乗じて強気に出ようとする姿勢を見て、俺の中の怒りのボルテージがこの上なく急上昇した。
この女、絶対に許さない。
「ふざけんなっ! 昨日腹痛いから帰りたいっつってる俺に小一時間くらい延々とcafeHARMONYには行くなって言ってたのはどこのどいつだよ! くどくどくどくどと適当にでっち上げた話を延々と聞かせやがって! お前が行ってんじゃねぇか!!」
「環先輩……何を二人で話してるのかと思ったら、そんなことを……」
「ごめんね優君、引き止めちゃって。ビンタくらいなら良いと思うよ」
「ち、違うの!? これには上月を行かせたくない深い事情ががあって! ちょっ、ごめんって! 謝る! 謝るから! こっち来ないで! きゃぁぁぁぁぁ!!??」
真里菜さんの許可も得られたということで、俺は溢れ出る本能のまま環に襲い掛かった。
しかし、俺が環を捕まえるのに苦戦して、それから五分ほどの時間が経過したころ、
「ぜぇ、はぁ……くそがっ!」
「はぁ、はぁ……ふ、ふふふ、甘いわよ上月。アンタの動きなんて、私には手に取るように分かるんだから!」
「すみませーん。えー、この店で若い男女が暴れ回ってるって通報を受けて来たんですけれど……もしかして君たちのこと? ちょっとお話聞かせてもらいますか?」
「「「「────!!!!????」」」」
通報を聞きつけたお巡りさんの突然の参入があって、結局、俺は環をビンタすることが出来なかった。




