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天使の仕事ほど嫌なものはない  作者: 大上丈
第二章 金なしゴールデンウィーク
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環ちゃんの暗黒物質

 「で? いったいどういう経緯けいいで俺は喫茶店RINGで働くことになったんだ? ん?」

 「いだだだだだだだだだだ!!!」


 そんな天童の絶叫が、店内に響き渡る。


 俺は硬く握りしめた拳で天童の頭を挟みながら、渾身の力を込めて質問とグリグリを繰り返していた。


 「痛い痛い痛い! ごめんなさい優さん! 私が悪かったです! 私が悪かったですから! もう許してくださいお願いします!!」

 「で? いったいどういう経緯で俺は喫茶店RINGで働くことになったんだ? ん?」

 「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 「ちょ、ちょっと……」


 十分くらいそれを続けたところで、俺達にドン引きした眼差しを送る環が制止の声を投げてきた。


 「そろそろやめて上げたら? ほら、結果としてちゃんと生き返れた訳だし……美花も凄い反省してるみたいだし……。その、さっきから全然話も進んでないみたいだし……」

 「…………」


 確かに環の言う通り、俺の聞きたい答えはさっきから何も返ってきちゃいない。


 天童にどんな質問を投げかけても返ってくるのは許しをう悲鳴ばかりで、会話が成立しているとはとてもじゃないが言えないだろう。


 「まぁ、それもそうか」


 それに、いい加減俺の腕の筋肉も疲れてきたところだ。


 俺を殺した罰も十分に与えられたことだし、今は環の提案を素直に聞くことにして、ここらで天童を頭グリグリの刑から解放してやることにするか。


 「ほら」

 「あっ、あがががががが!」


 俺が拘束する力を緩めると、天童はその場にぼとりと落ちた。それから水揚みずあげされた魚のように、頭を押さえながらビクンビクンと激しく床の上をのたうち回る。


 少々仕置きが過ぎたかなと心配していたが、きが良いようで何よりだ。あともう五分くらいは続けてやっても良かったかもしれない。


 そんな冷徹な眼差しを送る俺とは対照的に、環は手を合わせながら、申し訳なさそうな顔つきで天童に頭を下げていた。


 「ごめんね美花。今度スイパラ食べ放題奢ってあげるから……」

 「ぜ、絶対ですよぉ……がくっ」


 そう言いながら、ガクリと力尽きる天童。


 「おい、まだ話は終わってないぞ…………ちっ」

 

 勝手に狸寝入りを始めた天童に蹴りを入れてやろうかと思ったが、流石に俺もそこまで鬼ではないので、舌打ちをするだけに留めてやる。


 俺の舌打ちにピクリと反応を見せた天童をあえて放置して、同じく事の経緯を知っていそうな環へと質問の矛先を切り替えた。


 「んで、環。結局のところ、なんで俺達は喫茶店RINGで働くことになってんだ?」


 訳の分からないまま天童に拉致らちされてしまったから、聞きたいことなら山程ある。


 俺は次へ次へと、また違う質問を繰り出した。


 「制服に着替えたは良いけどよ、正式な手続きなんて何もしてないし、マスターの許可も取ってないだろ? そりゃ俺だって母さんに働けって言われて困ってたけどよ、流石にいきなり二人もやとうのは無理があるだろ」


 床に倒れている天童も、俺と同じく喫茶店RINGの制服を着ている。そのことから、一緒に働くことになったんだなぁということはなんとなく察しが付いている。


 しかし、この店で二人も新しくバイトを雇うのはいかがなものか。


 もともとここは、足手まといの環を抱えながらも一人で切り盛りができるような小さなお店だ。客入りもそんなに多くないし、俺ら二人を雇う余裕もなければ、必要もないように思う。


 「てゆーか、そもそもその肝心のマスターはどうしたんだよ? さっきから姿が見えないようだけど、どっか行ってんのか?」


 天童の頭をグリグリしている間にも、マスターの不在は気になるところだった。


 俺達が店の中でこんなにも騒いでるというのに、一向に姿を現わさない。見たところ店も開けていないようだし、少なくともマスターがここにいないことだけは間違いないだろう。


 「ぐがー、ぐがー!」


 その代わりといっていいのかよく分からないが、テーブル席のソファで白目をむいたラノベ作家が死んだように爆睡していた。


 彼女の名前は三ノ輪真里菜みのわまりな。小説を書くことを生業なりわいにしている、環と円香さんのお母さんだ。


 「ぐがー、ぐがー!」

 「…………」


 しかし、先程から天童の悲鳴とスマホが鳴り響いていたというのに、まるで起きる気配がない。


 どうしてこんなところで真里菜さんが爆睡しているのか、マスターが不在なことと同じくらい気になるところだった。


 原稿は大丈夫なのかなぁ? 締め切り破っちゃってないかなぁ? ファンとして心配事は尽きない。


 プルルルルルルルル!!


 あっ、また編集から着信が来た。そろそろ起こしてあげた方が良いかな?


 「そ、それは……その……」


 真里菜さんを起こしに行こうかなと思ったところ、ようやくのことで、環が指をもじもじと合わせながら口を開いた。


 「えーと……」

 「…………?」


 が、何やら言いにくいことでもあるのか、口元をもごもごと動かしているばかりでなかなか喋ろうとしない。


 きっと余程後ろめたいことを言おうとしているのだろう。その証拠に、さっきからしきりに目が右往左往に泳いでる。


 こうなってしまえばかすだけ余計に時間がかかるばかりなので、俺は環のその様子を眺めながら、根気強くしばし待つことにした。


 「…………」

 「…………」

 「……その」


 それから三十秒程経過して、ようやく質問の答えが返ってくる。


 「おじいちゃん……ちょっと今入院しててね……その、食中毒で……」


 その不明瞭に紡がれていく言葉に、俺は戦慄を隠すことが出来なかった。


 「環……お前」

 「ち、違うの! わざとじゃないの!」


 ドン引きする俺に環は必死になって「違うの!」と何度も連呼れんこするが「わざとじゃないの!」と言ってる時点でもはや連呼する意味はないと思う。


 今すぐ警察に連絡した方が良いのか、ぶっちゃけ本気で迷った。たぶん、手元にスマホがあったのならすぐに110番通報してたことだろう。良かったね環。今、俺のスマホがぶっ壊れてて。


 「ま、待って!」


 環はそんな俺の心境に気づいたのか、自身の潔癖けっぺきを証明するよう無駄に言い訳を始めた。


 「違うの! ホントはアンタに食べさせる用に作ってたんだけど、結構見た目が綺麗に出来てたから、おじいちゃんそれを自分が作ったものだと勘違いして味見しちゃって! それで、もの凄くお腹を壊しちゃっただけなの!」

 「だけなの、じゃねーよ! お前はいったい俺に何を食べさせようとしてたんだ!?」


 どうやら環の目的は、俺に自分の作った飯を食わせて病院送りにするつもりだったらしい。


 いや、ふざけんなよな? いい加減俺も裁判沙汰にするぞ?


 「そ、そんな怒んなくてもいいじゃない……」


 俺がキレると、環は少し涙目になりながら、うつむきがちに下からにらんできた。


 「お金がなくて困ってるアンタのために作った唐揚げなんだから! ちょっと中まで火が通ってなかったってだけで、本当に美味しそうに出来てたんだから!」

 「見た目が美味しそうだから何だってんだよ! マスターを入院させてる時点で全然ちょっとじゃねーだろボケ! カンピロバクター菌をなめんな!!」


 環の優しさには素直に感謝したいところだが、やってることがってることなので全然感謝できない。


 その結果として、無実のマスターが犠牲となったのだ。問答無用で説教だ説教。絶対に甘やかしてはいけない。


 俺は憤怒の表情のまま、半泣きの環を睨みつけた。


 鶏肉の生は絶対に食べちゃダメ! これ、世界の常識な!


 「そ、そう言うと思って!」


 しかし、俺の睨みつける攻撃なんてつゆほども効いていないのか、環は一瞬で勝ち誇ったような笑みを浮かべて、いそいそと厨房の方へと引っ込んでいった。


 数秒後、


 「じゃじゃーん、見てこれ!」

 「あ?」


 皿の上にこんもりと盛った黒い物体を見せつけながら、意気揚々と俺の元へ戻ってきた。


 「……えーと」


 訳の分からないものを見せつけられ、戸惑いを隠しきれない俺。


 何だろうコレ? マジで何なのかわからない。


 環は酷く困惑する俺に、自信あり気な口調でその物体の正体を告げた。


 「レバニラ炒めよ!」

 「は?」


 驚愕する俺に、環は胸を張って自身の努力を主張する。


 「生焼けはダメってきちんと学習したから、今度はちゃんと火を通したの! アンタ、頭から大量の血を流して貧血の症状が出てたからね。上月の体のことを考えて作ってあげたんだから、最後の一口まで安心して、しっかり完食しなさい!」


 そう威勢よく語る環に、次の瞬間、俺は容赦ない怒声を浴びせていた。


 「アホかぁ! どこからどう見てもただの炭じゃねーかコレ!! 食材に謝れぇぇ!!!」

 「ひゃん!?」


 栄養素が死滅した発がん性物質たーっぷりなレバニラ炒め☆


 お金が入ったらすぐにがん保険に入ろうと、俺はそう強く決意した。

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