ストーカー天童
暖かい風が吹いている。雲がぷかぷかと浮かんでいる。背後から熱心なバスケ部員の練習音が聞こえてくる。
昼休み、俺はお昼ご飯を食べに体育館裏へと来ていた。
いつもならお昼はトイレで食べると決めている俺だが、つい先日母さんからの手紙で沢山の天使達に監視されていることを知ったので、場所を移すことに。
どこか一人になれるところはないかなーと思い、校内をフラフラと散策したところ、この誰もいない穴場のスポットを見つけられたという訳である。
トイレ程完全な個室ではないが、ここならば母さんも文句は言わないだろう。
「あー、死にてー」
青く澄んだ空を眺めながら、自然とそんな言葉が口から出てくる。
結局俺はあの後普通にぶっ倒れ、保健室に担ぎ込まれた。
これではいったい何のために遅刻しないよう必死になって走ってきたのか分からない。やったことなんて言えば、熊谷にゲロをぶちまけたことくらいだ。
それから保健室のベッドで爆睡し、教室に戻ってこられたのがほんの一時間前のこと。
頭と胃袋をスッキリさせた俺に待っていたのは、クラスメイト達からの殺意の込められた視線だった。
どうやら俺は熊谷にゲロをぶちまけたことによって、完全にクラスメイト全員を敵に回してしまったらしい。仕方がないとはいえ、少なくとも今年度いっぱいは酷い目にあうことは間違いないだろう。苛烈な虐めが待っていないことを願うばかりである。
と、そんな風に俺が絶望していると、
「ダメですよ優さん、死にたいなんてそんなこと言っちゃあ」
サッカーボールサイズのおにぎりを持った天童が体育館の角からひょっこりと顔を出し、当たり前のような顔して俺の前に姿を現わした。
「あーむ。うまうま」
「…………」
そして、突然のことで動揺を隠しきれない俺の隣で、大きなおにぎりをむしゃむしゃと頬張りだす天童。
どうしよう……あまりにも幸せそうな顔して食べてるもんだから、ちょっとグーで殴りたくなってきたぞ。
沸々と湧き上がってくる怒りのまま、俺が拳をギュッと握りしめると、
「命は大事にしないといけません」
天童はそんな俺に対し、生意気にも説教を始めた。
「この世には死にたくなくても死んでしまう人が沢山いるのです。例えどんなに辛い状況になろうとも、簡単に生きることを諦めてはいけませんよ」
「…………」
果たして、コイツはいったいどの立場でものを言っているのだろうか。
なんだか良いことを言ってる風に聞こえなくもないが、俺を辛い目に合わせているのは間違いなくコイツな訳で、まったくと言って良いほど心に響かない。
天童だけには『命は大事に』なんて言葉を軽々しく言ってほしくなかった。
お前が大事にしろお前が。俺の命を弄ぶな。
「それ以前に、ちゃんと目標の善行ポイントを貯めるまで、私が優さんを絶対に死なせたりなんかしませんからね」
「…………」
そう言いながらニッコリと微笑む天童が、悪魔に見えて仕方がない。
悲しいことに、どうやら俺はこれからもずっと、死ぬまで天童に命を弄ばれてしまうらしい。
コイツのやることなすこと、俺を酷い目に合わせてばかりだ。
目標の善行ポイントとか言っておきながら、天童のせいで付与された悪行ポイントは計り知れない。天使になるどころか、シンプルに俺の地獄逝きが濃厚になってしまったまである。
もしかしたらコイツは、俺を苦しませて殺すというのが本来の目的なのではなかろうか。
本当に死ぬつもりなんてなかったのに、これからの人生にコイツが付いてくるのを考えると、今のうちに死んでしまった方が良いような気がしてきた。
地獄逝きになるのはいいとしても、地獄の底の底にまで叩き堕とされるのは流石に嫌だ。
「……ていうかなんでお前、俺がここにいるってわかったんだよ?」
そもそもの話、どうしてコイツは俺がここにいるとわかったのだろうか。
昼休みになるなりすぐに教室を出て、購買であんパンを買い、ここで飯を食おうと決めたのがほんの二分前のことだ。
俺がどこに向かっているのかなんて誰にも教えてないし、ここに来るまで誰かに付けられてるような気配もまったく感じなかった。
なんの手掛かりもなしに校内を探し回ったにしては、俺を見つけ出すのが少し早すぎるように思う。
昨日、喫茶店RINGに突然現れた時もそうだが、コイツはいったいどうやって俺の居場所を突き止めているというのだろうか。それが気になった。
まさか、本当に頭の中にGPS的なものを埋め込んだんじゃ……。
「それはもちろん、乙女の勘ってやつです!」
「…………」
天童は俺の心配をよそに、ふふんと自慢げに鼻を鳴らし、そう答えた。
おいおい、なんだかよく分からない答えが返ってきたぞ。
乙女の勘と言えばせいぜいが恋愛感情の機微を敏感に察知できるくらいのイメージしかないのだが、果たしてそんなストーキング能力に長けた便利なものだっただろうか。
もしかしたら俺が知らないだけで、実は乙女ってみんなストーカーだったりするのかもしれない。
どうしよう、途端に全世界の乙女が怖くなってきたぞ。
これからは乙女を見かけても、なるべく近づかないよう気をつけることにしよう。
「だとしても、学校でまでわざわざ俺と一緒に居なくても良いだろ。飯なんて、教室にいる連中と食えば良いじゃねーか」
俺の居場所を突き止めた方法はもうそれでいいとして(良くない)、四六時中コイツに付きまとわれるのはどうにかならないものだろうか。
プライベートの時間を完全に潰されては、いつまでたっても心は休まらない。
「クラスメイトに誘われたりしなかったのか?」
天童はおよそ天使とは思えないほどの傍若無人っぷりを発揮するクズだが、それはあくまでも俺に対してだけのものだ。
天使としての性なのか、一応俺以外の人間には普通の女の子として振る舞うようにしているらしい。
なんだかんだ言っても社交的だし、学年一位だし、無駄に容姿も整っていることから、たぶん俺なんかと違って友達になりたいなと考えてる奴は多いんじゃないかと思う。
「誘われましたけど、全部お断りさせていただきました。あーむ」
「……え、なんで?」
当然のように即答する天童に、俺は面食らってしまった。
「優さんを一人にする訳にはいきませんからね」
「…………?」
これまたよく分からない答えが返ってきた。一人にする訳にはいかないとはどういうことだろうか。
「優さんを狙う悪い虫から守ってさしあげないと」
「はぁ? なんだそれ?」
ますます分からない答えが返ってきた。
悪い虫とは、いったい誰のことを言っているのだろうか。俺にとっての悪い虫とは間違いなくコイツのことなのだが、流石に自虐ネタを言ってるわけではなさそうだ。
「あー、なるほど」
でも、心当たりはある。天童以外の誰かだとすると、真っ先に思い浮かぶのはアイツの顔だ。
「悪い虫って環のことか。そうだよな……アイツ、よく俺の命を狙ってくるし、マジうぜーよな」
「いえ、全然違いますけど」
天童以外で俺の周りをうろちょろしている奴なんて、環くらいのものだろう。
虫のようにまとわりつき、平気で俺の命を奪う極悪人。そんな奴は環を置いて他にない。
「でも心配しなくても大丈夫だぞ天童。校内にいる間だけは、アイツも無闇に殺人を犯したりなんかしないからさ」
「いやだから全然違うって言ってるじゃないですか」
いかに殺人鬼の環と言えども、白昼堂々と俺を襲ってくるわけではない。
特に学校なんかは色んな人に多大な迷惑を掛けてしまうことになるから、俺にとっての一番の安全地帯となる。
しかし逆に言えば、校内を出てからは普通に襲ってくるという意味でもある。
特に誰も見ていないところなんかでは堂々と命を狙われたりすることもあるから超危険だ。
その時には是非とも天童には俺の命を全力で護っていただきたいものである。相打ちになってくれれば尚のこと良い。
「……ちなみに聞きますけど、優さんって環さんのこと、どんな人だと思ってるんですか?」
下からジト目で俺を見上げながら、天童がそう問い掛けてきた。
俺は一切迷うことなく、その問い掛けに即答する。
「年がら年中生理痛の女」
「それ絶対に本人の前で言っちゃダメですからね!!」
直後、天童にキレられた。
なんで天童が怒るのか分からないが、もしかしたら言葉の意味が正しく伝わっていないだけかもしれないので、もう少しだけ詳しく説明してやることにする。
「いやでも、なんかアイツいっつもキレてるし、年がら年中生理痛ってのは我ながら言いえて妙だと思うん──ごっ!?」
言ってる途中で、天童の拳が脇腹に突き刺さった。
内臓を打ち抜く強烈な一撃に、俺は堪らず膝から崩れ落ちる。
「あっ──がぁ──!?」
深刻なダメージを受けてしまったのか、呼吸がうまく出来ない。体がビクンビクンと痙攣して、立ち上がることすらかなわない。
「それ以上言ったら、本気で殴りますからね」
天童はそんな俺を、まるでゴミを見るような目で見下していた。
固く握られた拳が、金属バットよりも恐ろしい凶器に見える。
「そ、そういうのって普通……殴る前に言うんじゃ……」
「いいえ」
明らかに殴っておきながら、天童は平然とした顔でふるふると首を横に振った。
「今のは1パーセントの力も出していないので、殴った内に入りません。ノーカウントです」
「ふ、ふざけんな……! そ、そんな、わけっ──ねぇ、だろ……!」
その理屈で言えば、俺は天童にも母さんにも、一度も殴られたことがないことになってしまう。
ふざけた話だ。そんなことで今までの暴力がなかったことにされては堪らない。
「──!」
俺は悶え苦しみながら天を見上げ、強く願った。
今の見てましたか神様! コイツです! この天童美花とか言うアホ天使にやられました! どうか神様の偉大な力をもってして、このクソ天使に強烈な天罰を与えてやってください! お願いします!!
と、そんな俺の願いが天に届いたのかどうか分からないが、キーンコーンカーンコーンと、「そんなの知らんがな」って感じで昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響く。
天童はその音に顔を上げて、
「おっと、もうこんな時間ですか。急いで教室に戻らないと」
慌てて残っていたおにぎりを全て口の中へと放り込み、蛇のように一気に丸呑みした。
それから俺に背を向けて、足早に体育館裏から去って行ってしまう。
「優さんもいつまでもそんなところで寝てないで、早く自分の教室に戻ってくださいね!」
「……ちょっ」
そんな言葉だけを遠くから言い残して、天童は完全に俺の目の前から姿を消してしまった。
「…………いや、手ぇ貸せや」
キーンコーンカーンコーン。
その五分後……結局自力で立ち上げれるまで回復出来なかった俺は、地面に倒れ伏したまま、午後の授業にも普通に遅刻した。




