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天使の仕事ほど嫌なものはない  作者: 大上丈
第一章  天童美花、降臨
18/79

ギャル生徒会長

 「はぁ……本当に酷い目にあった」


 結局、俺と環はマスターの説教を受け、三時間ほど正座させられていた。


 店を荒らしてしまったのが本日二度目ということもあり、もちろんただの正座ではない。


 環は『私は店をめちゃくちゃに荒らしました』と書かれたプレートを首から下げた状態で正座させられ、俺は五つ並べられた角材の上でももに重しを乗せた状態で正座させられていた。


 いくら怒ってもまったく反省してくれない俺達のために、身体的特徴や精神面でのことも考慮こうりょに入れて、公平にどちらも同じくらいの苦痛を感じるようにとマスターが即興で考えてくれた罰である。


 いや、どう考えても俺の方が絶対にキツイだろ。角材の上で腿に重しを乗せた状態での正座って、それただの拷問じゃねーか。


 おかげで俺の下半身はボロボロになってしまった。足の骨に軽くヒビが入っているのか、一歩進むたびにシャレにならない痛みを感じている。


 できることならタクシーを呼んで今すぐに帰りたいところだ。


 まぁ、お金がないから出来ないんだけど……。



 そんなこんなで、今の時刻は夜の七時過ぎ。


 ポカポカと暖かい日差しを送る太陽の光はすっかり西の山へと沈んでいて、辺りは真っ暗になっている。空に浮かぶ満月と小さな星々が、太陽の代わりに暗くなった町を淡く照らしてくれていた。


 「あぁ……腹減ったぁ……」


 丁度夕飯時なためか、周囲の家々から漂ってくる美味しそうな匂いが堪らなく胃袋を刺激してきて辛い。結局のところ喫茶店RINGでは生温い水しか口に出来なかったから、お腹が空き過ぎて今にも倒れてしまいそうだ。


 「頑張ってください優さん、あともう少しの辛抱ですよ」


 天童はそんな俺を少しでも元気づけようとしてくれているのか、優しい笑みを浮かべながらパンパンに詰まったスーパーの袋を掲げてみせた。


 先程思わぬ臨時収入が入ってきてくれたおかげで、量だけでなく、その中身も少しだけ豪華なものとなっている。


 「今夜はちょっぴり贅沢に、良いお肉を使ったビーフシチューなんですから!」


 俺達がマスターからの罰を受けている間も、喫茶店RINGは天童が環の代わりにバイトに入ることによって問題なく開店していた。問題がないどころか、いつもよりも繁盛はんじょうしていたまである。


 天童の働きは、それはそれはもう素晴らしいものだったのだ。


 俺達が厨房へと連行されてすぐに店の掃除を済ませ、客足がないと判断するなり客の呼び込みを開始し、更にはちょっとやり方を教えただけであっという間に接客もレジ打ちも完璧にこなしてみせる。


 そうして、万年閑古鳥が鳴いている喫茶店RINGに多大なる貢献こうけんをもたらしていたのである。


 これには怒っていたはずのマスターも思わずニッコリ。


 流石にそんな天童をただで帰すわけにはいかないということで、感謝の気持ちとして、こうして働いた分の報酬をきちんと頂けたというわけだ。


 ちなみに天童が働いている間、環は自分の居場所が失われていくさまをずっと涙目になりながら眺めていた。ざまぁみろである。


 「期待していてください優さん、必ずプロ顔負けの味に仕上げてみせますので!」


 隣を歩く天童から、そんな張り切った声が上がる。


 俺はいまだ食べたことはないが、コイツの料理の腕は折り紙付きだ。先程のバイトでも簡単な料理を作ってマスターの舌をうならせたという実績があるのだから、その言葉の通り、十分に期待していても良いだろう。


 「丁寧な下ごしらえを済ませ、それからお肉が柔らかくなるまで五時間程くつくつと煮込んで、それからそれから」

 「おいちょっと待て、今なんつった?」


 何だか聞き捨てならないことを聞いてしまったので、俺は意気揚々と語る天童に堪らずストップをかけた。


 は? 五時間? 今五時間って言った? 


 「もしかして五時間って、一時間が5回も続くっていう例のアレのことか?」

 「はい、その五時間です。えっ? ていうか、それ以外に何があるって言うんですか?」


 天童は不思議そうな顔をしてコテンと首を傾げた。まるで「何を当たり前のことを聞いてるんだコイツは?」とでもいうかのような表情をしている。うん、そうだよね。五時間って言えば、それ以外にないよね。


 いやいや待て待て、ちょっと待ってくれ! 五時間は流石に待ってくれ!!


 「あのさ、知らないようだから言っておくんだけど……」


 俺は身振り手振りを交えながら、どうにか天童の考えを改めさせられないかと説得を試みる。


 「俺、今日まだ何も口にしてないんだわ。腹が減り過ぎて死にそうなんだわ。別にプロ顔負けの味に仕上げなくてもいいからさ、もっとこう、簡単に作れるようなものにしてくれよ。朝から何も食ってない今の俺にとって、五時間は普通に拷問だから」


 そりゃあもちろん美味しいものを食べられるのに越したことはない。ないが、流石にこれ以上待たされるのは勘弁願いたかった。


 美味しそうな匂いを嗅がされた状態で五時間だなんて、精神を正常に保てる自信がない。絶対に発狂する。


 「お願いだからもっとパパッと作れるようなものを作ってくれよ。例えばそう、カップラーメンとかカップラーメンとかカップラーメンとか」

 「いや、どんだけカップラーメン大好きなんですか。ダメですよ優さん、そんなものばかり食べてちゃ」


 ──しまった。


 早く飯を食いたいという思いが先行し過ぎて、つい考えなしにそんな提案を出してしまった。


 気づいた時にはもう遅い。案の定天童はプクーッと頬を膨らませていて、怒った表情を作りあげている。


 そういえば晩御飯ガチ勢だったっけか、コイツ。


 「ちゃんと栄養バランスの優れたものを食べないと、いつか体の調子を崩して大変なことになるんですからね。何のために私が天界から降りてきたと思ってるんですか?」

 「俺を殺すためだろ?」

 「違いますよ!」


 あまりにも簡単な問いかけだったので思わず即答してしまったが、どうやら俺の回答は天童いわく不正解だったもよう。えー、うそー、結構自信あったんだけどなぁ……。


 では、正解はいったいなんなのだろうか?


 「優さんの健康を維持するためです!」

 「いや、それこそ絶対に違うだろ」


 俺の健康を維持するのが目的だって言うんなら、なんで昨日から俺の体はずっとボロボロなんだよ。


 もちろん俺の体がボロボロになっている原因は、天童のせいばかりではないだろう。しかし、それでもほとんどの原因が天童にあったのは間違いないように思う。例えば先程出来たこの頭の傷だって、天童が余計なことを言わなければ出来なかったものだ。


 天童に出会ってからというもの、俺の体調は悪くなっていく一方である。


 どう考えても疫病神。お祓いとかしたら、強制的に天界に送還されてくれたりしないだろうか?


 「それは……まぁ、ちゃんと綺麗に治したから良いじゃないですか」


 俺が頭の傷のことを主張すると、天童はバツが悪そうにサッと目を逸らした。驚くことに、どうやらコイツにも多少の後ろめたさはあったらしい。


 「良くねーよバカ。傷を簡単に治せるからって、そう何度も暴力を振るわれて堪るか」


 しかし、そうは問屋がおろさない。


 いくらでも傷を治せるからといって、人を傷つけていい理由には絶対にならない。


 それを許してしまったなら、医者やカウンセラーの人達は悪質なイジメやパワハラもやり放題ということになってしまう。


 人を傷つけてはいけないということは、誰もが学校の授業で習う常識だ。


 俺の健康を維持するのが目的だというのなら、せめてそれくらいの常識はきちんと学んでから降りてきてほしかったものである。


 まったく、コイツは天界でいったい何を学んでいたんだか……。


 あの母さんのことだ、きっとロクでもないことばかりを教えていたに違いない。


 俺も昔は見当違いな常識ばかりを学ばされて大変に苦労した覚えがある。というか、現在進行形で苦労しているまである。


 恨むぜクソババア。誰かに常識を教える前に、まずは自分がもっと人間界の常識を学んでおけよな。間違った常識を教えられるほどハタ迷惑なことはないのだから。


 とかなんとか、そんな風に俺が天界にいる母さんに向けて恨み言を呟いていると、


 「おいーっす、優! ひっさしぶりー! 奇遇きぐうだねー、こんなところでー!」


 諸星高校の制服を着たテンションアゲアゲなギャルが、俺達に向かってブンブン手を振りながら声をかけてきた。


 その人物の顔を見て、俺はたまらず悲鳴を上げる。


 「──げぇ、円香さん!?」


 彼女の名前は三ノ輪円香みのわ まどか。俺の通う諸星高校の生徒会長さんで、環の実の姉だ。


 サラッサラの茶髪に抜群のスタイル。快活な笑顔は無邪気そのもので、まるで子供の精神のまま大人に成長してしまったかのような人である。


 戦慄せんりつする俺をよそに、円香さんはお気に入りのおもちゃを見つけた子供のようにはしゃいでタタターッとこちらに向かってけてきた。


 この場合でいうおもちゃとは、間違いなく俺のことだろう。


 「すまん天童、あとは任せた!」

 「はい?」


 なので俺は即座に回れ右をして、天童に全ての荷物を押し付けた。


 「俺、ちょっと町内をランニングしてから帰るから! じゃあな!」

 「はぁ!?」


 そして、自宅とは真逆の方向に向けて猛烈ダッシュで駆けだす。円香さんに捕まらないことこそが、今の俺にとっての最優先事項となっていた。


 ──しかし、


 「はい、捕まえたっと」

 「──ぐぇ!?」


 先程の拷問で痛めた足がまともに動いてくれるはずもなく、あっという間に俺は円香さんに追いつかれ捕まってしまう。


 逃げ出したことに対する腹いせか、円香さんは俺の首に腕を回し喉を強く締め付けてきた。


 「この私を見て『げぇ』とは、随分ずいぶんなご挨拶じゃないの、んー? こちとら美少女生徒会長様だぞー? ほれー、もっと敬ったらどうなんだー? ほれほれー」

 「──あっ、あがが!」


 敬ってほしいのなら是非ともこのような凶行に及ぶのはやめてほしいものである。首がめられて息が出来ない上に、固めた拳を頬にぐりぐりと押しつけられてまともに喋ることすらできやしない。


 果たしてこの状態でどう敬えと言うのだろうか? 何も言わず死んでつぐなえとでも?


 「こ、この──!」


 このまま無抵抗を続けていても仕方がないので、俺はこの状況を打破するため、からみついてくる円香さんの腕を力強くつねってやることにした。


 「あいたたたた!?」


 途端に、円香さんから悲鳴が上がる。


 痛みに耐えかねた円香さんは慌てて首に回していた腕をほどき、涙目になりながら一歩二歩と退しりぞいていった。


 少々乱暴なやり方になってしまったが、これによって俺はとりあえず窮地きゅうちを脱することに成功する。「ゲホッ、ゴホッ」と詰まっていた息を吐き出し、呼吸を整えた。


 「もう、か弱い乙女に何すんのさー!」


 しばらくして、円香さんがプンプン怒った様子で文句を言ってくる。


 「暴力はんたーい!」


 暴力反対はこちらのセリフ過ぎる。先に暴力を振るってきたのは円香さんの方だろうに、被害者ずらもはなはだしい。ていうか、円香さんのどこら辺がか弱い乙女なの?

  

 俺はまなじりに涙をたたえながらも、円香さんをキツくにらみ返してやった。こんな理不尽な怒りをいちいち受け止めてあげるほど俺は優しくない。自然と声質も刺々しいものとなる。


 「俺になんか用っすか、円香さん?」

 「そんな怖い顔しないでよ、優」


 俺が苛立ちを隠すこともなくそう訊ねると、円香さんは何を思ったのか突然子犬のようにうるるんと瞳を輝かせ、丸めた手で口元を隠すというあざと可愛い仕草をしていた。


 実に庇護欲ひごよくのそそる表情だ。円香さんの本性を知ってさえいなければ、きっと誰もが彼女の可愛さに騙されてしまっていたことだろう。


 そう、円香さんの本性を知ってさえいなければ、ね。


 「用がなきゃ、話しかけちゃダメなの?」

 「ダメです。じゃ、お疲れっした」


 用がないという言質も得たので、俺はぴしゃりと断りを入れて円香さんに背を向けた。そのままテクテクと歩いて帰ることにする。


 「あー待って待って! ごめん調子に乗った!」


 しかし、そこを腕を掴まれ止められてしまう。


 「お願いだから帰ろうとしないでよ! ちゃんと用ならあるからさ!」

 「えぇ……」


 帰れると思ったのに帰れず、俺は天から地に落とされる気分にさせられた。


 どうやらこの人は何が何でも俺を逃がすつもりがないらしい。久しぶりに見つけた上月優という名のおもちゃを、そう簡単に手放したくないようだ。


 「ふふふ」


 円香さんは不敵な笑みを浮かべながら、今度は抱き着くような形で俺にしがみついてきた。


 必然的に、ぽよよんと弾む胸が俺の背中に押し当てられる。これはマズい。先程よりも圧倒的に逃れにくくなってしまった状況に、俺はなすすべなく固まってしまった。


 いつだって人は、苦痛よりも快楽に抗えないものなのである。


 「さぁ、さっさと白状しなさい、優」

 「な、何をですか?」

 「校内一の嫌われ者であるアンタが、なんだって天童ちゃんみたいな美少女と一緒に並んで歩いて帰ってるのさ? どんな姑息こそくな手段を使ったのよ。ねぇ、早く教えなさいよ」

 「はぁ?」


 とはいえ、そんなドキドキな展開が俺と円香さんの間で長く続いてくれるはずもなく、彼女の放ったたった一言で、俺の熱は瞬間冷凍のごとく急速に冷めてしまった。


 「いや、姑息な手段って……」


 どうやら円香さんは、俺と天童が一緒に歩いているところを見ただけで、恋人関係なのではないかと疑っているもよう。


 詳しい事情なんて何も知らないくせに、表面の部分だけを見てとんでもない勘違いをする。円香さんのこういうところが、俺は昔から大嫌いだった。


 まったく、勘違いを正すのも楽じゃないんだぞ?


 「別に何もしてませんよ俺は。ただ単に、母さんからの命令で無理矢理にコイツを押しつけられただけです。……まぁ、そういうわけで天童とは一緒に暮らすことにはなりましたけど、少なくとも円香さんが想像してるような関係じゃないと思いますよ?」

 「えっ? いやいや一緒に暮らしてますって──。ちょっとちょっと、それってマズいんじゃないの!?」


 俺と天童の間には何もないと、そう安心させるように話したつもりだったのだが、なぜか円香さんは酷く驚いた反応を返してきた。


 「環ちゃんの許可、ちゃんと取ってる?」


 若干怒っているように見えるのは、果たして俺の気のせいだろうか。


 「い、いえ……取ってませんけど。……え、なんでここで環の名前が出てくるんです?」

 「はぁぁぁ……」


 円香さんは困惑する俺を見て、とてもとても大きな溜息を吐き出した。


 「???」


 どうしてここで環の名前が出てきたなのか本気で分からなかった俺は酷く戸惑うことになる。


 俺と天童が一緒に暮らそうが、環には一切関係のない話のはずだ。アイツの許可をいちいち取らなければいけないという意味が分からない。


 円香さんはそんな風に戸惑いを見せる俺を見て、沈んだトーンでぽしょりと呟いた。


 「若い男女が一つ屋根の下で何も起こらないはずがなく……環ちゃんが可哀想」

 「あのー、本当に大丈夫ですから。耳元で変なこと言うのやめてもらっていいですかね?」


 円香さんの言動はほどんどが理解できないことばかりだが、とりあえずおぞましい妄想をしていることだけは分かった。


 一刻も早くこの勘違いを正さなければいけないなと、心の中で決意する。


 「いい加減自分の勘違いだってことに気づいてくださいよ。何を言ってるんですかさっきから。確かに俺と天童は一つ屋根の下で一緒に暮らすことになりました。だけど、だからといって変なことなんて何も起きてませんよ。もちろん、これから起こるなんてことも絶対にありえません」


 正確には殺人未遂事件は起きていたのだが、それとこれとはまったく別の話なような気がしたので、とりあえず黙っておく。


 「その通りです!」

 

 すると、いつの間にか後ろに立っていた天童が突然、大声を出して俺に賛同してきた。


 どうやらコイツも今の円香さんの発言には何か思うところがあったらしく、その表情は真剣そのもの。俺と一緒になって、円香さんの勘違いを正そうとしてくれているらしい。


 天童はビシッと俺に指を差し、激高した感情をぶつけるようにして強く叫んだ。


 「安心してください円香さん! 私だってこんなクズと一つ屋根の下で暮らすだなんて、吐き気がするほどに嫌なんです! けど、絵里先生の命令だから仕方なくこの人と一緒に暮らしているだけなんです! 例え天地がひっくり返ったって、私が優さんに恋をするなんてありえないことなんですから!」


 そして最後に俺をひと睨みして、もう二言。 


 「なので、調子に乗って勘違いしないでくださいよ優さん! 間違っても、私を好きになんかならないように!」

 「はぁ?」


 どうやら悍ましい妄想をしているのは円香さんというよりも、むしろ天童の方だったようだ。罵詈雑言ばりぞうごんを並べられ、自然と殺意が湧いた。


 この女はさっきから本当に何を言っているのだろうか。


 俺が天童のことを好きになる? ある訳ねーだろうがそんなこと。


 言っとくけどお前、自分が思ってるより全然可愛くないからな。美少女だからって調子のんなよ?


 「……ん?」


 天童のアホ過ぎる勘違いに俺がほとほと呆れ果てていると、隣から肩をポンと叩かれる感触がきた。


 振り向いてみると、すぐ隣に立っている円香さんが、何故か嬉しそうな表情で俺を見つめている。


 「ふられたな」

 「ふられたとか言うな!」


 俺は堪らず肩に置かれた手を払いのけた。


 「こんな時まで強がらなくてもいいんだよ、優。泣きたいのなら泣けばいい」

 「強がってなんかないし泣きもしない!」


 割と乱暴な手で払いのけたのだが、円香さんは憐みの視線を向けて優しく微笑んだままだ。


 その表情こそが、逆に俺の神経を逆なでしていることに気づいていないのだろうか? 気づけ!


 俺は苛立つ感情をむき出しにして、円香さんに吠えた。


 「てゆーか、なんでさっきから俺がコイツに好意を抱いてるみたいになってるんですか!? 俺だってごめんですよ、こんな頭のイカれてるちんちくりんなクソガキと一緒に暮らすなんて──」

 「ふんっ!」


 しかし、俺の言葉は最後まで続かず、


 ズドン!!!!!!! 


 と、次の瞬間とてつもない衝撃が足に落ちて、俺は声にならない叫びを上げて地面に倒れ伏した。


 「─────!!!!!?????」


 頭の中が真っ白になるほどの痛みに、何が起きたのかも分からず俺はアスファルトの上で悶絶する。


 絶叫が音となって口から発せられるまで、しばしの時間を要した。


 「あっ、あぁぁぁぁぁぁ!?」


 俺の足は、天童に思いっ切り踏んづけられたことによって完全に粉砕されていた。


 よくよく見てみると、俺の足があったところにはその威力を物語るよう直径60㎝以上ものクレーターが出来上がっている。まるで、ここにだけ隕石が落下したかのような痕跡だ。


 いや、どんだけ力込めて踏んづけたんだよコイツ。手加減なしかよ。


 「な、何しやがるこの野郎!」


 俺はアスファルトの上でのたうち回りながら、天童を睨みつけた。


 「すみません優さん、足が勝手に動きました」


 しかし、当然のように天童に悪びれている様子も微塵もなく、それどころか、


 「気を付けてください優さん。もしかしたら近くに悪魔がいて、私を操っているのかもしれません」


 なんて、そんな斬新な言い訳まで出てくるしまつだ。


 何が『悪魔に操られているかもしれません』だよ、バーカ! 悪魔はお前自身だろうが!


 「こ、コイツ──!」


 そのあまりにもあんまりな態度に、俺ははらわたが煮えくる思いにさせられた。今度の今度こそ、マジで一発ぶん殴ってやろうかと怒りがこみあげてくる。


 「──ク、クソっ!」


 が、何度立ち上がろうとしても立ち上がれない。俺の足は生まれたての小鹿のようにプルプルと震え、全然言うことを聞いてくれなかった。


 結局俺は、下から天童を睨みつけることしか出来ない。


 「あははっ!」


 そんな悔しがる俺を見て、円香さんが突然快活な笑い声をあげた。


 何がそんなに面白いのやら、腹を抱えて爆笑していらっしゃる。


 「勝手に足が動いたって……悪魔って……あーもう最っ高!」


 そうして円香さんは顔を上げて、眦に溜まった涙を拭いながら天童にサムズアップをした。


 「天童ちゃん、優の扱いよく分かってるね!」

 「…………」


 それにしても、この状況を見て爆笑するだなんて、この人もこの人で随分と意地が悪い。人がイジめられているところを見るのはそんなにも面白いものなのだろうか?


 いつか俺も、円香さんがイジられているところを見てこんな風にゲラゲラと爆笑してみたいところだ。絶対に許さねぇ。


 「でもダメだぞー、優」

 「あぁ?」


 円香さんが俺に近づき、目線を合わせるようにしてしゃがみこんできた。


 ニヤニヤと笑うその表情に非常に腹が立ったので、スカートの中身が丸見えになっていることは黙っておく。むしろガン見してやる。


 「君には環ちゃんという可愛い女の子がいるじゃない。浮気も程々にしとかないと、いつか包丁でめった刺しにされちゃうかもしれないわよ?」

 「いや、包丁でめった刺しって……」


 いったいこの人は、どこの学校の日々の話をしているのだろうか? そんなに心配しなくても、天童のお腹の中に赤ちゃんはいませんよ? それ以前に俺は童貞だ。


 あの主人公と重ねたいのなら、せめて俺が童貞を卒業出来てからにしてほしいものである。 


 いや、だからといって別に誰かと付き合う予定も希望もないんだけど……。 


 「というかそもそもの話、俺は環とも付き合っちゃいないんですが?」

 「あれー、そうだっけー?」


 俺が環との関係について指摘すると、円香さんはとぼけるようにして首を傾げた。


 呆れた。以前にも違うと説明したはずなのに、この人はずっと俺と環が付き合っていると勘違いしていたらしい。


 要するに、先程怒ったような態度を見せてきたのも、可愛い妹をないがしろにした俺に対する当然の怒りだったというわけだ。


 まったく……本当にいい迷惑である。


 勘違いに勘違いを重ねて、理不尽な怒りをぶつけてくる。


 やはり俺は円香さんのことが大嫌いだなと、改めて自覚した。


 面倒臭くて面倒臭くて仕方がない。


 「あーもうクソ、付き合ってられるか。用ってやつはそれで全部ですよね、円香さん?」


 俺は天童に踏んづけられた足の痛みを堪えて、どうにかして自分の力だけで立ち上がった。


 これ以上円香さんのくだらない話に付き合ってやる義理なんてない。妄想力のたくましい彼女には、今更何を言っても無駄だろう。


 「おー凄い。その足で立てるんだ」


 円香さんは一人でふらふらと立ち上がる俺を見て、感心するようにパチパチと拍手を送った。


 その後ろから、天童が慌てた様子で駆け寄ってくる。


 「あぁ、ダメですよ優さん! そんな足で無茶しちゃ! 完全に骨が砕けているんですから、治るまで安静にしてないと!」


 天童はそう言いながら、ふらつく俺を支えるようにして肩を貸してきた。


 「お、おう。ありがとう……」


 思わず礼を言ってしまったが、こんな足にしたのは天童であることに間違いない訳で、何だかとても複雑な気分にさせられる。


 果たして、コイツはいったいどの立場で俺の心配をしているのだろうか。自分が加害者だってこと、忘れてない?


 「と、とにかく!」


 気を取り直して、俺は円香さんに向き直った。


 「見て分かる通り、俺に彼女なんていませんから! 妄想するのは勝手ですけど、ハッキリ言って迷惑なんで、そのことだけはしっかりと覚えて帰ってくださいね、円香さん!」

 「いや、見て分かる通りなら君たちは恋人同士以外の何ものでもないのだが……あーハイハイわかったわかった、そういうことにしといてあげる」


 しつこく勘違いを正そうとしない円香さんに俺がひと睨みすると、円香さんは観念したように手を上げて投げやりな返答をしてきた。


 本当に分かってくれているのか心配になるが、これ以上この人の相手をするのも嫌なので、特に言及げんきゅうはしない。


 俺は溜息を吐いて、円香さんに別れを告げることにした。このまま大人しく帰るのが無難だろう。


 「じゃ、そういうことで」

 「うん、じゃあねー優。また学校で」

 

 そうして、何事もなかったかのように帰路につく。


 円香さんと別れ、とぼとぼと少し歩いたところで、天童が嬉しそうな顔して口を開いた。


 「それにしても、環さんも円香さんも本当に優しい方達ですね。実を言うと私、人間界の学校にちゃんと馴染なじめるかどうか不安だったんですけど、あの二人のおかげで、なんだかとっても学校に通うのが楽しみになってきちゃいました」

 「いや楽しみって、お前……」


 それって俺をイジメることがって意味じゃないよな?


 三人に囲まれて袋叩きにされる未来を想像して、俄然がぜん、俺は人間界の学校で生き残れるか不安になってきた。いっそのこと登校拒否して一生引きこもってしまおうかと、そんな考えまでもが浮かんでくる。


 お願いだから天童よ、あの二人と結託してくれるなよな。仲良くするのは勝手だが、お前らの遊びの一環で殺されたくはないぞ。


 「……あれ?」


 と、そんな風に俺が軽く絶望していると、ふと、一つの疑問が生まれた。

 

 「ていうかお前、いつの間に円香さんと知り合ってたんだよ?」


 思い返せば、円香さんは初めから天童と妙に親し気だったような気がする。


 名前を知っているだけならともかく、普通、初対面であるはずの相手をちゃん付けで呼ぶものだろうか。


 それに、天童は入学式が終わってすぐに俺を探すため学校を出たと言っていた。生徒会長と仲良くなるどころか、話すタイミングすらなかったはずである。


 果たしてコイツは、いったいどのタイミングで円香さんと仲良くなったというのだろう。


 「あぁ、それはですね──」


 と、天童が俺の疑問に答えるよう何かを言いかけたところで、


 「天童ちゃーん!!」


 背後から円香さんの大音声が響いてきた。


 「言い忘れてたけど、今日の新入生代表の挨拶カッコ良かったぜ! それと入試トップ合格おめでとう!」

 「あっ、ありがとうございます! お褒めにあずかり恐縮です!」

 「ちょっ!?」


 天童が慌てて振り向いたことによって、強烈な遠心力が生まれた。


 俺は天使の怪力に翻弄ほんろうされるがまま、凄まじい勢いで顔面を電柱に叩き付けられる。


 「ぶぇ!?」


 常人ならば即死してしまうような暴力を受けた俺は、べっとりと電柱に真っ赤な跡を残しながら、ズルズルと再び地面に倒れ伏した。


 「諸星高校生徒会は、いつだって君の加入を待ってるぜ!」

 「はい! こんな私でよければ是非!」

 「…………」


 血の池に沈みながら、とりあえず、どうして円香さんが天童のことを知っていたのかは理解できた。


 できたが、そんな俺を放置してブンブン手を振り合っている二人に、一つだけ言っておきたいことがある。


 円香さん……言うの忘れてからって、絶対に今『おめでとう』って言うタイミングじゃなかったでしょ。


 天童……俺を支えてるんだから、振り向くんならもっとゆっくりと振り向いてくれよな。



 殺 す ぞ ! ! !

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