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天使の仕事ほど嫌なものはない  作者: 大上丈
第一章  天童美花、降臨
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バッドモーニング、再び 

 「……悪夢かよ」


 昨日のことを思い返しながら眠ってしまったのがいけなかったのか、最悪の気分で俺は目を覚ました。


 「……はぁ」


 溜息を吐きながら上体をむくりと起こす。散らかった部屋が否応いやおうにも視界に入ってきて、とんでもないくらい気分が落ち込んだ。


 これを今から片付けなければいけないという面倒臭さが、俺の心の内をストレスとなって満たす。


 「あー、体が重い……頭が痛い……」


 眠ることによって整理された嫌な記憶が、脳に鮮明に刻み込まれている。


 本来ならば気持ちのいいはずの睡眠が、逆に心身を疲れさせる結果に終わってしまったようだ。


 体を動かそうという気力が一切湧いてこない。頭を強く打ち付けた時の痛みも、もちろんそのままである。


 「あー、片付けるか」


 出来ることならこのままずっと廃人のように虚空こくうを眺め続けていたいところではあるが、流石にそういう訳にもいかないので、俺は少しだけ気合を入れてベッドから降りた。


 嫌で嫌で仕方がないが、お片付けスタートといこう。




 「……そういえば天童の奴、ちゃんと上手くやれてんのかなぁ?」

 

 黙々と片づけを進めながらふと、今朝がた部屋を飛び出していったアホ天使のことを思い出す。


 「…………」


 心配だ。非常に心配だ。


 天童が、ではなく、天童と同じクラスに配属されてしまった周りの新入生達が。


 部屋に置かれている時計を見ると、時刻はすでに十一時を回っていた。入学式なんてとっくに終わっている時間帯である。


 「うーん……」


 クラスメイト達の前で堂々と自己紹介をする天童を想像して、


 「やれてるわけないよなぁ……」


 嘆くように、俺は頭を抱えた。


 天童は人間界のことをロクに勉強もしないで降りてきた、正真正銘のアホ天使である。入学早々変なことをしでかして、クラスメイト達をドン引きさせている可能性は極めて高い。


 なにせ俺とのファーストコミュニケーションで、およそ誰も幸せにならないようなサプライズを仕掛けてきたような奴だ。


 頭のおかしいとんでもない奴がいると周囲に思われてしまっても、なんらおかしくはない。


 学園生活を送るにあたって、第一印象はとても重要である。


 逆に言えば、ここで失敗すれば大きくつまずいてしまうということでもある。


 特に自己紹介なんかがそうだ。友達を沢山作って楽しく過ごしたいのなら、なるべく当たり障りのない自己紹介をするべきだろう。


 余程の自信がない限り、奇をてらった発言は避けた方がいい。


 ソースは俺。


 入学して早々の自己紹介で「初めまして、上月優です。好きなものは狼とラノベ。嫌いなものは人間と労働。趣味は硬い石をひたすらに殴り続けることで、拳の鍛錬になるのはもちろんのこと、この腐ったストレス社会における心配事や不安なんてどうでもよくなるくらい無心になれるのでオススメです。よろしくお願いします」とか言ったら、見事に俺に近づいてくる奴は誰もいなくなってたからな。


 ……いや、訂正ていせい。一人だけいたわ。


 クラスメイトの中で唯一俺に話しかけてきたそいつが、この自己紹介が失敗だったということを俺に教えてくれた。


 環である。


 彼女いわく、どうやら俺の自己紹介は「内容がサイコパス寄りの社会不適合者でキモイ。あと目が死んでて怖い。死ねば?」とのことらしい。


 おい、いくらなんでもそれは言い過ぎだろ。


 なんで目が死んでるだけで死ななくちゃいけないんだよ。簡単に死ねとか言うなよな。俺がうっかり自殺しちゃったらどう責任とってくれんだよ。


 お前が死ね!


 とまぁ、環の言葉には色々と反論したいところばかりではあったが、しかし確かに彼女の言う通り、周りから酷く怯えられていたという自覚は俺にもあった。


 例えば隣の席になった女子生徒なんかがそうだ。俺が自己紹介をしてからというもの、視線を向けるたびにあからさまに顔をそむけてたからな。


 ついには進級して学年が変わるまでずっと、俺はその女子生徒の顔をまともに見ることは出来なかった。


 ただ普通に自己紹介しただけだったのに……。


 いや、ホントごめんって……。


 とにもかくにも、それだけ自己紹介は大事だということである。だから良い子のみんなは絶対にマネしないでほしい。俺みたいにぼっちが確定してしまうからね!


 まぁ俺は一人大好き人間だから、そんなこと全然気にしてないんですけど。


 ……ホントダヨ?


 ぐぅぅぅぅぅ。


 「う……」


 部屋の片づけという名の労働にいそしみ、ついでに慣れない他人の心配をしてカロリーを消費してしまったせいか、静かな部屋に大きな音が響き渡った。


 「は、腹減ったぁ……」


 いったい俺はいつからこんな腹ペコキャラになってしまったのだろうか。


 意識すると途端に力が抜け落ちるような感覚に襲われて、まともに立っていることさえ辛くなってくる。


 それもこれも全部、天童美花というアホ天使が悪い。奴のせいで俺は食べ物を全て失い、昨夜のような悲劇が起きてしまったわけだからな。


 天使とうたっちゃいるが、俺からすれば天童は、人の食べ物を勝手に食い尽くす邪悪な存在以外の何ものでもない。


 暴食のグラトニー。絶対にホムンクルスだろアイツ。


 「何か食うもの、何か食うもの……」


 すでにあらかた部屋の片づけは終えているので、本能のおもむくまま台所へと向かうことに。


 「おっと」


 強い疲れと空腹感のせいか、足取りはフラフラとおぼつかない。うっかり階段を踏み外しそうになってしまった。気をつけなければ。


 「確か、朝食を用意してくれてるんだっけ」


 二度寝する前の記憶が確かなら、天童が俺のために朝食を用意してくれていたはずだ。


 天童は頭のおかしいバカではあるが、環や母さんと違って、まともな料理が出来る便利な奴でもある。


 人としての常識は壊滅的だが、俺をお世話するためのスキルをある程度身に着けてくれているのか、家事全般が得意なのは正直言ってありがたい。


 焼けた魚の香ばしい匂いと、お味噌汁の豊かな香り。下の階から漂う匂いだけで、期待が膨らむというものだ。


 しかし、そう期待して降りてきたのは良いのだが、


 「…………あれ?」


 台所に置いてあるものは汚れた食器ばかりで、朝食らしきものが見当たらない。


 それどころか、冷蔵庫の中身を確認しても、炊飯器のふたを開けてみても、食べられるものは何一つとして残されていなかった。


 昨日の夜、あれだけの食材を買い込んでいたというのに……。


 訳も分からず俺がぷちパニックを起こしていると、


 「──あ」


 部屋を出ていく直前の天童の言葉を、今になってようやく思い出した。


 『早く降りてこないと、私が全部食べちゃうんですからね!』


 「…………」

 


 いや、だからって本当に全部食う奴があるかよ──バカ!!!

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