表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天使の仕事ほど嫌なものはない  作者: 大上丈
第一章  天童美花、降臨
11/79

ダンベルは筋肉を鍛えるための道具です 

 「羊が5082匹……羊が5083匹……」


 天童の怒声を聞いてから約二時間後。


 俺は掛け布団を頭までかぶり、必死に羊の数を数えていた。


 「羊が5084匹……羊が5085匹……くそっ」


 しかし、眠れない。


 部屋に戻ってからすぐにベッドに飛び込んだのまでは良いものの、全くもって眠れない。


 時間がいつもよりも早いこと、空腹のせいで寝つきが悪いこと……などなど、眠れない要因は多々あると思う。


 が、それでもようやくウトウトとしてきたこのタイミングで発生したこれが、俺の眠れない一番の要因となっていることは間違いないだろう。


 「あれー? どこにしまっちゃったかなー?」


 ガン! ドン!! バサァァ!!!


 隣の部屋から聞こえてくる、爆音である。


 「う、うるせぇ……」


 耳を塞いでも効果なし。


 まるで工事現場を想起させるかのような騒音は、三十分前から俺の眠りを容赦なくさまたげ続けていた。


 「さっきから何を騒いでんだアイツは?」


 だんだんと、脳が苛立いらだちで覚醒していく。


 今まで誰もまねいたことがなかったので気がつかなかったが、どうやらこの部屋と隣の部屋をさえぎる壁は、俺が思っていたよりもずっと薄かったらしい。


 そこそこ高い金を払って買った家なのだから(母さんが)、もう少しは壁を厚めの設計しておいてほしかったものである。


 欠陥住宅かな? と思わず疑ってしまう程、隣の騒音が耳によく届く。


 ドドン! バタン!! ダダダン!!!


 「…………」


 しばらくすれば収まるかと思っていたが、騒音が静まる気配は一向にない。


 いったいいつになれば収まるのか、まったくもって想像もつかない。


 「ていうか、今何時だと思ってるんだよ?」


 時刻はすでに二十三時を回っていて、夜もだいぶけてきた頃合いだ。


 そろそろ俺だけでなく、近隣の住民達も皆、とこに就こうと寝室に移動している時間帯だろう。


 この騒音のせいで、ご近所トラブルに発展しないか非常に心配だ。


 コミュ障の俺では苛立った人達が家に押し寄せてきたとしても、適切な対応なんて出来やしない。


 せいぜいが天童を盾にすることくらいだが、そんなことをしても火に油を注ぐだけだろう。


 なのでそうなる前に、


 「よし」


 俺は掛け布団をバサッとはねのけて、この爆音をただちに止めてやるため部屋を飛び出した。


 別にご近所トラブルを防ぐだけが目的じゃない。俺としてもいい加減我慢の限界だったので、一言文句を言ってストレスを解消しようと思っての行動だ。


 「おい、さっきからうるせぇぞバカ! 何やってんだ!」


 乱暴な手つきで、扉を強引に押し開ける。


 勢いよく扉を開けたのがこうそうしたのか、大きく響いていた騒音は意外なほどあっさりとんでくれた。


 「へ?」


 その代わり、天童の間の抜けた声が俺の耳に届く。


 「…………」

 「…………」


 お互いの姿を視認して、部屋の中に静寂が訪れた。


 まるで蛇ににらまれた蛙のように、俺も天童も何も言えず固まってしまう。


 引っ越しの作業がまだ終わっていないのか、昨日まで何もなかったはずの客間は沢山の段ボール箱で埋め尽くされていた。


 おまけに何かを探している最中なのか、床は足の踏み場もないほど天童の私物で満たされている。


 「…………」

 「…………」


 汚い部屋だ。


 それだけの話で済んでいれば、どれだけ良かったことだろう。


 俺達がお互いを視認して固まってしまった理由は、もっと別の、全然関係ないところにある。


 注目すべきは天童の格好。


 詳しく説明すると……上はなし、下は夕方に拝んだ花柄のパンツ一丁。


 ……以上。


 要するに、ほとんど裸だった。


 「──いっ」


 天童の顔が、耳が、みるみるうちに紅潮していく。


 「やばっ」


 この後に何が起こるのかを瞬時に察知した俺は、慌てて自らの耳を塞ぐ。


 「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! うわぁ! うわわわわわわわわわわっ!? なっ、何勝手に入ってきてるんですか優さん!? バカ!! アホ!! このド変態!!!」


 直後、予想以上の大音声だいおんじょうが家の中に響き渡った。


 天童の絶叫に、空間がビリビリと震える。


 耳を押さえていなければ鼓膜こまくが破れてしまっていたんじゃないかと思う程の叫びは、俺をひるませるのに十分な効果を発揮した。


 「──ぶっ!?」


 だからこそ、次の瞬間、高速で飛来してきた段ボール箱に反応することが出来ない。


 メリッと角を潰すようにして握られた段ボール箱は、まるで野球ボールのようにオーバースローで投げられ、見事なまでのコントロールで俺の顔面にクリーンヒットした。


 「いってぇ!?」


 軽々しく投げられてはいるが、もちろん中身はずっしり詰まっているので、重たすぎる衝撃が猛烈な痛みとなって俺に襲い掛かってくる。


 せめてもの救いは、その中身が硬いものではなかったことくらいか。


 放たれた段ボール箱が俺の前でどさりと落ち、中身が盛大にぶちまけられた。


 「あっ、これに入ってたんだ!」

 

 どうやら天童の探していたものが見つかったらしい。


 天童は小走りで俺の近くまで駆け寄って、廊下に散らばった衣服を急いでかき集めていた。


 「うぅ……」


 痛みをこらえながら、俺がゆっくりと顔を上げようとすると、


 「優さんは見ないでください!」


 今度は40㎏相当のダンベルが頭部に飛んできて、俺の意識はあっさり刈り取られた。




 ……いや、ダンベルは投げちゃダメだろ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ