思い出補正予算
「7000円もらえませんか。貴方に必要なんです」
急に現れた女の子が、俺、高本奏太に声をかけてきた。
無論、生まれて初めての出来事である。
ただ、勧誘はカウントしてないので、これもカウント対象外かも。
目の前にいる女の子は150センチくらい。
肩までかかる髪に少し大き目の服を着ていた。
白を基調とした着こなしには、目を引いた。
彼氏に困らないだろうな、と下世話な事を考えた。
「よくわかんないけどさ。なんで7000円なの?あげるつもりなんて、さらさらないけど」
女性、お金。
この2つのコンボの先に幸せなんてない。
「思い出補正予算です」
はっきり話す姿には好感が持てる。
だけどそういう子だからこそ、バックに怖いお兄さんもいるもので。
「ゴメン、何言ってんのか全然わかんない」
俺はこの場所にいることが危険だと感じ始めていた。
まず、声が元気すぎる。
たまに駅前にいる、自己啓発セミナーの課題のように快活だ。
止めていた足を運ぼうとした時に、僕の袖に力が入った。彼女が僕の袖を引っ張っている。
「決して怪しくないんです。真面目にお願いしているんです」
僕はため息を吐いた。
「ごめん、正直に言うと、君みたいな可愛い子に声をかけられる事って、いい事なんてないんだ。むしろ怪しさ1000%なくらいでさ。じゃ」
そう言って進もうとすると、彼女が話し始めた。
「高本奏太、28歳。富山から上京し、きときと商事在籍。現在彼女なし」
そこでニコッと笑って言った。
「どうです?怪しくないでしょ」
「もう怪しいと言うより、怖い。これ以上粘られても嫌だから、何?前もって言うけど、お金もないし、ヤバいと思ったら警察行くから」
一気に言い立てた。
「大丈夫です。後悔させませんから」
またにっこり笑う彼女。
「あまり人のいない所て、と言っても言う事聞かなさそうなので、ここで話しますね。気が変わったら言ってください」
「分かったよ」
「今週末、初恋の相手に会いますよね。14年ぶりですかね」
僕は一瞬背筋が凍った。
誰も知らないはずなのに。
中学の時に転校していったあの子。
同窓会で、まだ連絡を取り合ってる人がいた。
連絡先を教えてもらい、メールしてみると、僕のこと、覚えてくれたいた。
そこからどんどんと話が進み、今週末会う事になったという事だ。
「なんで知ってるの。君、親戚かなにか?まさか妹さんとか!?」
もう少し優しく接する事にしよう、うん。
「ブブー。違います。そういうんじゃないんです」
「じゃ、何?」
違ったので元に戻す。
「だから、思い出補正予算です、ってば」
「じゃ、それ何?」
待ってましたとばかりに目が輝く。
「やっと本題に入れます。思い出補正ってありますよね」
「あるね。美化されてくやつ」
「そう、それです。今、彼女のイメージは?」
えっと。
長くて綺麗な黒髪。
大きな二重の目。
小さな鼻。
すっとした輪郭。
長くて細い手。
スレンダーな体型。
無邪気でいたずら好きな笑顔。
気持ちのいい走り方。
膝小僧。
くるぶし。
「ちょっと最後のほうは理解に苦しみます」
「いや重要だよ・・・って心読まれてる?!」
「まあ、思い出に限ってですから大丈夫です」
「で、だからそれが何?」
胸を張って答えてきた。
早く言えよ。
「かなり、思い出補正が入ってます」
「そんな事ないよ。は、初恋の人だよ?」
「だから、です。で!私の出番です!」
何が出番なんだ。
「あなたの思い出補正、実現させます!」
顔が近づく。
「特価!7000円で!!」
もっと近づく。
「わかったから離れてよ」
「じゃ7000円」
「まだ払うと言ってないよ。今のは特価ってとこがわかったって意味で」
「えー」
「だってさ、今の聞いてお願い!って払うと思う?」
「私なら速攻払います」
「それは君が売る側だからだろ・・・なんか証拠ないの?」
「証拠?ですか。難しいですね」
「そ。ならやめとこうかな」
「いや、大丈夫です。わかりました。証拠ですね」
彼女は何かカバンから出してきた。
「同じ中学で、美人の先生いましたよね?英語の」
「あ、いたね。よく知ってるね」
「その人の思い出は?」
「えっと、あんまり覚えてないなあ」
長くて綺麗な栗色の髪。
ぱっちりとした二重の目。
小さな鼻。
すっとした輪郭。
細い手。
スレンダーな体型。
ふくらはぎ。
くるぶし。
「また後半おかしいですよ?!」
「ほっといてくれ!」
「でも、気がつきました?ダブってますよ」
「確かに」
「これは思い出補正の干渉と言います」
「ほ-う」
「つまり、初恋の相手と美人先生のどちらが本当だったか、あなたは覚えてないんです。それがいいとこ取りで補正されてます」
「反論できないね」
「でしょ、でしょ?!」
「それで、7000円払うとどうなるの?」
「はい、7000円頂きますと、補正を補正します」
「補正を補正」
「そうです」
「じゃ、お金を払うと?」
「補正されますので、はっきり思い出します。少なくとも、落差はなくなります」
「なるほどなあ・・・負けてくんない?」
「特価なんですけど既に」
「3000円なら即だよ」
「安っ。ダメです・・・6000円では」
「僕は4000円もさげたんだから1000円はないでしょ。じゃ4000円なら?」
「下げたのは私の都合じゃないです。じゃもう出来ません。5000円では」
「わかった。じゃ5000円で」
「は〜もういいです。まいどあり。じゃ、このアメ舐めてください」
「・・・・・」
「ちゃんと大丈夫ですって!!」
僕は恐る恐る舐めてみた。
パインの味だった。
と同時に思い出がクリアになってく。
「どうです?じゃ、初恋の人、思い出してください」
「うーん」
ショート。
丸顔。
一重。
タレ目。
太め。
いじわる。
膝小僧。
くるぶし。
「・・・違うところがブレてませんでした」
「まあ、でも、良かったよ。ありがとう」
「週末どうするんです?」
「え?そりゃ行くよ」
「いいんですか?」
「思い出は思い出で、必ず落胆するなんて思ってないよ。話はしてるから、どんな女性かは、わかってるわけだし、ドタキャンとか失礼な事もできないね」
「素晴らしいお言葉です。自分が恥ずかしい」
「それじゃ、行くね。また」
僕はそう言って歩き出した。
週末、僕は初恋の人に会った。
ウェーブのかかった髪に、優しい瞳。
笑う仕草が大人になってた。
着こなし、仕草がとても上品で、話してても素晴らしい女性だった。
思い出補正、ってあまりいい言葉で使わないけど、こういう嬉しい誤算、てあると思う。
くるぶしを除いては。
今日、君の名は、を観に行きました。
本編は、観た後に書いたものです。
影響受けてるはずなんです。