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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

部活少女シリーズ

部活少女 (文芸部×演劇部)

作者: 優凛

 女の子なら誰だって、(例外はいるかもだけど)お姫様になりたいって一度は思うものじゃないかしら?


 でもその願いが叶う人は、一体どれだけいるのだろう。



 “ 文芸部”と表記された部室に物静かな文学少女が一人佇む。それはこの二年ばかり続く、宝塚(たからづか) 美優(みゆ)にとっては見慣れた景色だ。

 他の部員は居ない。

 彼女曰く、この部には多数の幽霊が在籍しているらしく、極めて稀に目に視えることがあるらしい。

 窓から射し込む夕日が物憂げな彼女の横顔を照らしている。

 読書に集中しているのだろう、うつむいてズレた眼鏡のフレームを押し上げる仕草と、ページを捲る以外の動作は無い。


 コンコン。既に開けた扉を叩いてみる。

 やっとこちらに気づいた彼女は、唇の端を小さく引き上げ、部屋に入れず立ち往生している少女を手招きした。


「いらっしゃい。中へどうぞ」


 文芸部の室内は図書室程ではないが所狭しと本棚が並べられ、中央に教室に余っていたらしきスチール製の学校机が一つだけ置かれていた。

 椅子は二つあって、どうやら一つはお客様用であるらしい。


「さ、座って」


 一つの机を挟み、座る。客を呼び入れたのはいいが、話しかけようとする美優の唇の先に人差し指を立て『もう少しだけ』と会話を切る。キリのいいところまで本を読み進めたいのだろう。


 柔らかな猫っ毛のせいでアップにした髪は放課後まで体勢が持たず、所々解れてしまっている。

 そのくたびれた感じがセクシーだと思うのは同じ女子高生が抱くには変な感想だろうか。


 読み終えたのた本を閉じ、眼鏡の奥の切れ長の目が美優を見る。知的で鋭い、何もかも見抜かれそうな目に思わず目を伏せた。


「宝塚さん?」


「う、うん」


 どうしたの? 何でもないよ。

 いつものお決まりの台詞に彼女、文月(ふづき) 詩子(うたこ)はフッと表情を和らげた。


「こちらから呼んだのに待たせてごめんなさい。次の台本ができたから読んでもらいたくて」


「うん。凄く楽しみにしてたんだ。いつもありがとう。ご協力、感謝してます」


 机の中から取りだされた一冊の薄い袋綴じの本を詩子から受け取る。

 よくあるコピー用紙とホッチキスで製本されたペラペラのそれは、美優が所属する演劇部で使う予定の台本だ。

 一昔前までは文芸部の活動として月に一度、部員達が各自で制作した作品を載せた部内誌なるものを作って図書室などに置いていたが、詩子ひとりになった今は演劇部に脚本を提供することで部として機能していることをアピールしているのだ。


「……」


 詩子の綴る文章の一つ一つに吸い込まれて行く錯覚に陥る。

 彼女の世界は深く、広く、たった十数ページしかない物語でも、それを読む美優の頭にはまるで今ここにある現実として鮮やかな映像が流れていた。

 ページを捲る音だけが今、美優を本当の現実に引き止めている。


『ああ、どうして貴女は私を拒絶するのですか? 私の愛はそれ程に価値がないのでしょうか』


『いいえ。いいえ、殿下。貴方は私の……私の、憧れ、この心を支配して、決して他を見ることを許しては下さらない』


『ならば! なぜ、この愛を受入れて下さらないのか!』


『それは……』


 隣国の王子と姫は互いに愛し合っているのに、結ばれてはいけない運命だった。それは同盟国である別の国の姫君と王子が婚約していたからだ。

 婚約を破棄すれば王子の国は同盟国を失い、敵を増やすことになる。

 ヒロインである姫君は本心を隠し王子に冷たく接するが、王子は愛する姫君に対して自分の気持ちを隠そうとはしなかった。


「『たとえ我が国が滅びたとしても、私はその罪を抱え、罰に身を焦がし、苦しみながらも貴女と生きて行きたい。

そう思うこと自体、大罪だと理解していても、貴女を想わずにはいられないのです』」


 甘いアルトを響かせて、思わず王子の台詞を口にした。

 窓から吹き込んできた風が美優の短い髪を、セーラー服の襟をふわりと浮かせる。


 “学園の王子様 ”。美優を一言で表すのなら、きっと皆はそう言うだろう。

 男子高校生の平均身長より頭一つ分抜きん出た身長に、長い手足、それでいて綺麗な顔立ちと低めの声。制服でなければ男の子と見まごう程には中性的で、女子高だからこそなのか、数多の生徒に憧れられる存在に祭り上げられている。


「さすが、我が校の王子様ね」


「いやいや……」


 演劇部に入部した時から、彼女の役はいつも王子様だった。

 見た目からして仕方の無い配役ではあるが、最初は当然、演劇部の脇役にもなれない先輩達にやっかまれていた。

 けれども、中学の三年間、そこの演劇部で培ってきた彼女の演技力は、たった一公演で先輩達を黙らせる程のものだった。


 まさに生まれながらにして王子様を演じるに値する。なんて、本人からしてみれば大変迷惑な価値観の押しつけである。


 本当は、甘く低く愛を囁くよりも、熱く蕩ける程情熱的に愛を囁かれたい。

 美優が望むのは女の子の求める王子様役ではなく、女の子が憧れるお姫様役なのである。


「文月さんの書く王子様っていつも素敵だよね」


「そう?」


 クールで、強引で、たまに傲慢だけれど、誰よりもお姫様の事が好きで、一途すぎるくらい一途。

 貴女の為なら国も民も家族も捨てる覚悟だと、真剣な表情で囁かれたら自分ならイチコロだ。

 詩子の書く物語のヒーローは背景や性格はバラバラであっても、常にヒロインに対しては誠実だった。美優はそんなヒーロー達の台詞にうっとりと心酔する。


「文月さんの王子様を演じられて光栄だと思うよ」


 実際、詩子の王子を演じれば、多くの歓声を貰えた。

 ただでさえ主役を張らせてもらえるのだから、不満など持ってはいけないのかもしれない。

 けれど、やっぱり、美優が演じたいのは王子様ではなく、お姫様なのだ。


「『ああ……どうか、どうか私のことなどお忘れになって……! 貴方の幸せは私と共にはありません。罪深いお心は、どうか、お捨てください。深く、深く、海の底にでもお沈めになって……』」


 台本を片手に、目の前に座る詩子相手に熱の入った演技をして見せる。

 出来るだけ高い声を意識して、恋に苦しむ乙女の様に切なげな表情を浮かべた。

 今にも泣きそうな上擦った声からはヒロインへの、感情移入の深さが窺える。


「……なぁんて……はは、私なんかがお姫様なんて似合わないよね!」


 ふと、瞬間的に我に返って演技を止める。詩子は表情を崩さずクールなままだ。

 急に恥ずかしくなったらしい美優の顔が、見る見るうちに赤く染まっていく。


 切ない恋心を抱えたまま、王子から身を引こうとするお姫様の何といじらしくも可愛らしいことか。


 そう。憧れを諦めきれず、ずっと思い続けてきた彼女の、望まぬ役を演じ続ける彼女のいじらしくも愛らしいその姿に、詩子は筆を取らずにはいられなかった。


「『姫……ご自身の本心に嘘をついてはなりません。私の幸せなど貴女が気にすることではないのです。私が聞きたいのは、真実。貴女の心からの気持ちを聞かせて頂きたいのです』」


「んん?」


 脚本家が舞台に上がった。

 アルトよりもまだ少し高い、メゾソプラノの声が優しく空気を震わせる。

 演技と言うには表情は固いが、口にした台詞には感情が十分に乗っている。

 眼鏡の奥の瞳は相変わらず美優を捉えて離さない。


「『私は、貴女を愛している』」


「ぴゃっ?!」


 変な声が出た。その台詞は今度の舞台で自分が姫役の子に囁くはずの台詞だった。

 生まれて初めて、王子様から愛してると言われた。

 演技だと分かっているのに、相手も女の子だと分かっているのに、ドキドキと心臓が激しく脈打つ。


「姫?」


 演じなきゃ。

 先を促す詩子の視線に、美優は開いた台本の端を強く握りしめながらお姫様の台詞を続ける。


「『いいえ、なりません。愛することも、愛されることも、許されません。私達は王家の者……家族や民を……国を裏切ることなどあってはならないのです』」


 二人が駆け落ちをすれば、同盟国との結束を切った王子は国から裏切り者として追われるだろう。

 また、姫の国も王子の同盟国、そして王子の国から糾弾を受ける事になるかもしれない。

 残酷な運命は二人を苛む。

 ただの村娘と青年であったなら、このように辛い恋にはならなかっただろうに。


「『ならばせめて、この一瞬、この一時ばかりは、貴女を愛することを許して欲しい』」


「『ああ……殿下』」


 王子は愛する姫の手を取り、悲しげな瞳に精一杯の想いを湛えた。姫はその想いを受け入れ、胸を満たした。


「『私も、貴方を』」


 ほろり。涙がこぼれた。

 悲しくて、辛くて、それから愛しくて、好きと言う想いが溢れ出る。


 互いの距離が近くなる。目を閉じれば、王子の吐息が肌にかかるのが分かった。


(あ……)


 キーンコーンカーンコーン。

 キーンコーンカーンコーン。


「っ!?」


「あー……残念」


 幕は突然に下ろされた。

 悲哀と熱愛に温まった舞台が冷えて現実に戻る。


「あ、わ」


(私、今、なにを)


 目の前の詩子は先程までの熱を感じさせないくらいクールで、どこか憮然とした様子で頬杖をついていた。

 頬が熱い。身体中がぽかぽかと発熱している。


「まぁ、そうね」


 頬杖を外し、詩子がズレた眼鏡のブリッジを押し上げる。

 それからレンズと焦点のあった瞳が美優を見上げて、言葉を続けた。


「お姫様役も合ってるんじゃない?」


「……え、と」


「少なくとも、私の書くお姫様のモデルは貴女だし?」


「へ?」


 にっ、と赤い唇の端が挑発的に吊り上がる。

 長い指に広い掌とあまり女性的ではない手に嫋やかで女性的な手が重なった。


「私、自分が欲しいと思った物は物語の中の主人公達みたいに、何が何でも手に入れる方だから」


 クールで、強引で、たまに傲慢で、でも好きな子には一途すぎるほど一途で誠実。


(ああ、そうか。物語の王子様は)


 “ 彼女自身“”。だから、お姫様である私が王子様である彼女と恋に落ちるのは必然で、宿命で、運命なのだ。


「覚悟して。お姫様」


 そう言って、まるで本物の王子様のように美優の手を取り上げて、詩子は小さくその指にキスをした。

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