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初陣

 霧雨が降り続ける湿地エリア――ダンジョンの壁の代わりに、やたらと背の高い草が生いしげり、視界は妨げられ、足元はぬかるみ歩きにくい。晶と沙耶は霧雨に打たれながら、上空に映し出されている闘技の参加者のステータスを一緒に確認する。

 「なるほど、あそこにステータスが表示されるから、晶は初対面のわたしの事を名前で呼べたのね」

 「そういう事だ」

 沙耶の問い掛けに答えながら、晶は沙耶の方へ目をやり……思わずため息を吐いた。沙耶は昨日購入した防具と武器一式を装備しているのだが、どうも手に装着している武器にどうしても目がいってしまい、気が抜けそうになってしまう。

 「開始前からため息だなんて、ずいぶんと余裕があるのですわね」

 ナタリーが、沙耶の背中越しから顔を覗かせイタズラっぽい瞳で見つめてきた。

 晶は今回の闘技に、沙耶ともうひとり……ナタリーの3人パーティで、同じスタート地点に放り込まれている。

 沙耶とナタリーは再会してからすぐに、なぜか仲良くなってしまい、コロッセウムに着いた直後、ふたりで何事かを話しあっているようで俺の入り込む余地はない。

 ナタリーは、自身の武器を抜くと名称や特性を沙耶に伝えているらしい。まぁ、パーティを組む以上お互いの戦力を把握するのは当然といえば当然のことであるのかもしれない。

 「それにしても、沙耶あなた……そんな装備で戦えるんですの?」

 「えっ、これですか?結構すごいんですよ。ねっ?晶」

 (俺に、話を振らないでくれ……)

 沙耶の周りには、一体のモイラと5体の従者がまるで沙耶の事を守るように佇んでいる。両手に少し余るぐらいの大きさの小人の従者が5体。一体は沙耶の肩に、一体は沙耶の腰に付けられたポーチから顔を出している。一体は宙を浮かんでせわしなく動き回り、一体は地面で足を投げ出し座り込んでいる。もう一体はどこにいるのやら、姿が見当たらない。

 そして、6体目。運命の三柱の名を冠した――クロートー、ラケシス、アトロポスの3体のモイラの内の一体、クロートーが巨大な盾を右手に沙耶の前方をがっちりとふさぐ様に佇んでいる。残りの2体は沙耶の腰で、出番待ちといった感じでぶら下がっていた。

 モイライ――武器屋の店主がそういって、引っ張り出してきた武器……5体の指人形と3体の手人形のパペットからなるセット武器で、文字通り5本の指と片方の手にすっぽりと人形をはめることで装備した者の周辺に、人形と同じ形をしたモイラと従者が出現する。5体の小人は、その時出ている3柱によって行動が変わるらしいが、晶には理解しがたい。

 「沙耶が気に入っているなら、俺はそれでいいと思う」

 晶はグラムを肩に担ぎながらそう答える。今日の闘技開始までの余った日数を、モイライ操作の練習に充ててその様子を見ていたが、元々沙耶自身が器用なのかうまくモイライを使いこなしている様には見えた。

 「まぁ……なんでもいいのですけど、沙耶あなた人形操作に夢中になって、自分自身が無防備になるとかはいけませんことよ」

 「でも、ピンチの時はナタリーが守ってくれるんでしょ?」

 沙耶はそう言いながら、右手にはめたクロートーでナタリーに手を振ってみせている。

 「なにか……こう調子が狂うのは、わたくしの気のせいかしら」

 それに関しては同感だ――と、眉間に手を当てため息を吐くナタリーに、晶は心の中で同意してみせた。

 闘技開始の鐘の音がコロッセウムに鳴り響く。

 「行くぞ!」 

 晶は後方のふたりにそう告げると、新生したダンジョンに足を踏み入れていく。


 ◆◇◇◆


 パーティ制――突然始まったらしい、闘技における新ルールによって、晶と沙耶は昨日出会ったナタリーと同じスタート地点からの出発となった。

 正直こんなルール変更があるなら、あんな恥ずかしい思いをしなくても良かったのでは?とさりげなく晶に聞いてみたら『沙耶、お前を守れるのは俺だけだ』なんてセリフが返ってきてしまって、沙耶はまたしても、顔を赤くしてしまうはめになってしまう。

 晶の場合、キザとかそういうので言ってるんじゃなく、本心そう思っている事をストレートにぶつけてくるから、話をしててよく答えに困ってしまう事が多かった。

 「敵だ」

 晶はとつぜん立ち止まると、生い茂る草に寄り掛かる様に待機して沙耶達の方へ視線を向けてくる。

 進行方向の通路に、10体近くのモンスターが触手をくねらせながらゆっくりと沙耶達の方へと近づいてきていた。

 「ローバーですわね」

 ナタリーはそう言いながら、左右の腰に差していた炎と氷の二対の細剣『モラルタ』『ベガルタ』の内の一本、モラルタを引き抜き目の前のモンスターに突きつける。

 「ナタリー意気込んでる所すまないが、できるだけ沙耶に相手をさせてほしいんだ」

 「では、わたくしのコルは、評価はどうなされるというのですか?」

 「パーティを組んだ俺たちの財布は、これから先共通になるだろ。忘れたのかナタリー」

 『言われてみればそうでしたわね……』そう言って剣を腰にしまいながら、ナタリーは沙耶に向かってどうぞという仕草をして、そのまま晶の隣りで観戦モードになってしまった。

 ローバー、湿地エリアなどで姿を現す、筒の形をした縦に細長い軟体状の体に複数の触手を持ったモンスターで、うごめく触手で獲物を絡み取り、天辺にある大きな口に放り込んで食べてしまう獰猛なモンスターらしい。

 沙耶は敵との距離が開いているうちに、発動型スキル:ヴェルターブーフを発動する。コルを消費するこのスキルは沙耶にとっては特に重要なスキルとなる。スキル発動後、沙耶の目の前にローバーの情報が表示される。

 それによると、ローバーは炎や雷撃に弱く、水や氷の属性に強いらしい――敵はただ斬り飛ばせばいいという考えで戦っている晶はともかく、沙耶には敵の弱点を知る事はとても重要な事だった。

 モンスターの特性をスキルによって把握した沙耶は、ローバーに攻撃を仕掛けるため、モイラの交代を念じる。沙耶が念じた瞬間、右手にはめたクロートーが消失し、代わりにラケシスが右手にはめられた状態で出現する。

 目の前に立っていたクロートーも、自身のパペットが沙耶の腰へと移動するのと同時に消え去り、クロートーが立っていた場所にラケシスが出現した。

 防御型のクロートー、攻撃型のラケシス……そして、扱いのまだよくわからない特殊型のアトロポス。それぞれ特徴があり、エンスイフウチィ光闇コウヤの5体の従者と、それぞれの特性を利用した連携をとらせる事が出来る。

 ――ラケシス、目の前の敵をせん滅。エンスイフウチィ、ラケシスを援護して。

 沙耶の指令に、モイラと従者達が行動を開始し始める。沙耶が把握し、理解しているモンスター情報を元に、モイライは敵を攻撃していく。なので、所見のモンスターはすべて、発動型スキル:ヴェルターブーフで、その詳細を調べないといけない。だから、沙耶は戦闘以外の普段は防御型のクロートーを出している。詳細を調べ終えるまでは、攻撃するより身を守った方がいいからだ。

 ローバーの一体に接触したラケシスが、手にした剣で敵を切り裂く。だけど、ローバーの体表は切り裂かれた直後に傷がふさがり元に戻ってしまう。

 「ローバーに、《《通常の》》斬撃は通用しませんわよ」

 ナタリーが晶の隣りで腕組みをしながら、沙耶に声を掛けてくる。

 (そういえば、ナタリーは最初ローバーと遭遇した時、炎属性のモラルタを抜いていた……)

 沙耶はその事に思い当ると、エンに向かって即座に念じる。

 エンは沙耶の指令に即座に応じると、ラケシスの手にする剣に炎の魔法を掛ける。ラケシスの剣に炎の揺らめきが発生するのを見て、ナタリーが口笛を鳴らした。

 ラケシスが剣を振るう。炎を宿した剣は、暁の軌跡を空中に描きながらローバーを切り裂いていく。切り裂かれた直後、ローバーの体の切り傷から炎が噴き出し、モンスターが苦悶の絶叫をあげる。

 ――スイフウ

 ラケシスがかき乱したモンスターの一群に向けて、フウの魔法が発動する。暴風とかしたフウの魔法は、隊列を乱されたモンスターの中心で猛烈な乱気流を発生させる。そこにスイの魔法が組み合わさり、やがて乱気流から雷撃の帯がバチバチと洩れだし始めた。

 合成魔法ライトニング――乱気流の発生場所から周囲に向けて放たれた強力な雷撃は、射程範囲のローバーを根こそぎ焼き殺していく。広範囲の雷撃魔法の発動と同時に、わたしのすぐそばにラケシスを転移避難させる事も忘れてはいない。戦闘開始から2分弱ほどで、10体のローバーはすべて息の根が止まってしまった。

 ――戦闘評価B、評価者956人、報酬:74コル――

 ラケシスからクロートーへモイラを交代させ終えた沙耶は、周囲を見渡し安全を確かめてようやく一息ついた。

 「沙耶、あなた中々やりますわね」

 「魔法か。武器の珍しさと相まって観客受けがすばらしいな、魅せ方を覚えさえすれば、俺たちの中で沙耶が一番稼ぐようになるんじゃないか」

 初めての実戦は、あっけなく終了してしまった。事前に晶と共に武器の検証と練習をして、そのうえで必要になりそうなスキルにコルを投入して習得しておいたため、無駄な動きもなくイメージ通りにモイライを操る事が出来た。

 その後も特に苦戦をする事なく一日を終える事が出来た。晶は『神殺し』の異名に相応しい圧倒的な強さを誇っているし、ナタリーも『疾風』の異名と手にしたユニーク武器によって、晶ほどでないにしろ、パーティ制になって難易度が跳ね上がったダンジョン内のモンスターを一蹴していた。

 エリアボスから、通常モンスターに格下げになったサイクロプス2体が同時に出現した時も、晶を動かすことなく、沙耶とナタリーの連携の前に単眼の巨人はたまらず逃げ出したのだった。

 「おつかれさま~」

 闘技の終了を告げる鐘が、コロッセウムに鳴り響く。

 沙耶とナタリーはハイタッチで笑顔を交わしながら、お互いの労をねぎらう。

 「さてと、わたくしは自分のホームに帰りますけど、沙耶あなたはどうなされますの?」

 「わたしは、晶と同じ部屋で過ごしてるから……」

 沙耶の言葉に、ナタリーが予想通り驚愕の表情をみせる。

 「あっあなた……」

 ナタリーはそう言うと、頭を振り深呼吸する。

 「そうよね、絆を結ぶほどの仲ですものね。男女の関係があったって……」

 「ナタリー!誤解よ、誤解!わたし達そんなんじゃないわ!」

 沙耶はナタリーの肩を両手で掴んで、必死に否定する。

 「でも、あなたたち宿に泊ってるんでしょ?プレイヤー向けの部屋って、シングルしかないはず……」

 「ふたりとも何をしてるんだ。置いて行くぞ」

 わたしの気も知らないで、晶はいつもの調子でコロッセウムに開かれた出口を抜けようとする。

 「皇 晶、あなた沙耶の事を、どう思ってますの?」

 「ナタリー、いきなり何を怒っている?沙耶は俺のパートナーだ。何度も説明してるだろ」

 「恋愛対象としては?」

 「恋愛?何が言いたいのか分からんが、好きか嫌いかと聞いてるなら好きだぞ」

 『おかしな奴だ』晶は、そう言い残すと出口を抜けて、さっさっと外へと出て行ってしまう。その様子を呆れた様子で見送っていたナタリーが、突然わたしの方へ向き直ると、心底同情したという目でわたしの肩を叩いた。

 「いまので、わたくしにも状況はだいたい分かりましたわ。沙耶……あなた、わたしのホームへ来なさいな」

 「でも、晶が……」 

 「あの、朴念仁の事が心配なら連れてきなさい」

 「でも、いいの?ナタリーに迷惑にならない?」

 沙耶の言葉に、ナタリーはとつぜんクスクス笑い出すと、いきなり沙耶に抱きついた。

 「ナっナタリー!?」 

 「沙耶、あなた本当にいい子ですわね。いいですわ、わたくしが沙耶を引き取るついでに、あの朴念仁を少しは人間としてまともにして差し上げますわ」

 (晶の《《あれ》》を、修正するのは無理なんじゃ……)

沙耶は、自身まんまんな表情で、ひとりやる気を出しているナタリーに、これからの苦労を想像してそっと同情をするのだった。

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